第228話 ガールズトーク・Ⅱ


 昨日のリタがどのような顛末に終わったのか、大変気になるカサンドラ。

 だが自分から根掘り葉掘り聞き出しに走るのも失礼だし……


 と、モヤモヤした気持ちが続いている。

 自分の恋愛さえ儘ならないのに他人の恋愛ごとに首を突っ込んでいる場合か、という冷静な自分も心の端っこにいた。

 ただ、別に野次馬根性で気になっているわけではない。

 でもその理由を誰にも説明できないのが、今のカサンドラのもどかしい立ち位置なのである。



「カサンドラ様!

 突然すみません、これからお時間ありますか?」



 悶々とした気持ちのまま昼休憩を迎えたカサンドラに声を掛けてきたのは、リタ――だけではなく、左右にリゼとリナがいる。

 三人揃って並んで声を掛けてくるのは、久しぶりのことではないだろうか。

 慣れたつもりでいたけれど、こうして三人同じ外見の女生徒が揃っている姿は圧巻の一言だし人目を惹くものだ。


「ええ、勿論構いません」


「昨日の話の顛末、カサンドラ様にご報告するお約束をしてましたよね?

 で、折角なのでリナも一緒に皆で現状報告をしようって事になりました。

 お忙しいなら、日を改めます」


 まるで代表のようにリゼが用件を告げると、残りの二人も小さく数度肯定するように頷く。

 カサンドラにとってはこちらからお願いしたいと思っていることを、彼女達の方から提案してくれたのは大変ありがたい事だった。


 それも、昨日放課後での一連のやりとりの後、直接リゼと話をすることが出来たからだろう。




  『帰ったらリタを問い詰めますから。

   今日の顛末、またご報告しますね』



 彼女はとても律儀な性格なので、別れ際のあんな些細な一言さえもちゃんとした約束と見做してリタを問い詰めたに違いない。


 どうせなら――と三人揃ってどんな状況なのかカサンドラに報告しようと結論付いたというのは何と奇跡的な話なのか。

 願ってもない申し出に、カサンドラは一も二もなく頷いたのである。


 今日、生憎放課後は王子と会える時間ということになっている。

 一緒にカフェでも立ち寄って話を聞くのは難しかったので、昼休憩に声を掛けてくれたことは大変ありがたかったのだ。




 ※




 放課後もまた踏み入ることになるだろう、生徒会室近くの中庭にカサンドラ達は横に並んで座った。

 二人掛けのベンチ二つを使っているそのすぐ近くで、大きな三段噴水が白い水しぶきを上げている。


 こちらの建物は医務室や生徒会室、その少し手前の廊下に職員室があるばかり。一般の生徒がぞろぞろと踏み入るような場所ではない、西側の最も奥まった中庭なので人目に付きたくない時には重宝している。

