陰の球根

ツチノコ

陰の球根

 見るともなしにテレビの天気予報や占いを見ていると、空模様と僕の運勢は、本日最悪だった。目に涙とヤニを溜めてあくびをかみ殺しながら、僕は玄関を出る。階段の途中の踊り場で、僕は建物の外に広がる貧相な田園や灰色の川、ゴミ捨て場、古びた団地群を視界におさめた。それは、いつもの朝、いつもの風景であった。何か違う点を挙げるとすれば、今日から春休みが明け、僕は中学三年生になるというだけだった。

 

 朝、登校して一番に、校庭に貼りだされたクラス替えの表を見つめ、三年四組にある自分の名前の後にすぐ、藤原大志の名を見つけた時、僕はすでに帰りたくなった。


 教室に着いた僕は、黒板に書かれた席順をチェックし、机の上に荷物を置く。すると、すぐに後ろから肩を思いっきり強く叩かれ、「うわぁ!」と叫んで振り向くと、ニヤニヤ笑う藤原がいた。

「びっくりすんな。うるせんだよ。驚き過ぎ」

 今度は頭を叩かれる。驚かしてきたのは藤原のほうで、その意図を汲んで僕はわざわざあんなオーバーリアクションを取ったのにと、彼の理不尽さに新学期早々頭がクラクラするが、僕は笑って「いや、俺、ビビりだからさ。仕方ないよ」と答える。藤原は僕の返答など無視して別の話を振る。彼と会話をしたくない僕は、こうして常に藤原に会話の主導権を握られ、あっちこっち振りまわされる。

「歩、春休みの宿題やったか?」

「うん、やってるけど」

「写させて」

「え、でも、もう朝の会が始まるし、宿題って朝の会の時に一斉に集めるでしょ? もう時間ないよ」

「俺の宿題が全部写し終わるまで、貸せよ」

「そしたら、期限破りで減点され……」

 藤原はまたしても僕の返答を無視して、勝手に僕の鞄をあさりだし、昨日夜中まで頑張ってやり切った宿題を持っていってしまった。それを見ている新しい級友達は、何も言わない。

「あと、筆箱忘れたからシャーペンと消しゴムも借りるぞ」

 

 本鈴のチャイムが鳴り、教室に新たな担任教師が入ってくるのを見て、皆、すぐさま席に着く。入って来たのが社会の教鞭をとる保田だったからだ。保田は毎年三年生の学年主任も兼任しており、体育教師の山田、理科を教える坂本と並び、全生徒に恐れられている教師の一人だった。その事実は、少し、僕に希望を与えた。藤原も保田の前では、僕をいじらないだろうと思った。保田に続き、見慣れない女生徒も教室に入ってくる。保田は教壇を上り教卓に着く。女生徒は教壇の横で立ち止まる。

「みんな、おはよう。今日からこのクラスを担任することになった保田だ。まず、初めに言っておくが、今年が一番、君たちにとって大事な時期だ。高校受験があるんだからな。俺は君たちを全員、希望通りの高校に進学させたいと思っている。まあ、勉強することも大切だが、それより気をつけなくてはいけないのは、風紀、これを乱さないことだ。学校内もそうだが、学校外で問題を起こして他人に迷惑をかけるなどもっての他で、内申点、これが受験する上で大切になってくる。一、二年生の時に素行が悪く、テストの点数も悪くて内申点を気にしている奴もいると思うが、まだ間に合う。この中学最後の年をどう過ごすかで、人生が決まると思え。少し現実的な話をするとだな、最近、この社会は学歴など関係ないという風潮があるが、実際、学歴は必要だ。学歴によって就けられる職、就けられない職がある。学歴がないということは、将来自分が就ける職の選択肢を減らすことになる。いざ、大人になって働こうと思った時、学歴がないと困るんだよ」

「俺、AV男優になるから大丈夫です。だって、SEX出来ればいいんだから」

 そうふざけて口を開いたのは、藤原のグループの一人、山崎だった。保田の話で緊張していた教室内の空気が、一気に弛緩した。

「山崎、そんな調子なら、お前はAV男優にはなれないぞ」

 保田は怒るでもなく、笑みさえ浮かべて答えた。

「どうしてですかー? 俺、超、SEX上手なのにー」

「馬鹿な男に女は扱えないからだよ」

 教室は爆笑の渦に包まれた。SEXをしたことない山崎は何も言えなかった。

「さて、今から転校生を紹介しよう」

 保田は教壇から降り、代わりに女生徒を教卓に立たせる。

「それじゃ、二階堂、自己紹介してくれ」

 二階堂と呼ばれた女生徒は『二階堂のぞみ』と板書し、口を開いた。

「初めまして、二階堂のぞみと言います。岡山から越してきました。岡山の学校では陸上部で短距離をやっていたのですが、この学校には陸上部がないようなので、やったことのない他の部活を探そうと思っています。友達からは、のんちゃん、と呼ばれていました。みんなもそう呼んでくれたら嬉しいです。一年と短い時間だと思いますが、みんな、よろしく」

