青春エターナル

万之葉 文郁

青春エターナル

 2人の熱い戦いの火蓋が今再び切って落とされる。


 とあるスポーツクラブのプールサイドで、2人の男が真剣な面持ちでウォーミングアップをしていた。


「ついに決着を着ける時が来たようだな。」

 赤いキャップを被った男が広いプールを見詰めながら隣の男に話し掛ける。


「あぁ。ここまで来るのにだいぶ長くかかったな。」

 青いキャップを被った男も同じように相手を見ることなく答える。


 赤いキャップの男は小野寺おのでら しょう、青いキャップの男は海藤かいどう 修一しゅういちと言う。幼稚園の頃からの幼なじみで何かと張り合ってきたライバルである。


 彰と修一はいつも一緒だった。子どもの頃は毎日泥だらけになって遊び回り、いろいろやらかしては2人並んで怒られることが日常茶飯事だった。


 眉毛が太く顔が濃い熱血漢な彰と、涼しげな目もとのすっきりした顔でいつも冷静な修一と、2人は顔と性格は全く違っていた。しかし、なぜか馬が合いいつも一緒にいた。


 そのため、周りからニコイチに見られることが多かった。しかし、だからこそ、相手に負けたくないと言う気持ちをお互い持っていた。


 スポーツ、勉強、その他諸々、機会があれば競い合ってきたが、背丈や頭の良さ、運動の出来はどれも互角だった。


 そして、その張り合いは高校に入学し、2人が同じ人を好きになったことにより一層激しいものとなった。



 その女子は初瀬はつのせ 早月さつきといった。 学校一のマドンナで、才色兼備の高嶺の花だ。


 早月と2人は同じ学年だが、進学クラスの早月と就職クラスの2人では、校舎も違うため接点がない。


 しかも、2人は中学生の時からやんちゃで、人から不良と呼ばれるような生徒だった。優等生の早月とでは同級生でありながら住む世界が違った。


 このまま話をすることもなく初恋が終わるのか。そんな悶々とした思いをしていた2人にある日チャンスがやってくる。



 駅前の通りに面した建物の2階にある昔ながらの喫茶店。この店の窓際席で彰と修一はいつものように放課後を過ごしていた。


 電車通学の早月はいつも、この喫茶店の前の駅前通りを通って下校する。早月に2人して一目惚れしてからというもの、ここから駅に向かう彼女を眺めるのが2人の日課になっていた。


