第160話 <リゼ>


 自分だけではなく、リタとリナも二学期からアルバイトを決めたいうことは聞いた。

 恋愛沙汰について進捗を話し合うつもりはないのだが、日常生活に関わる近況報告は別だ。


 ずっと三人べったりで行動せずとも、お互いそれぞれ気心の知れた姉妹である。

 顔を合わせる機会があればごく普通に「カサンドラ様の誕生日前なのに、早々に金欠だわ」などとしかめっ面で腕を組んで話が出来るくらいには。


 カサンドラの誕生日まであと一週間もないが、本当に『アレ』でいいのかという最終確認のために日曜日の夕食久しぶりに三人揃って食事を囲んでいた三つ子である。

 どのみち彼女も一般庶民たちに豪奢な贈り物など求めていないだろうし、逆に皆と比べて遜色ないお高いものを贈っても彼女の性格上受け取ってもらえないのではないか。

 プレゼント選びはかなり難航したが、どうにか三人で協力し合って贈るモノは決めた。

 今更違うものにしようと言われても思いつかない。


 彼女の誕生日が近いということに取り乱してしまったが、あの時ジェイクが話題を提供してくれなければ完全に知らないまま当日を迎えていた事だろう。

 全く以て肝が冷える想いだ。

 普段人の誕生日など気にして生きてきたことがないせいだろうか。

 それに夏休みに入ってしまったから、リタ御自慢の噂キャッチ能力も学園自体が閉ざされ寮には誰もいない状況では他の貴族たちの動向など掴めるわけがない。

 きっと二学期早々、どこかでカサンドラの誕生日の話題に触れて「ぎゃあ!」と叫んでいたに違いない。


 誕生日プレゼントの話が終わり、雑談に移行した時のことだった。


「そういえば、今日、ジェイク様にお会いしたわ」


 全く何の感慨もなく、ごく自然な口調でそう言い放ったリナに大変動揺してしまった。


「な、なんで?」


「今日から餐館レストハウスっていう場所でメイドのアルバイト始めたって言ったでしょう?」


 一応報告は受けている。

 いや、日曜日なのに朝早くいそいそと出かけようとするリナに話しかけたらそう返答が返ってきただけだ。


 シリウス紹介のアルバイトだと言う。

 なんでも王都には御三家足す王族が食事や休息の際、いつでも使用できるよう用意された館があるそうでその一つにリナが配属されることになったのだと。

 毎日使うような施設でもなく、また一日用事がない事も多い。

 例えもてなしの機会がなくとも、先輩メイドや使用人、料理人からも心得をしっかり教わることが出来るという魅力的な話だ。


 もしも話を持ってきた相手がシリウスでなければ「騙されているのでは?」と反対したところである。


 初日からいきなり館内部が慌ただしく動き出しており、殆ど何の説明もなく着替えを渡され「ちょこん」と立たされた。

 指示に右往左往と従いながら来訪者の到着を待っていたら、昼食時にジェイクが同僚の騎士を一人伴って現れたのだとリナは言う。


 特に話をするわけでもなかったが――配置された餐館は頻繁に彼らが利用する忙しいところのようだと妹は気合を入れることになったのだ。


 羨ましいか羨ましくないかと言われれば、そりゃあ休日にジェイクと会う機会があったなんて羨ましい! と思う。

 もしも自分の方に何一つ進展が無かったとしたら、この状況を座して見なければいけないのかと悔し涙を浮かべる事になったかも知れない。


 まぁ、リゼにはメイドの真似事なんて絶対無理だろう。

 リナのように毎週末に会えるかも知れないという状況は訪れることはない。


「ああ、そうなの。

 私はそういうところで働くのは無理だけど、リナは得意でしょうね。

 シリウス様の適性を見る目は確かなんじゃない?」


 もしも下っ端メイドを一人早急に用意しなければいけないとすれば、成程アルバイト先を求めているだろう特待生は身元も保証されているしお金もないだろうし――依頼しやすいことだろう。

