第56話 野郎どもの挽歌
週末の役員会議も滞りなく、大きな問題が勃発するわけでもなく淡々と続いた。
多少のトラブルなど彼らにとっては誤差の範囲、そもそも自身の意図を完全に反映し動く生徒を抱える役員たちなのだ。
溢れ出る人員で面倒な雑務もごり押し可能な彼らに心配の余地などありはしない。
特に今年は生徒会長が王子殿下!
絶対服従を強いられ威光に逆らうことなどありえない存在が背後に控えているのだ。
役員だけでなく、仕事を割り当てられた生徒は感涙に咽ぶ勢いで指示に従ってくれる。
さぞかし動きやすいだろうな、と傍から見ていてそう思った。
あまりにも順調に進み過ぎて、予定の時刻より早く会議がお開きになりそうだ。
最後に少し空いた時間に、カサンドラは少し迷ったが一つの相談を提起することにした。
――生誕祭での礼装について。
ほぼ全ての生徒は自前で仕立てた礼服、所謂アフタヌーンドレスで参列することになる。男子生徒ならば黒のモーニングコートか。
だが金銭的に余裕のない特待生はそれが不可能、制服での参列を余儀なくされるのだ。
一学期で最も大きな祭典、生誕祭において自分達だけ制服というのは居心地が悪いに違いない。
礼服の貸し出しなどが出来るなら喜ばれるのでは? という提案だ。
だが会議も終わりに向かっている段階で、根回しもなくポンと思いついたような議題が真剣に話し合われることもない。
シリウスの前向きに検討するという通り一遍の返答に退けられた。
どのみち現実的な話ではないのは分かっていたし、本当にどうにかしたいのなら先々に根回しをしてから提案するべきだ。
それは分かっていたのだが、あまりにもトントン拍子に進行していってこの程度のことなら話し合ってくれる余裕があるかな? と。
甘い考えに終わってしまったが、まぁ今回に関して観測気球のようなものだ。
当の三つ子は既にデイジーを初め、既に借りるあてがあった。
カサンドラが気合を入れて今現在、何が何でも通さなければいけない案ではないのだ。
他の生徒からこんな意見もありましたよ、という議事録の嵩増しと言われればその通りかもしれない。
報告書を作成するときにあまりにも全てが順調だとそれはそれで突っ込まれてしまうこともあるので、自分でその穴を埋めた形だ。
会議が終わり、他の役員たちは早々に生徒会室から辞す。
そんなに急いで退出せず少しはゆっくりしていけばいいのに。でも彼らの心情はカサンドラにもよく分かる。
この威圧感に満ち満ちた幹部達と同じ空間で雑談やのんびりできるかと言われれば無理だ。そそくさと一礼して去るのが精神衛生上最も優れた立ち回り。
報告書の作成、資料の整理などの後始末でいつも帰宅が一番最後になってしまうカサンドラだけど、可能ならいの一番にさっさと辞したい。
王子と一緒に帰宅できるならともかく、何のメリットがあって最後まで残らないといけないのかといつも思う。
クラス委員が部屋を出た後、ラルフと王子がサロンで何か一曲弾こうかなどと雑談を始めたタイミングだった。
シリウス、ラルフ、王子、そして発言者のジェイクの幹部全員が辛うじて会議室に揃っていた丁度その時。
「なぁカサンドラ。お前なんで最後、急にあんな話したんだ?
