第50話 納得しかねる
カサンドラはスッカリ眠気や倦怠感が醒めてしまった。
背中に冷や汗が止まらず、昼休憩になっても心がざわめいてしょうがない。
今、自分は他の人の心配をしている場合ではない。
だが――
チラっと上級生が並ぶ長テーブルを視界に入れると、常に数名の取り巻きが傍にいたミランダの傍には誰もいないことが見て取れる。
漏れ聴こえる噂を纏めてみるなら、どうも伯爵令嬢のミランダが婚約した相手はかなり下級貴族らしいとのことだ。
子爵家という爵位を与えられた家ではあるが、要するに名ばかりの斜陽貴族。
かつては栄華を誇った名門一族も、今では毎年の王宮関連などの行事に参列することさえやっとの経済状態――まぁそれに関しては良くある話だ。
領地運営にあまりにも無頓着すぎたり、放蕩で資産を食い潰して家を一代にして傾かせる貴族の話など枚挙に暇がない。
一応ロンバルド一門の末席に名を連ねているから最低限の庇護を受けているようだが、決して未来は明るくない。
良い年齢の嫡男も、成人したにも関わらず全く縁談の話がなく独り身を続けているそうだ。
流石貴族情報網、椅子に座って耳を
怖い。
困窮が過ぎて進退窮まった長子が丁稚奉公代わりに騎士団に入団して、その俸禄で家族の生活を賄っているとかなんとか。
……ええ??
そんな斜陽貴族の家にウェレス伯爵家の娘が嫁ぐの?
どう考えても釣り合わない。昼食が始まる前まで、ミランダはそれこそジェイクの婚約者の筆頭候補だったのだ。
末端貴族の家に嫁ぐなど、外的圧力がなければ絶対にありえないことだ。
しかも金持ちならともかく、そんな家に嫁ぐ……
カサンドラは昼食後もしばらく椅子に座ったまましばらく涼しい顔で周囲の噂を集めていた。
こちらから聞いて回らなくても一瞬で下級貴族の経済状況まで飛び交ってくれる。
そこにはミランダを気遣う声も少なからずあった。
だが殆ど『お気の毒様』と嘲笑が込められた、同情に見せかけた見下し感が隠しきれていない。
そんなところに行くくらいなら豪商にでも嫁いだ方がマシだわぁ、と。
普段上品に振る舞う女生徒の裏の鬱憤をこれでもかと目の当たりにして気分が悪い。
伯爵令嬢が、子爵夫人になって困窮のあまり内職でもすることになったらどうしよう。
伯爵家の援助があればそんなことにはならないだろうが、そもそも娘に援助をするような親が娘を斜陽貴族に嫁がせることを許可するのかと思うと……
体のいい厄介払い以外に思いつかない。
考えられるのは、懲罰。
ジェイクはいつのまにか席を立ち、食堂からどこかに向かうところだった。
どうやら午後の選択講義はアーサー王子と同じ実技を選んだようで一緒に扉の向こうに去って行く――後姿を見て意を決して立ち上がる。
まだ婚約という段階であれば間に合うはず。
醜聞として一生ミランダに付きまとうかもしれないが、何とかこの話の仔細を聞き出してどうにかしなければ。
ジェイクに不意を突かれて、悟られてしまったのが全ての原因だ。
この話はカサンドラには関係ないとジェイクは嗤った。
待って欲しい、改めて考えたら関係ないわけないじゃない!
