第218話 不明な条件


 偶然にも、王宮お茶会メンバーで揃って食事が出来た日曜日。

 とても楽しく充実した一日であったことは事実だ。


 二学期も半ばになって、それぞれ好きな相手との友好度が高くなっていることを伺い知る事が出来た。


 王子と二人きりの食事とならなかったのは残念なところではあったが、それはカサンドラだけではなく彼女達も同じことだろう。

 その落胆を欠片も見せることなく、カサンドラに楽しげに話しかけてくれたことを思えばあの面子で集まれて良かったのだと思う。

 今後そんな機会が訪れるかどうか――ある意味王子と二人で食事をする以上に珍しい機会に恵まれたのだ。


 餐館であったことは、『楽しかった』の一言で終わらせることが出来る。

 だが、ガーデンパーティはその感想だけで終わらせることの出来ない事態に発展した。


 カサンドラに任せられた、一つの課題。

 それを思うと少々悩ましい状況ではあった。



 キャロル、そしてシャルロッテの両名はヴァイル派とエルディム派の女子達をまとめる立場にいる上で、カサンドラを始め”皆で仲良く”というお題目に賛意を示してくれるだろう。

 そこに問題はないのだが、ロンバルド派の令嬢序列で考えればミランダにもその話を持って行かなければならない。


 問題はカサンドラにとって、ウェレス伯爵令嬢ミランダという存在は決して近しい間柄ではないことであった。

 互いに存在は認識しているが没交渉。


 唯一直接話をした記憶は、四月にまで遡る。

 ……そう、取り巻きを使ってリゼを噴水に顔を無理矢理浸けていたという凶行に及んだ場面を目撃し、それを諫めたのが最初で最後。

 その後の顛末は知っているものの、ミランダ本人と交友があるわけでもない。


 先方にとって、カサンドラは苦々しい存在なのではないだろうか。

 自分達の勘違いと言うか早とちりで、恥を掻かされた側だ。

 いくら現状、想い人と婚約出来てラブラブハッピー状態とは言え、ジェイクに関するあれこれで彼女がカサンドラに対し因縁を感じていても全くおかしくない。

 恋という感情は別に置いておいて、同胞を取りまとめる立場を考えればカサンドラに隙を見せたということで敵愾心を抱いていても致し方ない所である。



 ここでカサンドラが何の根回しもなく能天気に『今度一緒に食事でもしましょう』なんて誘ったところで、疑心を抱かれるだけだ。


 ――何故、急に?


 きっと彼女も不穏に思って調べるはずだ。


 そこで事前にカサンドラとキャロル、シャルロッテたちとの接触があったことを知られれば自分を陥れる罠ではないかと警戒心を強めてしまうかもしれない。

 彼女が頑なにならないように、キャロルの事情は伏せて皆で仲良くするというのは思った以上に難しいのではないか。

 そもそも学園内ではミランダは常に取り巻き令嬢を数人従えて行動しているのだ。

 周囲が放っておけないのだろう、彼女の実家は影響力があることは周知の事実。

 将来有望、騎士団内で破格の出世を約束されている幹部候補と婚姻が決まっている。騎士団とのコネクションを強めるに、これほど都合のいい対象はない。


 ……そんな彼女に、どうやって接触をはかるのか?

