第29話 医者の先生

「おはよう」


 目をこすりながら現れた男は来訪者であるエイタとルリに見向きもせず部屋の奥に歩いていく。


「ちょっとあなた」


「なんだよ」


 マサミが男の前に立ちはだかり指でこちらを見るように促した。


「うわっビックリしたあ」


「お久しぶりです」


「ルリちゃんじゃないか。来てたのか。どうしてまた」


 ルリを見つけると薄くしていた目を見開いて優しい笑顔になる男。


「そちらの彼はルリちゃんのお友達かい?かわいいお客さんが来てたんだな。ごめんね、気づかなかったよ」


「初めまして。エイタって言います」


「そうかい。僕はダイスケだ」


 ダイスケと名乗った男が手を差し出してきたのでエイタはその手を握って握手した。腕の体毛が濃くて少しぽっちゃりしているダイスケがエイタは熊のように見えた。ずっしりとしたダイスケの手は硬くて力強い。


「あなた。まずはシャワーを浴びてきてよ。そんな恰好でお客様の前に顔を出さないで」


「はいはい。分かったよ」


 マサミに注意されたダイスケは奥の扉を開けて奥へ消える。


「すごいでしょ。隣の部屋にはお風呂やキッチンもあるのよ。ここはマンションの一部屋みたいなものね。ちょっと待ってて。私もお料理始めるからおりこうさんにしててね」


 マサミもエイタとルリに小さく手を振ってから奥の扉の向こうへ消える。エイタはその大人の女性がキッチンへ料理しに行く光景が懐かしく思えた。そして、馴染みのない部屋でエイタとルリの2人きりになる。


「良い人そうじゃん。俺ここに来て良かったよ」


「そう?私は別に」


「サトミさんもここの手伝いしてたんだ?」


「……私が帰りたくなったらすぐ帰るの忘れないでね」


 釘を差すようなルリが何でこんなに不機嫌なのかエイタには分からなかった。


「うん。約束だからね」


 ルリはエイタを見て少しほっぺたを膨らませたが納得したように頷いてくれた。


 そんな会話をしていると、奥の部屋が食器やフライパンを棚から出すような音や水道を捻る音で騒がしくなってきた。


 暖かくて明るい部屋で家庭の音――その中で、ルリとお菓子をつまみながら待っていると、おいしそうな匂いも隣の部屋からやって来る。


「うわ。すげえおいしそうな匂いするね」


「うん」


「腹減ってきたなあ」


「私はあんまり」


 ルリはお菓子の小さな袋をいくつも開けていて、それを纏めてゴミ箱に捨てる。


「お待たせ―。じゃじゃーん。マサミさんの特製パエリアでーす」


「おお、うまそう」


 30分もしないうちに奥の部屋のドアが開いて、大きな皿に山盛りに盛られた料理を持ったマサミが出てくるとすぐにダイスケも首にタオルをかけて現れた。


「ちょっとあなた。まだスウェットじゃない」


「あとでまた着替えるよ。いちいちめんどくさいから」


「まあいいわ。ご飯できたから食器運んで――あ、あなた達は座ってて良いのよ。お客さんなんだから」


 年齢的にも家族のようなメンツでお昼ご飯が始まる。

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