第32話 王子、攪乱す


 生徒会役員会議が始まってしまう。

 あまり気乗りしない場であるが、そうも言っていられない。


 会長のアーサー王子を筆頭に、副会長のシリウス。

 そしてラルフとジェイクとカサンドラが現状学園の役員『幹部』として活動を行っている。


 他の学年、クラスの代表のクラス委員を含め定例会議が毎週金曜日に開かれるわけだ。

 会長もしくは副会長の招集で週の途中に緊急役員会議が行われるが、こちらは幹部のみが参加ということになる。


 和気藹々という雰囲気には程遠く、司会進行役を丸投げされているカサンドラは大層気が重たい一時間。

 それも今日は一時間では終わらないだろうなと今から辟易だが、嫌な顔をしたところで事態が改善するわけでもない。


 一同が揃い飲み物を配り終えた後、ようやく今週最後のお仕事が始まった。



「――これより本年度第四回役員会定例会議の開催を宣言いたします」



 今日の議題は、六月に予定されている聖アンナ生誕祭が主である。

 祭典自体は学園を訪れる祭祀役の神官とまた打ち合わせを行うとして。


 その後の昼食は大ホールでビュッフェ形式の食事会。

 さらに並行して、祝いの席に生徒会より何か演出を行うことが通例となっているようだった。


 変わり種としては演劇、歌い手の独唱などが披露されることもある、と資料にある。

 だがこれはどの年度も相応、所謂セミプロ状態の生徒が役員にいたからできたことだ。

 劇などとんでもない、この役員どもが嫌がるだろうことは分かっているしカサンドラだって恥ずかしいから嫌だ。

 第一、なんで将来の国王様が見世物にならないといけないのか。


 例年の催しを踏襲することが最も無難。

 そして今年は何より、楽器演奏への造詣が深いラルフが存在するのだ。

 彼にピアノでもヴァイオリンでもなんでもいい、好きな楽曲を快く独演してもらえば皆満足だ。


 流石に一人に全てを押し付けるのが当然という言い方はせず、いくつかの案を提出し検討を重ねた結果――という回りくどい道を辿る。

 王子に限らずシリウスもジェイクも、勿論ラルフ本人でさえ最終的な結論など分かっているのに。


 無駄な時間だと思うが、存外他のクラス委員から素晴らしい代案が提出されるかもしれない。

 それに若干期待したが、やはり彼らも今年度の幹部を差し置いて提案というのもハードルが高いようだ。

 幹部たちで決めてくれという声なき声がひしひしと伝わってくる。

 まぁこれは、組織の中での会議ではしょうがあるまい。本来彼らと対等に話が出来る身分でもないので、一層気後れしてしまう。



「以上、検討の結果独奏会が望ましいとの賛成が多数となります。

 ラルフ様に采配をお願いすることになりますが、役員一同可能な限りのサポートを――」


 淡々と話は進み、形的にも整えることが出来た。

 何の話し合いも前触れもなく開始数十秒で「お前一人に任せる」なんていう議事録を作ることになるのは大変都合が宜しくない。

 お役所的と謗られても仕方ないが、役員幹部よる独裁だなんて監督者に判断されては不味い。公平に、さまざまな議論を経た結果決定したのだというお題目は必要だ。

 暗黙の了解ゆえ、皆茶番のような会議進行に全員が協力してくれる。これは有り難いことだ。


 回り道を往きながらようやく想定到達点に辿り着いたかと思った直後。

 それまでうんうんと頷き、場の様子を窺っていた王子がカサンドラの声を遮るように片手を挙げた。


 その瞬間、カサンドラのみならずラルフもジェイクも、いやその場にいた王子以外の役員が皆瞠目して彼を見やったのである。

 視線に音が不随するものなら、ザッとけたたましい音とともに集まっていたはず。


 最初の挨拶、締めの言葉。

 そして採決の承認以外彼が声を発することは本当に珍しい。

 いや、初めてではないだろうか?