カサンドラがミランダの立場を慮ってうまく誤魔化していれば、こんな事態に陥らなかった。
関係大有りだ。
カサンドラは周囲の嘲笑を受けて一人席に座るミランダの表情を窺うことが出来ない。
背を向けたまま席に着くミランダは今どれほど心細いことだろう。
これでは本当に良い笑いものだ。
周囲の掌返しぶりに戦慄を覚え、カサンドラは彼らの後を追うことにした。
「……ジェイク様!」
王子の隣にいることがさも当然と言わんばかりに、彼と肩を並べて廊下を歩くジェイク。
その背中に向かって、カサンドラは若干躊躇った後呼びかける。
王子の前でジェイクを呼び止めるという行為はあまりにもリスキーだと思った。
だがこんなにも動揺している状態で、心を落ち着けて音楽の練習など絶対に無理。
絶対ずっと悶々として後悔して罪悪感にかられて――そして合奏の失敗に繋がってラルフに嘲弄され王子に苦笑いされ落胆される。
そんな連鎖反応が見える。
なので是が非でも、彼に対して事の是非を確認する必要に迫られていた。
火急の用だ、一人の少女の未来がかかっている。
確かに彼女のした行為は罪に等しい。
白日の下に晒されて追及されるに足る非道な行いと言っても良いだろう。
だが被害者のリゼ自身が恨みに思っているわけじゃない、言いたいことは全部言えてスッキリした様子でケロッとしている。
判官贔屓で一方的にミランダを追い詰めるのは……
それは絶対に良くないことだ。
「何だよ」
彼は大変気だるそうに、肩越しにこちらを振り返る。
「お願いします、詳しいお話をお聞かせください!」
カサンドラの迫真の様子に、彼も何かしら思うことがあったようだ。
立ち止まり、後頭部を軽く掻くジェイクの傍まで駆け寄ることができた。
周囲の目がある廊下で小走りでも走ったのは今が最初の経験かもしれない。
それくらいカサンドラは冷静ではいられなかった。
「カサンドラ嬢、一体何があったのかな?」
王子もカサンドラの異様な様子に首を傾げる。
憂いを帯びた顔が相変わらず麗しく見惚れてしまうけれども今は……今だけはこの問題を解決することを優先させて下さい!
「王子殿下におかれましては御歓談の最中、大変畏れ多い事ではありますが……
ジェイク様に早急に確認すべきことがございます!
――ジェイク様! お話をお伺いしても宜しくて!?」
その剣幕は予想していなかったのか、二人は軽く顔を見合わせる。
「あー……もう分かった分かった。
話は聞いてやる。アーサー、先に行っといてくれるか?」
「勿論構わないよ。
それではまた後で」
「心からお詫び申し上げます」
深々と頭を下げ、軽く手を横に振る王子に謝罪する。
ここが学園という公共の場でなければ土下座でもしたくなるくらい申し訳ない状態だった。
彼の元から友人を強奪するなんて今までのカサンドラでは考えられない図々しさに、冷静になったら後悔するのだろう。
でもどちらにしても後悔するなら、このモヤモヤしてどうしようもない後ろめたさをどうにか解消する方を選択したい。
事が自分のことだけなら良い。
自分の言動が誰かの人生に影響を及ぼすなど、到底受け入れられるものではなかった。
※
話をするなら生徒会室のサロンを使うべきかとも思ったが、先に退席したラルフが昼休みにピアノを演奏している音が聞こえる。
これはちょっと割って入るには困難で、苦渋の選択に医務室近くの中庭に寄ることにした。
そう、二段噴水のある大きな中庭。
奥のベンチで王子と話をする場所でもあり、そして――
まさにここで、ミランダがとんでもないことをしでかした因縁の場所とでも言うべきか。
「話ってミランダの事だろ?」
「ええ、ご想像の通りです。
このような事を申し上げるのは大変無礼とは承知の上ですが、見損ないましたわ。ジェイク様!」
自分が屈強な男だったら彼に掴みかかっていたかも知れない。
女性にとっての結婚という一大事を、この男は何だと思っているのだ。
権力を使ってやっていいことと悪い事、洒落になることとならないことがあるでしょうが!