 リゼにはあまり良い思い出はない場所だろうが、もう半年も前の事はスッカリ綺麗さっぱり頭から洗い流しているかのように全く気にしていない。


「全く、昨日はどうしてくれようかと思いましたよ」


 大袈裟なまでに肩を竦め、リゼは開口一番にそう言った。

 髪の横を飾る赤いリボンが秋風に吹かれて、ゆらゆら揺れる。


「だから誤解だって何度も説明したでしょ!?」


 リタは座ったばかりだというのに勢いをつけて立ち上がる。

 同時に右端に座って憮然とした顔をしていたリゼも同様に立ち、互いに睨み合う。


「誤解も何も――

 そもそもあんなのリタの問題であって、ジェイク様の手を借りるって発想がどうかと思うって何度も言ってるの!」


 姉妹の言い争いが今まさに勃発。

 互いに剣呑とした空気で、バチバチと火花が散る寸前だ。


 だがカサンドラの左隣に座るリナは落ち着いていた。


「昨日からリゼはずっと怒っていたんです。

 最初は私も、リタがジェイク様とどこかに出かけたことに怒っていたのかと思っていたのですが……

 ジェイク様に全く関わりのない案件でわざわざ手を煩わせたということで、あの通り機嫌が悪いのですよね」


 困ったものだと言う口調ではあるが、ある程度彼女達の言い争いには慣れているのだろう。

 敢えて口を挟むこともなく、事の成り行きを見守っている。


 しかもこのやりとりに関しては、どちらが悪いとも良いともカサンドラには言い切れない。

 リゼの言う通り、多忙なジェイクの手を煩わせてまで自分の望みを叶えようとは何事か、という面も一理ある。

 だがジェイク自身、嫌なら断ればいいだけだ。それに乗っかってリタの話を聞くだけの余裕があるのだから別に良いではないか? という率直な意見もあろうし。


 本人たちが問題にしていないならリゼの怒りはお門違いだが――

 何せ相手がロンバルドのご嫡男、その辺の適当なクラスメイトを相手にしているわけではない。


 図々しいわ、という見方も常識の範囲内だと思う。

 だがリゼだって完全な正義感だけではなく、気軽にジェイクに相談ができる関係性に妬みが入っていないとは言い切れない。



「リゼさん、リタさん。どうかお鎮まり下さい。

 わたくしは昨日の経緯をお聞きする心積もりでお伺いしました。お二方の見解の相違を目の当たりにしたかったわけではないのです。

 わたくしに審判ジャッジ役を求めているのであれば、謹んで辞退させていただきたいのですが」


 姉妹喧嘩を見に来たわけではない。


 普段厳しい口調を向けることがないカサンドラがはっきりとそう宣言すると、今にも掴みかからんばかりに言い合っていた二人の間の緊張感がフッと消えた。

 もしかしたら必要以上に彼女たちを怯えさせてしまったのではないかと、言ってしまった後に後悔を感じたカサンドラだが。

 幸い、彼女達はそこまで露骨に怖がる様子は見せなかった。


「すみません、お見苦しいところを」


「リゼが一々人のすることに突っかかってくるから、私も折角の幸せ気分に水を差されてしまって。

 ……ごめんなさい」


 恥ずかしそうに二人とも視線を互い違いに遣り合う。

 言いたいことはあるのだろうが、気まずさゆえかそれ以上言葉の応酬はなくなる。


 

 こういう時、三つ子――姉妹で良かった、とカサンドラは内心で苦笑する。

 もしも恋敵、いや恋愛に関わる相手が全くの他人同士だったとしたらこんな些細な出来事でも互いに疑心暗鬼になったり想いの内を言い合えずに一人で悩むことになっていただろう。

 姉妹であるがゆえの気安さで言いたいことを何でも言い合えるというのは、禍根を残さないという意味で良い事なのだと思う。




 えーと、と。リタはコホンとわざとらしい咳ばらいを一つ。


「昨日は、ラルフ様の誕生日で!