 ――役員という立場であれ、彼は自身の言葉の影響力を自覚している人だ。

 彼が何か否やと言えば、決定事項もすべてなかったことになり白紙に戻ることさえある。

 敢えて黙っていたのだとばかり思っていたカサンドラには衝撃の出来事だ。


 誰しも彼は何を言い出すのか? と固唾を飲んで見守っていた。



「私も発言をしたいのだけど、良いかな?」



「え!? は、はい! 勿論です!」



 ヒィィ、とカサンドラは内心で悲鳴を上げた。

 もしかして、このあからさまに予定調和な茶番会議がお気に召さないと!?


 彼が一言そういえば、決定寸前の案も一瞬で吹き飛んでしまうのだけど。

 要するにまた同じことを最初から……?



「ラルフの独奏はとても楽しみだ。

 だが可能であれば、私も役員の一人として”それ”に参加してみたいと希望すれば通るのだろうか?」



 ……は?



 カサンドラは最初彼が何を言わんとしているのか把握できず、間の抜けた表情を晒してしまった。

 幸い誰も唖然とした表情だったので紛れることが出来たかもしれないが。


 いや、意味は分かる。

 誤解なくわかりやすい。


 ただ……何で? という部分が本当にさっぱりわからない。


 問いかけられているのだから答えなければいけない。

 大丈夫なんてカサンドラが許可をするようなものでもないし、でも王子たっての意向を無視するなんて出来ないし。

 皆に意見を聞いてみるしかないのかと覚悟を決めた直後、緊張感に支配された一室に愉快な笑い声が響き渡った。


「はは、アーサー! 要するに、僕と一緒に演奏したいってことかい?」


 普段麗しい顔を一分も崩すことなく澄まし顔の貴公子ラルフ。

 彼は何かがツボにはまってしまったのか、笑いを抑えきれず口を大きな手で覆う。

 肩が震えているので、腹を抱えて笑いたいのを我慢しているような素振りでさえあった。


 これが幼馴染パワーか、王子の突拍子もない発言にこれだけウケても誰も非難することはない。


「そのつもりだけど、おかしなことを言ったかな」


「全然! そんなことがあるわけないよ。

 ただただ、吃驚しただけさ!」


 もう一回彼は目を細めて笑い、そしてようやく咳払いをする。


「アーサーの提案は良いんじゃないかな、僕は構わないよ」


 実際に采配を一任したラルフがそう言うのだから問題ない……のだろうか?

 ラルフは綺麗な金の髪を揺らし、再び笑みを噛み殺す。


 予定にない、とんでもないことになってしまったぞ。

 カサンドラの掌にじんわり汗が張り付く。


「少し待て、ラルフ」


 鋭い一言で水を差したのは――驚愕の表情をすぐに消し去り、何事もなかったかのようにクールに振る舞う副会長シリウス。

 烏の濡れ羽色が如き闇色の髪と双眸を持つ彼は、幼馴染らと比べると文字通り毛色が違う。

 彼は一度眼鏡を外し、その眼鏡を曇りを布でサッと拭く。


 もう一度静かに眼鏡を装着し、ラルフを正面から見据えた。

 眼鏡がキランと光り、自分が責められているわけではないのに心臓が痛い。


 彼は両肘をテーブルの上に置き、言葉を紡ぐ。


「お前の演奏の腕は誰もが知るところだ。

 私も自信を以て祭典の演目として披露することに聊かの不満もない。

 ――だが王子はお前の演奏に合わせることが出来るのか?

