第25話 ホテル

 エイタは立ち上がりもう一度シャワーからお湯を出して目をつぶり心地よい温度の水を顔面から受け止めた。思考を停止して、今自分の内側にあるものを水と一緒に排水溝に流そうとした…………。


 人の気持ちは肌や服についてしまった絵の具のように水だけで洗い流せるものではなく薄めることしかできないだろう。いつか描きたくないのに描いてしまった色も自分の好きな色にできるように…………。


 強く目を開くと体を拭いてバスルームを出た。パンツだけを履いてベッドに向かって背面飛びをする。


 明日の朝、ルリにちゃんと研究所に行きたいということを話そう。仮にどうしても嫌がったら1人でだって行くしかない。もともとは2人で誰もいないどこか遠くへ行って生きれるだけ幸せに生きれればそれで良いと考えていた――。


 窓から綺麗な景色が見える家に2人だけで住んで、気が向いたら手を繋いで日本の観光名所でもぶらっと巡る……そんな生活を理想としていたが、ショウゴ君が死んでこう思ってしまった以上、もう気持ちを抱えたまま生きてはいけない。


 ――。やっぱりもう眠いな。風呂上がり、体が冷えていくのに比例して目が自然に閉じていく――。


 エイタは起き上がりお茶をラッパ飲みして電気を消して、ベッドの上にあるものを払いのけると眠りに向かった。


 泣き疲れたからか、つい数時間前に親しい人の死を見たというのにすんなりと眠りに入れそうな頭と体。それは自分が薄情者だという考えすら浮かばないほどだった。




 ――次の日の朝、目が覚めたエイタは自分の置かれている状況を理解するのに1分ほど時間を要した。それほどグッスリ眠れていた。


 ルリと公民館から抜け出して今ホテルにいることを思い出すと学校に行く日の朝に寝坊してしまったときのように飛び起きて窓のほうを見た。


 外は晴れてはいないようだしいつも寝ている部屋ではないので光の加減では時刻が分からない。室内にある時計を探す――。ベッドの枕元にあった電子時計は8:00と告げていた。


 別にめちゃくちゃな時間眠っていたわけではないと安堵する。公民館の朝食が始まる時間…………どこで寝ようが体は起きる時間を覚えている。まあちょうど良い時間だろうか。顔を洗って身だしなみを整えたらルリの部屋のドアをノックしてみよう。


 何時に寝たか正確には分からないが8時間は寝ていると思うし、起きてすぐハッとしたのでいつもよりも朝の頭はスッキリしていた。昨日あんなことがあったのに……。そんなことを一瞬思って自分を軽蔑してしまったが心の中で今日から頑張るという言い訳をした。


 まだ昨日使ったシャンプーの良い匂いが香るユニットバスの洗面台で顔を洗い、歯磨きをして、ショッピングモールで選んだ服のラベルを取って着替える――。


 鏡で赤色のカーディガンを着て明るくなった自分の姿におかしなところがないかしっかり確認して、今からルリに会ってからする挨拶最初の会話をちょっとだけ頭の中でシュミレーションした。


 とりあえず昨日脱いだジャージとか湿ったタオルはもう使わないからクルクルまきにして部屋の隅に置いてと……。よし、行くぞ。


 204の扉の前に立って軽く髪を持ち上げてから、一呼吸ついて――。ゆっくり、しっかり2回扉を叩いた。

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