第3話(完結)


数個の石を握った俺は隠密忍者あるいは特殊部隊になったつもりで静かに我が家の門から出て道路の側からフェンス越しに工場の駐車場を見渡した。街灯があるので駐車場の大部分は目視できるが庇のある奥の方は真っ暗闇、そこからギアアアアアと発せられる鳴き声は近くで聞くと、よりおぞましくブッ壊れたボーカロイドの断末魔を思わせる。

本能からくる楽しみを邪魔するわけでめちゃくちゃにキレられるのではないか、しかし俺は逡巡を振り払い覚悟を決めた。印地でもない野球でもない、鼻をかんだティッシュをゴミ箱に投げ入れるように、同級生にパンを投げ渡すように、優しく下投げで奥の方へ石を転がした。カチカチコロコロ、、、!鳴き声がピタリと止み物音がなくなった。緊張が張り詰め互いに相手の様子を伺う、、、、、、ギアアアアアと再開、キミたちも好きだねえ、でも今日はやめてもらうよ。俺は2弾目も投下したが、同じ事の繰り返しであった。


大丈夫、左手のマガジンにはまだ数発の弾がある。そろそろ諦めろや、3弾目を発射した、カチカチ、ンギャアアアアアア!!タッタッタッ、シャーー!!!地面に着弾すると同時に1匹がこちらに向かい駆け出しフェンスを挟み俺から4~5mの位置まで迫まって威嚇のポーズをとり、ネコ科特有のシャーを発した。つまり猫がキレた。この時の猫のキレっぷりは凄まじく、親・先生・上司・妻かつて幾度となくキレられて育まれてきた俺だがこんなに怒っている哺乳類は初めて見た。

その眼光には怨念がこもっており、俺がYouTubeの見すぎを注意した時に娘が向けてくる殺意に満ちた目付きとそっくりで目線を外すことができなくなっていた。この至近距離で猫にブチギレられ臆した俺は更に追撃のシャーを食らわされ、恐怖で気が動転し嫌なイメージが湧いてくる、こいつに馬乗りにされてネコパンチ連打でKOされ負け犬となり張子の虎とバレる、なんか表現が動物園みたーいなどと喜んでいる余裕はない。睨み合いが続き事態が膠着しかかっているが、長引けば俺が不利なことは必定。猫がしびれを切らして襲いかかってきたら先のシミュレーション通り路上ファイトで負けることになる、また偶然通りかかった近隣の人間の奥さんに俺が野良猫と真剣に(押され気味に)睨み合っている姿を目撃されても「ハリさんのご主人はああ見えてLv1か2くらいね。」と侮れてそれはそれで非常に具合が悪い。

それら諸々を考慮し断腸の思いで今夜は戦略的撤退を決断するほかなかった。そうと決まればダッシュで逃げ出したいところであるが敵に背を向けることもまたこれリスク。俺は、「かかってこいよゴルァ!刺身でこの場で食ってやんよへへへ」と一線級のヤンキーのような睨みを効かせつつゆっくりと後ずさり、安全圏に入ると慌てて庭に石を戻し家に入った。今なら劇団四季でキャッツの演技指導ができるような気もするし、夏目漱石のような小説も書けるような気もする。

~完~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫ナイター ハリエット・ヴァンゲル @password0818

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