「なぁ、早月さんとお近づきになる機会ってねぇかなぁ。」


 彰が机に頬杖をつき、目線を外の通りから離さないまま、向かいに座って雑誌を読んでいる修一に話しかける。


「ん~。通りを歩いてる早月さんを捕まえてお茶に誘ったとして、不良学生が絡んでるようにしか思われないしなぁ。」

 修一は雑誌から目を離さずに答える。


「めちゃくちゃ真面目な格好して誘うのは?」


「それ想像してみ?いい笑いモンだぜ。」


 そう言われて、彰は制服の詰め襟を全部閉めて、髪をピシッと七三に分けた自分と修一を想像した。


「プハ、ダセェ。我ながらダセェなそれ。」


 彰はひとしきり笑って目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭きながら窓の外を見た。


 そこにちょうど早月が通りかかった。


「おっ、早月さんだ。今日もかわいいなぁ。」


 修一も窓の外を見た。


「前から誰か来たぞ。あれは北高の森川とその子分たちだ。」


 早月の目の前に3人の男子高校生が立ちふさがる。彼らは隣の男子校の荒くれ者である。彰と修一は以前一度、彼らといざこざを起こし面識があった。


「あっ、早月さんに声をかけてやがる。」


 急いで階段を降り通りに出ると、森川はニヤニヤしながら、

「ちょっとだけ付き合ってよ。帰りはちゃんと送るからさ。」

 と言って、早月の腕を掴もうとした。


「早月さんに触んじゃねぇよ!」

 彰が森川の横っ腹に飛び蹴りをおみまいし、森川が吹っ飛んだ。他の2人が助け起こそうと駆け寄る。


「うおっ、お前ら城南の彰と修一じゃねぇか。」

 一瞬何が起こったかわからなかったようだが、彰と修一の姿を認める。


「モテないからって嫌がる女の子を無理矢理ってのはイケナイと思うよ?」

 修一は早月を庇うように前に立って言う。


「無理矢理じゃねぇよ!」

 森川ががなりたてる。


「ふ~ん。じゃあ、早月さんコイツらと遊びに行く?」

 修一が早月に振り向いて尋ねる。


「…私は家に帰る。」

 早月がそう答える。


 修一が森川に視線を向けると、彼らは舌打ちをしながら去っていった。


「ありがとう。」

 早月はにこやかな顔で礼を言う。


 初めての自分たちに向けられた笑顔に2人はドキドキしっぱなしだった。


 その後、早月は学校で彰と修一を見ると気軽に声を掛けてくれるようになった。


 それから、彰と修一はどちらが彼女に相応しいかを証明するためにあらゆる方法で競い始めた。


 まず最初は水泳のタイムを競った。プールの授業でタイムを測ることになり、 彰と修一は一緒に泳ぐことになった。これは好機と勝負をしたのだ。


 その結果はほんの僅差で彰の勝ちだった。


 それで納得する修一ではない。次は、夏休み前の期末考査の成績で競い、修一が勝った。


 その後も何か競えることが見つかれば勝負を繰り返した。その勝敗は五分五分であり、なかなか決着が着かない。


「小野寺くんと、海藤くんは、いつも何か競争しているね。」

 いつだったか、早月にそう言われた。


 まさか、早月を取り合って争ってるとは言えず、言葉を濁していると。

「男の子っていいね。ライバルがいるって素敵。これからも頑張ってね!」


 満面の笑みでそういう早月を、2人してなんとも言えないむず痒さを感じながら見るしかできなかった。



 しかし、そんな日常は3年生に進級する前のある日突然に崩れた。


 早月に彼氏ができたのである。


 相手は1年上の男で、卒業する前に彼女に告白し付き合うことになったのだ。


 その男は、頭も良く、スポーツもでき、その上人望もあると言う何もかもを備えており、2人にはとても太刀打ちができない相手だった。


 彰と修一は競い合うことをピタッと止めた。しばらく2人して空気の抜けた風船のように萎んでいたが、3年生になり就職に向けての活動が本格的になり、慌ただしく日々を過ごした。


 早月と彼氏の交際は順調に続き、早月は彼氏と同じ大学を受験、見事合格し共にキャンパスライフを謳歌することとなった。


 そして、彰と修一はそれぞれ就職先を決め、一足先に社会人になった。




 ――― それから年月が流れたが、彰と修一は社会人になってからも変わらずつるんでいた。そして、同窓会で早月が彼と別れたらとの話を聞いた。


 それを聞いた瞬間、2人共に高校時代の熱い想いが蘇ってきた。




 そして、今日2人は地元のスポーツクラブのプールに来ていた。修一が通っているクラブである。


 そして、2人は飛び込み台の上に立とうとした。


 すると、審判を頼んだ顔見知りのクラブの職員が慌てて、

「飛び込みは禁止です!」

 と止めてきた。


「カタいこと言うなよ。」

「学生時代は普通にやってたぞ。」

 彰と修一は口々に言う。


 しかし、職員は規則なのでと譲らない。

 仕方なく2人はスタート地点に降りた。


「じゃあ、始めてくれ。」

 彰の声かけに、審判がスタートの合図をした。


「用意、スタート!」


 2人は同時にスタートを決め、全身全力で泳いだ。


 負けられない―――男と男のプライドを賭けての勝負だった。


 ゴールの壁に手を着いた途端、ガバッと顔を上げ、審判に確認する。


「「どちらが勝った!?」」

 2人の声がハモった。


 2人の剣幕におずおずと審判が口を開く。

「同着です。」


「「へ?」」

「だから、同着。引き分けです。」


 2人はしばし沈黙した。だが、すぐに騒ぎだす。

「そんなことあるわけないだろ。コンマ1でも違うはずだ!」

「適当言ってんじゃねぇよ。」


 審判の職員は詰め寄られ、「そんなこと言われても…」と困った顔をする。


「あら、何か騒がしいと思ったら、小野寺くんと海藤くんじゃない。 」


 ふいに声がする方を見ると、水着を着た女性が立っていた。


「「早月さん!」」


 久しぶりに会った早月は、上品な大人の女性になっていた。


「相変わらず2人で勝負してるのねぇ。高校生の頃から全然変わらない。」

 早月はころころと笑いながら言う。


 彰は、大人気なく騒いでいるのを見られてばつが悪くて頭を掻きながら尋ねた。

「早月さんもこのクラブに通っていたんだ。」


「最近、通い始めたの。いつまでも家に閉じ籠っていたら、体が参っちゃう。」

 早月は続ける。


「でも、よかった。ここで、2人に会えて。高校を卒業してもう50年近くたつかしら。」




「お前、早月さんがこのスポーツクラブに通ってるって知ってたな?」

 着替えの更衣室で、帽子を脱いで白髪混じりの髪をタオルで拭きながら明は詰め寄った。


 早月が顔を出した時、修一はさして驚かなかったのだ。


「この間、入っていくのを見たからな。もしかしたらと思ったが本当に会えるとは。」

 修一は少なくなった髪の毛を整えながら答える。


「死んだかみさんが泣くぞ?」

「別にやましい気持ちなんてないさ。お前と同じだ。ただお前と勝負がしたかった。学生時代の気持ちをもう一度味わいたかっただけだ。だろ?」


 彰はしばしの沈黙の後「そうだな。」と静かに言った。


 高校時代、恋をして彼女が欲しいなど、いろいろな願望があった。だが、本当に欲していたのは、男2人で一緒になってしょうもないことで真剣になったり、バカみたいなことで笑ったりした、あの時間だった。


 早月に相応しい男を決めるためという口実で2人の熱い想いをぶつけ合ってきたが、その口実がなくなり、また、自分たちもそれどころでなくなり、それが途絶えた。


 それから50年余り、現在社会は不安定な情勢で先が見えない。70歳近くになった自分たちの体はこれからどんどん衰えていくだろう。


 しかし、まだまだ尽きることのない熱い想いを燃やして、ムチャをやって生きていたいのだ。


「これからも、勝負を続けるか?」

「もちろん。いつか決着をつけてやる!」

 2人はあの時のように屈託なく笑い合った。


 青春はたとえ何年たっても終わらない。彰と修一の熱い戦いは、まだまだ続く。

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