 レベルが合わないなどということになれば、演奏の出来に問題が生じる。

 高官、大臣らも来賓されるのだが?」


 言い方はとても厳しい。

 だが厳しい言葉でも正面切って王子やラルフに異議申し立てが出来るとすればシリウスだけだった。


「王子の評価に瑕がつくようなことがあってはならない。

 ラルフ、どうなんだ」


 ああ、なるほど。

 ゲーム内でもこうやって王子が手を挙げたけれどもシリウスの鶴の一声で有耶無耶になったということか。

 だって生誕祭イベントではラルフしか舞台の上にいなかったはず。


 王子の姿など欠片もなく、そもそも彼が人前に出ることなどほとんどなかった。


 不穏な空気が場に漂い始める。


 言いたいことは分からなくもないが、シリウスの直截な言い方は何とかならないのか。

 恰も「王子の演奏は下手なんだから余計な事をするな」と、言わんばかり。


 勿論シリウスもこの場限りとはいえ、そんな風に王子を貶める言い方をしたくなかったはず。

 でも王子の我儘で事が進んで、結果的に恥をかくのは王子だぞと憎まれ役を買って出たに過ぎない。

 ――王子に対するストッパー役が必要な場面が出たとするなら、確かにその役目を全うできるのはシリウスしかいないのだと実感する。


「僕はアーサーと一緒なら大歓迎だけどね」


 ラルフは肩を竦める。

 本人はかなり乗り気だったが、シリウスの反対を押し切ってまで……という感情が見え隠れする。


 面倒だものねぇ。

 カサンドラは喉の奥に賛同の意を飲み込んだ。


 果たして王子の提案はシリウスによって完全に妨げられた形になった。

 この話はなかったことになるのか。

 と思いきや、意外な人物が口を挟んだのである。


「俺は音楽のことは詳しくないから、腕前云々は判断できない。

 だが演目決定は絶対に今日である必要はないだろう? 日程に余裕はあるはずだ。

 それなら実際に合奏させてお前シリウスがアーサーの腕に納得できたなら、そのまま組ませてやればいいじゃないか。

 独奏って単語に拘るか? じゃあラルフの独奏にアーサーが伴奏でも構わんだろう」


 面倒に正面から挑む者、その名はジェイク。

 シリウスの隣で頬杖をついていた彼がぶっきらぼうにそう言葉を投げつけてきたのだ。


「王子を伴奏に使うなど正気か?」


「そのあたりのことはお前らで話し合えよ、言ったろ?

 俺はそっち分野はノータッチ。

 だけど折角ラルフもアーサーも提案に前向きなんだぜ?

 お前がそれをバッサリ一刀両断する権利はない。

 第一、成功する目算があるからラルフだって受け入れたんだろうさ」


「…………。」 


 シリウスは難しい表情になり、眉間に皺を寄せた。




「あの……発言をお許し頂けますでしょうか」




 遠慮がちに小声でそう囁いたのは、カサンドラの隣に座るアイリス嬢である。

 構いませんよ、とカサンドラが促すと彼女はやはり控え目に声を重ねる。


「私達三年にとって、今年は王子と共に学園生活を過ごす最初にして最後の一年です。

 もしも王子がラルフ様と共に演奏の舞台に上がられるのであれば――

 とても素晴らしい生誕祭として、思い出深く語り継がれると思うのです。

 シリウス様のご懸念は御尤もですが、私はジェイク様の進言に賛同しますわ」


 政治的意図も何もない実直な意見に、シリウスは再び瞑目して思案する。

 しばらくトントン、と苛立たしげに指先でテーブルを叩いていた。


 王子が舞台に出るか否かの判断は”反対者”であるシリウスに委ねられることになるわけだ。


 最初から王子が舞台に上がることに気が進まないと明言しているシリウス。

 彼が納得するか否かに委ねようという意見はシリウスへの最大限の配慮だ。


 王子の演奏を聴いて止めておこうと彼が判断するレベルなら致し方なし。

 腕前が十分足るものだと感想を持てばそのまま二人で舞台に立てば良い。


 演奏会という名目は変わらない、今日の今日全ての進行を決定するわけではないのだ。


「良いだろう。

 ただし一度私の下した判断において、再考は無いものと理解いただこう」


 随分大掛かりなことになったと、カサンドラも内心冷や冷やものだ。


「承知した。

 シリウスに聴くに耐えないと判断されれば私も恥を晒すつもりはないよ。

 君の進言に従おう」


 王子は己の腕前を懐疑的にとらえられているにも関わらず、全く気分を害した様子もない。普通なら友人にこんなことを言われたらむっとしてもおかしくないのに、意に介さないポーカーフェイス。


