第226話 くじけない


 カサンドラは午前中、ラルフのもとを訪れる令嬢達の団体様を横目に――ずっとリタの事が気がかりでしょうがなかった。

 プレゼントを持ってきているようには見えなかったし、他の令嬢達を差し置くようにラルフに話しかけることもなかった。


 いや、案外もしかしたらカサンドラの見えないところでラルフへのプレゼントを渡し終えたのか? と腕を組んで考えてみる。


 個人が勝手気ままに押し寄せ渡し始めたらラルフも困るからと、一階で使用されていない部屋をプレゼント受付室として用意すると聞いていた。

 今日、ラルフとシリウスの登校が早かったのはその段取りのせいだと思われる。


 もしも別室で受け取ると言う決まりが無ければ、教室内に彼へのプレゼント箱が並んで大変な光景だっただろう。

 それを回避するための先手を打つ、シリウスの思い付きとその実行力には感服してしまう。


 勿論三学期の自分の誕生日も絶対そうしてくれるわ、という鋼の意思を感じるのは気のせいではない。

 既成事実を作るのが上手な人だ。


 しかしいくら大衆に迎合する傾向のあるリタとは言っても、誕生日というイベントをその他大勢と一緒くたにされることを善しとするとは思えなかった。

 何といっても彼女はこの世界の中で主人公という特殊な運命を負うものだ。

 そんな安易な行動を、この世界は妥協してくれるだろうか。


 事情を知っているカサンドラさえ予期しない運命力でお目当ての攻略対象とイベントを起こしていく彼女達が、ここぞという時にその他大勢に紛れるわけがない。


 だが、リタが周囲を取り巻く異様な雰囲気などに臆し、『渡せない』という可能性は十分に考えられることだった。


 誕生日プレゼントを渡す、渡さないという選択で渡さないことを選ぶ。

 今回リゼやリナがラルフに渡さない、という選択肢を選んだのと同じようにリタも想いとは裏腹にそれを選んでしまったのではないか?

 そんなヤキモキした感情に支配されていた。


 自分でもお節介だという自覚はある。

 が、彼女達に最初に恋愛のことを相談をされた際、恰も自分がアドバイスすれば良い仲になりますと言わんばかりの大上段に構えたのはカサンドラだ。


 最後まで彼女達の行方がどうなるのか責任を持って見届けたいし。

 何より彼女達の恋愛が聖女への覚醒に関わる事だったら座視はできない、現状の相性悪くても覚醒のトリガーが恋愛感情なら、あるいは……。

 ――そんな往生際の悪い、一縷の望みに縋っているわけだ。


 色んな意味で気が気ではない。


「リタさん、ラルフ様にプレゼントをお渡しになったのですか?」


 年に一回の好感度上げのスペシャルチャンスだ。

 これを逃すと、少々今後が厳しい展開になるのではないかとカサンドラも内心冷や冷やしている。


 昼食の後いてもたってもいられず、それでもなんとか平静を装って世間話の一環のように彼女にさりげなく話を振ってみた。


「今日、放課後ラルフ様に直接お渡しできそうです!

 ジェイク様には感謝しなきゃですねー。外門に連れて来てくれるって約束してくれました!」


 リタは能天気にいつも通りの明るい笑みを浮かべる。

 話を聞くと、朝ジェイクに相談があると持ち掛けたのはラルフの誕生日プレゼントを直接渡したい! というそれ以外にないだろうピンポイントな相談だった。

 相談を持ち掛けてきたのがリタだったからか、彼がラルフを放課後連れて来てくれるらしいのだが……



 果たして、それは上手くいくのだろうか。

 彼女は直接会って渡せるということだけに気取られて喜んでいるが、カサンドラは本当にジェイクがラルフを連れて来てくれるのかが心配だ。

 そもそも何を渡すのか、ラルフにとってNGプレゼントを渡しやしないか?

 今更ドッと不安の波が押し寄せてくる。


 それにジェイクは――リタの事は何とも思っていないとカサンドラの目にはそう映っているけれど、実際はどうなのだ?

