第18話 リゼは気苦労絶えないお姉さん
王子の情報――と言って良いのか分からないが、確かに王子の友人から話を聞いた。
その内容が半絶望を運んでくるものだったとしても、どうにか王子と仲良くなるしかないのだ。
……確認が出来ない懸念事項として、王子にも実は攻略要求パラメータがあって主人公が軽く女王に立てる程度の数値を要求されてたらどうしよう…
主人公ではないので自分の数値なんか全く分からないのだ。
いや、彼は非攻略対象なのだから関係ないはずと信じてる。
暗中模索状態だが、とりあえずミリ単位でも前進したと思いたい。
少なくとも紳士の鑑である王子がカサンドラとの会話が仮につまらなくても、あっさりバッサリ否定的なことを言わないだろうということだけは分かった。
せめて地雷な話題だけでも教えてくれたら徹底的に避けるのに。
ええいジェイクめ、役に立たない情報を……!
午後の講義中、突如脳内にポンっと浮かぶジェイクを盛大に憎しみながら、カサンドラは別のことも考えなければいけないことに気づく。
三つ子とジェイクを会わせる段取り、ねぇ。
とりあえずこの件は先にリゼと相談しておくべきだろう。
ジェイク本人はリタと話をしたいがためにカサンドラに『依頼』をしてきたわけだが。
ところがどっこい、カサンドラは先に相談をしてくれた主人公――いや、恋する乙女の味方なのである。
もはや
そのためにはジェイクの依頼さえも自分にとって都合よく利用しければいけないのだ。
出来ればこんな真似は今回限りにしたいもの。
なんだかんだで攻略対象達にも幸せになって欲しいことは変わらないので、彼らを騙すような立ち回りは控えたい。
基本、カサンドラは人間関係で器用に立ち回れる性格ではないのだ。
どちらにもいい顔は出来やしない、どうせ最初から彼らには敵認定されているのだから主人公側の肩を持つ。
明確に主人公のために動きますというポジションを維持しつつ、出来ればジェイクたちにもハッピーエンドであってほしい。
ゲームの趣旨通り、主人公が彼らとの仲を進展させ『攻略』していく方が自然だとも思うし。
どの組み合わせでも幸せなエンディングを迎えられるのだし。
――目指せ大団円。
「リゼさん、少しお話がありますわ。
お時間を頂戴しても宜しいかしら」
気もそぞろ状態で午後の講義を終えた後、生徒たちは皆帰路に着く。
この学園に放課後のホームルームはないので、最終講義が終わればそのまま散会するのが通例だ。
来週から午後は選択講義が始まれば昼食後は全く姿を見ないまま帰宅するクラスメイトも多くなるだろう。
「はい、勿論です。
二人はどうしましょう」
「今日はリゼさんと二人でご相談したいことがありますのよ」
二人でという単語にピクッと耳を動かすリゼ。
それだけでジェイク関連の話に違いないと悟ったが、それからの動きは非常に素早かった。
「分かりました。
二人には先に帰ってもらうよう言ってきますね」
相変わらずはきはきとした口調でのリゼ。
こちらの様子を窺ってそわそわするリタとリナを講義室から見事に追い出したのである。
もはや追い払ったと言っても過言ではない立ち回りであるが、姉妹だからこその荒業。
すぐに寮内で再会できるのだから、多少関係性こじれても翌日まで悶々と悩む必要もないのだ。
気の置けない間柄というのはカサンドラからすれば羨ましい。
青い目をキラキラと輝かせ、完全に気持ちが前のめり。
三つ子の中ではどちらかと言えば勝気でクールな印象の強いリゼが、ここまで感情を前に出してこちらの発言を待っているのには驚かされる。
クラスメイト達の御三家御曹司に対する黄色い声や話題など無関心で内心鼻で笑って良そうな少女なのだけど。
冷静になれず落ち着かない様子を間近にすると、その落差に戸惑う。
「実はジェイク様が皆様とお会いしたいと仰っておいでですの」
「え……ほ、本当ですか!?