 そう言って二階堂さんは笑い、お辞儀した。彼女はすごい美人だった。吹出物のない白い肌に、薄紅色の唇、形のよい鼻梁、大きな柔らかい瞳は二重である。これらが、黄金比だと思う程に綺麗に顔を形作っている。髪は後ろで一くくりにまとめたポニーテールで、顔を下げた時、ぴょこんと跳ねた。周りの女子に比べて背が高く、運動部の女子に共通した、程良く筋肉が発達した肉感のある身体をしていた。貧相で未発達に思える女子が多い中、彼女の身体は、大人の一歩手前のものに見え、扇情的だった。容姿が整っている転校生に、教室は歓迎ムード一色になり、熱烈な拍手によって、二階堂さんは三年四組に迎えられた。


 昼食後の昼休憩。クラスの女子たちが二階堂さんの机に集まり、彼女を中心にして円を作っている。円の外にいる者たちも、他の者と話しながらも話題は二階堂さんのことだった。可愛い転校生が来たと噂が立ったのか、他のクラスからも何人かが四組に訪れ、教室の外から遠巻きに彼女を眺めている。彼女は新しい環境の中でも人怖じせず、話しかけて来る人全員に上手に受け答えをしていた。完璧美少女現る、と思って二階堂さんを見ていた僕のところに、藤原たちがやって来た。

「おい、歩、なんか面白いことしろや」

「え、そんなの急に言われても……」

 藤原達には、よくこんな無茶な要求をされる。出来ないと言ったが、僕はしなくてはいけなかった。頑なに彼らの要求を拒むことが、僕には恐くて出来ない。

「えっと、それじゃあ、野島のぶおの真似するよ」

 野島のぶお。今テレビで話題のお笑い芸人だった。身体をくねくね動かしたりジャンプしながら意味不明な奇声を発する気持ちの悪い芸風で、藤原達は、僕が野島のぶおの真似をするのを見るのが好きだった。

「よし、じゃあ、教壇の前でやれ」

 藤原に引っ張られ、僕は教壇の前、黒ずんだ埃が付着した床のタイルに横たわる。教室の何人かが、僕の行動に気付き、教室の中央前に視線を投げる。その中には二階堂さんの視線もあった。

「ズンズク ズンズク デーン♪ ズンズク ズンズク デーン♪」

 リズムを口に出しながら、横たえた身体をビクビク震わせた僕は「ウェーーーーイ!!」と叫んで跳ね起きた。両手を頭上で重ね「ポチン♪ ポチン♪ ポチン……」と歌いながら腰を目一杯振る。二階堂さんのビックリした目が、僕の腰を捉えていた。

「俺の~、ポチンが言う事を聞いてくれ~、俺の~、ポチンが言う事を聞いてくれ~」

 腰を突きあげた状態で動きを止め、「さあ、ポチンよ。皆が見ている何か言え!!」と、僕は自分の腰に向かって声を張り上げる。

『ラブ&ピースは僕から生まれるの』

 高い裏声を出して、まるでポチンという空想の生物が答えたかのように見せる。藤原達が大声で笑う。以前から僕を知っている者たちも、また中元が馬鹿をやっていると笑う。二階堂さんも、笑っていた。


 授業が全て終わり、放課後になった。藤原達は、放課後は僕に全く関心を示さない。彼らは部活のためすぐに教室を後にした。のんちゃん一緒に帰ろ、どこの部活動にも所属していない女子たちが二階堂さんに声を掛ける。私、部活動を見て回るから先に帰ってて、と二階堂さんは柔らかく答え、保田に貰ったのだろう、入部届けと部活動一覧表を交互に眺めた。ふと、二階堂さんが顔をこちらに向け、僕と目が合う。僕は急いで目を反らし、机から教科書類を鞄に詰め込むのに忙しい……振りをする。すると、声を掛けられる。顔を上げれば二階堂さんだ。

「ねえ、休憩時間にやったギャグって、野島のぶおの真似?」

「そ、そうだけど」

「もう一回やってみてくれない?」

「え、今? ここで?」

「うん」

 僕は恐怖で震えた。なぜ、今日初めて喋る女子に無茶ぶりをされるのだ。彼女はきっとこのクラスの人気者になる。そんな彼女を無下にしたならば、僕のクラスでの地位が危ない。そもそも誇れる地位でもないのだが、僕は、一応ノリが良い面白い奴と思われており、そう思われるしか、僕に学校で生き延びる道はないとまで考えている。僕は小さい頃、根暗で我儘でプライドが高く、嘘つきでデブだった。もちろん周りからは嫌われて、友達など出来ず、苛められていた。今でも変わらない部分は多いが、苛められるのだけは嫌だったので、僕はノリの良い素直なふりをするようになった。それ以来、苛めは弄りに変わり、人からは嫌われなくなった。