 カサンドラが声を掛けるために取り巻き令嬢を掻き分けていくのも違う気がするし、ミランダさんを呼んで来て頂戴なんて大上段に構えるわけにもいかない。

 実家を通じてのコンタクトなんて以ての外、出来れば文章などと言う物的証拠は残したくない。

 というのも、ミランダに要望を蹴られて溝が出来てしまった場合は何事もなく”今まで通り”を演出しなければいけないわけだ。

 彼女がこちらの提案を袖にしたら、それまでの話。

 無理矢理仲良くしたって意味がない。それでは、ヴァイルとエルディムの名を借りた次期王妃がミランダを無理矢理従えようとしたなんて話に飛躍しかねないではないか。


 そこまで慎重にならずとも”仲良くしましょう”と呼びかけること自体に問題はないのかも知れないが。


 後々火種になりそうな誘い文句などは形に残したくない。

 キャロルにはキャロルの都合、カサンドラにも後顧の憂いを断つという事情があって提案だ。

 全く下心がないわけではないので、ここはミランダに接触する前に根回しが必要だと思う。


 その場合、カサンドラにロンバルド派のお嬢様への伝手がないことがネックとなる。



 ……色々な事象を天秤にかけた結果、カサンドラは致し方なく彼の助力を得ることにしたのである。

 自分で自分の首を絞めているという自覚はあるが。

 多分、これが一番誤解なくスムーズに事が進むと思えたもので。




 ※




「――お前の方から話があるなんて珍しいな」



 彼は橙色の双眸にこちらの姿を映しながらそう言った。

 食堂での食事を終えた後の昼休憩、この時間にジェイクを生徒会室に呼び出したのだ。

 普段積極的に関わり合うことのないカサンドラが、急に声を掛けて相談があると言えば彼も不思議に思うだろう。


 大体、カサンドラに用があるのはジェイクの方だった。

 カサンドラが彼のリクエストを聞くことはあっても、こちらから込み入った話をすることは今まで無かったはずである。


 事前にシリウスや王子が生徒会室を利用することがないと確認しているものの、急にサロンの扉が開いたらと思うと気が気ではない。

 それでもどこに誰の目があるか分からない学園内、最も安全に彼と話が出来るのが生徒会室なのは確かだ。


 こちらの話を聞いてもらうのだ、奥のサロンに入ってもらった上でコーヒーも沸かしてある。

 機嫌をとるつもりは無かったが悪い印象にはならないだろうと思って。


 入学当初よりは話がしやすくなったジェイク。


 でも相手はロンバルドの後継ぎであると同時に攻略対象という特殊な立ち位置の生徒である。

 改まった話の場で、緊張する時間だった。


「折り入ってジェイク様にお願いしたいことがございます。

 もしお差し支えなければしばらくお耳を拝借したいのですが、宜しいでしょうか」


 畏まった場や雰囲気は彼も好きではないだろう。

 だが普段教室で友人らと話している時とは明らかに態度を変え、若干のお仕事モードに入っている。

 何か家絡みの面倒な事に言及されるのか、と言わんばかりに眉間に皺を寄せていた。

 それでもけんもほろろという態度ではないことに、嫌われているわけではないのだと少し安堵する。


「……まぁ、話してみろよ」


「では遠慮なく」


 カサンドラは多少言葉の取捨選択を行いつつ、彼に話をする。


 色々熟考した末、現状女生徒が完全に三派に分かれて緊張状態にあるのが不穏に感じることを皮切りに、現状を憂いてみせた。

 余りにもガチガチに固まってしまった人的流れの停滞や、地方貴族の令嬢達が半ば放置され軽んじられている状況はいかがなものか。

 雰囲気も良いわけではないし、交流が制限されている様子が目に見えない圧力を感じる。


 一触即発とまではいかないが、何分今は王子やらジェイクやらが通っている特別な期間だ。

 今後問題が一つでも起これば派閥間の溝や衝突は平時以上に大きくなるだろう。

 座して見守るだけでは、次期王妃と言う立場上心苦しく思う、と。


 まぁ、実際はアイリスのいなくなった来年、大きな爆弾がポイポイっと学園内に投下されることが分かっている。

 その暴発を未然に防ぎたいだけなのだが、馬鹿正直に説明は出来ない。


 仕方のない事だが、かなり上から目線になってしまったかもしれない。

 「お前は何様のつもりなのか」と思われてもしょうがない理由をつけて、現状を憂いているのだという事を彼に訴えてみた。


「そこでキャロルさんをはじめわたくしやシャルロッテさん、ミランダさんで定期的に会食でも開くことが出来れば、多少女子内での空気や風向きも落ち着くのではないかと」


「……。」


 彼は相槌を打つでもなく、じっとこちらの話に耳を傾けている。

 若干唐突な提案かも知れないが、その状況が実現すれば人間関係の見えない壁が薄らいでいくのではないかというのは想像出来るだろう。


 現状は完全に薄氷の上の三つ巴、その他の個々人は路傍の石状態。


 他の派閥で仲良くしたいと思う相手がいても、陣営が違えばまともに親しくなることは難しい。

 敵となれ合うことは何事かという周囲の視線があるだろう。

 シャルロッテたちを取り巻いている令嬢達にしてみれば、結束が揺らぐようで看過できないと目を三角にして起こる事態なわけで。


「現状、ミランダさんと交流のないわたくしが、このような勝手な都合でお声がけをしても不審に思われるだけなのではないかと思いまして。

 フラットな状態で、今のわたくしの話をミランダさんにお伝えして欲しいのです。

 もしもミランダさんが賛意を示して下さるのであれば、この提案は現実のものとなるでしょう。わたくしにとっては喜ばしい事です。

 ――可能であれば、アンディさんにお力添えいただければと思っております」


 ジェイクが直接ミランダに声を掛ければ、それは命令になってしまう。

 男子生徒と女子生徒でもはっきり線引きされているものの、ジェイクはロンバルドの後継者だと内外共に認知されている人だ。

 この人が話をしてやれ、なんて言ったらミランダも不承不承頷く他ないだろう。

 それは自分の意思を無視して仲良くすることを強いられている――なんて不満の種になりかねない。


 その点、アンディを介して伝えてもらうことが出来ればミランダも素直に耳を傾けてくれるのではないか。

 胸の裡に思うことはあれども、緊張関係にある対立を一旦解消しよう、と。

 その方法は簡単で、皆で定期的にお茶会でも食事会でも集まる機会を作ればいい。

 つながりは自然と伝播していくことだろう。


 男子生徒達は王子やジェイク達が仲が良いおかげで、表立った諍いも鳴りを潜めているのだ。

 真似事であっても、実現出来れば少なくともあと二年間は学園内の平穏が約束される。  


 ……そして、それは――カサンドラが自分で望んだことではないけれども、自分の「手柄」になり得るだろう。


 するとジェイクは、少し思案するそぶりを見せる。

 一分程度の沈黙が流れ、彼が口を開くまでカサンドラは膝の上に手を置いたままじっと待った。



「――驚いたな」

 