 リタに対して好感度が高い状態、つまり好みの女生徒であることは変わらない。それが感情のベースにあるのだ。

 もしも、もしも……


 ラルフにプレゼントを直接渡したいなんて好意全開のリタを見て、彼の心にちょっとした黒い心が湧き出たとしたら?

 嫉妬とまではいかずとも、面白くないという感情を抱いても不自然な話ではない。

 ……わざとラルフに会わせない、とか?


 ジェイクに対して失礼かもしれないが、生憎それを完全否定できる要素は無い。


 好感度と言う数値が目に見えず、客観的に比較することができないので果たしてジェイクの感情がどの辺りにあるのか……

 実は案外日々の挨拶だけでも好感度が高まってまだ内心憎からず思っているとか?


 自分のことに手一杯ということもあるし、ジェイクのことを毎日つぶさに観察しているわけじゃないから油断していた。

 完全にリゼの方に視線がシフトしていると思い込んでいたが、そうでない可能性もあるのではないか……?



 カサンドラは選択講義での言語学講師の言葉の一切を右耳から左耳にスルーさせつつ、決めたのだ。



 今日、放課後外門で様子を伺おう。

 覗きの趣味はないのだが、この目で確認しなければ落ち着きそうにない。

 遠目からでも彼女がちゃんと渡せたと分かったらカサンドラも安心して一日を終える事が出来る、そう信じて。




 そしてこんな酷い想像をしてしまったことを心の中でジェイクに謝ろう。





 ※





 外門から少し離れた、馬車広場。

 その周囲を覆うように造られた植え込みの間に身を隠したカサンドラは、そっとリタの様子を伺っていた。

 かなりの不審者然たる様相である。


 だが幸い殆どの生徒が下校した後の今、馬車広場に人の目は無いと言っていい。

 ここに自分の家の馬車があっても不審がられるだけなので、徒歩で帰ると言い置いたのはいいものの……

 待っていても、中々彼女達は姿を現さなかった。


 リタが言うには皆が下校していなくなった頃との話だし、もう少し待つべきなのだろう。


 最初は待ち人を装って立っていたが、ずっとひとところにいればいずれやってくるリタに見つかってしまう。それは気まずいし、恥ずかしい。


 植え込みの隅移動し身を潜め、少なからぬ時間が経った。


 下校時刻から三十分が経過したころ、何故かロンバルドの馬車が外門に着いた時に「あら?」と不思議に思った。

 あの家紋入りの馬車を手配して乗れるのはこの学園ではジェイクだけだろうに、何故にそれが外門にぴったりと着いているのだろう。


 ジェイクに急用?

 でもあの人なら馬で一駆け、間違っても馬車のような移動方法は選択しないはず。


 ここに馬車が停まる理由が分からず悩むカサンドラ、その視界の中にようやくリタが現れた。

 どうやら一度寮に戻ってプレゼントを運んできたようで、思わぬ方向からスキップで到着した彼女の様子に仰け反る。

 かなり浮かれていることは明白だ。


 ここでラルフに会えなかったらガックリするだろうな、と胃がキリキリと痛む。

 だが本当にジェイクはラルフを連れて来てくれるのだろうか?


 リタの希望を叶えてくれる気があるのか。


 大丈夫、ジェイクは嘘や誤魔化し、不正が大嫌いな青年だ。

 自分の株を下げるようなことをするような人が攻略対象であるわけがない。


 そーっと薄目を開けてリタの様子を植え込みの植物の間から覗くカサンドラ。

 なんでこんな間諜まがいな事をしているのか。

 王子に見られたら間違いなく死にたくなる。


 だがここまで気になって様子を見に来た以上、顛末を確認しないわけには……!



 その後すぐのこと、カサンドラの視界に想像を上回るわけのわからない光景が繰り広げられたのだ。




 リタが外門前で大きな黒い箱を持ってそわそわと校舎側を気にして待っている。

 そこにジェイクが校舎内から下校して来たものの、何故かリゼと一緒。


 ――どういう状況か呑み込めないまま、立ち往生するリタが馬車の中に押し込められ、そのままジェイクとともに去っていく。

 馬車の影が見えなくなると同時に、一人取り残されたリゼがその場に膝を折り頽れた。






   え?  ……何これ?





 ラルフがいないかもしれないという不安は漠然と存在していたが、まさかジェイクがリタを拉致するような真似を?

