エピソード81 物騒なリクエスト
サーバールームで高谷は龍神に関するすべての研究開発データを完全に消去するコマンドを打ち込み、プログラミング作業を終えた。セキュリティ関連の機能を持つサーバーはまだクラッシュさせずに残してある。その制御は高谷が権限を奪い、すべて手元のタブレットで行えるようにした。
「榊さん、ここにはもう用はないよ」
高谷はタブレットを持って立ち上がった。榊は誇らしげに年の離れた弟を見つめる。
「お前は本当に優秀だ」
榊は高谷の頭を撫でた。まるで子供のような扱いに高谷は顔を赤らめる。
「奴らに合流する前に曹瑛から頼まれ事があったな」
榊は壁際で気絶したままの哀れなサーバー管理者の頬をベチンと叩いた。男ははっと目を覚まし、榊の顔を見て怯えて頭を抱えている。榊は男の腕を持って無理矢理立たせた。
「お前もここから逃げろ」
引き摺るように男をサーバールームの外に連れ出した。現地作業でサーバー機能を修復させないために高谷はサーバールームの入り口のセキュリティを変更し、誰も入ることができないようにした。
「走」
榊は中国語で行け、と彼に伝えた。管理者はへっぴり腰でふらふらと走って行った。
それを見送った後、高谷とともに八頭の虎の扉の前に立つ。曹瑛からの連絡によれば、この部屋の中の金庫に龍神の資料があるという。榊は扉を押す。意外にも扉はあっさりと開いた。部屋は豪華な応接室となっていた。洋風アンティーク家具が並び、天井からは豪奢なシャンデリアが吊られている。奥にはオーク材の執務机、そして複数の黒服の男。榊は高谷を後ろにかばいながら、日本刀を手にした。黒龍書店の郭京文が榊に譲り渡したものだ。日本刀は切れ味は鋭いが、何人か斬ればすぐにナマクラになる。実戦向きではないことは榊はよく知っていたが、何人斬れたか教えて欲しいという郭京文の物騒なリクエストだ。
八虎連支部の長、董正康が金庫から古びた書類を取り出している。榊はそれが目的の書類とすぐに分かった。
「それをこちらに渡せ」
榊は中国語で伝える。白絹の長袍を着た董正康は首を振りながら榊を憎らしげに睨付ける。黒服の男たちに両脇を守られて扉に向かって逃げようとする。榊が日本刀を抜く。シャンデリアの光を反射して刃がギラリと光った。その刃の前に長髪の男が立ちはだかった。紺色の長袍には肩口から胸元にかけて金の糸で見事な龍の刺繍が施してあった。手には蛇皮と真鍮で装飾された鞘の長刀を持っている。切れ長の瞳は榊を捕らえて放さない。
「奴を始末しろ」
隙を突いて、董正康は叫び扉から逃げ出した。榊はチッと舌打ちをする。高谷はマイクに向かって仲間達に書類を持った董正康が逃げ出したことを伝えた。部屋の隅でタブレットを操作し、地上階へ戻れないようエレベーターを制御した。高谷は心配そうに榊の背を見つめている。
「俺は王陽凱。八虎連の用心棒だ。お前をやったあとは小僧も血祭りに上げてやろう」
王陽凱は口角を歪めて冷酷な眼差しを向ける。榊はスーツの上着を脱ぎ捨て、日本刀を構えた。王も鞘を捨て、長刀を構える。刃渡り80センチはある先が広がった青竜刀だ。まともに打ち合えば榊の刀身は砕かれてしまうだろう。
王が青竜刀を振りかぶる。榊はそれを避けた。青竜刀は椅子の肘掛けに食い込んだ。力一杯振り下ろせばかなりの衝撃だ。王は直ぐさま肘掛けからを青竜刀を抜き、横に薙ぐ。榊は後ろに飛び退いて避ける。
「怖いか」
王は笑みを浮かべながら青竜刀を振り回して見せる。
「ぬかせ、大道芸など怖くはない」