 何人もいる特待生から一番向いているだろうリナに声を掛けたシリウスの人選は正しいものだ。

 少なくとも自分やリタに声を掛けたって秒速で断りの文句を考えることになっただろう。


 リナが休日にジェイクと会った、という話を聞いてもリゼは左程動揺しなかった。


 何故ならリゼは現状、とても心に余裕があるからだ。

 今なら多少リタが自分に調子の良いことを言ったりからかったりしても笑顔で聞かなかったことに出来るくらい。



 何せ明日の月曜日は、リゼの初アルバイトの日である。

 要するに放課後生徒会室でジェイクに一時間勉強を教えるという、週明けから景気の良い話が待っていた。

 事前準備もあるし週明けの指定は大変助かった。


 折角得たこの機会、手放してなるものかと心に誓う。




 ※




「……早く、来すぎた……」



 確かに予定していた時刻は、午後の選択講義が終わって三十分以上のインターバルがあった。

 リゼとしては早く会いたい一心だったが、完全に空回り。


 体術の講座を受けた後、同じ講義を受けていたリナが唖然とこちらを眺める程手早く支度を終え、勿論誰よりも早く着替え部屋を後にしたリゼである。


 意気揚々と、普段あまり足を向けることのない生徒会のある建物奥の廊下を進んでいたのだが――

 先週末連れられた生徒会室の扉を何回ノックをしても中から返事はない。


 考えてみれば当たり前だ、ジェイクは自分のようにやる気満々でこの時間を迎えるわけではない。

 出来る事ならやりたくないが、親御さんに勧められてしぶしぶ受け入れることになった状態ならば運ぶ足も重たかろう。

 そう早く姿を見せるはずもない、か。


 しょうがない。

 リゼは踵を返して一度教室に戻り時間を潰すことにした。

 生徒会室の前でぼーっと待っていて誰かに見られたら余計な疑念を与えかねない。

 

 それに、もう少し説明する内容を詰められるのでは? もう一度ノートを確認しようかな? という気になって来た。

 立って待ちぼうけでそわそわするより現実的だ。

 先に入室して用意出来れば良いのだが、決して本当の役員ではないリゼは他に役員がいない状態の室内に入ることを許されていない。

 あくまでもジェイクの家庭教師をするためだけの偽りの役を与えられたのだ。


 もしも誓約を無視して先に入っているなんてことになったら、一気に信用が失墜して回復不可能になってしまうことだろう。


 だから少しばかり教室で時間を潰した後、約束の時間通りに着けるようにもう一度いそいそと廊下を歩く。

 放課後の学園内は用事がある生徒以外は留まる理由もないと、すぐに下校してしまう。

 寮の方が寛げる、家に帰れば習い事が沢山で……という声が多いけれど、今は閑散とした構内であることが人の目を掻い潜る助けになっていた。



「まだ、いない……!」



 トントン、と生徒会室の扉を叩いても開く気配がない。

 もしかして彼は今日の約束を忘れてしまっているのではないか? と嫌な予感に襲われる。

 若しくは急用が入ったとすれば仕方ない事だけど。


 初日からいきなり延期か中止だなんてあんまりだ……!


 期待していたおかげで、落差も大きい。

 だがこの部屋の中に誰もいないことは現実で、ジェイクの姿は見えない。


 いや、まだだ!

 もしかしたら遅れているだけで、このまま待っていたら来てくれるかも。


 だが万が一にも生徒会室の前でウロウロしている姿を見られたくないな、と危機管理能力を発揮するリゼは少しばかり離れる。

 良い思い出ではないのだが、医務室のある廊下と、この生徒会室の並ぶ廊下の間には二段噴水が綺麗な中庭があった。


 ……その噴水でえらい目に遭ってしまった事が今では懐かしいが、待機するならその中庭が一番都合がいい。

 一番生徒会室に近い端っこのベンチに座っていれば、ジェイクが来たらすぐにわかるはずだ。


 五分や十分の遅れがどうしたというのだ。

 時間通りに行かないと不安になったり徒に苛々してしまうのは自分の悪い癖だ。


 心ここに在らず、落ち着かない気持ちには変わりがない。

 ジェイクにとってはたかが家庭教師という話かもしれないが、こちらにとっては唯一堂々と一緒に過ごせる時間だ。

 一体どれほど待ちわびたのか、永遠に彼が分かることはないのだろう。


 さざめく心を宥めよう、気晴らしをしようと中庭に一歩足を踏み入れる。

 すると――


 話し声が聞こえて背筋がひんやりと冷えた。

 もしかして自分が生徒会室の前でウロウロ落ち着かない様子で行ったり来たりしている様子を見て、不審に思って監視されていた?