 彼は冷めかけたコーヒーを口元に運んで一口嚥下する。

 そして言葉を続けた。


「お前、女子間では結構浮いてる存在だしさ。

 派閥やら人間関係やらどうでもいい、無関心で自分が巻き込まれなかったらそれで良いってタイプだと思ってたんだが。

 ……へぇ、意外と全体の様子を気にしてたんだな」


 心に矢が突き刺さる。トスッと音がした気がする。

 アイリスに言われるまで、そこまで真面目に考えたことがなかったカサンドラには良心が痛む言い方だ。

 しかも結構、本気で感心されているようなので猶更。


「融和策がとれるなら、それが一番なのは確かだ。

 あの三人と対等に話が出来るのはお前くらいだろうし、試す価値はあるかもな」


 つい、ホホホ、と乾いた笑いを浮かべてしまう。

 全て本当のことを話してしまったら、彼は自分の事をエゴイストだと見下すのだろうか。

 保身のための行動ととられても仕方ないことを提案しているのだから。


「だが――お前もわかってるとは思うが、俺達はそっちのいざこざに関してはノータッチが原則だ」


 女性には女性の社会がある。

 女子が派閥の中に更に”女子陣”として線引きをして頭まで擁立して取り仕切らせているのは、それが女生徒を守る手段だからとも言える。

 男女ごちゃ混ぜにして派閥でござい、と纏めてしまうと男女のことなので不都合な事態が生じることもある。


 慣例的に自然と女子は女子でまとまって、取り仕切るお嬢様が擁立されているわけだ。


 より大きな権力で一刀両断、鶴の一声で女子間の争いも押さえつけることは可能だろう、でもそれは最終手段だ。

 ジェイクやシリウス達が普段女子達を鬱陶しいと思ってもそれを振り払えない、好きにさせているのは女子のやり口に介入しないのが彼らのスタンスだからだ。



 強権を以て女子達にああだこうだと命令することは更なる揉め事を生むだけだ。矛先を定めた女子の団結パワーを甘く見るな。

 ――過去の学園の歴史が語っているのだとか。



「俺が直接ミランダに話すってコトだったら受けるわけにはいかなかったけどな、反発食らいそうだし。

 アンディを通すなら、まぁそれくらいの骨を折るのはやぶさかじゃない」


 彼はそう言ってにニッと笑った。

 顔が良い人はどんな表情でも様になるものだと思うが、敵意ではなく好意の手ごたえがあるとやはりこちらの方がホッとするし緊張も解けていく。


「ありがとうございます、お手間をお掛けすることになると思いますが……」


「お前にはなんだかんだ世話になってるし。

 それくらい構わないって言うのは本心だが……何もなく”相分かった”とまでは言えないな。

 ちょっとした条件をつけさせてもらってもいいか?」


 彼の勿体ぶった言い方に喉を鳴らす。


 まぁ、ただでこっちの要望を全て叶えてくれと言える程仲が良いわけでもない。

 無茶ぶりをされるのは覚悟の上だ。


 だって、カサンドラの要求に彼のメリットなんてないのだ。

 女子間で諍いが起ころうが、ジェイクには直接関係ない。

 いや、メリットがないどころか――争いが勃発した段階で正々堂々と女子間の対立に介入でき、次期王妃のカサンドラの不甲斐なさを糾弾する材料を得られる機会を失ってしまう。


 積極的に場を掻き回すこともなく、問題が生じて騒動が起こった時にカサンドラが何も出来ず、女子達を執り成せず自滅するのを嗤って見ていればいい。

 それを未然に防ぐため、カサンドラが上手く立ちまわって問題を鎮静化させることは彼の立場上不都合なのでは?

 カサンドラなんて地方貴族の娘を王妃から引きずり下ろしたい立場なのは、入学当初から変わりがないはずだし。


 ジェイクの要求が何かと身構える。




 彼はカサンドラの予想が全くつかない、明後日の方向から言葉のボールを投げつけてくる。


 全くこの話とは関係ないことなんだけどな、と彼は前置きして言った。

 右手をすっと上げて、親指と人差し指に二センチ程の隙間を作ってサイズを示す。


 




「大きさはこれくらいでさ、リアルな蜘蛛の模型を作って持ってきてくれないか?

 そしたら、アンディには上手く言ってやるよ」

 






    は?







「蜘蛛……?」




 カサンドラは引きつった笑顔のまま、しばらく座り姿で静止した。


 本物そっくりの蜘蛛の玩具を持ってこい、と?

 何故?

 藪から棒にも程がある、こちらをからかっているのかと訝しむレベルだ。



 だが彼は至って真剣な表情なので、一層カサンドラの思考も迷走する。





   この人は一体何を言っているんだ……?


   今の話の流れで、虫の模型……だと?





 だがこの状況、引き受けざるを得ない。

 疑問符を浮かべたまま、カサンドラは小さく「分かりました」と頷いた。






 蜘蛛……?


 どうやって作ればいいんだろう。カサンドラは内心、冷や汗を流していた。



 不器用ではないと思っているが、工作なんてしたことがない。

 ……どうしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る