 リゼと一緒に下校したその先で、何故?


 ぐるぐると思考は巡るが、リゼはその場に膝を折り蹲ったまましばらく動けない様子だった。

 膝を抱える両肩が小刻みに揺れているのが見て取れる。




「あの、リゼさん……?」



 恐る恐る、彼女に近寄り声をかける。

 蹲って膝を抱えたまま頭を下げていたリゼは、まさかカサンドラがこの場にいるとは思っていなかったのか動揺を隠せない様子で――座り込んだまま、こちらを見上げた。


 流石に泣いてはいなかったが、落ち込んでいる事は一目で察せる。

 彼女にいつも纏っている自信、覇気というものがごっそり削げ落ちてしまっているかのようで心が痛かった。


「カサンドラ様」


 彼女はそう声を上げた後、言葉を喉に詰まらせる。

 その後――はぁぁぁ、と特大級の溜息を横に落とした。まさに暗黒色の吐息だ。


 見たままの光景を脳裏に蘇らせる。

 どう考えても穏やかではない様子だった。

 戸惑うリタを無理矢理馬車に入れ込んだように見え、まるで拉致現場ではないか。


 しかもリゼと下校してきたにも拘わらず、という状況が理解不能だ。


 ぐるぐると色んな可能性を考えるカサンドラの前で、彼女はスッと立ち上がる。

 そして座り込んだためにちた砂埃を緩慢な動作で叩いた後、肩を竦めた。


「――ええと、カサンドラも見ました?