 僕は教室の後ろに行き、掃除後でも全く綺麗になっていない床のタイルに横たわる。そして、またあの奇行をそっくり繰り返した。教室には僕と二階堂さん以外は数人しかおらず、また同じことをやっている僕を笑わず奇異な目で見ている。しかし、二階堂さんは目に涙を溜めて笑った。それは、馬鹿をやってよかったと思える程に素敵な笑顔だった。

「面白い! 中元君だっけ? ありがとう。私、野島のぶお好きなの」

 朝から曇天だった空から雲が消え、夕日に変わる前の低くなった太陽が、二階堂さんの顔を横から射抜くように照らす。

「そうなんだ、お粗末様でした」

「お粗末様って……くくっ」

 二階堂さんは僕の言動が面白いそうで、僕が喋る度に笑う。僕にこんなに笑顔を見せてくれる女子なんて初めてだ。

「ねえ、時間あるならさ、校内を案内してくれない? どこで何の部活動が活動しているのか分からなくて」

「僕で良かったら、いいよ」

 二階堂さんは何の部活に入ろうか悩んでいるというよりか、初めて放課後を迎えた学校の様子にわくわくしているようだった。

「学校で一番居心地が良い時間帯って放課後だよね。みんなで一緒に部活出来るのが一番楽しいもの」

 僕は卓球部の幽霊部員で、放課後は家に帰るか、図書館に行くしかしないので、義務から解放されるという意味で、放課後が良い時間帯ってところだけに同意した。

 公立S美中学校は二棟の校舎があり、二つの渡り廊下で長方形の校舎は繋がっている。二棟の校舎の間には中庭があり、ベンチや考える人の銅像、両脇には花壇があって低木や季節の花が植えられている。中庭を歩いていると、後ろから野球部、サッカー部、ソフトテニス部の部員らが、走って僕らを追い越す。道の脇には等間隔に楽譜立てを置いて管楽器の音出しをしている吹奏楽部員がいる。中庭は、二棟の校舎の一階部分の教室の窓全てに面しているので、生徒会、理科実験同好会、家庭科研究同好会、文芸同好会などの活動が窓から見えた。歩いた先には体育館があり、バレー部、バスケ部が練習している。

 校内を一緒に歩きながら、僕と二階堂さんは色々な話をした。好きな音楽や好きな小説、好きなアニメ(なんと二階堂さんはアニメが好きだった!)など。

「中元君はよくあんなことをするの?」

「あんなことって?」

「皆の前で、野島のぶおの真似みたいなこと」

 共通の趣味があり、素敵な笑顔を絶やさない彼女に親近感と安心感を覚えていた僕は、彼女になら少し本音を話してもいいんじゃないかと思った。

「するっちゃするんだけど、別に好きでしてる訳じゃないんだ。ただ、ああするしか他に分からないだけで」

「中元君は、そのままでいいと思うよ」

「そのままでいったら、僕、すごい暗い人間だから、みんなに苛められるか無視されるよ。ほんとは僕、一人でいる方が、気が楽で性に合っているんだ。保育所に通っていた頃は、友達や話す人間がいなくてさ、ずっと土を弄っていたな。泥団子作ったり、蚯蚓を掘り起こしたり。でも、それじゃまずいと思って、今は頑張っている感じかな」

 僕は自分の恥ずかしい過去を、場を暗くしないよう努めておどけた調子で語った。

 だから僕は泥団子を作るのがすごく上手くて、真丸いキラキラ光る黒真珠みたいな団子を作れるんだ。それを二階堂さんの誕生日にあげたいな。いらないか、はは。

「そのままでいいって言ったのは、そうやって人を楽しませようと、振る舞おうと頑張る姿勢だよ」

「そ、そうかな。……ありがと。でっ、ど、泥団子いる?」

「いらないかな。ふふっ。中元君はどこに住んでいるの?」

「S川町」

「そうなんだ。私はS西町のほう。お母さんとお父さんが離婚しちゃってさ。おばあちゃんとおじいちゃんがいるお母さんの実家に越してきたの」

「僕の家もさ、離婚してて、お母さんと僕の二人暮らしなんだ」

「離婚するぐらいなら結婚するなって感じだよね」

「分かる分かる」

 僕と二階堂さんは両親への愚痴を言い合う程、いつのまにか仲良くなった。その日の放課後を境に、僕と二階堂さんは教室で顔を合わせれば、あいさつの後に一つか二つの話題で雑談するようになった。二階堂さんは同好会に所属したので、あの日のように放課後に話す事はなくなったが、雨で同好会が休みの日などは、岐路まで喋りながら一緒に帰ることもあった。彼女は何かの部活動ではなく、女子サッカー同好会に入ったらしい。S美中学校では、部員数十二名未満の部活は同好会と呼ばれた。女子サッカー同好会の会員数は、サッカーチームとして試合出来るギリギリであり、素人でも大歓迎、即スタメンだったらしい。部員数が多い部活動に入っても、レギュラー争いなどの人間関係で悩みたくないので、ちょうどいい場所があったよ、と彼女は満足していた。運動全般、球技も得意なようで、ある日、女子サッカー同好会の練習風景を盗み見ていたら、二階堂さんがドリブルしてチームメイトを振り払い、鮮やかにゴールを決める瞬間に立ち会ったこともあった。