 どうしても直接渡したいプレゼントがあって、でもどうやって渡そうか悩んでました。

 ……それで、朝、ジェイク様に相談したんですよね。

 丁度王子とジェイク様が二人で登校されていたというのもありまして」


 最後はごにょごにょ、と。リタはそう口籠った。

 昨日の朝は、まさかの王子と一緒に登校という貴重な経験をさせてもらった。それもこれも全てリタがジェイクに相談を持ち掛けてくれたおかげだ。

 リゼは何やら言いたそうに苦虫を噛み潰しているけれども、カサンドラとしては偶然がいい方向に働いて――彼から綺麗な蝶の模型までもらってしまった。


「そうしたらジェイク様、放課後四時くらいに外門に来たらどうにかしてくれるって約束してくれたんです」


「昨日も思ったけれど……四時って、結構中途半端な時間よね?」


 リナは不思議そうに首を傾げた。

 ラルフに会わせてくれるというのなら、放課後すぐの方が捕まえやすいしジェイク自身の手もかからなかったのでは? とリナは疑問に思ったのだろう。


「昨日はリゼとの約束があったんだって。

 そっちが最優先で、私に勉強が終わるまで待ってろって言ったんだと思う」


「……!」


 リタのあっさりした返答に、不意打ちを食らったようにリゼが僅かによろめいた。

 それまでの不機嫌さがウソのように、プイっとソッポを向いたままの頬が赤くなる。なんだかんだ、自分との家庭教師の時間を優先して考えてくれたのが嬉しかったのだろう。


 ……気持ちが凄く分かり過ぎて、カサンドラもつい大きく頷いてしまった。

 何気ない一言、行動で、一喜一憂してしまうものだ。

 

 約束を反故にされることほど悲しいものはないが、逆に何としても守ろうとしてくれるならその気持ちが嬉しいと思う。


「昨日、ラルフ様はご自宅で誕生パーティを開いてたんですよ。

 あ、でも親御さんの御都合だとかで、大人たちしか出席してなかったみたいですけど」


「まぁ、そうだったのですか」


 成程な、とカサンドラは得心がいった。

 ヴァイル公爵家のご子息が誕生日だからと招待状を送りつけられては、それを真正面から断る貴族の当主などいるわけがない。

 結局子供の誕生日など親の都合のダシに使われるだけのものだと、カサンドラだって過去何度も体験済だ。

 自分の誕生日なのに、顔も名前も知らないオジサンたちが沢山屋敷を訪れる様子は辟易としたものだった。

 まぁ、それが社交界での”普通”と言われれば文句も言えやしないのだけど。


 ラルフが即座に下校し、パーティに参加するために自宅に急いだのだとしたら。

 ジェイクが馬車で乗り付けた先は……


「約束の時間になったら、ジェイク様が来たのは良いんですけど。

 馬車に乗せられて、そのままラルフ様のご自宅まで連れて行ってもらうことになったんです。

 会場内からラルフ様を呼んできてもらいました……」


 最後の語尾はリタにしては珍しく尻すぼみに聞こえた。

 自分でも「ありえない」という気持ちでいっぱいなのだろう。

 リタのためだけにパーティの主役を会場から呼んできてもらうなど、ジェイクもやることが大袈裟だと苦笑する。


 まぁ、それ以外に当日リタが彼に会う方法など無かったのだからやむを得ない行動だったのだろう。


「成程、そういう事情がおありだったのですね。

 わたくし、たまたまリタさんがロンバルドの馬車にお乗りになる姿を目撃してしまって――とても驚いてしまいました。

 その場にいらしたリゼさんも全く事情が分からないとのことでしたので、お話をお伺いできて疑問が晴れました。

 教えて下さってありがとうございます」


 偶然、たまたまあの場所にいたというのは苦しい言い訳だ。

 だが忘れ物でも取りに来たのだろう程度に深く突っ込んで聞かない優しい三人は、それを真面目に信じてくれた。

 人を疑うことを知らない彼女達の純粋さには助けられることも多いが、逆に変な人に騙されないか心配になるのも事実である。


「ふふっ。

 リタ、それだけじゃないんでしょう?

 昨日帰って来た時、とっても暖かそうなマフラーを巻いていたじゃない。

 ラルフ様にいただいたものよね?」


「……あ、あれは!

 徒歩で帰るって言ったら、寒いだろうからって貸してくれただけで!

 やだなぁ、プレゼントを渡したのは私の方だし!

 ちゃんと、お返しするものだから」


 わたわたと慌て、顔を真っ赤にして手を振るリタの姿は大変可愛らしい。


 そうか、寒い日だからとマフラーを貸してもらったのか。

 何とも微笑ましく羨ましい話だ。


「あら。私、ラルフ様からいただいたものかと思っていたのだけど」


 どちらにせよ、リタにとっては良い思い出となったものだろう。

 流石ラルフというべきか、彼女にマフラーを渡す姿が容易に想像できてしまう。


「違うって。

 ……第一、貰い物って言ったらリナだって!」


 リタは慌てるあまりに、リナも巻き込もうとする。


「シリウス様から、綺麗な蝶の模型をもらってたでしょ!?」


 その話は知らなかったのか、リゼもぎょっとした様子だ。

 カサンドラの横に座って今まで外から会話の流れを眺めていたはずのリナ。まるで流れ弾に当たったかのような反応だが……

 それよりも、今、何をもらったって言った?


