第36話:橋を渡る

「やだぁ……ラプトルさんっ」


 倒れているラプトルさんをゆすってもさすっても起きない。それどころかスゥーっと半透明になっていって、爪先から段々と光になって──


「ダメェッ! ラプトルさん、消えちゃ嫌ぁー」

「あ、主殿……そんな、惨いでござるよ。せっかく、せっかくボスを倒したのに」

『も、もきゅう』

「ラプトルさぁぁん。うわぁぁん」


 ぎゅっとしたラプトルさんは完全に消えちゃって。

 私は自分の肩を抱きしめた。


 やだ……よぉ。

 ラプトルさぁん……。


「え、な、なにがあったんだ? なんで君ら、橋の上で泣い──」

「何を泣いているんだい? 困ったことがあるなら、お兄さんに相談してごらん?」

「ほえぇ」


 後ろから話しかけられて振り向くと、前に親切にしてくれたわんちゃんさんと、あと変なお面を付けた人が立っていた。


「あぁ、やっぱり君はあの時のチョコ・ミントちゃんか」

「わ、わんちゃんさん」

「……いや、わんちゃんじゃないから俺の名前。俺はアキーラってんだ」

「アキーラさん?」

「わん」


 アキーラさんの手を取って立ち上がると、思わずその肉球をぷにぷにしてしまった。

 ちょっと……硬い。


「それで、どうして二人は泣いていたの?」

「え、えぇーっと?」


 お面の人が訪ねてくる。


「あー、こいつは俺の狩り友。変な仮面をつけているけど、ただの変態だから気にしなくていいよ」

「ふふふ。ボクはティー。全国一万人の可愛いこちゃんの味方さ」

「こんなバカなこと言ってるけど、ティーはれっきとした女だから襲われる心配もないぞ」

「ほぇっ!? お、女の人なんですかっ」

「ふふふ。アキーラ、あとでお仕置き部屋だぞ」

「ふぁっ!?」


 な、なんだろう。この二人……とっても仲良し?


「まぁ変態はおいといて、なにかあったのか? ここはエリアガーディアンのいる場所だろ」

「エリアガーディアン?」

「新しいエリアに初めて移動するメンバーがいると、橋の上に出てくるボスモンスターのことさ」

「そ、そうです! 私たち、あっちのエリアに行きたくて……半魚人を倒して……倒したのに……ラプトルさんがぁぁ」

「死んじゃったでござるぅ~」

「し、死んだ?」


 堪えようとしてもどんどん出ちゃう涙。

 人前で恥ずかしいと思うのに止まらない。


「ラプトルさんって、もしかしてホムンクルスかい?」


 ティーさんがそう尋ねてくる。

 頷くと、ティーさんはお面を外してにっこり笑った。

 わっ、この人すっごく綺麗なお姉さんだ。どうしてお面で隠しちゃうんだろう。


「ホムのHPがゼロになったのかな?」

「そうです。それでラプトルさん、光りながら消えちゃったのぉぉ。うえぇん」

「ははは。大丈夫大丈夫。死んでないから」

「ふえぇ……ほえ?」


 死んで……ないの?

 でもでも、ラプトルさん消えちゃったんだよ?


「あー、公式サイトにもホムンクルスのHPがゼロになったら消えるって書かれてるもんなぁ」

「そうだねぇ。あの書き方だと勘違いするプレイヤーもいるかもしれない」

「し、死んでないって、どういうことなんですか?」


 本当に死んでないの?

 じゃあラプトルさんはどこに!?


「アイテムボックスを開いてごらん。そこにエンブリオがあるはずだよ」

「エンブリオですね────あった!」

「一回タップすると、その中に入っているホムの名前が出るはずだよ」

「──あぁ、ラプトルさんだぁ」


 パっと顔を上げてティーさんとわんちゃんさん──アキーラさんを見る。二人とも優しい顔で私を見てた。


「ホムはね、HPがゼロになるとそうやってエンブリオに戻ってしまうんだ。で、ペナルティーがあってね」

「ペナルティー!?」

「リアルタイムで8時間は再召喚できないんだよ」

「8時間……8時間過ぎたら、ラプトルさんは出てきてくれるんですか!?」

「そういうこと」


 ラプトルさんとまた会える……。

 よかったぁ。


「ホムはホムによるスキルでしかHPを回復できないからね。HP管理を怠らないように。エンブリオに戻すことで自然回復もできるから、こまめにエンブリオに戻してやることだ」

「はい」

「ホムは他にあのもこもこだけかい?」

「あ、モルさんです。今持ってるホムンクルスはモルさんと、エンブリオの中のラプトルさんですが」


 ティーさんはモルさんを撫でて、それから変なお面を付けた。


「ホムは最低でも4体作っておくといい。それぞれ交代で出し入れすれば、休ませてやれるしね。あと──」


 ティーさんが言うには、ホムンクルスには隠しステータスがあるんじゃないかってこと。

 クローズドベータの頃から言われているらしく、エンブリオから出し続けていると、段々とマイナスのステータス補正が付くようになるって。


「それ、本当ですか?」

「いや、隠しステータスだから数値として見れないし、ハッキリとは分からないようだよ。ボクも錬金術師ではプレイしていないから、検証のしようもないし」

「そ、そうですか……私、ずっとラプトルさんとモルさん出しっぱなしにしてました」

「ログアウトするときにはエンブリオに戻すといい。ホムのステータス画面にエンブリオに戻すボタンがあるからね」

「はいっ! 教えてくれてありがとうございます」


 ペコリと頭を下げると、ティーさんにぎゅっとされた。


「かわゆいのぉ。かわゆいのぉ」

「ほえぇっ」

「おいティーっ。お前、まさか百合属性なの──ぐおっ」

「わ、わんちゃんさん!?」


 わんちゃんさん──じゃなくってアキーラさんが、思いっきりティーさんに殴られてひっくり返っちゃったぁっ。


 


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