 普段静かに事の成り行きを見守っている会長が、いきなり割り込んでくるのは予想外だった。


 あまり目立つのが好きなタイプではなさそうなのに、と首を捻る。

 実現すればいいとは思うのだ。


 カサンドラだってアーサー王子とラルフが合奏しているシーンを見たい。


 そんなの絶対麗しいに決まっているではないか。

 反対する理由がミジンコ程も存在しないわ!


 だがシリウスの機嫌を損ねるのは物凄く面倒だ。自分が見てみたいという理由だけで、シリウスに真っ向から表立って賛成だ反対だと述べることは出来ない。

 想像しただけで精神が死ぬ。


 とりあえず議事録に記載できるよう視線を落とし、メモを取って事なきを得ようと試みた。


 僅かに視線を感じて顔を上げる。


 何故かにこにこ微笑む王子と目が合った――ような気がしたが、多分それは気のせいだと思う。

 彼は視線を順繰りに移動させ、皆の意見を確認していただけだろう。




 仮に王子の礼案が実現したら素晴らしいことだけど。

 シリウスの様子や、ゲーム内のイベントを思い返すとまず不可能だろうな……



 カサンドラは悔しいと強く思ってほぞを噛む。

 自分にもっと発言権があったら、王子の意思を尊重して後押しすることが出来たのではないか。

 シリウスを説得し、この場で決定事項にできたのではないだろうか?


 決定は次週に持ち越しということになったが、カサンドラは己の無力さに溜息をひとつこっそり落とす。


 この場で何のしがらみもなく、身分も彼らと張り合えるアイリスが羨ましい。



 堂々と自身の意見を発言できるなんて、いいなぁ。




  ※






「――カサンドラ。お前に確認したいことがある」




 長丁場の話し合いがようやく終わり、肩の荷が一つ降りた。


 そんな隙を突くように声を掛けられたカサンドラ。撓んでいた緊張の糸を再びピンと張りつめさせ、鞄を手に取ろうとした動きを止めて向き直る。


「まぁジェイク様、お疲れ様ですわ。

 折角人心地ついた中、わたくしなどに確認すべき用件などあるのでしょうか」


 カサンドラは諸々の書類整理用件があるので、生徒会室を出るタイミングがいつも皆より遅い。

 一番早く来て一番遅く出るなんて勤勉過ぎて眩暈がする。

 実際のやる気はその勤勉さに全く比例していないのだけど。



 どうやらジェイクは、皆が先に退出し終えるのを待っていたようだった。

 いつもなら真っ先にアーサーらと共に飛び出すというのに。


 ……三つ子関係のことだろうか。


 彼に声を掛けられ、チラっと脳裏を過ぎるのはリゼやリタの顔だった。

 ジェイクに積極的に協力するつもりはないと決めているのだが、改めて面と向かって詰め寄られたら断るのも面倒だなあとゲンナリしてしまう。


 彼はあの件で味を占めてしまったのか?

 勘弁してくれ。

 もうジェイクと取引などしない!



「少し長くなる、立ち話もアレだしあっちに行くぞ」

 


 そう言って彼は生徒会室の奥の扉――休憩室という名のサロンを親指で指した。




 えええ……? 本当に何? 三つ子のことでそこまで大掛かりな話だとでも?




「あ、喉乾いたから茶をもう一杯な」





 「畏まりましたわ」とにこやかに返事をする外面とは裏腹に、当然内心では苛立ちを懸命に抑えていた。





   私は給仕でも侍女でもないのだけどね!?



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