第23話 チェックイン

 本を自分の着替えが入っている袋に入れる。逃げたり悲しんだりするのではなく立ち向かうと決めたらなんだか恐怖が和らいだ気がする。ホテルに着いたらさっそく読んでみよう。


 自分の目的は済んだので入口でルリが走っていったほうへ様子を見に行くと、ルリは本ではなくブックカバーを物色していて、エイタが近づくと振り向いた。


「これでいいかな」


 持っているものを見て確認するルリ。手には文庫本が2冊と白いブックカバーがある。


「選び終わった?」


「うん。今はこれだけあればいいや」


「他になにか欲しいものある?なければもうホテルに行こうか」


「ない。大丈夫」


「よし。じゃあ行こう」


 せっかく2人きりなんだからもっと色々話したいし、もっと楽しく時間を共有したいが、ほんの数時間前に人の死を見たんだ。まだ笑うには時間がいる。足音だけを奏でてショッピングモールを後にする。


 自動ドアが開くと夜がきめ細かく冷やした空気がスーッとジャージの中を通って肌を包んだ。さすがに下がシャツ1枚では寒い。肩が固まり、肘だけを動かして腕をさするが気休めにしかならない。


「寒くない?」


 ルリは手の先を袖にしまい込んで縮こまっていた。


「めっちゃ寒い」


「寒いよな。いつもよりも寒い気がする。今取った服着る?」


「ホテルってあそこの見えてる奴でしょ」


「そう。近いし早く行こうか。また2人乗りで」


 自転車のカゴにルリの分の大きな袋を入れて、その上に中くらいの袋をハンドル側に重心を寄せて乗せる。ここに来た時よりも高度な運転技術が必要になるだろうがこの程度の重さなら問題ないだろう。


「さあ乗って」


 ルリはまたぎこちなく荷台に座り、エイタの服を掴んだ。さっきよりは掴む力も強いし、寒いからだろうか?距離も近い。エイタは冷たくなり始めた手でしっかりハンドルを握ってペダルに足を乗せた。




 こうやって自転車の2人乗りを移動手段にするのは運べる荷物の量も移動速度も良くはない。今度どこかへ行くときにはルリにも自転車に乗れるようになってもらおうか。


 自分が車を運転できたらいいのに。いや車だと放置された車が邪魔で小回りが利かない……そうなるとバイクか……。


 そんなことを考えていたら、すぐにぶきっちょな2人乗りで進む自転車はホテルにたどり着いた。


 8階建てくらいの白い壁を見上げる。正面から見える窓はすべて電気がついていない。ロビーには明かりが見えて良かった。


 中に入ると、誰もいないが茶色のじゅうたんや暖かく感じられるオレンジ色のシャンデリア風な灯りが迎え入れてくれているように感じた。このホテルに入った時特有のちょっとした贅沢感はたまらない。


「まずは部屋の鍵をもらわないとね」


 受付のカウンターに入り鍵を探す。カウンターの下の棚にも後ろの壁にも鍵は置かれていなかった。となると――関係者以外は入れないだろうカウンターの奥の扉を開けて中に入る。すると、すぐ目の前に部屋番号ごとに置かれているカードキーを見つけた。


「あった?」


「うん。なんとなく3階の部屋にしたけど、どこでもいいよね?」


 片手に持った2枚のカードキーをカウンターに置いて見せた。


「ありがと。ねえ、あそこの自販機が開いてる」


 ルリが見ている先を見ると鍵が付いて半開きになっている自動販売機があった。


「売店もあるし、あそこで飲み物とかもらっていこ」


「そうだね」


 自販機が開けられているとうことは少なくとも生き残った誰かがここを利用したということだ。だけど今のところ上の階から物音はしないし人の気配はない。


 大きめなホテルだし売店もそれなりに広いスペースを取っていた。見慣れた自分が住む地方の定番のおみやげから石鹸や化粧水、カップ麺なんかも置いてある。


 ルリは饅頭などが置いてあるお菓子のコーナーを見ている。誰か人がいるかもしれないということは気にしてないんだろうか。まあ居たとしても一晩たくさんある部屋の内の1つを使わせてもらうだけだし、正直にそう言えば済むことか。


 エイタも早く部屋に入って寝たいので気にしないことにして、麦茶の500mlペットボトルを1つ取った。




「上には電気ついてないみたいだな」


 階段の下から上を見ると真っ暗で何も見えなかった。幸いカードキーが置いてあった横に電源スイッチもあったのを見ていたので、その問題はすぐに解決した。


 右手には2人の服の袋、左手にはカードキーとお茶を持っているのでスイッチが押しづらい。上手いこと薬指で2階廊下と下に描かれたスイッチを押して階段に戻る――。

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