 六月の梅雨の時期が終わり、中庭では鮮やかな紫のアジサイが咲いている。七月の中旬の空は突き抜けるような青さで、外の全てのものの色が、目に眩しいほどに光っている。

五限目の授業が終わった昼下がりの午後、三年四組の教室内は浮き足立っており、男子達が体操服に着替えている。六限目の体育で男子はグランドでソフトボール、女子はプールで水泳だった。本日最後の授業が体育の球技で、運動好きが大半の男子は皆すでに解放された様な気分だった。僕は球技全般が苦手だし、外は暑いので気が滅入っていた。

 着替え終わってグランドに向かう途中、藤原のグループに絡まれた。最近、僕が二階堂さんと仲が良いことが話題となり、おめえら付き合ってんのか? と言う藤原に僕は、付き合ってないよ、ただ話しているだけ、と答える。

「歩、二階堂の下着盗んで来いよ」

 藤原の言葉が僕の歩みを止め、一歩も動けなくする。そんなの無理だよ、と答えるのが精一杯だった。

「無理じゃねえよ。女子の授業中、更衣室に忍び込んで取って来るだけだろ」

 プールにある更衣室では鍵がかけられる。授業前と後に教師が開錠するのだ。授業中、更衣室の鍵は締められるので侵入することは出来ないはずだった。それを言うと、藤原はポケットから鍵を取り出し、これが更衣室の鍵だ、といって僕に渡す。

「この鍵どうしたの?」

「先輩から貰ったんじゃ、スペアキー。先輩はカメラ設置して盗撮したテープをネットで売ったこともあるらしいで」

「勝手に入るのなんて無理だよ。出来ないよ」

 藤原の機嫌を損ねるのが恐く、嫌だとはっきり拒否できない僕は、なんとか穏便に断ろうと、「出来ない出来ない」と哀願したが、藤原は、「やれ」と言うだけで引く気がない。山崎や飯島からも「歩、ノリ悪いぞ、やれや」と催促される。

「授業中にやるんでしょ? そんなの二階堂さんの下着が盗られて騒ぎになったら、授業を抜け出した俺が疑われちゃうよ」

「大丈夫。歩が更衣室のスペアキー持ってるなんて誰も思わん。歩、真面目だから疑われるわけないわ。体育の山田には、歩は腹痛でトイレに行っていますって伝えるから、すぐに盗んで戻ってこい」

 藤原が興奮しているのが分かった。口は半開きで、目がつり上がり、眼球がせり出している。藤原の身体から凶暴な体臭が立ち込める。藤原の気の昂りは、怒りの感情にも直結しているので、判断を見誤れば、僕は彼に袋叩きにされるだろう。この状態の藤原の要求を、僕は断れた例がなかった。藤原のこの危うさは、すでに卒業していった先輩からも恐れられていた。藤原は一年生の時、下級生に一番恐れられていた三年生の先輩を、廊下で馬乗りになって、駆け付けた教師が無理矢理止めるまで殴りつけた事があった。藤原が、額、こめかみに何本も血管を浮かばせ、色白の顔を真っ赤にして教師に罵詈雑言を浴びせながらも引きずられていった後の廊下で、流された血と、前歯が欠けるほど殴られた先輩が蹲り泣く姿を見て、誰も藤原には逆らわないと決めたのだった。

「そんじゃ、俺ら先行っとくからな。やれよ」

 釘をさし、藤原達は僕を残してグランドに向かった。


 プールはグランドの横にあった。入ると左手に更衣室として使われているブロック塀の建物があり、右手には階段がある。階段の途中が折り返しになっており、折り返し部分の踊り場にはシャワー場があった。上り切ると柵で囲まれたプールサイドに出られる。僕は今、更衣室の裏手にいた。木で囲まれた裏手は、グランドや校舎からは見えない。

 女子がぞろぞろと更衣室から出てきて、階段を上っていく足音がする。扉の開閉音が途絶え、最後に鍵の施錠音を聞いた後、僕は周囲を気にしながらも周り込み、扉の前で躊躇する。横目に入る階段を上った先、プールサイドからは女子たちの、きゃっきゃ、楽しそうに騒ぐ声が聞こえてくる。プールサイドと更衣室には高低差があり、どちらからも片方の様子を見ることは出来ない。僕は意を決して、なるべく音をさせないようそうっと扉に鍵を差し込み開錠して、開ける。更衣室は薄暗く、裏手に面した擦りガラスの窓から差す光が唯一の光源だった。男子が更衣室を使った時とは全く異なる匂いに、立ち入ってはいけない場所に入ったのだと、身体が理解する。ここまで来てしまったら、更衣室に無断で侵入した事と、これから下着を盗む事に、あまり大差がないように思えてくる。更衣室に侵入したことがばれただけでも僕はおしまいだ。なら、目的を果たそうと思った。

