第84話 <リゼ>


 デイジーと顔を付き合わせて『作戦会議』を行ったのは、その時点で三回目だった。



 カサンドラと王子に二人きりで仲良く過ごして欲しいと切に願うデイジーと。

 王子の護衛として彼らに同行するジェイクに会いたい――そこまでは言わずとも、姿を見れたら嬉しいかなと思っていたリゼ。


 二人の利害は何故か一致し、カサンドラに内緒で事は進められた。

 彼女自身にこんなことを企てています! なんて宣言して難色を示されたらどうしようもない。


 聖アンナ生誕祭の用意に生徒会役員たちは毎日忙しなく動いていた。


 その合間を縫うようにカサンドラから当日立ち寄るだろう場所について幾度か尋ねてみた結果、ようやく詳しいコースが判明した。

 ……とは言っても午前中は職人通りというカサンドラも何をするのか知らされていない、王子達の所用のために設けられた時間だという。


 唯一、リゼが知っていた場所はかつてカサンドラに連れて行ってもらった高級そうなカフェくらいなものだ。

 予定では三時ごろそちらに寄って、お茶をして解散という流れになるはずだ、と。

 勿論予定は未定、当日どのような動きになるのか完全なる予知は出来ない。


 だが高い確率であのカフェにカサンドラ達が立ち寄るだろう、それはリゼにも分かる。


 立ち寄るカフェの話をした瞬間、デイジーはしばらく考え込んだ。

 瞑目の後、デイジーはとんでもないことを言い出したのだ。


「店長に協力してもらうのが一番手っ取り早いですね。

 あのお店はシンシアさんのご実家がオーナーですから、彼女に事情を説明して協力を仰ぎましょう」


 デイジーの言葉の意味が分からず、リゼは困惑しながら彼女の意図を尋ねた。


「シンシアさんのことは御存知ですよね?」


「知ってます、同級生ですし」


 午前中しか一緒にいないと言っても、同じ教室で朝必ず顔を合わせるクラスメイトくらい知っている。

 彼女は他の女生徒達と違って引っ込み思案で――


「リナと仲が良い子ですよね?」


 二人とも大人しめの趣味を持っているらしい、更に言うとシンシアは貴族の息女と言うわけではない。

 だが名のある商家のお嬢様だから、自分達とは立っているフィールドは違うのだ。

 縫いぐるみを縫うのが好きだとかで、リナと楽しそうに裁縫の話をしている姿を良く見かけた。

 自分達三姉妹は趣味が何もかもバラバラなので交友関係も昔から互いに干渉したこともない。


「私があのカフェを紹介できたのも、シンシアさんとご縁あってのことですし」


「シンシアさんとは元々お友達なんです?」


 デイジーは地方からやってきた貴族だと聞いたことがある。

 実家が遠いからわざわざ別邸に住んでいるというのに、王都に友人がいることに驚いた。貴族同士の繋がりって凄い。


 だがそういうわけではない、とデイジーは首を横に振った。


「――シンシアさんはカサンドラ様のファンなのです」


 うんうんと頷いて聞いていたリゼの頭が、一気に横に捻られた。

 ファン……?


「え、でもカサンドラ様は女性ですよ?」


 ファンと言うと、同じクラスの御三家の御曹司メンバーに夢中になっている女生徒を指すと思っていた。

 例えばリタがラルフに対し騒ぐように、リナが密かにシリウスを慕うように、自分がジェイクに何とかして接点を持ちたいと足掻いているように。


 だがシンシアはそのような意味ではなく、純粋にカサンドラを心の中で『お姉さま』と呼んでいるくらい傾倒しているらしい。


 ”お姉さま”。

 どうしよう、凄く……響きがしっくりくる。


 ……一部同級生からそんな風に呼ばれているなんてカサンドラが聞いたら、果たして何を思うのだろう。


 いや、リゼも彼女はお姉さんっぽいとは思っているけれども。


 高貴な生まれで王子の婚約者でありつつも、常に落ち着いて穏やかで優しい彼女に直接話しかけることは出来なくても、お近づきになりたい!