礼服がどうだとかさ。
別に制服でいいじゃねーか、誰が何着てるかなんて気にする奴なんかいないだろ」
カサンドラのせいで少しだけ会議が長引いてしまったとでも言わんばかりの難癖。
ハッと嘲笑と嘆息を合わせ、ジェイクは肩を竦めてそう言い放つ。
たかが五分十分くらいでそこまで敵愾心を持たれても困るのだが、まぁこれも予め彼らに相談していなかった自分の落ち度だ。
「突然申し訳ありませんでした。
実は以前リタさん達にドレスの件で相談を受けたことがありまして。
ご自身で用意できないという話を思い出し、先ほど提起させていただいたのです」
三つ子のことを俎上に乗せたのは、ジェイクも「それならしょうがない」なんて納得してくれるかも。そう期待してのことだ。
彼らと無関係なことで手を煩わせたのかと負の感情を持たれてもカサンドラが嫌な想いをするだけだ。三つ子を
果たして、これは自身の失言だったのだろうか。
言い終えた瞬間、ジェイク、ラルフ、シリウスの三人の挙動が一度ピタッと静止した。
まるで石化の魔法にでもかかったのかと空目する、それくらいの不自然な状態にカサンドラも「???」と彼らを見渡す。
「何故――もっと早くその旨を相談しなかったのだカサンドラ!」
シリウスの剣呑とした第一声がまるで合図だったかのように。
会議を終えての解放気分だった三人が、キビキビとした動作で再度会議の席に着いた。
両肘を会議用の長テーブルに着け、今までのどんな議題よりも深刻な表情で座っているではないか。
なんだ、この物々しさは。
これからどんな需要戦略会議が始まるのかと見紛う程のピリピリした空気にカサンドラの背筋が震える。
王子も彼らの豹変ぶりにきょとんとした様子。
彼らから少し離れた席に着き、三人のやりとりを眺め始めている。
嘴を挟むつもりはないようだが、急に始まった三者会議に興味津々といった様子だ。
「貸衣装を学園側で管理するとして、だ。
デザインや色を変えたものを用意しては、当人達が選ぶ際要らぬ諍いの種になりかねない」
シリウスはかなり真剣な表情でそう口火を切った。
座るタイミングどころか退出する機を逸してしまったカサンドラは引きつった表情で一同を見やるしかできない。
『前向きに検討する』と言われた案件が本当に前向きに検討される瞬間を初めて目の当たりにした。
「フツー、自分で用意するものだからなぁ。
好きな衣装を自由に選べるのも変な話だ、同じ形ので作らせればいいと思うぜ。
何着くらい用意させればいいんだ」
「毎年の特待生の数を考慮し、男女合わせて三十着もあれば事足りるのではないだろうか」
何でジェイクもラルフも真顔で生誕祭の礼服の話をしているのだ。
別に制服で良いじゃないか、と自分で言ったことを掌返しにするのが速すぎる。
……まぁ、結局は三つ子に関わることだからなのだろうな。
着ていくドレスが無いと相談するくらい困っているから、それなら何とかしてやろうという結論に瞬時に至るとか。
本当にこの三人仲が良いなぁ、とカサンドラは無感情のまま事の成り行きを見守るだけだ。
「男子生徒は一般に流通しているモーニングコートを適当に揃えさせればいいだろう。
女子生徒の衣装についてだが……」
シリウスはとんとん、とテーブルを指で叩き言葉を続けた。
「色はやはり赤を選ぶべきではないだろうか」
眼鏡のブリッジを人差し指で直しながら、シリウスが何だか物凄く主観的な意見を言うのに驚いた。
……赤……?
パッと脳内に思い浮かんだのは裾が長い深紅のドレス。
それはきっとリゼに良く似合うことだろう、彼女の勝気な雰囲気にぴったりだと思う。
「おい、何言ってるんだ、黄色かオレンジの方が明るいしいいじゃねーか」
シリウスの勝手な選択に待ったをかけるジェイクの色選択、それは真夏のヒマワリを思い出させる陽気な色合い。
……確かに普段元気で明るいリタには黄色ってよく似合うだろう、普段も黄色いリボンつけてるものね!
「はぁ……
君たちはセンスというものに欠けている。
白が基調の、淡い青色を重ねた衣装一択だろう。聖アンナ生誕祭という祭典に相応しい清楚な装いになる」
ラルフが自信満々にそう告げるが、どう考えてもそれはリナの雰囲気に合わせた色じゃないか。
白いシンプルな下地に、控えめで淡い色のブルーの布地を重ねたプロムドレスがポンっとイメージできる。間違いなくリナに似合うだろう。
何これ……
カサンドラの何気ない提案がこんなとんでもない大三角形を作ることになるとは。
別に今年、すぐのすぐに貸衣装にしたらどうかなんて言ってない。
特待生側からの意見もあり、今後検討出来ればいいねというだけの話だった。
シリウスが最初に言ったように、学園は貸衣装屋を営むわけではない。だから一般的な同じデザインのドレスを色を統一して揃えさせるのは有りだと思う。
礼服が必要なイベントの時にそれで出席できるように。
数多くの色とりどりのドレスに紛れれば貸衣装だなんて目立たない、そもそも式典に奇抜さなど求められていないのだ。
お金がないから制服で参加するという状況より、特待生にとって心理的にマシだろう。
その程度で良いのだ。
だがしかし。
予算は……?
商会に誰が話つけるの?
それとも縫製ギルドに依頼するの……?
そのようなカサンドラの疑問など彼らにとっては些末な問題らしい。
本当に数十着同じものを誂えて学園に配備させそうな勢いなのが怖い!
