エピソード45 志を同じくする者

「いただきます」

 ダイニングテーブルを囲んで男4人、この面子で餃子を囲んで団らんすることになるとは。おそらくここにいた全員がそう思っていた。

 茹でたての水餃子は湯切りをして皿に盛った。大皿2枚に大盛りの餃子がほかほかと湯気を上げている。曹瑛が調合したネギやショウガ、ニンニクを入れた特製のタレにつけて食べる。絶妙なバランスのタレと、もちもちの皮の食感に伊織は思わず肩をすくめた。


「わ、なにこれ・・・美味すぎる」

 伊織が目を閉じて餃子を噛みしめている。中のあんからしみ出した肉汁の濃厚な旨味と、細かく切った白菜のシャキシャキした食感の小気味良さに箸が止まらない。

「うわあ、ホントにすごく美味しいです」

 高谷も感動している。

「確かにこれは美味いな・・・本場の味ということか」

 榊は普段から良い店で美味しいものを食べ慣れている。その兄が素直に味を褒めるのは珍しく、高谷は内心驚いていた。


 小ぶりの餃子は食べやすく、男達の胃袋にどんどん吸い込まれていく。大盛りの山が減っていき、一皿があっという間に空になってしまった。伊織は千切りのじゃがいもに手をだした。

「土豆絲、これは箸休めだ」

 土豆はじゃがいも、絲は千切りを意味する。

「この食感いい、じゃがいもをこんな風に食べるの面白いね」

「中国ではどこにでもある手軽な家庭料理だ」

 じゃがいもを水にさらして細く刻み、千切りにした唐辛子と一緒に炒めたシンプルな料理だが、ポリポリした瑞々しい食感と唐辛子のピリ辛のアクセントがくせになる。

「この間のトマトと卵の組み合わせ、今回はスープなんだ」

 先日は炒め物だったが、今日の食卓にはそれをアレンジしたスープが並んでいる。餃子をたらふく食べたあと、あっさりしたシンプルなスープが胃に優しい。2皿に山盛りの餃子は見事完食された。


「なんだか本当にパーティみたい」

「・・・不本意だがな」

 曹瑛もそう言いながら、まんざらでもないようだ。テーブルを片付けた後は曹瑛が淹れたお茶と、スーパーの帰りに和菓子店で買った柏餅が並んだ。

「吸っても良いか?」

 榊が胸ポケットからフィリップモリスを出しながら伊織に尋ねる。

「どうぞ」

 伊織が返事をする前に、曹瑛も無言でマルボロに火を点ける。


「で、鳳凰会はどうするんだ?」

 曹瑛が榊に切り出した。榊は煙をふうっと吹き出す。

「解散だ。組長は病院送り、取引は失敗・・・俺は死んだことになっている」

「お前の仲間があまりにもあっさり逃げ出したのはおかしいと思っていた」

 曹瑛が榊を横目で見やる。

「このことは俺の直属の部下だけしか知らない。その方がやりやすいからな。龍神はガキが遊びで使っていいブツじゃない・・・取引をやめさせなければ」

 榊は目を細めた。噛みしめる口元には横浜での取引を潰すことに失敗した悔しさがにじんでいた。榊と曹瑛の目的は一致しているようだ。



「次の取引はどこだ」

 曹瑛は無表情でタバコの煙を吐き出した。

「3日後、河口湖のホテル」

 曹瑛が榊の目をじっと見つめている。この男嘘は言っていない、それは確かだ。

「あいつも来るのか」

「帽子の奴か?それはわからんが、おそらく。今頃取引の失敗を組織に責められているんじゃないのか。麒麟会は幹部クラスが出て行くようだ。大がかりな取引になる」


 曹瑛はタバコを揉み消した。腕組をしたまま、じっと考え込んでいる。

「瑛さん、行くの」

「・・・ああ」

 伊織の問いかけに、曹瑛は短くそれだけ言って黙り込んだ。帽子の男、黄維峰に対する復讐の念に、静かな怒りの炎を燃やしている。

「経営破綻したリゾートホテルを麒麟会が買い取っている。そこなら取引も邪魔が入らないというわけだ」

「ふん、調べれば分かることだ」

 曹瑛は手がかりがつかめたところで自分だけで動こうとしている。


「お前は手負いだろう、俺も行く」

「いや、俺は1人で・・・」

 曹瑛は言いかけて控えめに腕をつつく伊織を見た。目を合わせず、唇は真一文字に結ばれている。

「1人では行かせてくれないようだ」

 榊がそれを見てフッと笑う。

「榊さん、俺も行く。心配しながら待つのはもう嫌だ」

 高谷も榊に詰め寄る。曹瑛は頭を抱えて大きなため息をついた。

「俺たちは同じ釜の飯を食った仲間だ、それに俺は戦力になる」

 曹瑛はあからさまに嫌そうな顔をしている。普段仏頂面なのに、こんな表情をするのは珍しい。最初に会った頃から比べると、曹瑛が感情を表に出すようになったような気がしていた。


「俺は誰とも組むつもりはない」

 曹瑛はきっぱり言い切った。榊はそれに気を悪くする様子もないようで、伊織は内心安堵した。ここでこの大柄な武闘派2人がバトルにでもなれば収集がつかない。

「ま、気が変わったら連絡くれ。メシは美味かった、ごちそうさん」

 榊は席を立った。高谷もありがとうございました、と礼を言って榊についていく。

「俺、見送りに行ってきます」

 曹瑛の返事はない。伊織は玄関先の廊下で榊を引き留めた。


「榊さん、瑛さんあんな感じで、何でも1人で対処しようとするんですけど、その、助けてもらえませんか」

 伊織は深々と頭を下げた。

「助ける、か・・・俺は龍神の始末をつけたい。ただそれだけだ」

「瑛さんには俺からも話をしておきます・・・多分聞いてくれないけど」

 榊はうなだれる伊織の肩を叩いた。

「あいつの面倒みるの、大変だな」

「え?」

 伊織は思わず顔をあげて怪訝な顔をしている。榊は愉快げに笑う。

「じゃあ、また」

 そう言って、廊下を歩き出した。と思えば2つ向こうの部屋の鍵を開けて入っていく。

「ここを一時的な隠れ家にするんだって、伊織さん良かったら遊びに来てね」

 高谷が手を振っている。ドアがバタンと閉まって、伊織はその場に取り残されてしまった。


「早かったな」

 伊織が部屋に戻ると、曹瑛が定位置のソファに座っている。

「うん、まあ・・・」

 榊がマンションの同じ階に住んでいると知ったら、曹瑛はすこぶる嫌な顔をするだろう。面倒なので伊織は黙っておくことにした。様子を伺いながら曹瑛の横に座る。

「榊さんと協力しないの」

 曹瑛は伊織をチラと横目で見る。

「足手まといだ。俺は1人で行く、それにお前も留守番だ」

「じゃあ、榊さんに連れていってもらう」

「・・・な」

 曹瑛が絶句した。

「あ、そうだ、孫景さんにも声をかけようかな」

「待て、遠足じゃないんだぞ」

「じゃあ連れていってくれるってことでいい?邪魔はしない、と思う」

「好きにしろ・・・」

 この男はやはり意外に図太い。曹瑛は笑顔の伊織を見て、大きなため息をついた。

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