 そう思ったシンシアが最初に接触を図ったのがカサンドラから友人認定を受けているデイジーだった。


「カサンドラ様は親衛隊のような存在がお嫌いでしょう?」


 デイジーが眉を顰めて言う通り、取り巻きを従えて学園内を練り歩くカサンドラの姿は想像できない。


 身分の高い令嬢には取り巻きがいるものだと、リゼは何度もこの学園で目の当たりにして学んだつもりだ。

 だがカサンドラは派閥なんか以ての外、どちらかというと一人で居たいという孤高の存在。

 

 デイジーにとりなしを求めても、取り巻きなんてやめてくださいと言わんばかりの彼女に付きまとうことは困難である。

 それが出来るならデイジーだってとっくの昔に親衛隊の幹部ポジションである。


 カサンドラに関する話題をきっかけに親しくなり、シンシアに実家が権利を持つ一つのカフェを教えてもらった――と。

 更にカサンドラが三つ子を連れて行ってくれることになったのだから、ご縁というのは分からないものだ。


「シンシアさんにお願いすれば、快く応じてくださると思います」


 リゼには全く思い至りもしなかったが、来客カップル数で無理矢理二人を特別席に案内させてしまおうという荒業をデイジーは提案したのだ。

 絶句して二の句が継げないリゼに彼女は畳みかける。


「リゼさん、貴女はジェイク様がお二人の邪魔にならないよう引き留める役をお願いしますね。

 ジェイク様と私たちが相席出来れば最良です。……難しいかもしれませんが」


 最近のリゼとジェイクの様子を見ていると、仲の良いクラスメイト的感覚で上手く事が運ぶのではないか? なんて夢を見させてくるデイジー。


「わ、私がジェイク様を呼び留めるなんて、そんな」


「お願いしますリゼさん。

 私はジェイク様を呼び留めて相席してもらおうと考えるほど、その……あの方と親しくありませんので、きっと不審がられます」


 デイジーがジェイクと入学当初にいざこざがあったことはリタから聞いた。

 だから二人は仲が良いわけもなく、無関係を貫く者同士。

 そんなデイジーが相席提案は確かに変だ。

 でもリゼだって僭越、おこがましい。不審がられるのは自分かも。


 最後にそんな役回りを渡され、リゼはそんなことは無理だと断りたかった。

 でも……


「休日のデートの時でさえ、常に誰かが一緒だなんて息が詰まりませんか?

 せめてお茶の時間位、二人きりになれたらカサンドラ様も喜ばれるのではないでしょうか」



 デイジーにはまさしくドレスの借りもある。

 何より、ジェイクと休日に普通に話をする機会をわざわざお膳立てしてくれるという。


 そこで頷かないなら、彼と仲良くなるなど夢のまた夢だ。

 勇気を出して、自分が、声をかけるべき!



 ……言われてみればカサンドラだって折角王子とデートなのに、ずっとジェイクがいたのでは落ち着かないと思う。

 王子と二人きりになれたら、彼女も喜んでくれるかもしれない。


 デイジーがわざわざ気を回してカサンドラと王子を二人きりにしてあげたいということは、普段周囲の目があって二人だけの時間が滅多に取れないことを示している。


 カサンドラは我儘を言う性格ではないから、そんな状況を何も言わずに受け入れているのだ。

 我慢強く控えめな人だ。

 人知れず、やりきれない想いを抱えているのかもしれない。


 今までカサンドラにはずっと頼りっぱなしであった自分達。

 それも自分には運次第でジェイクと同席できるかもしれないという特典付きのお手伝い!



 ――俄然、やる気が奮い立った。  




 ※




「こんにちはジェイク様。

 偶然ですね、良かったら一緒に何か食べません?」




 たったそれだけの言葉に、頭の中は得も言われぬ気恥ずかしさで沸騰中だった。

 わけがわからないという顔で一番奥の二人掛けの席まで案内されたカサンドラを横目に、自分はジェイクにそう声を掛けるのでいっぱいいっぱい。


「なんだ、リゼ。お前もここにいたのか」


「デイジーさんに生誕祭のドレスを貸していただいたので、そのお礼ですけど。

 ……ジェイク様はカサンドラ様や王子と一緒だったんですか?」


 教室の中では大分普通に話せるようになったはず。

 でもいざ街中で、学園内という囲いから解き放たれた場所で普通に話すので神経が一気に摩耗していく。


「俺はアーサーの護衛でここに着いて来ただけだ。

 丁度いい、腹減ってるからテキトーに何か選んでもらって良いか?」


 そう言って彼はよっこらしょ、と。

 普通にリゼの隣に遠慮なく腰を下ろしてきた。


 一緒に食べようと言ったのは自分だけれども!