 ロッカーには番号が振ってあり、出席番号で使用するロッカーは決められている。なので、二階堂さんのロッカーを割り出すのは簡単だった。ロッカーを開けて彼女のナップザックの中を探ると、あった。灰色のハーフトップとショーツを取り出し眺める。つい、僕はそれらを鼻に押し付けていた。酸っぱい汗の匂いの中に、甘い二階堂さんの体臭を嗅いだ気になる。背徳感がせり上がり、僕はすぐに下着を鼻から放してポケットに突っ込む。更衣室を後にしようとして、ふと、気付く。僕は、擦りガラスの窓の内側の鍵を開けてから、外に出た。扉の鍵を施錠し、グランドに向かう。


 体育の時間が終わって教室に戻っていると、藤原達に呼びとめられる。更衣室を抜け出した後、僕は遅れて体育の授業に参加していた。グランドに顔を出した時、体育教師の山田からは、中元、お腹大丈夫か? えらい長いトイレだったが、と心配されただけで、何も疑われることはなかった。

「で、盗って来たんか?」

 うん、と言って僕は、左のポケットからハーフトップを、右のポケットからショーツを取り出した。僕の左右の手にある灰色の布を見て、藤原達は地べたに倒れ込み、腹を抱えながら笑い転げる。

「こいつ、マジでやりやがった!」 

「犯罪者じゃねえか!」

「きっしょ!」

 藤原達が、僕を揶揄して楽しそうに騒ぐ。彼らは大分満足したようで、僕はひとまずほっとする。藤原達は、自分達が楽しめればそれでよく、僕の行いをばらすことはしないだろうし、おどすこともしないだろう。

教室に戻り、男子が皆着替え終わって席についていても、担任の保田やクラスの女子は教室になかなか現れなかった。帰りの会の終了のチャイムが鳴って、ようやく表情の硬い保田と、ひそひそと、変態キモい、と言い合う女子が教室に入って来る。二階堂さんを除いて。

「六限の女子のプールの授業中、更衣室に置いてあった二階堂の私物が無くなったそうだ。授業中、更衣室には鍵がかかっていたが、どうやら窓の鍵は開いていたようで、何者かがそこから侵入して盗っていったのかもしれない。不審者がやった可能性もあるということで、警察に連絡した。もしかしたら、まだこの校内や学校周辺にいるかもしれないので、本日部活動は休止になった。皆、速やかに集団で帰宅しなさい」

 教室がざわつく。部活が休みになって喜ぶ男子達や、変質者早く捕まればいいのに、と話す女子達。藤原のグループは、警察という単語が保田の口から出た時、僕を心配するような目で見た。警察まで来るとは思わなかった僕も、ばれるはずがないと思いながらも不安になっていた。外部の者の犯行と疑われたのだから、僕は大丈夫だ、そう言い聞かせた。


 二階堂さんの下着を盗んでから、一か月が経過した。

 僕が盗んだとはばれず、犯人は捕まらないまま、すぐに学校は夏休みに突入した。罪悪感から、二階堂さんとは顔を合わせ辛くなっていたのでちょうどよかった。盗んだ下着は、僕の部屋の勉強机の引き出しにしまったきり取り出すことはなかった。

夏休みは部活動には行かず、塾の夏期講習を受けていたのだが、ある日の夜、飯島から電話があった。

『歩、また今度、皆でカラオケ行くんじゃけど、お前もどう?』

 誰が来るん? と聞いたら、藤原、山崎、そして女子の何人か誘う予定、というので僕はその誘いを受ける事にした。断ったら、藤原の顰蹙を買うと思った。アニソンしか聴かないので、TUTAYAに行って話題のJPOPのCDを借りる。オタクと揶揄されて恥ずかしい思いをしたことがあったので、アニソンなど歌えるはずがない。借りたCDを部屋で聴きながら、母親がいないときは声に出して練習した。録音して自分の歌声を聴いてみたりもしたが、恥ずかしくなり止めた。

 当日、前に母親が近所の衣料品チェーンストアで買ってくれた、水色の半袖シャツとベージュの半ズボンに袖を通す。シャツはちょうどいいサイズだったが、ズボンの腰回りが少しゆるかった。集合時間は十四時ということで、家を出る前にそうめんをゆがいて食べた。普段見られない平日昼間の情報番組をテレビが映している。僕が住む団地は川と山に囲われた立地で、二階にあるこの部屋では、夏の一番暑い昼間でも網戸の窓から涼しい風がやって来る。食べ終わった食器は洗い、流し台の水切りに置いて家を出る。階段の踊り場に立って外を見るが、平日のこの時間帯は誰もいない。油蝉の鳴き声だけがうるさいぐらいに聴こえるだけである。水田には、生命力を漲らせピンと立った緑の稲が、風にそって揺れている。