 悪いことをしているわけではないのに、ぎょっとする。


 だが放課後のこんな奥まった場所の中庭に、一体何の用があるというのだ。

 話をしたいなら適した場所はもっと他にいくらでもあるじゃないか。


 意を決して話し声が聞こえた、先の方に視線を遣る。


 端から端まで、結構な距離がある。

 遠くに一組の男女の制服姿が……



「えっ」



 反射的に後ずさり、リゼは廊下に跳ね戻された。

 間違いない、奥のベンチで話をしていた生徒はカサンドラと王子だった。


 この学園で最も目立つ男子と最も目立つ女子の組み合わせを見間違えるはずがない。

 会話の内容を聞いたわけでもないのに、「うわぁ」とこちらの方が照れてしまうのは何故だろう。


 普段全く一緒にいる光景を見かけることはない二人、でも実は別の場所で親交を深めているという場面が気恥ずかしく感じてしまうからかもしれない。

 日頃バカップル状態の恋人同士の語らいを見てもなんとも思わないけれど、プライベートの時にだけ仲良く過ごすというシチュエーションはまた違う。


 公私の別がついているという点でも憧憬の眼差しになってしまうのはしょうがない。


 いいなぁと羨むことさえ憚られる、二人の姿。

 それを遠巻きにでも垣間見たことに、ドキドキと心が高鳴った。



「悪い、遅くなった!」



 未だに動揺が冷めきらないのに、追い打ちをかけるように背後からジェイクが呼びかけてくる。

 これ以上心臓に負荷がかかったら止まってしまう! と心配になるくらい、今日のリゼの心臓は過負荷を強いられている。


「お忙しい中お疲れ様です」


「いやー、ちょっと話が長引いてな。

 ……忘れてたわけじゃないんだが」


 ジェイクは特にノックという動作を挟むことなく、生徒会の扉を開ける。

 キィ、と僅かに蝶番が軋む音がしたが、規格外に広い生徒会室の中に踏み入っていった。


 入った先には役員たち専用に用意された机が整然と並んでいるが、右の方にツイと視線を向ければ長椅子が長方形状態に並び椅子が等間隔に配置されてる。

 会議に呼ばれたから分かるが、毎週この広いスペースで話し合いを行っているわけだ。

 奥には給湯スペースもあるし、更に大きな扉が左壁に設置されていて――恐らくリゼの立ち入り禁止のサロンなのだろうなと予想がついた。


 失礼しますと彼の後についていくと、個人が使うには大きな机の前に彼はどっかりと腰を下ろした。

 どうやら彼のために用意された机のようだ。


 適当に椅子を持ってきたら良いと言われ、一瞬迷ったが会議スペースの端っこ、余ったようにぽつんと置かれている丸椅子を運んでくる。

 少し間をとって置き、恐る恐る座る。緊張の一瞬。


 広い机なので、それでも十分な余裕があった。


「どなたとお話をされていたのですか?

 あの、用事があるならいつだって良いんですよ、今日じゃなくても」


 少し不安になって、リゼは彼の表情を横から伺う。


「違う違う、今日あいつに――ほら、先週うちのクラスで突然求婚宣言した上級生のこと覚えてるか?」


「忘れるわけありませんよ」


 あれは確かに驚いた。

 シンシアも泡を食ったように教室を飛び出した翌日も休むし……

 ただ、今日は元気そうな様子で登校していたので、それは良かったなと一クラスメイトとして思う。


 彼の話を聞きながら用意を進めていると、彼は可笑しそうに含み笑って頬杖をついた。


「あいつがさっき話しかけて来てな。

 俺への報告と、礼だったか?