 まさか一切の躊躇なく、空いたスペースにどっかり座ってくるとは……!


 どうやら普段自分で何かを注文するという習慣が彼にはないらしい。

 ジェイクレベルの人が外食なんか言ったら間違いなく予約済でフルコースだろうし、他所様の家での晩餐会でメニューを選ぶなんてないだろうし。

 普段選ぶことをしない人だから、面倒なのだろうな。


 お腹が空いているということで彼の了承の元、バゲットとビーフシチューをすぐに頼んであげた。

 ついでにリゼとデイジーもケーキセットとそれぞれ注文。

 何せ本当にカサンドラ達が来店するのか、今か今かと二人でずっと待ち構えていたのだ。

 グラスの水は実は四杯目。


 こうしてカサンドラ達がやってきて『千組目のカップル』というお題目で二人きりの席に連れていくことが出来たのだ、待ち時間が報われた想いである。

 トランペットを意気揚々と掲げた店長の、彼女達に見えないよう向けてくれたVサインにこちらとしてもガッツポーズ状態だ。


 多少不自然だったかも知れないが、こうでもしないと普通に四人掛けのテーブル席に着くことになっただろうし。


 ……ちょっと、いや、かなり力技だけど……後でカサンドラに怒られたらどうしよう。


 

 ジェイクがすぐ隣に座っていることに、リゼは本当にこれは現実なのか? と。

 しばらくデイジーをチラチラと見やる。

 だが彼女は品よく微笑んで、ジェイクに対して通り一遍の挨拶をするのみだ。友好的ではないが失礼にならない程度――という匙加減は流石デイジーだ。

 リゼなら苦手な相手に対してここまで表面上だけでもにこやかに振る舞えるかというと大変難しい。

 尤も、社会に出ればそんなぬるいことは言わずに嫌な人にも媚びへつらう必要も多分にあるのかもしれない。自分の忍耐は持つのか、今から就職した後が心配になってきた。


「あの、護衛のお仕事お疲れ様です」


 ふと左に視線を向けると、グラスを持ち上げて水を飲んでいるジェイクがいる。

 こんなに近くにいて良いのだろうか、自分は明日死ぬんじゃないかな? と本気で思った。

 いや、もしもここでデイジーが一緒にいてくれなかったら。

 ジェイクと二人だけでカフェにいたなんて誰かに知られたら、今度は湖底に沈められかねない。命の危機だ。


 デイジーもそれを分かっているから、中座することなく同じ席にいてくれる。非常にありがたかった。


「多少歩き回った程度で、別に疲れることもなかったけどな。

 ま、いつも通りだいつも通り」


 会話の選択と言うのはとても難しい。

 もとよりあまり話の引き出しが多いわけではないリゼ、しかもどんな話をしたら相手が喜ぶかな? なんて普段意識したことがない。

 だから失礼にならない、お互いの共通事項を必死に探して彼と教室内で交わすような軽い言葉のやりとりを続ける。


 指先が震えないように気をしっかり持つので精一杯だ。

 ふと会話の中で、王子は剣の腕も一流なのだという情報を得る。

 別に自分が護衛しなくても王子一人で危険な事なんかないんだけどな、とジェイクがボヤいた。

 しかも魔法の使い手でもある王子は本当に何者なのだろう、世の中には完璧な人間もいたものだ。

 離れた二人掛けの席で、穏やかに談笑するカサンドラ達を眺めて息を呑む。


 やはりロイヤルカップルだなぁ、遠目からでも上品で高貴さに満ち溢れたオーラが見える……!

