第14話 攻略法は伝授します



 カサンドラの覚悟はもう決まっている。

 彼女たちを意気消沈させたり失望させることなど出来はしない。


「わたくしは貴女がたの想いを否定しようなど、僅かたりとも考えておりませんわ。

 ですから安心なさってください。

 微力ながらこのカサンドラ・レンドール、間違いなくお力添えすることをお約束いたします」


 まずは一片の誤解もないよう、カサンドラは微笑んだ。

 カサンドラの声は聞いていて心地よい声とは程遠く、意識しないと柔らかい口調にはならない。


 不安に思う三つ子の心を落ち着かせることが重要だった。


 ――しかしそれぞれ、まさか最もパラメータと相性が悪い攻略対象に気にかけてしまうとは……

 全ては本人の気持ち次第とはいえ、これは心してかからねばならない。


 何せこのルートは、相手が要求してくるパラメータが特に上がりづらい組み合わせ。

 一貫性がない場当たり的な行動では決して成就することがない――攻略掲示板の初期の阿鼻叫喚の様を思い出し、気を引き締める。

 予備知識もない状態でリゼがジェイクと結ばれることは、かなりの幸運や過去のゲーム経験がなければ非常に困難と思われた。

 ある意味ゲーム全般における素の経験値が求められるのだ。


 そして何よりも。

 フラグが折れ、全ての攻略キャラとのエンディングが迎えられないときには……

 来年入学してくる新入生徒、主人公の田舎に住む幼馴染のテオ少年と共に生きることになってしまうのだ。

 田舎にいたときから主人公のことを好きで、何とかぎりぎり特待生として入学してくる後輩君。


 ……卒業パーティで彼がやってきて一緒に踊ることになると




   違う君じゃない!!



 と、頭を抱えることになる――テオED。

 彼自身は良い子なのだけれど、最初から懐いている少年と何のときめきもない状態で自然と交際が始まる庶民エンディングだ。

 寝ていれば辿り着ける結末ゆえに、バッドEDとも言われる。


 三つ子の恋が障害の高さゆえ成就しなければ、親友の弟君が三つ子ハーレムでも達成するとでも!?

 卒業式で彼が三人をまとめて面倒見てくれるの?


 想像したらものすごくシュールなので頭を横に振るカサンドラ。


 断じて認められない、そんな未来地図はごめん被る。

 幸せになれると言い切れないというか、失恋の痛手に判断を誤ったとしか言いようが……


「そうですわね。

 ところで皆さま、来週の選択講義の申請用紙は既に書いておりますか?」


 ここから先は真剣勝負だ。


 意味が分からないと首を捻る三人だが、急に纏う空気の色を変え不敵に笑うカサンドラに――鞄を開け、空白個所を埋めた用紙をそれぞれ差し出した。


 それを丁寧に確認し、カサンドラは大仰な溜息をついた。



「このままではいけません。

 まずはリゼさん。

 来週の選択講義、体力強化と実技のために体術と剣術をそれぞれ二回選択してくださいね」


「え? あ、あの、カサンドラ様!

 私は…その、ご存じないかもしれませんけど!

 運動、苦手で……」


 そんなことは百も承知だ。

 だがこれは避けては通れない険しい現実である。


「ジェイク様はご存じの通り、大将軍のご子息にしてご本人も国王陛下より叙勲戴いた正真正銘本物の騎士でいらっしゃいます。

 その実力は噂でお聞きの通りでいらしてよ?

 身体を動かすことを好み、共に剣を打ち合え高め合える女性に興味を抱かれることでしょう」


 この学園で剣をたしなむような変わり者の令嬢は絶滅危惧種だ。

 ジェイクが普通の女生徒に興味が無いという理由の一端でもある。

 どれだけ良家の生まれであっても、好きなものや興味が全て貴族的価値観に支配されているわけではない。


「で、ですが……」


「――辛いのは最初だけです。

 もしも身体を動かすことに慣れ、馬に乗れるようになったとしたら……

 ジェイク様は遠乗りが趣味でいらっしゃいます。

 もしかしたらお誘いがかかるかもしれませんよ?