 自転車に乗って集合場所であるマス林に向かう。マス林は、茶色の屋根に、檸檬を連想させる薄黄色の外壁をした二階建の家屋で、一階部分がお店となっている。S美中学校の近くにある酒屋で、お酒や煙草だけでなく、お菓子やパン、おにぎり、飲み物、文房具などが置いてあり、S美中学校の生徒がよく利用していた。マス林が見えてくるとまず目を惹くのが、お店の入口を建物正面として、建物右側の外壁に大きくプリントされたキャラクターである。酒瓶のケースを抱えて走る、青いキャップと青いオーバーオールを身につけた男のイラストだが、汗をかきながらも笑っている姿は、滑稽で可愛らしい。お店入口前の庇の下には、すでに藤原、山崎、飯島がいた。彼らは煙草を吸いながら女子達が来るのを待っていた。合流して少し待つと、女子三人のグループがやってくる。その中には二階堂さんの姿もあった。

「よし、そろったし行くか」

 飯島の先導の下、カラオケ店に向かって皆、自転車を走らせる。隣に二階堂さんがやって来て、中元君、久しぶり、と声を掛けてくる。

「うん、久しぶり。なんか、焼けたね」

「そうなの、毎日練習でさ。中元君は部活行ってる? 肌、真っ白じゃないの」

 そう言って可笑しそうに笑う。夏の陽気さが、二階堂さんにひまわりのような笑顔を咲かせる。下着を盗まれたことが発覚してしばらくは、学校で元気がなさそうに見えた二階堂さんだったが、元気を取り戻したようだ。

「部活には行ってない。塾の夏期講習に行っているからさ」

「へ~、そう言えば中元君、テストの点もいいもんね。高校、どこ行くの?」

「S館高校かな」

「すごい、ここらへんで一番頭が良い高校じゃない。勉強大変そうだね」

「そんなことないよ。ただ、楽しくないだけで……」

「歩、二階堂、何話しとんな?」

 藤原が、僕と二階堂さんの間に割り込んでくる。

「えっと勉強の話」

 僕が答えると、何つまらんこと話とんな、と藤原は言い、二階堂、カラオケで何歌うんな、と二階堂さんと会話を始める。この日の為に色々CDを聴いた僕も話しに加わろうと思ったが、二階堂さんと藤原は二人だけで盛り上がっており、僕はゆっくり自転車の速度を落とし、二人から離れる。

「大志君、二階堂のこと狙っとるらしいで」

 後ろを走っていた山崎が、隣に来た僕にそう小声で話す。山崎曰く、今日のカラオケは藤原が行きたいと言い始めたことらしい。

 マス林の建物正面に面した一車線道路を真っすぐ走る。中央線も路側帯もない、車もすれ違えないような狭い道路を、列を作って走る僕達は、かなり走る車の邪魔になっていた。けれど、僕以外、誰も気にする者はいない。時折、高架下や小さな川に架かった橋を渡るぐらいで、道路は家屋と水田が並ぶ風景が続く。しばらく走っていると二車線道路との交差点が見え、右折した先の線路を渡れば、国道に突き当たるので左折する。国道沿いには、ガソリンスタンド、自動車ディーラー店、墓石屋、コンビニが立ち並ぶ。建物といえばそれぐらいしかないので、大変見通しがよく、行ったこともない別の地域の家並みも見渡せた。一級河川に認定されている大きな川に架かる橋を渡ると、一気に建物と交通量が増え、市街地となる。カラオケ店は国道沿いの市街地にあり、まわりにはパチンコ店、牛丼チェーン店、クリーニング屋がある。カラオケなんていつぶりだろうかと、わくわくしている自分がいた。

 カラオケ店に着き、藤原から、歩、受付しといてくれ、とカラオケ店の会員証を渡される。カウンターにいる若い女性店員から、全員未成年者か? 何時間利用するのか? の質問を答えていた時だ。僕のズボンがずらされ、パンツも一緒に下りてしまう。若い女性店員の目には僕の一物が、藤原達には尻が見えただろう。女性店員は口元に手を持ってきて、まあ! と驚いたように目を伏せた。後ろを見ると、山崎が犯人だった。山崎もパンツまでずれるとは思っていなかったのか、割れ目の先から覗くぶら下がった僕の一物を驚いた目で見ている。藤原と飯島、女子達、そして、二階堂さんが笑っていた。僕は急いでズボンを上げる。ベルトをしてくれば良かったとは思わず、あまり羞恥心も感じなかった。ただ、皆の間に僕を中心に笑いが生まれたことが嬉しかった。

