エピソード47 作戦会議

 翌朝、10時から曹瑛の借りているマンションの部屋で作戦会議が始まった。ダイニングテーブルを囲むのは曹瑛、伊織、榊、高谷、そして孫景。大柄な男の割合が多いので、大きいはずのテーブルがやたら小さく見える。


「・・・何でこいつまでいるんだ」

「俺が呼びました。孫景さんも参加したいだろうと思って」

 曹瑛は腕組みをして、不機嫌オーラを醸し出している。伊織は前日に孫景に連絡を取った。横浜での取引では頼りになったし、なんだかんだと面倒見がいい。それは曹瑛も分かっているはずなのだが、片意地を張っている。


「俺も手伝うって言ってるのに、お前は本当に人情が無いな」

 孫景は唇を尖らせる。榊と孫景は顔合わせが初めてだったが、利害関係のいざこざがない二人は、ビジネスライクに打ち解けているようだ。


「作戦を立てようか」

 榊が曹瑛の手に入れたホテル水滸館の見取り図を広げる。二階建ての木造建築で、エントランスを入って中央に大階段がある。2階に客室とダンスホール。1階は客室とレストラン、厨房といった感じだ。部屋の数は40室。富士山が見える湖畔の高級リゾートホテルで、かつては都内から観光客が押し寄せる人気のホテルだった。近くに民家や他のホテルはなく、ホテル街という混み合った印象はない。