しかも万が一にも目当ての娘に希望ではない色を着せないよう、敢えて同じ色で揃えさせるとかナチュラルに怖い!
全部同じ色なら、貸衣装を使う際必ずその色の衣装を着ることになる。
つまり――自分のタイプの三つ子に似合う色を着せるためだけに今言い争ってるの? 馬鹿じゃない?
そんな様子を傍から眺めていたアーサー王子が、こらえきれないという様子で笑い出した。
彼がここまで感情を露わにするのも珍しい。
いがみ合って睨み合う三人も吃驚して、離れた席に座る王子に視線を遣った。ちょっと気まずそうに。
「そんなにドレスを渡したい相手がいるのなら、直接渡せばいいんじゃないのかな?
どう聞いても、特定の誰かに着てもらいたいとしか思えないのだけど」
彼はクックッと肩を震わせて、それはそれで大変常識外れの提案をするものだから。
この中では最も一般人の感性に近いと自負するカサンドラのストレスゲージが跳ね上がった。
王子……!
煽るようなこと言わないでください……!
いくら見てて面白いからって……
「それもそうか。
――なぁなぁ、カサンドラ」
「な、なんでしょう?」
ジェイクが急に破顔し、急に親し気な口調で呼びかける。つい身構えてしまうのは当然のことだ。
「三つ子の服のサイズ分かるか?」
「…………え?」
今日の夕飯のメニューを訊くような気軽さで何言ってるのこの人?
「どうせなら、ちゃんとサイズ合う奴作った方が良いだろ。
一人分かったら全員分同じじゃね? 三つ子だろ?」
同級生の服のサイズ、体形サイズなど知らないわ!
「…………。
大変残念ながら……
既にリタさんもリゼさんもリナさんも、衣装をお借りするあてがございますの。
わざわざ貴方達が気を回される必要など皆無です」
カサンドラの心の中で憤りのマグマがぐつぐつ煮えたぎっていた。
「そのような借り物より、良いものを仕立てさせよう」
シリウスの言葉通り、彼らに任せたら凄いドレスが誂えられて大変な事態に陥るのではないかと思う。
だがいくらなんでも庶民の手が出ないようなドレスで参列したら、パトロンは誰だという話になるだろうに。
限度を考えてない彼らに青筋が浮かびそう。
「皆様、宜しいですか?
もっとご自身の御立場を自覚なさってください。
貴方がドレスを仕立てて贈り物をしたとして、お相手の方が喜んで受け取ってくれると何故確信をお持ちなのですか?」
自分からの贈り物が喜ばれないわけがない。
世間一般の常識から照らせばそうなのだろう。
だが三つ子の事情をよくよく知っているカサンドラにしてみたら、彼らの一手は悪手にしかならない。
姉妹仲を完全崩壊させかねない爆弾を贈るに等しいではないか。
実現などさせてなるものか。
「好きでも何でもない相手から贈り物をいただいて、貴方達は喜んで受け取るのですか……?」
それは……と言い淀み、彼らは沈黙した。
自分達が好感を持っている相手が、同じように自身に好感を持っているわけではない。
日常の振る舞い、光景を思い出してそれぞれ思い至ることがあったのだろう。
別に三つ子と親しいわけではない、贈り物を贈るような関係性ではないということに……!
自らの前に立ち塞がる厳然とした分厚く高い壁にようやく気付き、彼らは雷に撃たれたように押し黙る。
ズーーンと暗い影を肩に背負って完全沈黙したのである。
そりゃあショックだし屈辱かもしれない。
彼らはそのステイタス、身分、立場故に誰かに拒絶されたことなどまずないだろうから。
自分がして”あげる”ことは良い事だと微塵も疑っていない。
だが、世の中はそんなに甘くないのだ。
高価なものを与えるだけで相手の歓心を買えるなんて奢りもいいところだ。
お金や地位に目が眩む女性こそ、普段彼らは厭う癖に。
まぁ、善意なのは分かる。
好きな……とまではいかずとも、気になっている女の子が困っていたら助けてあげたい。その想いはカサンドラだって理解できなくもない。
だがそれを己の邪な所有欲と合わせてアピールする、あまつさえ乙女の服のサイズを簡単に訊いてくるとは何事か。
「今度のお休みにクラスメイトのお屋敷まで礼服を借りに行くのだと、それはそれは楽しそうにされていますのよ。
――どうか邪魔をなさらないでください」
ね?
念を押すようにそう言い添え、カサンドラは三人を鋭い眦で睨み据えた。
一応笑顔になったつもりだが、間違いなく目は笑っていなかったと思われる。
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