 一緒に素敵な景色を楽しみたくはないかしら、リゼさん?」


 それに剣術大会で一回は上位に入っておかないといけない。

 出来れば一年目……最悪でも今年いっぱいは大会に向けた調整を行って来年目標を達成し、その後他の要素を拾って行く形が良いだろう。


「……っ、ジェイク様と遠乗りに………」


 本当に運動が苦手なのか激しく抵抗するそぶりを見せたリゼ。

 だがカサンドラの囁きに完全に陥落してしまったようだ。


 勿論それだけではない、他にももっと条件を合わせなければ遭遇しないイベントもある、期間限定ものは優先的に無理のない程度に――

 など、考えなければならないことは山積みだ。


「そしてリタさん、最初の週は算術の講義と歴史の講義、それに礼法作法の講習を二回選ぶと宜しいかと」


 あからさまにリタの表情が歪む。

 礼法作法には行儀関係のことはもとより、舞踏会で披露する社交ダンスも内容にあったはずだ。


 彼女が選んだヴァイル公爵家嫡男ラルフには相当高い気品のパラメータが要求される。

 そちら方面には大変疎いリタには苦行以外の何物でもないことは十分理解できた。


「リタさんの運動能力は目を瞠る才能がありますわ。

 予め開花している才能に全力を傾けるよりも、まず最初は他分野の基礎を抑えましょう。

 行儀作法、毎日の授業の復習――どちらも一日で身に着くものではないのですから」


 とにかく一年目の勝負は三学期だ。

 そこにラルフの重要なイベントが待ち構えている。


「ラルフ様はまだご自身の婚約者がお決まりではなくて、社交界でのパーティにおかれましてはしばしば苦労なさっておいでだとおっしゃいますの。

 しばらく先のお話ではありますが、ラルフ様の『お相手選び』として有力貴族の令嬢の皆さまをご招待するパーティが開かれることが内々に決まっているのです。

 リタさん、ラルフ様と公然のお付き合いなさる覚悟がおありなら――貴女はその場でラルフ様に選ばれなければならないのです」


 実際は婚約者として選ぶということではなく、誰も同じに見えて選びたくないラルフが――当面の風よけとして主人公に恋人のふりをしてくれと依頼されるイベントである。

 勿論それを受けるためには一年目の三学期の段階でかなりの気品、魅力のパラメータが要求される。

 最初は面倒がない相手ということで主人公に話を持ち掛けるラルフ。

 だがそれを契機に互いに一層距離を詰め意識し始める……はず。

 

 どの性格であってもこのイベントがラルフルートフラグだから、間に合わせなければいけない。  

 リタの適正とは反対の分野だ、当然かなりシビアなスケジュール管理も要求される。

 それに学業をおろそかにするのも悪手だ、学期末の試験は好成績をおさめて『名声』の値も高めておかなければ。

 評判はとても大事だ。


「わかりました!