 ……はは、ホント面白いわ」


 彼が屈託なく笑うと、その度に赤い髪先も一緒に揺れる。


「?」


「あいつ、ゴードン商会の娘と付き合うだのなんだの、報告を俺にしてくるんだからな。

 予想外過ぎるだろ」


「……ええ!? し、シンシアさん、あの人とお付き合いするんですか!?」


 そっちの方に吃驚した。

 どうひっくり返ってもそんな結末だけはありえないと思っていた、クラスメイトだって結構気を遣っていたというか、シンシアを追い詰めないように先週の話は無かったもののように振る舞っていたものだ。

 勿論シンシアをからかってくる声も上がったが、彼女はやんわりとした態度でそれを受け流していた。露骨な反応では逆に煽るようなものだから、曖昧に濁した反応になるのはしょうがない。


 その内、噂も下火になるのだろう。


 余計なことを詮索しないのが礼儀だと暗黙の了解状態だったのに。


「しかもそれが俺のお陰って言うんだからな、ホントあいつ面白いだろ」


 ジェイクがあの場を制止に動くまで、どうも彼は告白だの求婚だの、そこまでやらかすつもりはなかったのだという。

 一度会って惚れ込んだ相手と是非話がしたい一心で教室までやってきた。

 だがカサンドラが同じクラスにいる。

 しかも何の用かと聞いてくるけれど、どうにも昔馴染みに恋心を知られるのは恥ずかしい。

 出直すか、呼び出してもらうか悩んでいたところ――


 ジェイクが勝手に勘違いをして彼を追い詰めてしまったものだから、誤解の欠片も生まないように告白する他無かった。カサンドラに懸想だなんて、仮にジョークでもとんでもないことだ。

