第31話 キャッチボール

 たくさんあった料理も30分くらいすれば全部それぞれの胃袋の中に納まった。そのほとんどはダイスケのお腹の中で、見た目通りであるが見た目以上にダイスケは大食漢だった。


 エイタはマサミに勧められて米を一杯おかわりしているうちにしばらくは動きたくないと思うほど満腹を感じたが、目の前に座るダイスケは本物の熊みたいに大きく口を開けて次々と皿を空にしていった。


「少し休んだら中庭にでようか」


 ダイスケの大きなお腹を珍しい物を見る目で見ていたエイタにダイスケは笑って言った。


「はい」


 返事をしたもののエイタはベッドがあれば寝転がりたい気分だった。腹の奥がずっしりと重くて今外で運動なんてしたら確実に腹痛を起こす。


 ダイスケの笑顔には包容力があって見ていると落ち着く。目も笑うと細くなる優しい目でマサミに対してと同じようにすぐ心を開けたエイタは眠気も抱えていた……。




「運動は好きかい?」


「まあ。嫌いではないです」


 暖かい屋内から外に出ると、山の中ということもあって澄んでいる空気がおいしかった。吸い込んだ瞬間から全身を駆け巡っているみたいだった。


 エイタは渡されたグローブを使ってダイスケが投げた白球をキャッチするとすぐに投げ返す。


「おお。たしかに良い球を投げるねえ。ナイスボール」


 研究所の中庭には広い芝生とベンチがあってちょうどキャッチボールをするのにはちょうどよかった。30分ほど室内のテーブルに着いて雑談した後に外に出るとすぐに投げ始めた。


「ここまで上ってくるのは大変だったでしょ。歩きか自転車で来たんだろう」


「はい。でもそんなに疲れてはないです」


「ほう。さすが子供は元気だねえ」


 ルリも一緒に外に出てきて、近くのベンチに座っていた。公民館の隣の公園にいた時みたいに本を読んでいる訳でもなくつまらなそうに拾った猫じゃらしを手で遊ばせていた。


「エイタ君は野球はやったことあるのかい?」


「何度か友達とやったことはありますけど、外で遊ぶときはいつもサッカーでした」


 ボールを投げ合いながら会話する。エイタはキャッチボールの経験がほとんど無かったが上手くグローブの中心でキャッチするとボールからの衝撃が気持ち良くて、思いの外楽しんでいた。


「そーか。今の子供達はやっぱサッカーか。おじさんが子供の頃はみんな野球だったなあ」


「そうなんですか」


「そうよ。ゲームも無かったし外で遊ぶときは野球するか川で遊ぶかだったなあ」


「野球も人気でしたよ。友達にも野球やってる奴いました」


「やっぱ日本男児のスポーツは野球よ。プロ野球なんかもよく見てたなあ……」


 ダイスケの昔のプロ野球についての話が始まって、それに相づちを打ちながらエイタもキャッチボールを続けた。ときどき聞いたことのない野球選手のモノマネをしながらボールを投げたりバットの振り方も教えてくるダイスケ。エイタは全然分からなかったがなんとなくダイスケの動きがそれっぽくてテレビで見たことがある野球選手の動きみたいだったので感心した。


「なんか調子出てきたなあ。このまま走ってこようかな」


 20分くらい経った時に少し休憩することになり、芝生の上に座ったダイスケは空を見上げて言った。


「そうだ。サッカーもしようか。エイタ君サッカーやってたんだろ?おじさんに教えてよ」


「いいですけど。その、大丈夫ですか?」


 ダイスケは疲れた様子で息があがっていたので、エイタはもう終わるのかと思っていた。


「ちょっと動くとすぐ息が切れるんよおじさんは。でも大丈夫よ。すぐ直るから。はあ――」


「ボールはあるんですか?」


「無いからちょっと今から車で取って来るよ。ちょうどマサミと食料も取りに行く日だったから。エイタ君とルリちゃんはここで待ってて」


「はい」


「今日はここに泊っていくんだろ?もう寝る部屋も開けとこうか」


「あ、えっと……いやお願いします」


 食事中にも返事をしたが、まだルリには了承をもらっていなかった。一瞬ルリのほうを見て確認しに行こうか迷ったがエイタは勝手に答えた。


「ここに泊るのは不安かい?まあ病気のこともあるからね。でもそれは危険じゃないんだ。あとで詳しく教えてあげるよ」


「いやそういう訳じゃないです」


「そうかい。じゃあ、ちょっくら行ってくるよ……あのスポーツ用品店に行けばサッカーボールはあるだろう」


 ダイスケは立ち上がって独り言を言いながら研究所の中へ戻って行った。


 エイタは一息つくとグローブを持って立ち上がり、ルリが座っているベンチまで行って座った。


「今日さ……。ここに泊っていいよね?」


「ダメ。もう帰ろう」


 エイタが聞くとルリはずっと持っていた猫じゃらしをすぐに投げ捨て、不満を浮かべた表情でエイタを睨んだ。

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