「確かに彼女は非難されるべき行いをしたかも知れません。
ですがあまりにも一方的で慈悲の無い制裁に、わたくしは抗議したく存じます」
「とりあえず落ち着け。」
てい、と彼はカサンドラの脳天を軽く手刀打ちしてきた。
彼の予想できないその行動で、カサンドラの正気が徐々に回復していくかのようだった。
それでも腹の底には憤りが燻っているわけだが。
「良いか? 制裁でもなんでもない。
これは俺ら側の事情だ」
そう言って彼はカサンドラを一蹴しようと試みる。
取り付く島もないような態度であるが、やがて諦めの表情でうんざりとした顔を見せる。
「待てよ。
……下手に隠したところで……」
彼は顎に手をあて、うーん、と唸る。
その疑わし気で不審者を見るような目つきで睨むのはやめて下さい。
「……ジェイク様?」
「ミランダがここでリゼに何をしたのかは把握した。その点についてはお前の協力に感謝する。
ただ――それは俺の責任だからな。
あいつが一般人に因縁つけて攻撃するくらい、逼迫してたとは思ってなかった」
「はぁ」
全く思いもよらなかった反応に、カサンドラも掲げた拳を振り下ろす先を見つけることが出来ずに困惑する。
話を持って行く方法はどうあれ、ミランダの制裁まがいの無理矢理な婚約話を再考してくれと直談判する気満々だった。
「お前には本気で関係ない話なんだが、コソコソこっちの内情探られるのも腹が立つしな。
一応説明だけはしておいてやる」
どうやら彼はカサンドラが非常に有能な間諜を抱えていると勘違いしているようだ。
もしも有耶無耶に済ませようとすれば、そっちの方が面倒だ。ジェイクはそう判断したのだろうか。
何故か彼は非常に尊大な態度だったが、その口から語られる真実はカサンドラには俄かに理解しがたい話であった。
一連の流れを聞かされ、カサンドラはこめかみを指先で解す。
「――要するに、その、ミランダ様と騎士団所属のアンディさんという方は元々恋人同士だったということですか?」
そうそう、とジェイクは頷いた。
そんなスキャンダルはカサンドラも聞いたことがないし、食堂の噂の内容を鑑みるに知れ渡っていないことのようだ。
ウェレス伯爵家がミランダの評判に瑕をつけまいと徹底して隠し続け、またミランダもそれを誰にも言わずにいたということか。
まぁ数多の貴族の家において、それぞれ知られたくない諸々の秘匿事項はあるだろう。ウェレス伯爵にとっては、それがミランダとアンディの恋愛であったというだけだ。
カサンドラの目から見ればミランダは完全にジェイクの嫁になる気満々でそれ以外考えていませんが? という態度だった。
周囲の取り巻きも、ミランダは将来ジェイクの正妻になるだろう令嬢に今から顔や名を売るために諂っていた。
でも未来を知る自分は知っている。
――彼女の認識は的外れで絶対に叶うことのない無意味な目標なのだ、と。
決して報われることのない想いに支配され、卒業パーティではカップルたちが踊っている姿をたった一人で寂しくポツンと眺めていなければならない。
状況を想像すると、心臓がキュウっと痛くなる。
しかもミランダはジェイク以外に全く婚姻関係の話をしていないらしく、彼という網が切れたら相手がいない。
良家のお嬢様であることは変わりがないから結婚はするだろう。
だがお相手は結局ジェイクに劣る身分になる上、結局政略の道具として嫁がされてしまう。
あれほどジェイクジェイクと、彼の婚約者候補として振る舞っていた彼女は社交界で面目が丸つぶれだ。さぞ肩身が狭い残りの人生になることだろう。
あのままのミランダをこの先一年二年放置したらどうなっていたか想像すると、下手な怪談よりぞっとする。
リゼ達主人公の時は動いてジェイクとの関係は変わっていくけれど。
ミランダはずっとずっと、一人で叶うことのない目標を抱え、それを達成することなく失意のまま学園を去って行くことになる……
リゼを気に入らないからとあんな事をするなど、とんでもないお嬢さんだと驚いたものの。ジェイクの言う通り、彼女はそこまで追い詰められていたのだ。
気にくわない報告を取り巻きから聞かされ、安穏と様子を見張る程度の余裕もないくらい。
何の力もない一般人に憎悪を向ける彼女の内心を想像すると、今更胸に詰まされる。
ジェイクを好きだ、慕っている、惚れている。
そりゃあそうだろう、そうでないといけなかったから。
他に選択肢がない。黙って立っていてもジェイクが選ぶことなどないのだ、必死に好意を伝え追いすがるような言動もするだろう。
かつての想い人とは引き裂かれた上、叶わない相手を求めることしかできない。
それってどんな拷問?
「アンディは騎士団では先輩にあたるんだけどな、とにかく戦闘能力も高いし、仕事もできる。
遠方の内乱に向かわせたらあっという間に鎮圧して帰還するくらい使い勝手もいいし。
――親父もそれなりに目を掛けてる」
現ロンバルド家当主である大将軍様直々に目をかけてもらってるとか、将来の幹部候補じゃないか。滅茶苦茶厳格で重々しい、殆ど人を誉めたこともなさそうな頑固親父然たるダグラス将軍が目を掛けるというなど……前代未聞では?