 受付を終わらせ、カラオケルームに入った後も、僕は滑稽さを失わないように気を付けた。皆、それぞれ好きな曲を歌う中、僕は藤原達や女子達が指定する曲を変な動きで踊りながら歌った。僕の歌う番がくる度、笑いが生まれた。酷く疲れながらも、僕は求められるままに歌いきる。

 カラオケ店から出ると、黒とオレンジの夕焼け空が、僕を出迎える。後ろを振り返ると、藤原達と女子三人が男女一組ずつになり、喋りながらやってくる。藤原が二階堂さんに時たまボディータッチするのを見ながら僕は、俺、塾があるから先に帰るね、と言う。おう、じゃあな、と言われた僕は一人帰路につく。来なければよかった。そう、思った。


 夏休みが明け、始業式があった日の放課後、藤原に呼び出された。

「歩、まだ二階堂の下着持ってんのか?」

 うん、と答えた僕に、それ、処分しないと殺すぞ、と藤原は怒った声で言う。

「明日、それ持ってこい。んで、俺の前で燃やして処分しろ」

 藤原の眼球が飛び出し、ギョロっと僕を睨みつける。僕が二階堂さんの下着をまだ持っている事がスイッチとなり、怒らせたようだ。

「俺、今、のぞみと付き合ってんだよ」

 おめでとう、と言える雰囲気でもなかったし、言いたくもなかったので、分かった、とだけ言って僕はそそくさと帰る。

 帰宅後、勉強机の引き出しから、盗んだ日以降しまったままだった二階堂さんの下着を取り出す。灰色のハーフトップとショーツを鼻に押し付けると、最初に嗅いだ時と違い、机の引き出しの中の木の匂いが移っていた。二階堂さんが藤原の物になってしまったことよりも、明日、この下着を燃やしてしまう事にひどい悲しみを覚えた。ショーツを裏返したりしながら、ためつすがめつ眺めていると、ショーツの中に縮れ毛が一本、付着しているのを見つける。

――これは、二階堂さんの陰毛だ。

僕は、台所から食品保存袋を持ちだし、袋に毛を、途中手から離れて消えないよう、慎重に入れてチャックを閉めた。


 次の日、藤原の言った通りに、僕は学校に二階堂さんの下着を持って行った。

昼休憩の時間、僕は藤原に、体育館横に連れていかれた。校舎の反対側になるここは、側溝があるだけで、その先は木や落ち葉で覆われた下り斜面になっている。校内でも一番人目につかない場所だった。藤原はそこに着いた瞬間、ポケットから煙草を取り出し、先が茶色の部分を口に加え、ジッポライターで火を付けた。ゆっくり味わうように吸った後、煙草を口元から離し、出せ、と僕に命じる。命じられるがまま、僕はビニール袋に入れておいた、二階堂さんの下着を鞄から取り出し、藤原に渡した。

「んじゃ、燃やすぞ」

 藤原は側溝に下着を捨て、オイルライターのオイルをかけた後、吸いかけの煙草をそれ目掛けて投げ込んだ。煙草の先がオレンジの弧を描きながら、オイルを吸って黒く濡れた二階堂さんの下着に触れる。その瞬間、下着は勢いよく燃え上がり、炎で見えなくなる。

 じゃあ、俺、もう行くわ。センコーに見つかったら面倒臭いし、と藤原の背を見送ったまま、僕は動かず、ただ炎を眺めていた。このまま燃やしていたら危ないと思い、体育館近くにある水道からバケツに水を入れ、持ってきて鎮火する。燃えて黒ずんでボロボロになったものは、下着の原形を留めていなかった。しかし、これが二階堂さんの下着だったという事実は変わらない。僕だけがそれを覚えておけばいいと思い、僕はそれを手で掬う。水に濡れてほんのりと温かいボロ布は、二階堂さんの体温を想像させた。それをそのままビニール袋に移し、鞄にしまった僕はその場を後にした。


 学校から帰宅後、ベランダで洗濯物を取り込んでいると、母がベランダで育てている花に目が行く。ベランダに等間隔で置かれた植え鉢には、母がホームセンターで買った季節の花が並んでいる。コスモス、パンジー、金木犀が咲きごろだと、夕食時に母が言っていた事を思い出しながら眺めていると、ひとつ花が枯れている植え鉢があるのを見つける。

――それに二階堂さんの下着を埋めて、一緒に花を添えよう。

 とてもいいアイディアだと思った僕は、早速、母親に植え鉢を一つ貰い受ける。何か育てたいの? という母に、スノードロップを育てたい、と答えた。

 スノードロップはヒガンバナの仲間で、二月~三月の冬の終わりから春先にかけて咲く花である。和名は待雪草(マツユキソウ)という。滑らかな緑色の茎の先に、一輪の真っ白な花が下向きに咲く。内側の花弁には白を下地に薄緑の斑点があり、その可憐な草姿と花は大変可愛い。二階堂さんの下着を埋める土に、一緒に咲かせる花として、何が良いかネットで調べていたところ、この花の存在を知った。

