エピソード19 願掛け

「瑛さん、お守り買いましょう」

 伊織は思いついて授与所に曹瑛を引っ張っていった。鮮やかな色の小袋が並んでいる。曹瑛はそれが何か分からないようだ。

「旅行安全、商売繁盛・・・なんか違うなあ、所願成就・・・今回は御利益なさそうだな・・・、これにしよう」

 伊織は「健康祈願」と刺繍されたお守りを選んで、曹瑛に手渡した。

「これ、お守りです。瑛さんが無事でありますようにって」

「それが健康なのか?」

「ぴったりくるのがなかったけど、でもきっと御利益ありますよ。俺さっきお参りしたときに願掛けもしてきましたから」

 曹瑛は手渡された小さな青色の巾着袋をしばらく見つめてポケットにしまった。


「お昼ご飯、この近くにボリューム満点の天丼やがあるんですよ」

「天丼・・・」

「天ぷらを載せたご飯です」

 ちょうど昼どきだったが、タイミングよくすぐに案内された。狭い店内の二人がけテーブルに着席する。曹瑛は背が高い分、窮屈そうだ。

「日本の店って結構こんな感じで、特に都会は狭いんですよ」

 メニューを見ながら丼に載せる天ぷらを決める。えび、かきあげ、きすの3種類を乗せることにした。

「雑誌に載っている人気店は他にあるんですけど、こっちの方が穴場で、安くてボリュームあって、美味しいんです」


 やってきた天丼は器から具材がはみ出すほどのボリュームだった。曹瑛も思わず、お、と声が出る。揚げたての衣はサクサクで、エビは大きな身が入っていた。キスは身がしっかりしておりぷりぷり、かきあげは新鮮な野菜のうま味が口の中に広がる。

「は~えびでかい、幸せ」

 伊織はえび天をほおばりながら感激している。

「美味いな・・・それに日本の米はいい」

「瑛さんの住む地方ではお米を食べるんです?」

「主食は餃子、だな」

「え、主食が」

 餃子といえば日本人にとってはラーメンのサイドメニューだ。主食が餃子というのは斬新に感じた。餃子をもりもり食べる曹瑛を想像して、伊織はおかしくなった。


 食後の腹ごなしに近くの商店街を散策する。旬の野菜やくだものから日本雑貨、本格的な職人の作る道具の店が並ぶ。外国人にも人気で、通りはいつも賑やかだ。曹瑛は刃物の専門店に吸い込まれるように入っていく。日本の包丁が珍しいようで、ガラスケースに入った品をまじまじと見ている。自ら店員をつかまえて素材や形状、使い方について話を聞いている。

「まるで芸術品だな・・・」

「その台詞、怖いよ瑛さん」

 店を出るときには曹瑛は気に入った包丁を2本買い込んでいた。結構いい値段だったが、一瞬たりとも迷うことなく現金決済をしていた。

「いいお土産ができて良かったですね」

「そうだな、早く切れ味を試したい」

 何の?とは聞けなかった。


「まだおなか一杯なんですけど、せっかくなのでおやつ買っていきましょう」

 伊織は人形焼きの店をのぞき込む。中身があんこだけでなく、カスタードやチョコレートなどいろいろな種類があるが、ここはやっぱり日本の味、ということであんこに決めた。

「これひとつ」

 8こ入りのパックを買った。

「これは人形焼きっていって、カステラの中身はあんこ、えっと小豆です。これ人形の顔の形だけど、名前の由来は人形町という町で作られたことからです。瑛さん甘い物いけるでしょう」

「何故そう思う」

「最初に会った日、コーヒーに砂糖入ってないってボヤいてたの覚えてるよ」


 商店街を抜け、ファーストフード店で飲み物をテイクアウトした。隅田川沿いの遊歩道のベンチで休憩にする。

「はい」

「ああ、ありがとう」

 曹瑛は伊織に分けてもらった人形焼きを見つめる。

「いろんな型があるけど、それは七福神だね」

「御利益がありそうだ」

 日差しは暖かいものの、まだ少し冷たい川風が吹いている。こんなのんびりした気分は久しぶりかもしれない。伊織は温かい紅茶を飲みながらほっと息をついた。予想通りというか、曹瑛は人形焼きを気に入ったらしく、結局5つも無言のままもぐもぐと食べてしまった。


「次はあそこに行ってみましょう」

 伊織の指さす先にはスカイツリーが見えている。

「スカイツリー、実は俺もまだ行ったことなくて、ちょっと楽しみなんですよ」

 曹瑛も気がつけば伊織のペースに巻き込まれていた。半蔵門線でスカイツリー前駅へ。

「チケット予約してます。一番上まで行きましょうね。タワー自体は634メートルあるんです。上れるのは450メートルまでですけど、瑛さんは高いところ平気?」

「あまり得意じゃないが、別に構わない」

「俺も実は苦手なんですけどね、せっかくだし」

 せっかくという言葉は便利だ。


 高速エレベーターで一番高い天望回廊に着いた。空の上から遮るもののない東京の景色を一望できる。春霞でややもやってはいたが、かなり遠くまで見渡すことができた。足下に見えるビルが精巧なミニチュアのようだ。高すぎるとかえって現実味がない。

「わー、すごい、思ったよりよく見える」

 伊織はガラスに張り付いてビル街を見下ろしている。曹瑛も控えめにのぞき込んでいる。

「ねえあれ、富士山ですよ、日本で一番高い山」

 伊織は説明なのか、はしゃいでいるのか分からない。

「あ、すみません何だか俺だけ興奮してて・・・瑛さんあまり面白くない?」

 伊織は一歩引き気味の仏頂面の曹瑛の顔をのぞき込んだ。

「高いところ、やっぱり苦手かもしれない」

「瑛さん怖いの?」

「いや、怖くは・・・」

「じゃあそこ行ってみよう」

 伊織に引っ張られてきたのは床がガラス張りのフロアだった。曹瑛はぐ、と口ごもる。いつの間にか伊織に腕をがっしり捕まれている。

「おおお、これは相当ぞわっとくる・・・瑛さんも立ってみよう」

「い、嫌だ・・・!」

 柄にもなく動揺する曹瑛の腕を掴んだまま強化ガラスの上に立ってみる。落ちるわけはない、と分かっていても鳥肌がゾゾと立ち、伊織は思わず肩をすくめた。足下を見ると、鉄骨が遠く地上まで続いている。道路を走る車がまるでおもちゃのようだ。伊織にひっぱられて曹瑛も片足だけ乗せて下を見ないようにしている。

「瑛さんの方が背が高いから、怖さも違うのかな」

「・・・馬鹿なことを言う」

 気がつけば曹瑛はガラスから足を引っ込めていた。

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