カサンドラ様……凄いです! こんなにも短期間で話を詰めてくださるなんて!」
ジェイク側からの接触がなければ実現は絶対にしなかっただろうが。
向こうからの申し出だ、このチャンスは活かしていきたい。
完全に期待に満ち満ちたリゼに対し、これから言うことはとても心苦しいことだ。
その喜びに完全な水を差すことになりかねない。
普段周囲に人が絶えないジェイクがわざわざ三つ子に会いたいと言うのは、彼女からすれば奇跡的な話だ。
別に取り巻きを侍らせているわけでもないが、彼の周囲には男女問わず良く同行者がいるもの。
仮に一人で歩いていたら女子生徒は放っておかないし、男子生徒も生徒会のメンバーでは最も話しやすいジェイクを頼っている節がある。
たまに単独行動をしている時もあるらしいが、カサンドラはそんなシーンを滅多に見ない。
ああ、生徒会の部屋やサロンに向かう時は一人でやってくることが多いか。
そこまでは誰もついてこれないし。
リゼがジェイクに話しかけたいと思っても、あの様子ではかなり難しい。
無理に会いに行こうとすれば、その他大勢の取り巻き令嬢の一員と化すしかあるまい。
またとない距離を縮めるチャンスを提示され、リゼが喜ぶのも無理はないけれど。
釘を刺さなければ、要らぬトラブルを生んでしまう。
「リゼさん、落ち着いて善くお聞きになってくださいませ。
――ジェイク様は、リタさんにお会いするため、わたくしに場を設けるよう要望されたのですわ。
それを三人同時に、という条件に整えさせていただきました」
その瞬間、リゼの瞳から綺麗なハイライトがフッと消えたような錯覚を覚えた。
意気揚々とこちらに詰め寄る彼女の体が、ふらっと後ろによろめく。
「……リタ……ですか……?」
自分が好感を持っている男性が、まさか自分の妹に興味を持っている。
その事実を俄かに納得しがたいのか、目から光が消えるどころか据わってきた。ちょっと怖い。
「ええ、こればかりはわたくしも申し上げにくいことなのですけれど……」
誰のせいでもないのだ、こればかりは!
全て運命の女神さまの気まぐれによって齎された大混戦模様なだけで、リタもリゼも、そしてジェイクだって悪いことは何一つしていない。
誰が誰に懸想するかなど、個人の思惑の及ぶところではないのである。
ジェイクがリタに会うことを望んでいたと、こんな風に告げるのはつらい。
彼女にはそれを理解した上で振る舞ってもらわなければいけない。隠したところで、ジェイクの態度を目の当たりにしすべてを察したリゼが一層落胆してしまう。
あの男はラルフなどと違い、興味のない女性にまで平等に優しく接するなんて器用な真似などできはしないのだ。
リゼやリナをおまけ扱いすることは想像に難くない。そこで傷つくよりは――
「そんなに、リタの方が……」
「り、リゼさん?」
恐る恐る彼女に声を掛けると、彼女は猛然と窓ガラスに向かうではないか。
ここは二階だ、慌ててカサンドラも彼女の後を追う。
ガラッと窓ガラスを横に開け、窓枠に両手を掛けるリゼ。
「私もここから飛び降りれれば! ジェイク様も目に留めてくれますか!?」
「おやめなさい、死んでしまいます!」
顔面蒼白にして彼女を後ろから羽交い絞めにするこの光景、誰にも見られていないだろうなとつい目を血走らせ周囲を確認する。
完全な精神錯乱者そのものの彼女を何とか窓から引きはがし、何とか宥めようと試みた。
思考回路がカサンドラの上を行くポンコツ過ぎて意味不明状態である。
勉強も出来て冷静沈着なリゼがここまで意味不明な行動をとることにただただ恐懼しか感じない。
というかリタやジェイクのような規格外だからできるようなことを真似しては駄目!
運動音痴のリゼが落ちたら頭から突っ込んで死んじゃう!