 花言葉は、慰め、希望である。

 ぴったりだと思った。球根から育てる花で、植えつけ時期も九月とこの時期でちょうど良い。

 次の休みの日、母とホームセンターに行き球根を用意する。そしてベランダで、母に言われるがまま、植木鉢に水はけをよくするための石を底に入れ、培養土を入れ、その上に球根を乗せる。後は、土を被せるだけよ、と母が言うので、後は自分でやれるからいいよ、ありがと、と言って、母にベランダから離れてもらった後、土に二階堂さんの下着の燃えカスを混ぜたものを球根の上に被せる。

休日の午後、まだ残暑が厳しい九月だが、風通しの良い日陰のベランダは心地よい。買い物に行ってすぐに球根を植えたため、作業中にかいた汗をシャツの半袖に押しつけるようにして拭う。土で黒くなった両手を鼻に持ってきて嗅ぎながら、昔自分が土を触るのが大好きな子供だった事を思い出す。

 最後に、食品保存袋に入れておいたものを土に添え、『歩 スノードロップ』とマジックペンで記載したラベルを差したら完成だ。


 藤原と二階堂さんの仲は公のものとなり、僕も、学校内で彼らがいちゃつく様子を度々目撃した。同じ色と模様のミサンガをお互い付けたり、二階堂さんの首筋に絆創膏が貼ってあるのを藤原がからかい、二階堂さんが、あなたが強く吸うからでしょ、と笑って怒ったり、と僕は彼らが羨ましかった。夏休み以降も、カラオケに行ったメンバーで集まって、度々遊ぶこともあり、焼き肉を食べに行ったり、ボーリングに行ったり、その度に藤原と二階堂さんはお揃いの服装で来たりして、まわりからはお似合いのカップルだねと言われた。  

 僕は受験勉強の合間に、スノードロップを毎日育てていた。水やりをしたり、観察を行った。しかし、スノードロップはすぐにダメになってしまった。綺麗な緑色の芽は出たのだが、すぐに黄色くなり育たなくなった。母親も、ちゃんと育てていたのに不思議ね、と首を傾げていた。僕はショックを受けたまま、植え鉢の中身を捨てられずに、ベランダでそのままに放置した。

 本格的に寒さが訪れ、夜空を見上げれば、オリオン座がくっきりと見える冬のことだ。

 冬休みにはいり、十二月二十四日のクリスマスイブを迎えた日、僕は塾の冬期講習のために午前中から夕方まで塾に行って受験勉強をしていた。帰宅後、夕方でもすでに真っ暗な部屋に帰った僕は、ふと、外套を身に付けたままベランダに出た。そして、すでに枯れ果てたスノードロップの植え鉢とスコップを持って、団地の中にある公園に向かった。鉢の中身を捨てるためだった。公園の街灯の下、スコップで植え鉢の土を掘り返して球根が現れた時だ。僕は声を上げた。球根に裂け目があったからだ。その裂け目の形は、まるでアワビのようだった。僕は、気味が悪くなりながらも好奇心に勝てず、球根を傷つけないよう手でゆっくり鉢の中の土を取り除き、球根を取り出す。植えた当初は、手の平に置けばそのまま握って包みこめるほどの大きさだった球根が、なんと手の平からあふれぐらいの大きさになっていた。人差し指で裂け目を触ると、球根はまるで生きているかのようにひくひくと震える。試しにそのまま裂け目に指を突っ込むと、柔らかい肉の抵抗感と締めつけを受けつつ、指がずぶずぶ入り込む。何だかその締め付けが気持ち良く、僕は何度も指を出し入れする。すると、奥から何やらぬるぬるする液体が溢れだし、裂け目は街灯の光を艶めかしく跳ね返す。僕は何かに取り憑かれたように、今度は球根の裂け目に、かじかんだ手で触れると熱い性器をチャックから取り出し、突っ込んだ。小島のぶおの真似のときのように腰を振り、僕のポチンは球根の中で果てた。

 次の日、ビニール袋に入れた球根を取り出すと、球根は、腐って萎み、干し柿の大きさになっていた。


 冬休みが明けて、受験シーズンの三学期に突入してからのことだ。途中、二階堂さんが学校に姿を見せなくなった。噂によれば、妊娠したそうで、もちろん、相手は藤原だと皆、本人たちさえも疑わなかった。二階堂さんと藤原は、高校には進学せず、子供を産む事に決め、藤原は卒業後、先輩が働いている土方の組に入った。僕は何事もなく、S館高校に無事入学が決まった。

 あれから七年。僕は国立大学を無事卒業し、就職も決まり、新天地に行く前に実家の団地でゆっくりしていた。久しぶりに母親と近所のスーパーに行った時、藤原と二階堂さんと、二人の間で手を繋がれている男の子がいた。その男の子を見た母親が、不思議そうな顔で僕に言う。

「あの男の子、小さい頃のあんたにそっくりだわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陰の球根 ツチノコ @tsuchinoko_desu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