 カサンドラが一番驚いたかも知れない。


「あ、あれは……!」 


「蝶の模型……ですか?

 もしかして、このくらいの大きさの、綺麗な?」


 隣で恥じ入ったように首をブンブンするリナに、カサンドラは人差し指と親指で小さな丸を作って怪訝な表情で問い詰めてしまう。


「は、はい。

 日曜日に仕事場でお目に掛かった際、何故か制作することになったと仰って」


 そう言って彼女は、制服の胸元のポケットから一羽の綺麗な蝶々を取り出した。

 カサンドラが王子にもらったものとよく似ている、その事実に若干の混乱をきたす。


「この一羽だけでなく、何匹か頂戴しました。

 お付き合いで作成したものの、自分には要らないものだからと」


「同じような蝶を、わたくしも王子から頂きました」


 彼女は目を瞠ったが、すぐに頷いた。


「でしたらシリウス様がお付き合いされた方とは――王子だったのですね。

 ……ふふ、まさかカサンドラ様とお揃いの品をいただけたなんて思いもよりませんでした」


 リナは嬉しそうににっこりと微笑んで掌に乗せた蝶々を目線上に掲げる。

 蒼い澄んだ瞳をキラキラと輝かせる姿に、カサンドラも驚きも引っ込んで嬉しい気持ちになる。 


 王子が一人であの蝶々を作成したと思い込んでいたが、実はシリウスも同じ場にいたのだとは。想像もしていなかった。

 しかもそれを当然のようにリナに渡すなんて、あの可愛い蝶によく似合う少女だからとでも思ったのか?


 その話だけを聞いていれば随分と関係が前に進んでいるように見受けられる。



 ほのぼのとした雰囲気に包まれていた中庭だが。

 一人その場にしゃがみこんでどんよりと暗い影を背負っている栗色の髪の少女が一人。



「リタも、リナも、カサンドラ様も……マフラーやら蝶やら手渡してもらったって言うのに、……なんで私はリアルな蜘蛛の玩具……」



 ハッ、とカサンドラも我に還った。

 リタのマフラーはともかくとして、玩具の蝶々はジェイクの依頼があったからこそ王子が作成する流れになったのではなかったか。

 ……肝心のリゼは己の苦手な蜘蛛の模型で、関係ない自分達が綺麗な手作りの蝶をもらうというのも申し訳ない話では?


「えっ、リゼ、虫嫌いなのにそんなのもらったの?

 嘘でしょ?」


 こちらに背を向けてぼそっと呟く、哀愁漂うリゼの姿を間近にしてリタは顔を引きつらせる。



 何故か神妙な顔つきでカサンドラにこそっと話しかけてきた。

 己の胸元に手を添える彼女は、確かに真顔であった。



「私、自分の好きな人がラルフ様で良かったって、心の底から思いました」




 ……その言い方もどうかと思うが、紛れもない彼女の本心には違いない。

 ジェイクはジェイクで彼なりに気を利かせたつもりでいるのかも知れないし。とりあえず、あの気持ち悪い程本物そっくりな模型が自分の義弟作だということは黙っておこう。

 何とも居たたまれない空気で、リナでさえ慰めの言葉を探して沈黙を守る。



 この状況は余程精神力が強くないと心が折れてしまいそうだ。



 何とも言い難い話だったが、少し落ち込んだ後はすぐに立ち直ったリゼ。



 来週の事があるし些細な事を気にしている場合じゃないと、現状のやるせなさをやる気に変えてしまう彼女の事を、連日凄いなぁと感心してしまうカサンドラであった。

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