「ドンパチやっても気づかれないということか」

「良い環境だな」

 不穏な話で孫景と榊が口元に笑みを浮かべている。榊は頭も切れるが、武闘派で通っているらしい。

「この離れの建物はなんだろう」

 伊織が図面の端を指さした。

「チャペルだな。ここで結婚式をやっていたのだろう」

「それが今はヤクザの巣窟とは、世知辛い」

 孫景も微妙な日本語を良く知っている。日本での生活がそれなりに長いようだ。


「今もホテル経営をしているのか」

 曹瑛がマルボロに火を点ける。

「個人客は取っていないらしい。政治家や企業の大物同士の密談で使われていると聞く」

 榊もフィリップモリスを吸い始める。ついでに孫景も榊のもらいタバコに火を点けた。

 目の前に広がるスモークに高谷が咽せている。


「親父もひどいヘビースモーカーでしたけど、さすがに3人でモクモクされたら煙幕ですね」

 伊織は換気扇のスイッチを押した。窓も開け放つ。

 テーブルを囲む大柄で強面の男達。妙な縁でここに集っている。何故ここに自分がいるのか、今でも伊織は現実味がない。


「取引は明日だな」

 曹瑛は天井に煙を吐き出した。

「おそらく夜だ。その方が悪いことやってる雰囲気が出る」

「何の根拠で言ってるか知らんが、その通りだろう。明るいうちに一度下見に行くか」

 孫景の適当な言葉にも榊は流されずに真面目に答えている。


「結紀、河口湖のホテルを予約してくれ」

 榊が指示すると、高谷はタブレットで予約サイトを検索し始めた。

「あ、俺も一部屋頼む」

 孫景が手を上げる。伊織は曹瑛の顔を見た。

「一部屋追加だ」

「了解です」

 高谷は慣れた手つきでタブレットを操作している。伊織もスマホにタブレットの世代だが、若い子はさらに操作が早いと感心した。


 水滸館から20分離れた場所にあるホテルに決まった。ゆったりした和室の部屋だ。

「この部屋広いなあ、孫景さんも一緒に泊まればいいのに」

「あいつはいびきがうるさい。同じ部屋だと眠れなくなるぞ」

 孫景がお前は寝言がうるさいだろ、と言い終わる前に曹瑛の肘が脇腹に入っていた。


「河口湖か、ほうとうが美味いな」

 榊がおもむろに呟いた。

「ほうとうとは何だ」

 曹瑛が伊織に尋ねる。

「河口湖のある山梨県の名物で、太めの麺を入れて、味噌味のスープに野菜や肉と一緒に煮込んだ鍋料理です」

 曹瑛は興味をそそられたようだ。

「これは遠足じゃない、本題に戻ろう」

 曹瑛は榊を横目で睨む。お前が振ったんだろう、と言いたそうだ。それに遠足じゃない、昨日曹瑛が言っていた言葉だ。伊織は思わず吹きそうになった。


「今回は警備も強化されているんじゃないか」

「そうだろうな、ホテル一帯に麒麟会と八虎連の見張りが配備されるだろう。取引現場には用心棒でも持ってくるんじゃ無いか」

 孫景が図面を指でなぞりながら自分ならどう配置するかを考えている。曹瑛が麒麟会のファイルを机に広げた。

「榊、知っている奴はいるか」

「・・・こいつは殺しの前科があるな。こいつも組の汚れ仕事をよく請け負っている奴だ。クズだが腕は立つ」

 榊が写真を指さして説明している。こいつらは今回の取引に連れていくだろう、と二人の写真を別に避けた。

「獲物は」

「銃だな。こいつは長物でいたぶるのが好みと聞く」

「よし、どいつも容赦はいらないということだな」

 孫景が明るく言い放つ。曹瑛も頷いている。


「結紀、防犯カメラのジャックはできるか?ヤクザモンは防犯カメラが好きだからな、ホテル中に取り付けてあるはずだ」

「できると思う。ドローン飛ばせば外の警備配置も拾えるかな」

「高谷くんはシステムに強いの?」

「大学では情報工学を。でも半分シュミですけど」

 高谷ははにかんで笑顔を見せた。そんな特技があったのか。伊織も負けてはいられない。


「瑛さん、俺は何をしようか」

 伊織は負けじと曹瑛に食いついた。

「宿で留守番だな」

「えっ・・・俺だけ・・・留守番・・・」

 確かに、現地に行っても何もできない。もし強面のヤクザやマフィアに見つかったらボコボコにされ、悪ければ殺されるかもしれない。


「宿まで連れていってやる。お前は遠足でいい」

 曹瑛にしては大きな譲歩だったのだろう。それは重々承知だったが、やはりショックだ。高谷にも特技がある。自分も何か役に立ちたい。

「ま、みんな遠足でいいんじゃないか」

 孫景が伊織の肩を叩いた。そんな馬鹿な、と伊織は孫景を見上げた。包容力のある笑顔を返されて、複雑な気分だ。


 すぐに河口湖へ向けて出発することになった。孫景は地下ガレージで待つと先に出ていく。榊と高谷も荷物を持って合流することになっている。


「伊織、今回は本当に危険だ」

 皆が出て行き、意気消沈する伊織に曹瑛が声をかけた。

「わかってる、俺は何もできない」

「お前は人を傷つけられる人間じゃない、そうさせたくない」

 曹瑛がまっすぐに伊織の目を見つめる。思いがけない言葉に伊織は何も言えなかった。


「ありがとう、遠足でいいよ」

 着替えや洗面道具を持って部屋を出た。地下に降りると、孫景が待っていた。車はどこで調達したのか濃いスモークの黒塗りのワゴンだった。これなら5人ゆったり乗れる。トランクには何やら物騒な荷物がありそうだ。


「じゃあ、出発しよう」

 曹瑛が孫景の腕を掴んだ。そして榊を見る。

「榊、お前は運転できるな」

「ああ」

「おい曹瑛、なんだよ。俺の車だぞ」

「お前の運転は、やばい」

 曹瑛は真顔で言う。孫景が何か言おうとした。

「あの、俺も榊さんの運転がいいです・・・」

 高谷が控えめに意見する。

「わかったよ・・・じゃあ頼むわ榊。ぶつけるなよ」

 榊は黙って運転席に乗り込んだ。伊織も孫景の運転ではないことに実はほっとしていた。

 河口湖につく前に仲良く病院送りになってはシャレにならない。ナビでホテルの位置をセットして、車は走り出した。

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