 なんでジェイク様、リタを連れて行ったんでしょうね? 馬車で一緒に、とか」


 その声は努めて普段通りに言っているはずだ。だが明らかに震え、彼女の大きな動揺を如実に物語っている。

 些細な事で落ち込むような性格ではないだろうに、よっぽどショックだったのだろう。


 自分の立場に置き換えたって、そりゃあショックだ。

 王子と一緒に外門まで一緒に歩いて下校して、でも当の王子は外に待たせてあった馬車で別の女性と一緒に……


 想像だってしたくない悪夢めいた事態に、カサンドラは額を指で覆ってそのイメージを左右に散らす。

 王子は理由なくそんなことをする人じゃない。


 だからきっとジェイクにも理由があったのだと思う。

 今までの流れから自然に導き出される『理由』など一つしかあるまい。


「恐らく、ジェイク様はリタさんをラルフ様のところに連れて行かれたのではないでしょうか」


「……ラルフ様……、ですか?」


 彼女は胡乱な表情でカサンドラを見つめる。


「今日はあの方のお誕生日、どうにかして直接プレゼントをお渡ししたいとリタさんも悩んでおいででした。

 今朝、ジェイク様にそのことを打ち明け相談したともお聞きしています。

 その流れの一環だったと考えれば、辻褄が合いませんか?」


 ジェイクがリタに好感を持っているのは事実だろう。

 それと同時に、彼は人から頼まれごとをされたら「しょうがないな」と請け負うような世話焼きというか、まあ若干損な性格をしている。

 リタの相談事は彼にとって面白くない事態かも知れない。が、頼まれた以上はどうにかしようとするはずだ。


 誕生日の放課後にラルフがいつまでも学園内に残る理由もないだろうし、どこか別の場所へ移動し既に構内にいない可能性は高い。

 行き先を知っているジェイクがリタと共に追いかけている、というストーリーがすんなりと頭の中に再生された。


「ああ、そう言えばリタ、何か大きな荷物持ってましたね。

 あれがプレゼントってことですか、はぁ」


 彼女は前髪を指で掻き上げ、くしゃっと握る。



「あの子は! そんな……そんなことを、ジェイク様に頼るなんて……!」



 リゼは歯噛みして、憤怒の感情を抑え込む。

 彼女にとってみれば、色んな意味でありえないリタの行為に苛立ちが爆発しそうなのだろう。

 それくらい自分で何とかしろ、というのがリゼの基本的なスタンスである。

 ただの友人ならいざ知らず、御三家の御曹司に頼むことか、と呆れる気持ちも分からないでもない。

 彼女自身が自分のことは自分で、という行動理念だから余計に苛々しているのかも。


「全くもう。

 ……折角の幸せな気分がパァですよ」


「ジェイク様と一緒に下校されていたという事は、家庭教師アルバイトの日だったのですか?」


「そうです。昨日はジェイク様にご用事があって、急遽今日に替わったんです」


 彼もその予定は承知の上、要するにここでリゼとリタが鉢合わせることを前提に行動していた。

 全く悪びれた風もなく、後ろめたさもない――となれば、まぁ十中八九リタをラルフに会わせるための行動なのだろうな。自分の想像に大きな齟齬はなさそうだ。

 それにしたってもっと考えて動け、と心の中のジェイクのイメージ像に悪態をつきたい気になった。


 ああ、でも仕方ないか。

 リゼとジェイクの関係に名前をつけるなら、まだただのクラスメイト、友人。一々ジェイクが自身の行動の申し開きをする必要はないし、リゼも問い詰める権利はないのだから。


「今度の日曜日、ジェイク様と組手の訓練をしようって約束が出来て……

 すっごく嬉しかったですし、幸せ気分だったんですけどね。


 これからリタと一緒に何処かに行くって聞いて、もう目の前が真っ暗に……」


 組手とはなんぞや、と思ったがとりあえず神妙な顔で頷いておく。

 ジェイクと二人で剣の訓練ができる程の関係になれたのは十分凄い、早いペースだと吃驚である。



「……結局私は、妹分? 手のかかる後輩的な扱いなのかなー、それ以上は望めないのかな、とか世を儚みたくなりまして。

 あの子よりはジェイク様と仲良くなれたつもりだったけど、それは私の勝手な思い込みで――

 ジェイク様はどう足掻いてもリタみたいな子が好きなんだって、そう突きつけられた気がして」


 自嘲し、彼女は視線を落とす。

 かなり参っている、相当なショックだったのだろう。


「ジェイク様の好きな異性のタイプなど存じませんが。

 リタさんがラルフ様に贈り物をしたいという気持ちを汲んでお連れしている以上、少なくともリタさんの事は――ジェイク様にとって、恋愛対象ではないのではないでしょうか?」   


 多分あの人、リタに相談されて断れなかっただけじゃないかな疑惑がカサンドラの中で確信に変わりつつある。

 初期の頃のジェイクの言動を思い出しても、まだリタを一番気にしているなら直接ラルフにプレゼントを渡したいなんて相談されたって、理由をつけて断っただろう。気になる子と友人の橋渡しを喜んでやる程、都合の良い男じゃない。


 今回は断る理由がないからリタの頼みを断らなかった。

 それはとりもなおさず、アウトオブ眼中と同義ではないだろうか?

 


「……。

 さぁ、どうなんでしょうね、本当のところは。

 あ、すみません、カサンドラ様。

 お見苦しいところをお見せして」


 彼女はどうにか言葉を尽くそうとするカサンドラの前で、深々と頭を下げる。



「どちらにせよ、私のやることは変わりはないんです。

 日曜の組手も来週の剣術大会も、ジェイク様を唸らせる程の上達っぷりを見てもらうだけ。

 それで認めてもらうよう、頑張るしかないですからね!」




 カサンドラに対してというよりは、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。



 熱意に燃える彼女の瞳を見ていると、強いなぁと思う。

 落ち込んだ分だけ、先を見据えて前向きに進もうという気概が感じられるからだ。



「カサンドラ様に話しかけてもらえて、落ち着くことが出来ました。

 私一人だったらまだウジウジ沈んでたと思います、偶然に感謝ですね」  





 自分の声掛けが彼女を励ませたのは嬉しいが、リタの様子をストーカーさながらに遠くから見守っていたことは――この際、黙っておこう。





「あ、でも帰ったらリタを問い詰めますから。

 今日の顛末、またご報告しますね」



 彼女は仄暗い笑顔で、片腕をぐるぐる回す。

 恐らく剣術、体術パラメータともにカサンドラの数倍は成長したであろう彼女の静かな怒気が怖い。

 今の彼女に殴りかかられたら、骨折ではすまないかも。




 姉妹間での修羅場だけは勘弁して欲しいと切に願うカサンドラだった。

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