しかもジェイクと仲が良く、出来ればもっと上の地位に就いてもらいたいと常日頃から推している騎士。
アンディの身分上、今以上の地位を欲しても困難な軍内状況らしい。
何の後ろ盾もないアンディが上に立ったら諸々不都合があるし、下手をしたら彼自身の身が危ない。
ジェイク側としても軍閥を蔑ろにして、直接彼の後見人となるのは無理。
そこで元恋人だったミランダと結婚すればすべてが丸く収まるという目論見があった、と。
身分差で引き離されはしたが、現実に引き立てられればミランダを娶るに足る地位に手が届く。有力幹部候補だ。
もしも将軍に目を掛けられている子爵家の嫡男が確かな後見を欲している――なんて話が広がれば我も我もと娘を候補に差し出す家などいくらでもあっただろう。
だがミランダのためだけに出世を求める彼は、他の人間の手など借りたくもないとそれを拒んだ。
これはロマンティックな話だなぁ。
自分の惚れた令嬢のために、必死で頑張って自分の地位を上げて釣り合う立場になろうとするだって?
なんてガッツのある男だ。
この学園の適当な令息にそこまでの根性があるだろうか。
普通ならとっくに諦めて適当な女性と結婚しているだろうに、ミランダのために二十歳過ぎても独り身で!
騎士団で職務をこなし俸禄で実家に資金まで援助して!
斯様に一途な上、婚家の後ろ盾が必要なため間違っても愛人なんか囲えない唯一の妻の立場の保証つき。
「……何故……ミランダ様にそのお話を黙っていたのですか?
ジェイク様がもっと早くその旨を説明なされば、彼女はあのような愚行に走らずに済んだでしょう?」
リゼもあんな怖い想いをせず、令嬢間の闇を垣間見ることもなかったはずだ。
すると彼は露骨に目を逸らす。ついーーーっと。
「ミランダの件は親父案件だしなぁ。
それに俺がアンディの事情を知ったのは比較的最近の話だぞ?」
他人を蹴落とし、競り合う出世競争。
アンディは心根が穏やかで優しい青年で、剣の腕こそ確かだが決して競争心に満ちた野心のあるタイプではない。
だがそんな男が黙々と実績を重ね、出世の機会に貪欲であることに興味を惹かれたのがアンディと親しくなるキッカケだったと彼は語る。
責任を負いたいわけでも偉くなりたいわけでもないらしい。
だが能力は確かで、ジェイクとしても是非とも上の地位にいてくれたらとても助かるだろう騎士。
彼にあるのは権力欲ではない。
ただの献身的な愛だ。背中がむず痒くなる、けれども彼を動かす原動力はそれだけ。
今のアンディの身分、政治力では出世と言っても頭打ちが近い。それ以上は強固な後見、後ろ盾が必須だ。
誰か頼りになる親戚などはいないのかと事情を聴いた際に、ミランダとの一件が露呈したらしい。
――彼女に釣り合いのとれる地位を手に入れたいだけ。
ジェイクとしても、無理に別の女性をあてがってアンディと揉め騎士団を辞めると言われては本末転倒。
穏便にミランダと再構築してもらうのが正着なのは自明の理。
……まぁ、そこに何やかやと男性ならではのプライドだとかミランダの真意はどうなのかとか。
アンディも今まで再度求婚する事に踏み切れなかったと。
本人が動かないなら静観するかと様子を窺っていたら、何の前触れもなくミランダが一般生徒を傷つける凶行に走ったことで事態が一変。
問題起こされて面倒だからお前らとっとと婚約しろ! と、ジェイクが重い腰を上げて将軍に掛け合い、彼らの外堀をジェイク自身の都合が良いように埋めてやったというだけだ。
別に二人の恋愛感情を考えて仲人役を買って出たわけでもなく。
勿論ミランダの気持ちを勘案したわけでもなく。
彼は結局
もしもロンバルドの所縁ある貴族が一般人を傷つけたなんてラルフやシリウスに知られるのは都合が悪いだろうし、そりゃあ動かざるを得ない。
彼らは仲良しこよしの幼馴染だけれど、それはそれとして三大勢力の一角なのだ。無駄に弱みや糾弾箇所を晒すのは嫌だと。
ふむ。
成程、ジェイクは学園の生徒であると同時に王宮騎士団の一員であり、将来の幹部候補どころか将軍位を約束された権力者。
一連のミランダに関わる対処は、彼にとっての人事という重要なお仕事の一環なのかもしれない。
事情を知らなかったカサンドラはそれを制裁婚姻だと勘違いしたが、話を聞く限り実際は収まるべきところに収まっただけという一見良い話風だ。
裏もない、陰謀とも違う。
……でも本当に? 良い話か?
