第34話 話したくないけど

「……え」


 声を出すつもりは無かったのに出た声だった。あまりに突拍子もない言葉を聞いたエイタは自分の声じゃないみたいな高い声を出してしまってさらに慌てる。


「いや、何?どうしたの?」


 エイタの視線が右往左往して、瞬きの数も増える。その間もルリはじっとエイタを見つめていた。


「……本気で言ったの?」


「……うん。キスするから……キスして今回のことは忘れよ」


 エイタが落ち着いてきて、ルリと同じように相手の目を置くまで覗き込むように見ると、今度はルリがはにかんで手をもじもじとさせる。


「ああ。そういう理由か」


「そういう理由って?」


「研究所のこと話したくないから誤魔化そうとしてるんでしょ。そんなんでキスなんてしたくない」


 エイタはルリの発言から企みが見えてしまってすぐに冷めてしまった。それと同時に安心した思いもある。いつの間にか胸に持ってきていて右手をベッドについて体重をかけた。


「そんなことまで言うほど話したくないの?」


「……別にそういう意味で言ったんじゃないけど。エイタはさ……その……したくないの?」


「今はしたくないね」


「……まあ、そうだよね。分かったよ。話すよ」


 ルリは手を広げてベッドに倒れた。やっとのことで観念してくれたようだった。


「……うーん。何から話せばいいんだろ」


「言いたくないことは言わなくていいから」


「言われなくてもそうする」


 ルリはエイタの言葉に被せるように言った。気を使って言ったはずだったが、ルリは逆切れをしているらしい。


「……初めてあの研究所に行ったときはね、サトミちゃんに誘われて……私は最初は嫌だったんだけど髪の色が直せるかもしれないからって……。でも、私は分かってたんだ。私を研究所に連れていきたかったのは私の為じゃなくて病気を治す方法を見つける為……髪の色が金色になった私を調べる為」


 ルリは寝ころんだままで天井をずっと見ていた。面と向かって話しづらいのか、目線だけでなく、声も天井に向けて話しかけているように聞こえた。


「別に危険な実験ってんじゃないから悪気は無かったんだと思う。髪の色を戻せるかもって言うのも本当だった。少なくともサトミちゃんは。でも、マサミさんとダイスケ先生は違った。特にマサミさんは……あの時は怖かったなあ……あんなところ行かなければ良かった」


 そこまで言うと話すのが止まったルリは一息飲み込んだ。相づちの入れ方も分からなかったエイタは黙ってその話を聞いた。


「最初は今日みたいに優しかったんだけど、連日研究所に通うようになって実験に協力的じゃない私を見てだんだんマサミさんの態度は変わっていった……。だって、私嫌だったから実験の道具にされるなんて。体を調べられるなんて」


「それは誰でも嫌だよね」


「私は何かを望まれると、何でもまずは断った。サトミちゃんは優しかったから嫌ならいいという態度で、ダイスケ先生は他のことを提案してきた。ダイスケ先生は優しい人だけど今日会ったときよりも切羽詰まった様子だったからひたすら困ってたなかな。でも、マサミさんは私に対してあたりが強くなってきた。そりゃそうだよね……自分がいつ死ぬかも分かんないんだから」


 エイタは聞きながら、たぶんもう研究所に行くことはないだろうと思った。少なくともルリと一緒には。


「そろそろサトミちゃんとダイスケ先生が嫌がってても検査すべきというマサミさんの意見に反対してても、マサミさんが強硬策で私に何かしてきそうな雰囲気が見て取れて、私がもうここに来るのはやめようと決めた日だった……。サトミちゃんが死の病に感染したのは」

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