僕の友達は勇者です

ハルカ

嘘と本当と嘘

 僕の友達は勇者です。


 彼は僕と年齢が同じで、家も近く、まるで兄弟のように育ちました。

 僕たちは幼い頃から剣の練習をし、体を鍛えました。

 実践を想定した訓練だって何度もしてきました。


 彼は自分のことを『勇者』だと名乗っていました。

 村を守る、世界を守る、というのが彼の口癖でした。


 でも本当は、彼が勇者なんかじゃないということを村の誰もが知っていました。

 勇者は生まれつき心臓のあたりに痣があるといいます。それは前世で魔王と戦ったときについた傷の痕です。

 もちろん、僕の友達には痣なんてありませんでした。


 やがて僕たちは大人になり、僕は自分の家の道具屋を継ぎ、友達は行商人になりました。

 大人になっても彼は『勇者』だと名乗ることをやめませんでした。


 鍛錬を積み重ね、魔物の研究もするようになりました。

 彼は行商の途中で出くわした魔物を自らの手で倒し、その特性や弱点について気付いたことを手記にまとめていました。


「もし魔物が攻めてきても、俺が村を守る。なんたって俺は勇者なんだからな」


 彼は人目をはばからずそう言っていました。

 子どもの頃には微笑ましく見守ってくれていた村人たちも、彼が大人になってからは呆れたように笑うか無視するばかりでした。


 それでも彼は鍛錬や研究をやめませんでした。

 彼が集めた魔物の情報は膨大な量になり、まとめ直しても数冊の本に分かれるほどでした。


 いつしか彼は、行く先々で魔物から襲われるようになりました。

 魔物たちはその敏感な鼻でにおいを嗅ぎ取り、彼の行動を把握しているようでした。

 たとえ彼が本物の勇者ではないとしても、彼が魔物を殺して研究をしていることは事実でした。魔物たちにとって彼の存在は脅威だったに違いありません。


 ある日とうとう、村が魔物に襲われました。

 彼は魔物を殺す役割を自ら進んで引き受けました。

 魔物たちの襲撃は数日間にもわたりましたが、彼はその戦いに勝ちました。


 最後の一体を斬り殺すと、彼はその日のうちに村を出る決心をしました。

 魔物たちは鼻が利きます。

 彼が村を去れば、それはすぐに魔物たちにもわかるだろうと彼は言いました。


 彼はとある廃村を目指すと言いました。

 そこは馬で一日ほどの距離で、しばらく前に魔物の襲撃を受けて滅びてしまった村でした。

 魔物が彼を目当てにしているのは紛れもない事実で、村を守るためにはそうするしかなかったのです。


 僕は、一緒に行くと言いました。

 しかし、そう言い出した途端に指先も唇も震えました。行けば死ぬという確信がありました。

 本当は、僕は一緒に行きたくなんかなかったのかもしれません。


 僕の嘘を見抜いた彼は、優しく断りました。

 ほっとしたと同時に、僕は自分の無力さに打ちひしがれました。

 彼は自分の手記を僕に預け、村を去りました。


 その日の晩、廃村の方角の空が赤く染まりました。

 翌朝、僕は村人たちが止めるのも聞かずに馬を走らせました。


 夕方に廃村へ到着した僕は、無残な姿に変わり果てた彼を見つけました。

 しかし、その近くの地面に魔物の姿を描いたと思われる絵がありました。

 十体の魔物が合わさった姿。それは噂に聞く『魔王』でした。


 その絵には、一か所だけ大きな印がついていました。

 左から五体目の魔物の頭部。そこに大きく×がつけてあったのです。

 彼は自らの命と引き換えに、魔王の弱点を得たのでした。


 あたりには魔物の死体が散らばっていましたが、魔王とおぼしきものは見当たりませんでした。きっと奴はまだどこかで生きているに違いありません。

 彼の遺体を埋葬し、僕は急いで村へと戻りました。

 そして彼の手記に「魔王の弱点」を書き加えました。


 そのとき、村に勇者の一行がやってきたのでした。

 彼らは最近このあたりに魔物の出現が多いという情報を聞いてやってきたのでした。

 皮肉なものです。もし彼らの到着が二日ほど早ければ、僕の友達は死ななくて済んだのかもしれません。


 僕は勇者一行に手記を渡しました。

 魔法使いがそれを受け取り、中身に目を通して「これは使える」と勇者に告げたのが聞こえました。


 勇者一行はすぐに村を出て魔王を追い、そして戦いに勝ちました。


 勇者たちの活躍は本になり、たくさんの人たちに読まれました。そこにはあの手記に書かれていた内容もかなり使われていました。

 彼らは、手記の研究内容をまるで自分たちの手柄のように扱ったのです。

 勇者と魔王との闘いは、まさにあの×印の弱点をついたものでした。勇者は深手を負いながらもどうにか魔王を倒したのでした。

 

 すっかり世界が平和になった頃、勇者一行がわざわざあの手記を返すために村へやってきました。


「この手記、助かったよ。君が書いたのかい」

「あの、実は……」


 勇者に本当のことを話そうとしたとき、パーティのうちの一人が言い出しました。


「おっと、思い出した」

「どうした?」

「噂話さ。この村、勇者をかたるアホがいるんだぜ」

「!」


 その話を聞いた途端、勇者の目つきが変わりました。

 勇者一行は魔王との戦いで生死の境をさまよったのです。命を投げ出して世界を救ったと、彼らはそう思っているでしょう。

 そんな彼らからすれば、どこかの馬の骨が『勇者』を名乗る行為は腹立たしいものに違いありません。


 いまや勇者一行は『世界を救った英雄』ということになっています。

 そんな彼らの不評を買ってしまえば、このちっぽけな村は世界中から睨まれることになるかもしれません。


 僕は慌てて言いました。

「あいつですか。みんな呆れて誰も相手にしませんでしたよ。それに、あいつが勇者だなんて嘘をつくから魔物が襲ってきて、村の人たちはみんな迷惑してたんです」

「そうか……」

「それに、彼は村外れで魔物に襲われて死にました。ここにはもういません」


 それを聞いて、勇者たちは肩をすくめたり呆れたように溜息をつきました。

「馬鹿が一人で死んだってだけだな」


 勇者一行が帰ったあと、僕は一人で大泣きしました。

「これで良かったんだよね?」と何度も問いかけながら。


 あの手記がなければ、今頃世界がどうなっていたのか僕にはわかりません。

 でも、これだけは言えます。

 僕にとっては、まさしく彼こそが『勇者』でした。


 だから今でも僕はこっそり言い続けるのです。

 僕の友達は勇者です、と。

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