「ジェイク様が
何故その手間を惜しまれたのです…?」
かつての恋人が未だに自分を想って待ってくれている。
それを知ることが出来たら、毎日がどれほど幸せなことだろう。
叶いもしない夢を追いかけて焦燥感にかられなくても済むのに。
ミランダは救われたはずだ、今もなおアンディを想っていたのだ。ジェイクを無駄に追い回すこともなく、彼が迎えに来てくれる日まで待っていればいい。
「………。
んー、その辺は俺が悪かったって……」
だからお前には知られたくなかったんだ、と彼は肩を落とした。
「ミランダさんがどのような想いでいらっしゃったのか、想像なさったことがありまして!?」
つい眦が上がり、彼に詰め寄ってしまう。
彼は黙秘を貫こうとしたが、こちらも彼本人が言う通りの悪役顔である。
真剣に彼を無言で睨み据えると、圧迫感も相当らしい。
「――いやぁ、あいつが諸々女共の統制とってくれるからさぁ。
案外、学園生活が気楽で……ついつい、現状維持でもいいかな、とか……」
ほう?
「よくわかりましたわ、ジェイク様。
貴方は少々、いえかなり
……同じ想いを強いられる被害者をこれ以上出さないためにも、僭越ながらわたくしから諫言差し上げても宜しいでしょうか……?」
何故かジェイクは引きつった表情のまま、一歩後ろに引く。
そしてカサンドラも一歩前にズイッと進む。
「い、いや、悪かったって言ってるだろ」
「誤った行為を反省なされば、それで全てなかったことになるとでも?」
一切の斟酌なくカサンドラがそう鋭く切り捨てると、彼は観念したように動きを止めた。
確かにミランダやアンディの恋愛事情に関してはジェイクが直接関係ない話とも言え、実際に動かなかったのは当人同士。
ミランダにせよアンディにせよ、会いに行ける環境にあって尚、己の保身も含めて行動を怠ったせいで拗れてしまったともいえる。
今回の婚姻劇だって、互いに気持ちが繋がっていたから美談に聴こえるがもしもミランダがアンディに興味を失っていたら本当に制裁婚姻じゃないか。
アンディは好きなミランダと結婚出来て万々歳かもしれないが、ミランダは辛い想いをしていた可能性もあったのだ。
ミランダの気持ち問わず婚姻させるという強権発動は十分制裁に値するのでは?
結果オーライで良い話風に言われても困る。
彼女にも根回しをすればよかった。それなのに自分に都合がいいから放っておいただと?
人の想いや事情、乙女心というものを自分に都合よく使ってやろうなんてとんでもない話だ。
カサンドラはいかにジェイクの対応がミランダを傷つけたか、無用な不安を抱かせたのかを滾々と説いた。
彼が右から左へ話を流しているとは分かっていても、彼にこの憤りをぶつけないと気が済まない。
目が逆三角形になっていたかも知れないが、とりあえずジェイクには理解してほしかった。
第一、ミランダが凶行に及ばなければ彼女が追い詰められていると気づけないなんて遅すぎる。
しかし長々と彼に説教めいた事を言ったところでしょうがない。
彼は乙女心は何たるかだの、そんな女性の心の機微を理解できるような繊細な人ではない。
デリカシーに欠けているだけ、悪気自体はないのだろう。だが少々小賢しい部分もあり、他人のウェットな感情に疎い――生粋のお坊ちゃま。
自分が口うるさい近所のオバさんみたいになっている気がして、そんなつもりはなかったのにと頭を抱えたくなった。
「人の気持ちの上に胡坐をかいて弄ぶような真似は慎んでください。
重ねてお願い申し上げます。
そうであって欲しいと望みます。……ジェイク様ご自身のためにも」
彼はようやく解放されたことで安堵の吐息を落とす。
分かった分かったなんて面倒くさそうに返事をするが、本当に意識を改めて欲しいと切実に思う。
でないとこの先――リゼが無駄に苦労するじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます