第38話 海に行きたい

 今朝のルリは昨日よりも元気だった。目立ってそういう行動を取っているわけではないが一つ一つの動きから気分が良いのが分かる。口数も多いし、何をするにしてもいつもより少しだけ素早くて動きに張りがあった。ショウゴの死を見て公民館を飛び出してから数日の時が経ったのでそろそろ明るくなってもいい時間だ。


 それはエイタも同じだった。やることが決まったので、ダイスケと連絡を取れるようになるまではもう無駄な考え事はやめて頭を休ませることにした。何かが起きるまでは自由な世界を楽しんでみるつもりだった。


「どこに行きたいか決まった?」


 研究所に向かって歩きながらルリに聞いてみる。


「うーん。行きたいとこがいっぱいあって、どうしようかな。エイタは行きたいところあるの?」


「俺はそうだな……。どこでもいいや」


「何か1つくらい言ってよ」


「歩いてて目に留まったところでいいんじゃない?」


「何それ。じゃあ私は海に行きたい」


 ブランドものらしい肩掛けバッグにパールみたいなネックレス……ルリの服装はいつの間にかグレードアップしていて、匂いも昨日より甘かった。


「海って……泳ぐの?」


「そんな訳ないじゃん。寒いのに」


「じゃあ海行って何すんの?」


「散歩かな。何もなくても海に行って砂浜と水平線を見たらテンション上がるじゃん」


 何となく街を歩くと想像していたエイタはどちらかというと反対だったが、それも悪くないと思った。今は波に揺られて行先は任せたい気分だった。車を運転できるならお洒落な音楽を流して、海沿いの道をドライブできるのに。


 研究所がある山のふもとまで来ると、ちゃんと昨日書いた手紙を持ってきているか確認してから登っていく。少し緊張を覚えた2人は口数が少なくなった。山のほうに来ると空気もひんやりする。


「……やっぱやめとかない?」


「大丈夫だって、門のとこに置いとくだけだから」


 敷地内にも入らずに置いて帰ることに決めていて、ルリともそう約束していた。すぐには届かないだろうがそのうち気づいて取ってくれることを期待する。そのために、目立つように赤く装飾して、雨に濡れないようにビニール袋にも入れてきた。


 エイタは研究所の銘板の下に手紙を置いた。銘板の下、コンクリートから土が見えている部分には手入れされていない雑草が生え茂っている。通ろうとすればすぐ気づけるだろうと思える位置に手紙を置いたエイタはは建物のほうを眺めて会釈した。どうかこの手紙が届いて、良い方向へことが進むように祈る。


「早く行こ」


 そうしているとルリに手を引っ張られた。「うん」そう言って振り返るとエイタは思わぬ人物を目にした。


「やあ。元気かい?」


 後ろの坂のところ、少し離れたアスファルトの上には白衣を着た男が立っていた。顔がはっきり見えなくても熊のような風貌で誰だか分かる。ダイスケがこちらに向かって歩いてきていた。


 はっとして動けないでいるとすぐに、今度は後ろでドアが閉まるような音がして、見ると研究所からマサミが出てきていた。

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