榊の挑発に怒った王は榊に飛びかかる。王の攻撃でオーク材の机、本棚に次々と無残な傷が入り、棚の上の清朝の花瓶が音を立てて砕けた。しかし、ギリギリのところでかわす榊には一太刀も浴びせることができない。王は苛立っている。
「お前は逃げるだけか、その刀は飾りだな」
「お前の太刀筋は読めた」
「何を分かったような口を聞いている」
王が怒りに任せて青竜刀を振りかぶった。榊は隙をついて王の脇腹に蹴りを入れた。くぐもったうめき声を上げ、王が後ずさる。間髪入れず、榊は怯んだ王の顔に拳を食らわせた。王の身体は吹っ飛び、コレクションケースのガラス扉にぶつかった。ガラスが割れ、破片が降り注ぐ。王はよろめきながら立ち上がり、床に血を吐いた。目を細めて榊を睨み付けている。青竜刀を握り直し、袈裟懸けに振り下ろす。
キィンと鋭い音が響いた。榊が日本刀の背でそれを受けたのだ。王はニヤリと笑う。王が逆から青竜刀を振り下ろした。しかし、それもまた弾かれる。榊が刀を中空で軽く一回転させた。王は榊の目つきが変わったのを見た。榊が足を踏み出す。今度は攻勢に転じた。鋭い太刀筋に王は防御するのに精一杯だ。袈裟懸け、切り上げに横に薙いだと思えば突いてくる。掠り傷で済んでいるのは榊の手加減のおかげだった。王はどんどん追い詰められていく。派手な打撃音が響いて、榊の一撃で青竜刀が宙に舞った。
目の前に鋭い切っ先を突きつけられ、王はギリと奥歯を噛んだ。
「もうやめておけ、お前には無理だ。これ以上やるなら本気で斬る」
王は両手を挙げて、わかったと観念した様子を見せた。榊が刃を下ろした瞬間、王は応接机を飛び越え、高谷に飛びかかった。背後に回り、その首を絞めあげ、笑い声を上げた。
「結紀!」
榊が叫ぶ。
「こいつを絞め殺されたくなければ、刀を捨てろ」
「榊さん」
高谷が不安げな声で榊の名前を呼ぶ。榊はチッと舌打ちをして刀を捨てた。王は唇の端から血を流し、凄絶な笑みを浮かべながら高谷を盾に榊に近づいていく。落ちていた榊の一撃でを拾い上げようとしたそのとき、脳天を突くような電流が走った。
「ぐあああっ」
その隙に高谷が王の腕をすり抜ける。見れば、手にペンのようなものを持っていた。榊は応接机に飛び乗り、シャンデリアを掴んだ。その勢いで王の脳天にスピードと体重を乗せた蹴りを食らわせた。王は吹っ飛び、白目を剥いて動かなくなった。
「結紀、大丈夫か」
榊は高谷に駆け寄った。高谷はすこし咳き込んでいるが大丈夫、と顔を上げて笑った。ペン型のスタンガンは胸ポケットにしまった。
「怖い思いをさせたな」
「いいえ、油断して榊さんの足手まといになるところだった」
「お前が無事ならそれでいい」
榊は高谷の頭を胸に抱いた。無事で良かった、と反芻した。
「榊さん、董正康を追いましょう」
榊は刀を鞘に収め、スーツの上着のボタンを留める。床に転がっている王を見た。
「置いていくわけにはいかないだろう」
高谷に日本刀を持たせて、王の身体を抱え上げた。上の階ではプラント内の人間を全員外に出した後に、C4爆弾を使うことになっている。崩落すればここも危ない。
「意外と重いなこいつ、それに長髪がうっとうしい」
榊の文句に高谷は笑っている。エレベーターで地下1階に出た。地上階のボタンは無効だ、おそらく董正康はこのフロアにいるはずだ。赤い警告灯が点滅し、廊下の向こうから黒煙が流れてくる。
「ここでも派手にやってるみたいだな」
榊は王の身体を背負い直し、高谷と共に先に進む。
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