 カサンドラ様、私頑張ります、やってみますね!」


 胸をどんと叩いてそう宣言するリタの表情は不安と言うよりもワクワクしているようにも見える。


 ――絶対無理だ、諦めろ。


 カサンドラ以外の、ラルフ周りの事情を知る人間なら誰もが彼女にそう言うしかないだろう。

 一縷の望みでも叶う可能性があるのは、主人公の特権だ。

 困難な道だが、元々エネルギッシュで体力値の高い彼女は過密スケジュールでもそうそう病気になって日数を無駄にすることがない。

 やる気さえあればどうにかなるだろう。


「最後にリナさんですが……」


「シリウス様は成績の良い方を好まれると思います。

 リゼのことを気にかけていらしたのも……

 そう考えるとやはり、私は来週ずっと算術や歴史などの講義を選択するべきなのでしょうか」


 三つ子の姉は勉強が得意。

 初対面のシーンでも、シリウスはリゼのことに気づいてからは彼女のことしか視界に入っていないような態度だ。


 その後何のやりとりがあって好感を寄せるに至ったのかは、参考までに後ほど根掘り葉掘り聞き取り調査をするとして。


「それは大切なことですわ。

 ですがリナさん、貴女も体力をつけるためにまずは体術を選択するべきだとわたくしは提案いたします。

 授業に関しては休日、自主学習でもフォローすることが可能ですもの。

 こちらとこちらの講義は選択した方が良いですけれど――

 多少の無理が適う体力を上げることも、リナさんにとって大切なことだと思いましてよ?」


 学期末試験の前に学習系のスケジュール連打でも疲労、病気状態にならない体力の底上げは必須事項だ。

 この体力が貧弱なままではパフォーマンスが悪く、結果的に学習効率を落としてしまう。


「は、はい。

 カサンドラ様、アドバイスをありがとうございます…!」


 選択講座申請用紙をぎゅっと握りしめ、リナは嬉しそうにポッと頬を染めた。

 これから彼女たちに刺さなければならない釘のことを考えると、その笑顔が胸に痛い。 


 だがこれだけは厳守してもらわなければいけない。

 彼女らに悟られないよう、臍を噛む思いだ。


「しかしながら、皆様に守っていただきたいがありますの。

 貴女がたにとっては意に染まないものであることは重々承知しております。

 登下校の際や休日の散策など、好いた殿方と話をされる機会が訪れることでしょう。

 ……絶対に、自らお相手を誘う行為はおやめくださいませ」


 やや厳しめの口調で、強く戒める。

 彼女たちは意味が分からないとばかりに困惑気味だ。


 当然の反応である。

 何故気になる相手に声をかけ誘ってはいけないのか、普通は意味が分からないはずだ。

 相手のことを知るためには、こちらから積極的に働きかけることも大事だ。

 だが全てにおいてそれが正しい方法ではないことを、カサンドラは知っている。


「今の貴女方では彼らのお眼鏡に適うことなどまずありえませんもの。

 無理に声をかけ、慕わしい態度を示すことは逆効果になりかねません」


 こればかりは胸が痛い仕様というか、実際ジェイクが今のリゼに付きまとわれて好感を抱くかと言われれば難しいと思う。

 登下校に誘っても断られる可能性も高く、断られたら相手の好感度が何故か下がってしまうのだ。

 断られたのはこっちなのに。

 ……要するに好みのタイプでも好きでもない相手から馴れ馴れしい態度をとられるのは、彼らも嫌なのである。

 心象を大幅に下げるような行動は悪手だ。


「勿論日常のお声がけ――挨拶はとても大切ですわ。

 また、殿方の方から話しかけて下さるのであれば誠意を込めてお応えくださいまし。

 今はまず、ご自身を磨く段階ですわ。どうか心に留め置いてほしいのです」


 鍛えに鍛えたパラメータ、それを携えて初めて彼らと対等以上に渡り合えるのだ。

 彼らにとって魅力的な存在に思われるよう振る舞うことは重要。



 どうせならラルフ達の方に主人公達を落とすよう仕向けたかったのだけど、こればかりはしょうがない。

 三人を誰一人としてバッドEDに向かわせてなるものか。

 人知れずカサンドラは燃えていた。


 無駄に培ってきたこの経験をここで活かさずどこで活かすというのだ。


 

「もう一つ、最後にわたくしからお願いがございます。

 月の最後の選択授業は必ず、魔法訓練を選んでいただきたいのですわ」


「魔法……訓練?

 私達、魔法なんて使えませんけど?」


 リゼは不思議そうに疑問を呈す。


「わたくし、魔法に興味があって講義を受けたいと思っていますの。

 皆さまと同じ選択講義を受けることができたら心強く、重畳ですわ。

 魔法に興味のある女子生徒は多くないのです」


 勿論この提案には理由がある。

 彼女たちは今現在魔法を使うことはできないが、聖女としての素養を持つ彼女たちは魔法を習得することが可能。

 そして聖女覚醒イベントでは一定以上の魔力値が必要だったと記憶している。この提案はその要求値をクリアするための下積みだ。


 真EDを目指さないルートなら、魔法関係をオール無視してもそれぞれ卒業式後に個別EDを迎えることが出来るのだが…

 今回に限ってはカサンドラの事情のため、魔力まで上げる必要が生じた。少々苦しいのが現実である。


 一学期からスケジュールに放り込むのはややリスキーだが、全く仕上げないままでは三年という限られた期間内に間に合わない可能性もある。

 魔力を上げる方法は学園の授業だけという現状も厳しい。


 全く無視はできない――様子見で月に一、二度は入れてみる提案でどうだろうか。

 これに関しては三人とも素養は同じはず。


 客観的に数値として視認できないのが悔やまれるが、数値で見えないからこそ彼女たちの様子には最大限の注意を払わなければ。

 特に疲労状態は避けなければならないだろう。





「……ほら、カサンドラ様に相談して良かったでしょ?」 


 リタは物凄くキラキラと目を輝かせ、戸惑うままの姉妹を両腕でバシバシと叩いた。


「ふふ、そうねリタ。

 カサンドラ様はアーサー王子という皆様に広く知られた婚約者がいらっしゃるのですもの」


「恋愛ごとに経験豊富な友達なんていなかったものね、カサンドラ様がいてくださって本当に良かったわ」


  




 ………グッサー、と。

 最も触れられたくない心の深奥部分に、彼女らの悪気ない言葉が刃のように突き刺さる。



 カサンドラは、王子の婚約者……。


 会話もない、お互い何も知らず、他人に等しい関係に過ぎないけど。

 どこまでも他人行儀。

 その仲が進展するなど、現状では考えられやしない。



 澄ました顔で微笑むカサンドラの恋愛経験など――

 きっとあっという間に、彼女たちに追い抜かれてしまうに違いない。

 それに気づいて一人、ムンクの叫び状態のカサンドラである。



 なんで婚約者王子だけ、攻略方法が分からないの…?

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