 曖昧な返答では王家に反目する勢力の一部と見なされて取っ捕まってしまう。


 しかもいったん言葉にしたら上滑るように、求婚まで突っ走ってしまった。



 ……だがしつこい説得と半ば強引に言いくるめデートをしてもらった事で、何故か婚約は無理だけどお試しの交際なら……という言質をシンシアからゲットできた、と。


 ジェイクのプレッシャーが無かったらあそこまで思い切った行動は出来ず、今と同じ結果になったかもわからない。


 そう興奮気味に語る彼は、今日一日舞い上がっていたそうだ。


「俺にしてみたら、見過ごして問題になったらヤバいなって嫌々動いただけなんだが……

 それに礼を言われるんだからわからないもんだよな。

 意外と素直で良い奴だ、俺はああいうのは嫌いじゃない」


 嫌いではないというどころか、割と気に入っているかのような口ぶりだ。

 既に交際相手のいる、しかも男子生徒とは言えこうも簡単に彼に好感を持ってもらえるなど嫉妬しそうになるではないか。


「でもあの人、結構口が悪そうって言うか……

 ジェイク様にも失礼なこと言っていた気がしますけど」


 ほぼ初対面であの口ぶりは、相手がジェイクでなくとも相当失礼な態度だったのではないだろうか。カサンドラに対しても大概だったが。

 あれを特に気にしていないカサンドラの心が寛容すぎて震える。


「むしろフツーに話してくれた方が気が楽だけどな。

 無理に遜られるより、よっぽどマシだ」


 そうだった、この人は普通の貴族の感覚とは少し違う。

 別に敬語でなくとも怒るようには見えない、そして印象通りなのだろう。


 彼らの立場で通常の友人関係は難しい。

 それでも彼本人は親しみやすい雰囲気だし、会話を聞いていると丁寧語や敬語を抜きに話しかけている男子生徒も多い。

 シリウスや王子には恭しく話しかける生徒も、ジェイクの前でタメ口を使っているのは耳にしたことがある。

 流石に怒るかと思ったが、むしろ嬉しそうだったなという記憶が鮮明に蘇った。


「そういうものなんですね」


「そうそう。でもあいつ良いよなぁ。

 表向き貴族じゃないってだけで、ああやって好きな奴に自由に告白だの出来るんだもんな、あの自由さが羨ましい」


 心臓がぎゅっと鷲掴みにされる。

 血の気が引き過ぎて、全身の血液が逆流しそう。


「ジェイク様、どなたか想いを寄せていらっしゃる方が!?」


「いや別にいないけどさ。

 あ! やめろよ、根も葉もない噂流すのだけは!」


「絶対言いません! 私、噂は話すのも聞くのも好きじゃないです」


「……その言葉信じるからな」


 ドキドキした。もしも肯定されたら、ショックで生ける屍となるところだった。

 今は好きな人はいないという申告を信じるしかない。

 いや、仮にいたとしても、だ。

 それで「はいそうですか」と想いをなかったことに出来る程、リゼは柔軟な思考の人間ではない。

 失恋をいつまでどこまで引きずるんだろうかと想像したが、自分でもよくわからなかった。



   あの自由さが羨ましい



 その言葉に、物凄く気持ちが乗っかっている気がした。

 だからつい、想っている異性でもいるのかと頭が真っ白になって――変な事を口走ってしまった。

 これではあの上級生のことを笑えない。


 では、身分だなんだという重石が無ければ自由なのに、という本音が漏れただけなのか。

 一連の出来事の末、無邪気にジェイクに「ありがとう!」なんてお礼を言えるような相手ベルナールを前にして、きっと思うことがあったのだろう。


「ジェイク様は……

 その、あまりご自身の立場を望んでいないかのように見えます」


「んー。まぁそうだな、なりたくてロンバルドの後継ぎになったわけじゃないし?

 別に俺じゃないといけないってわけでもないしなー」



 もし俺が不慮の事故で死んだって、替わりはいつでも用意されるだろうし?



 彼はそう気楽な口調で言い放ったが、その瞳は先ほどと違い心から笑っていないように見えてしょうがない。

 

「だったら、その、辞めるってことは……考えた事、ありますか?」


 後継ぎの権利を放棄することが赦されるのかどうかは分からない。

 だが彼がそこまで自身の立場を不満に思い、普通が良いなんて心底思うのならばそれも一つの方法ではないか、と。

 身分差がなくなるとかそういう問題ではなく。

 今の生活を嫌々続けることは彼が可哀そうだなぁ、とふと思ってしまったからだ。


 彼のそういう価値観はリゼには好ましい、だ現実が彼を縛っているのなら――さぞ生きづらいだろうとも、思うのだ。

 

 すると彼はしばらく瞑目し、口を引き結ぶ。


 要らないことを言ってしまっただろうかと後悔した。

 だが、偽らざるリゼの本音から生じた質問でもあった。 


「ないな、ああ、それはない」


 何故ですか、と問う前に彼は薄く笑う。



「替わりはいる。親父だって俺が駄目ならすぐに次を連れて来るさ。

 でも替わった人間が、俺を支援してくれてる昔馴染みを今と同じ待遇で扱ってくれると思うか?

 フランツやライナスとか、他にも世話になってる奴は沢山いるけどな。

 そいつらに冷や飯食わせるのか? いや、それだけはナシだろ。

 ――引き受けた以上はなぁ。

 ま、これはシリウスやラルフも同じだろうな」



 多分、自分には想像しか出来ない感覚だ。


 この学園では、いや貴族社会では王子と一緒に神様か! という下にも置けない扱いを受けている人たちだが、他人の生活だとか命を背負っている事実。


「ま、なんだかんだ言っても親父次第だし。

 考えるだけ無駄だ、無駄」


 そこまで言って、壁掛け時計の分針を彼は視界に収める。 


「――おい、あんまり駄弁だべってると帰る時間が遅くなるぞ」


「すみません、では早速始めましょう」



 帰る時間が遅くなるなど、こちらも望むところだ。

 だが彼も忙しい中で時間を作って来てくれたのだ、彼に無駄と思われるような時間を過ごしたいわけではない。

 





  ……思った以上に真面目な人だ。

  話せば話すほど、驚くことが積み重なる。





 その分、想いも積み上がっていく。

 それが嬉しくも有り、苦しいとも思う。





 

   自分とは違う世界の人だと身に詰まされるから。

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