少なくともカサンドラはそこまでの価値をあの男に見いだせないので本当にやめていただきたい。
命を賭ける相手と場面はちゃんと選んで欲しいと切実に思った。
危うく、聖女となるべき少女をここまで追い詰めた罪でジェイクが完全有罪になるところだ。
「………い…んです……」
リゼはその場にへたり込み、俯いたまま呟く。
「分からないんです。
……私、どうやったら人に好かれるかなんて、わからないんです」
彼女は溜息交じりに顔を覆う。
「それに……
私、剣とか、そんなことやってる場合じゃ……
ちゃんと勉強しないといけないって、分かってるのに」
彼女の表情に懊悩の影が浮かぶ。
リゼは今の状況に振り回されていて混乱しているのだと分かり、とても胸が痛んだ。
「わたくしで宜しければ、どうか胸の内をお聞かせくださいませ」
彼女の傍に寄り添う。
こちらを見ることはなかったが、傍に寄るとリゼがぎゅっと身体を強張らせ――そして細く長い吐息を床に落とした。
「なんで……こんなことになっちゃったんですかね。
リタのこと聞いて、なんだか一気に現実に引き戻されたって感じで…」
彼女はところどころつっかえながら、その想いの一端を口に昇らせる。
官吏になりたいのだと言う彼女の表情は暗い。
ずっと勉強一筋で”可愛げ”というものを持たなかった彼女にとって、彼女なりに導き出した最良の未来。
この学園で首席であり続ければ夢も容易く叶う。
決意の程は固かったというのに、彼女は予期しない罠に引っ掛かってしまったのである。
それがジェイクという攻略対象。
何故か彼女にとって眩しく、好ましい人物に映ってしまった。
彼の気を引きたい、何とか話をしたいと思いつつもそれが出来ない。
それだけでも溜息ものだというのに、相手は三つ子の妹に対して関心を寄せているというではないか。
プライドの高い彼女にとってその状態はクリティカルに心に突き刺さる。
普段自分に自信を持って生きている彼女だからこそ、許せない。
ジェイクに気に入られるため、自分の将来設計にない分野を伸ばせと言われて頷いたはいいがやはり迷っていたそうだ。
ジェイクと親しくなれるかもしれないが、結局は身分その他の事情が許さず実るものではないことはリゼにもよく分かっている。
希望を持つことを許されない相手に恋をし、それにうつつを抜かして本来の『夢』への努力を蔑ろにする。
本来理性的な考え方のリゼにはそれが受け入れられないのだという。
中々に難しい、二律背反。
もしもカサンドラが前世を知らない状態ならば、剣術の授業なんて選択しなくてもジェイクと親しくなれるよ、今のままの君が素敵だから大丈夫! なんて無責任なアドバイスをできたかもしれない。
だが自分は、自分だけはこの世界の在り様を先んじて知ってしまっている。
予備知識が邪魔をする。
それでは リゼの淡い想いは叶わないのだ と。
ジェイクと想い合う仲になるため、どんな主人公に育たなければいけないのか?
どんな条件が必要なのか?
リゼにとっては最悪の相性と言ってもいい相手を好んでしまった茨の道。
勿論それは、リゼだけではないのだけど。
「大丈夫ですわ、リゼさん!
この学園を卒業できれば、首席でなくとも官吏の道は開けます。
それにわたくしは――シリウス様と学業成績で鎬を削るだけの、そんな殺伐とした学園生活をリゼさんに過ごして欲しいとは思いませんの。
大丈夫ですわ、わたくしにお任せになって?
ジェイク様の理想に近づき、なおかつ学園で成績を維持できるよう一層の心を配りますわ」
大丈夫、何とかなる。
基本的に学業関係のパラメータを上げやすいリゼなのだ、少し工夫すれば現在の状況を維持しつつ剣術大会に向けた調整も……
脳内でスケジュールコマンドの位置を若干転換させるカサンドラ。
多少の余裕、幅は持たせる程度の自由度はあるのだ。
攻略法は一通りではない。
「正直に申し上げれば、シリウス様の上を行くのはかなり厳しいと思います。
ですが御心配には及びません。
貴女が優秀な生徒であることはわたくしも先生方も皆存じておりましてよ」
リゼは狐につままれたような顔で、こちらを眺める。
確かに、なんで赤の他人の自分がここまで彼女に肩入れするのかと不審に思われても仕方がない状況である。
「そんなこと、可能ですか?」
可能だときっぱりと言い切ると、彼女の瞳に活力が戻ってくる。
色々と思うことはあるだろうが、主人公達はまさに可能性の塊。
己の努力次第で何でも掴める存在なのだ。
どちらかを諦めろなんて、カサンドラには言えたものではない。
「あー、でもリタがライバル……。
なんだかやりづらいですね」
「あら、リタさんはラルフ様を慕っておられるご様子ですが…」
「でも現時点ではジェイク様、リタ狙いなんでしょう?」
狙……。
もう少し言葉を選んで? とカサンドラは内心で突っ込みを入れてしまう。
実際そういう状況なのだけれども。
「まだ皆さま、共に過ごした時間など語るほどにもございません。
このような変化の時期ですもの、人の心や気持ちは移ろうものですわ。
ふふ、逆に他の殿方が貴方に声をかけてくるかもしれなくってよ?」
「この学園でそんな人いませんよ」
一瞬の躊躇いもなく冷めた瞳で言い切るリゼ。
本当にリアリストなのだろう。
「シリウス様など……」
その人名を出した瞬間、リゼの眉間に皺が寄って苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
一体シリウスは何をしたというのだ、あの図書館での出来事以外にもやらかしてないと、こんな顔にならないのでは?