 

 剣の話に入ったので、リゼは話そうと思っていた話題の一つをジェイクに振った。


「この間ジェシカさんに稽古をつけてもらいました。

 全然敵わなかったですけど、楽しかったです」


 それは事実だ。

 誰とも共に励むことなく淡々と言われた指示だけを機械的にこなし続けるよりも、子ども扱いされたって一緒に剣を交えてくれる稽古の方が楽しいに決まってる。


 ジェイクが組手をしてやると言ってくれたものの、その領域に行くにはまだまだ児戯に等しいと言ったところか。


 ”ジェシカ”という名前を出した瞬間、ジェイクは露骨に眉を顰めた。

 あれ?

 もしかしてまだ例の一件で彼が煩っていることがあるのかと、ヒヤッと背筋が凍る。


「ジェシカ……ジェシカがなぁ……」


 はぁぁぁ、と。彼は沈鬱な表情で、テーブルの上に肘を乗せた。

 彼女との話はあれで終わりだと思っていたが、まだ何かあったのか。


「あいつ、最近やたらと俺にカサンドラを推してくるんだよ……

 何なんだ一体」





    ………は?





 それまで話を聞き流していたデイジーが、急にズイッと身を乗り出してジェイクに話しかける。


「どういうことです?

 カサンドラ様は既に王子の婚約者でいらっしゃいます。

 バーレイドのお嬢様が貴方に何故そのような意味不明な進言を?」


 自分の言いたいことをデイジーが代弁してくれた。


 そう!

 推す、というのは多分まだジェイクの決まっていない婚約者の事だろう。

 だがカサンドラだけはそこにありえないはずではないか。

 名前が挙がるだけでも不謹慎極まりない。


「あいつが勝手に俺や親父に推してるだけだから、理由なんか知らん。

 でも親父がその気になったら超面倒だから勘弁して欲しいんだよな」


「……ダグラス将軍がその気になったら、カサンドラ様と王子の婚約さえ白紙に戻せると?」


 デイジーの声が動揺のせいか微かに震えている。


「どうだか? 出来ないとは言えない――ってとこか。

 まぁ無理だとは思うけどな、ヴァイルのオッサンや宰相の手前」


 リゼは心臓が止まるんじゃないかと思うくらい吃驚した。

 一国の王子の婚約話に待ったをかけることが出来る将軍って何者!?


 リゼはその偉い人周りの事情など一切分からない。

 でも、もしも……ジェイクのお父さんが本当にそうと決めたら……


 カサンドラがジェイクと結婚することもあるかもしれないってこと!?


 そんな馬鹿なと言えるくらい、彼らについて良く知っているわけじゃない。

 だがそれはあんまりではないか。


 カサンドラが万が一にもジェイクの婚約者候補になったとしたら!

 自分は絶対無理無理、勝てないとかそういう話じゃない。


 ……足元が急に冷水に浸され全身が強張る。


「ジェイク様は……カサンドラ様が婚約者だって言われて。

 それで良いよって受け入れるんですか……?」


 考えたくもない未来。

 それは絶対に想像したくないから、頑張ってそのイメージを拒絶する。





 「いや、絶対無理。」




 ジェイクは全く躊躇することなく、バッサリハッキリ言い切った。


「……それは有り難いですが、一体カサンドラ様にどのようなご不満が!?」


 興奮し、バンとテーブルを叩くデイジーの顔がちょっと怖い。

 カサンドラが王子の婚約者でなくなるのは困るが、カサンドラなんか絶対嫌だと断言されるのもまた気に障るらしい。

 この人も難儀な人だなあ、とリゼは四杯目の水の入ったグラスを空にした。


「カサンドラ本人がどうとかじゃねーよ。

 別にあいつの事は嫌いじゃないし。

 ただ、なぁ……」


 スッとジェイクは奥の席で王子と穏やかに――それはそれは幸せそうな顔で話をしているカサンドラの姿を指差した。

 離れた場所からでも、カサンドラの好意が伝わってくる。これがまさに恋する乙女状態!


 普段冷静でそうそう取り乱すことのないしっかり者という印象の彼女が、王子の前だとあんな風に柔らかい表情になるのだと吃驚する。



「お前さ、あんなにアーサー以外眼中にない女、俺にどうしろと……?」



 そこはかとなく引いた様子で、彼は肩を竦める。


 それまでカチカチに凍っていたリゼの思考回路が、ジェイクの言葉でようやく正常に巡り始める。

 丁度テーブルに注文していた料理、そしてケーキセットが運ばれてきた。



 カサンドラ達も同じケーキセットを注文していたようで、彼らの後に並べられたものだ。





「アーサーは羨ましいと言えば羨ましい。

 ……でもそれは相手があいつだからじゃなくて、真正面から身分だなんだ関係なく惚れられてるから。

 それに、だ。

 アーサーの嫁予定を親が言ったからって横取りして、平気な顔出来るほど面の皮厚くないぞ。

 いくら親父に命令されても断固拒否する」


 拒否るのが面倒なんだよ、と彼は渋面を作った。


 そして運ばれてきたばかりの濃いブラウンのシチューを食べ始める。

 同じく注文したバゲットも運ばれ、アイスクリームのミント添えで見た目も爽やかだ。


 確かに間食まで女神に祈りを捧げる習慣はないが、周囲の目を憚ることなくあっさりとおやつ扱いで食べ始めた彼。

 そんな不信心なジェイクの様子を眺め、デイジーと顔を見合わせて苦笑した。


 デイジーも彼の答えに十分納得したようで、それ以上言及はしなかった。

 失礼な態度をとってすみませんと謝罪した彼女に、ジェイクは笑っただけで終わらせる。


 要するに本人は全くその気は無い、更にカサンドラにも大迷惑だから辞めろと言っているのに――ジェシカが無理矢理推してくるから本当に辟易している状態なのだ。



 その原因が自分にあるなど知る由もないリゼには、彼女ジェシカの乱心ぶりが理解できないままだ。


 でも、ジェイク自身から話を聞けて良かったと思った。

 もしもひょんなことからこんな非常識な噂が流れてきたら、リゼも大混乱状態だっただろう。

 ジェシカは感情的になったらあまり他人の目を気にしないで言い募る性格らしいし、いつか学園で噂になりそう。

 その時は泰然と構え、気にしない様にしよう。





「なぁ、リゼ。お前甘いものは好きか?」


 唐突な質問に面食らう。


「え? はい、好きですけど」


 正確には、味には拘りがないというべきか。

 貧乏舌という自覚はあるが、この王都に来て好き嫌いが一切なくなった。

 美味しい料理はどんな食材を使っていても美味しいのだと知る。


「じゃあこれ、お前食べてくれるか?

 残すのもアレだし」



 これ、と言ってジェイクはバケットに添えられたアイスクリームを指差した。


 状況を理解した瞬間、カーッと顔が赤くなりそうなのを懸命に抑える。

 弾かれたようにコクコクと頷く他なかった。

 驚きのあまり言葉が出てこないとはこういう事を言うのだ。


 アイスクリームを別のスプーンですくい、そのままリゼのケーキの横にポンと置いたジェイク。

 その流れるような自然な動作に、反応がワンテンポ以上遅れた。


「あ、ありがとうございます……?」


 

 

 堪らず横に座るジェイクを見た。

 身長差ゆえに自分より頭一つ分以上高いところにある橙色の目と――視線が合ってしまった。




「普段なら苦手でも食べるけど、無理するとこでもないしな。

 ――助かった」



 何の意図もない、彼にしてみれば本当に何でもないやりとりだ。





   クラスメイトだからって、ここまで気安く接してもらって本当にいいの!?




 ぎゃーーー! と叫びたい。

 出来る事ならこのもらったアイスを後生大事に家に持ち帰ってしまっておきたいくらいだ。




 言いたいことは、たくさんある。

 でも根底にあるのはずっと変わらない。





 彼の視線から逃れるように、正面に向き直る。

 静かに溶け始める白いアイスが、ゆっくりじんわりとケーキを浸食しかけていた。

 真っ新のスプーンでそれを慌てて掬い取る。




「ありがとうございます、私、アイス大好きです」









        ――大好き。


 

 

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