第32話 ゆびきりげんまん
「え。何でさ。すごく良い感じじゃん。ダイスケさんとも仲良くなれてきたし」
「私がもう帰りたくて、もっと言うともう二度とここへは来たくないから。だから今すぐここを出るの」
「いったいどうして。理由が聞きたい」
なんだかんだ言っても来てしまえばどうにかなると思っていたし、理由は聞かないようにしていたエイタだったが、いざ帰ると言われて自然と言葉が口をついて出た。
「……理由は勘かな。それに……大人は信用できないの。大人は怖いの」
「勘って……」
大人は信用できないと言ったルリの真剣な表情と声色からその先は知ってはいけないような事のような気がしてエイタは言葉に詰まった。教えてくれそうにないとはまた少し違っていて、自分は触れてはいけない未知の世界に触れているような。大人の世界と子供の世界の境界線は子供にも見える。
「何かおかしいんだもん。私から見たら今日のあの2人には違和感があったの」
「それはどういう風に?」
「これも私の感覚。なんとなくだけど。でも本当だよ」
言っていることとは裏腹にルリの目は真っすぐで、自信を含んでいた。相手に有無を言わさず絶対に引く気が無いことが態度で分かる。
「でも、俺はやっぱりまだここにいたいよ。病気のことを解決できるまでここにいたい。そのつもりでここに来たんだし……。まだ来たばかりだし……今帰ったら何も得られない」
ルリと近くで向き合っていることもあり、違和感など全く感じていなかったエイタは戸惑いを隠せなかった。
「じゃあ。とりあえず1回帰ろうか。その後のことはまた後で考えることにして。そしたら私、もっと詳しく話すよ。信じて」
「……何でそんなに帰りたいのか分からないよ」
「私を信じてくれたら分かる。どうしてもまたここに来たくなったらまた来ればいい。ね」
言葉と共に差し出された小指――エイタはそれに黙って対応した。納得いった訳ではなかったがルリの目を見ると抵抗できなかった。女の勘は当たるという言葉を知っていたということもある。
指切りで約束などしたことが無かったし、ましてや女の子となんてと内心どきっとしたが、それを悟られたくなくて当たり前を繕った。
恥ずかしくって、どうしても目のやり場に困ったエイタが研究所のほうに目を向けると、研究所の窓の奥のそのまた向こうに見えた廊下のドアの一部に黒い血の跡が残っていることに気づいた。ドアノブの近くに微かに残った残った黒い跡が血だと分かったのはドアに付いたガラスの向こうも飛び散ったように黒色で汚れていたからだった。
目を逸らし、今度は微かに揺れる芝生とグローブを見てざわつく鳥肌を抑える……。
「本当に何も言わずに帰っちゃっていいのかな?」
「いいの。私を信じて」
ルリは相談の後、研究所の敷地内を出ると一変して足取り軽く歩いた。マサミとダイスケが車でどこかへ行ってしまうのを見届けるまで待つことをエイタに指示したルリは最初から帰り方まで決めていたんじゃないかとエイタは思った。
食事を頂いた部屋には今日泊まることになっていた部屋の場所の書置きがお菓子と共に置いてあったが、それに返事をすることもルリは許さなかった。
2人で山を下りて自転車を置いておいた場所まで辿りつくと、そこにあったはずの自転車は無かった。
「あれ?ここに止めておいたよね」
「うん」
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