「とりあえず、リタに負けないよう頑張ります!」
実際に奪い合うというわけではなく、リタはリタで気になっているラルフという攻略対象がいるのだ。
想う相手が重ならなかったというのは不幸中の幸いであろう。
「ところで、リタさんは何故ラルフ様のことを気にかけていらっしゃるのですか?」
自分の知らないところで彼女たちに出会いイベントが起こったらしい。
それは全く構わないのだけど、実際何があったらリタがラルフに興味を抱き慕うようになるのか興味がある。
中々リタと二人きりになる機会もなく、内容を聴く機を逸し続けて今に至るカサンドラ。
するとリゼは本気で頭を覆って、「それ、聞かれちゃいますか…」と失意のどん底に落とされた顔だ。
一体何があったというのか。
「今週始め、月曜日のことなんですけどね…」
リゼは何故かカサンドラから視線を逸らし、窓の向こうの遠い空を見ながら淡々と述べる。
「あの日は風が強くて…
あの子、帰る前にハンカチを二階の廊下から風に攫われてしまったんですよね」
確か彼女達のハンカチはリナの可愛い刺繍入りである。
それが風に飛ばされればリタは間違いなく急いで取りに行くだろう。
光景が容易に想像できた。
「ハンカチ、あの木の枝に引っかかったそうです」
彼女はそう言って、校庭に植えられた大きな樹を指差した。
ああ、物凄く木登りをしやすそうな樹だな、と。直感で思うような見事な枝ぶりの樹であった。
「木登りをして、ハンカチをとって」
「成程、そこに現れたのがラルフ様というわけですのね!」
ぽん、と手を合わせてカサンドラは歓声を上げる。
お転婆なお嬢さんが制服姿で木登りをしている姿を見て、きっとラルフも動揺したことだろう。
そんな真似をする女生徒なんてこの学園に他にいるわけがない。
リゼは両手で己の顔を覆い、俯く。
「あの子……ラルフ様の存在に驚いて樹から滑り落ちてしまったんです」
「ええ!? お、お怪我は……」
ふるふる、とリゼは頭を振る。
そんなことは問題ではないと言いたげに。
「ラルフ様の目の前に滑り落ちて、しかも枝にスカート引っ掛けて裂いて――
下着丸出しのまま、彼の前に……」
……はぁ??
「ラルフ様はそんなアホにも一切動じることなく、ご自身の制服の上着をリタにそっと被せて去っていったそうで……
『返さなくていいからね、お嬢さん』って言われたとか、何とか。
私なら恥ずかしくてそんなこと誰にも言えないというか登校拒否確定なんですけど、何なんでしょうね?」
「……………そ、そんなことが……」
もはや続ける言葉がない、自分の表情はさぞかし引きつっていることだろう。
どんな状況だったというのだ。
「本当に上着、お返ししなくてもいいんですか?」
急に顔を上げ、カサンドラに沈鬱な顔で問うリゼ。
「え? ええ、ご本人がそうおっしゃるのなら、いいのではないかしら…」
彼にとって学園の制服など、それこそ手持ちのハンカチをくれてやる程度の感覚でしかないのだろうし。
そもそも彼の上着を持って登校して、ラルフに返すという一連の行動を誰にも知られることなく行うのは不可能である。
ある意味ラルフも面倒ごとを避けたくて申し出たに過ぎないのではないか。
「基本アホの子なので、そんなスマートに女の子扱いされたら一発で落ちますよ。
――夢見がちな子でもありますし」
本当に困った妹だとリゼが遠い目をしているが、確かに心中を察し余りある。
女の子扱いがポイント、か。
だとすればその場にいたのがラルフで本当に良かったとカサンドラは別の意味で冷や汗である。
もしも通りかかったのがシリウスだったら、冷たい一瞥の後完全スルー。
もしもジェイクだったら多分腹抱えて指差して笑ってる。
……良かった、通りかかったのがラルフで…!
いたいけな女の子に消えない傷を残さず立ち去ったラルフに、この時ばかりはカサンドラも感謝の念を覚えずにはいられない。
「ジェイク様、あの子のどこがいいんですかね?
そりゃ、明るくて元気で運動神経もよくて優しい良い子ですけど、基本アホの子ですよ?」
真顔で聞かれると、とても困る。
ちなみに破れたスカートは
母親か、あの子は。
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