第36話 複雑
「私、研究所のことを考えるとサトミちゃんを思い出しちゃうから。それに……エイタだって死の病に感染しちゃうかもしれない。サトミちゃんの感染に研究所の出入りが関係してないとは言い切れない。……もう好きな人には死んでほしくないから」
「……分かった。ありがとう……話してくれて」
涙を流しそうなルリの顔を見てエイタは戸惑いの感情を抱いた。隣に座って背中をさすったりしたほうが良いのかとも考えたがその場から動けなった。……女の子の慰め方も分からない。
「……そうだよね。もう、あそこで研究を手伝うのはやめるよ」
「うん。お願い――」
もう研究所には行かないことを約束したエイタは304号室を出て、隣の303号室に戻った。どうしていいか分からず居たたまれなくなっているとルリが「お風呂。入りたい」と言ってくれてよかった。
エイタは部屋に入るとベッドまで歩く気力もなくて、カーペットの敷かれた床に寝転んだ。フローリングの床と変わらない硬さの布に背中を委ねる。考え事の途中で眠ってしまうのも嫌だったから。
ルリの話を聞いてしまった以上、もう研究所に行くことはできない。実験体のように扱われてたこともサトミが死んだこともルリにとって話したくないほどのことだった。それでも、もう一度行きたいなんて言えない。
じゃあ、どうするか……。
エイタは正直なところ、ルリの話を聞いても研究所に行きたくなくなるということは無かった。けれど、自分の身も心配してくれたルリを裏切ることもできない。
エイタに残ったのはショウゴが死んで見せつけられたこの世界の現実だけだった。
そして、エイタの胸を悩ませているものがもう1つあった。キス……。
話の前にルリに「キスしよう」と言われてから胸の高鳴りが鳴り止まない。そんな気持ちになっている場合じゃないと頭では分かっているけれど、ずっと鼓動が大きくなってしまっていた。何ともない態度で突き放したけれど、考えればとんでもない提案だ。
もし、あの時提案を受け入れていたら今頃自分はどうなっているんだろうか。この先順調にいけばいつかはきっとする日が来る。そんなことを考えると増して感情を抑えられなかった。
ルリのあの唇と自分の唇が合わされば……どんな感触がするのだろう……どんな風にすればいいんだろう……どんな気持ちになるんだろう……。
驚くほど早く時間が過ぎていった。部屋の床に寝転んだ時間を知らないが、夕方になる前だったと思う。エイタが起き上がって風呂に入ったのは日が暮れて、電気を付けることにした時だった。その間ずっとこれからのルリとの日々と、死の病への不安と向き合っていた。
次の日も大体そんな心ここにあらずの状態のまま過ごした。ご飯を食べたり、そのご飯を取りに外へ行くときはルリと一緒だった。全く元気がないわけではないけど元気のないふりをしてあまり会話はしなかった。
元気がないように見えたのはルリも同じで、ご飯を食べるとき以外はお互いに部屋で1人だった。このままこんな距離感でただ時間が過ぎていくのなんてもったいないし嫌だった。けれど考えが固まらない。
「ショッピングモールでも言ったけど、私たちはきっと大丈夫だから。ダイスケ先生も今生き残ってる人は安心していいって前に言ってたよ」
食事中手が止まって窓の向こうを見ていたルリが言っていた。不安と恋愛が混ざるなんて今まで経験したことのない複雑な感情は考えれば考えるほど絡まっていく……。
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