第16話 死

 舌打ちをしてショウゴが出て行ったドアから目を逸らすとタイシと目が合った。タイシは幼い顔を歪ませていて、細めた目でこちらを見ていた。そのなんとも居心地が悪くなる視線に耐えきれなくてエイタ出口に向かう。


「エイちゃん」


「俺も外歩いて来るよ。ついて来ないで」


 気づけば爪が食い込むほどに握っていた拳をほどいてエイタは公民館の外へ出た。手の平に4つついてしまった爪痕が冷たい風に晒されて痛い。


 まずは、ショウゴと仲直りする方向で考えるかこのまま敵対するかを決めるところから始まった考え事。怒りと許容の気持ちが混ざり合って、そのどちらもに正しいと思える部分があるように思える。


 いつの間にか辿り着いていた河川敷でいっそ石を投げて決めようかと腰を下ろすと、体がすごく重くなった。ショウゴにも色々言い分はあるだろうし、まずは話し合ってみるしかないだろうか……。


 考えるのがめんどくさくなってきたエイタはショウゴと喧嘩してしまった件については置いておいて、黒い血を見た件についても言わなければいけないことを考えた。


 だけどそれも想像したらめんどくさくて……。どこで見たかとかどんな風だったとか話して、現場にもう一度確認しに行って、狼狽する公民館の子供達なんて見たくもない。このまま問題は投げ捨ててルリを誘って2人でどこかへ行ってしまいたかった……。


 見上げた空は今にも雨が降ってきそうな薄黒い色をしているのに、一向に雨粒は落ちてこなくて、手元にあったざらざらした石を川に投げ込むと1回も跳ねずに沈んでいく。


 エイタが公民館に戻ったのは夕方だった。結局考え事は纏まらないまま、他の誰かに解決を求めた。ショウゴから謝ってくれたりしないかとかタイシが仲裁してくれないかをひっそりと期待した。


 遊び部屋のドアをそっと開けると中にはタイシだけが座っていた。タイシは何もせずに胡坐をかいて座椅子に座り、エイタが隣に来るまで振り向かなかった。


 熱くなっているときには気がつかなかったがタイシと2人きりになった部屋にはいろいろなものが増えていた。テレビが追加で1台に、山盛りのお菓子の袋、あとあれは絵を描くときに使う紙を立てておくやつだ、その下に絵の具と筆。そして、机の上には自分の為にとってきたであろう熱冷まシートと栄養ドリンク……。

「なあ、タイちゃんは実際のところどう思う?俺が悪いと思うか?」


「俺は……エイちゃんがしたいことを止めるつもりはないよ。でもまあ俺にも何も言わずに隠れてやってたのはちょっと残念かな……。エイちゃんがいなかったからここまで色々運んでくるの大変だったんだよ。そのあとここにいないからその辺を探しに走ったし」


「それはごめん……。俺もタイちゃんは話せば分かってくれると思ってたから、近いうちにちゃんと話そうとは考えてたんだけど……。ずっと一緒にいるから分かるだろうけど今日が初めてだぜ。サボって抜け出したのなんて」


 親友同士にとっては全く不慣れな重苦しい空気の中で会話した。


「そうだ。俺今日から絵を描こうと思うんだ。退屈な日々になにか生きる意味が欲しくてさ。ショウゴくんはとりあえずテレビ2つで1対1の勝負をエイちゃんとやるって楽しみにしてたよ……。だから……そう、あとで落ち着いて話し合えば仲直りできるよ」


「仲直りなんて……」


 机の上に片肘をついて顎を乗せる。机の上の自分の為にと2人がとってきたであろうものとタイシの言葉で心が揺らぐ。2人とは別れてルリと一緒にここを抜け出すのが自分にとっての理想で、気持ちは固まっていたはずだが優しさを感じてしまって胸が締め付けられた――。


「そろそろ下に降りないといけないね」


 時計を見ると夕食の時間の3分前になっていた。今から降りればちょうど夕食の始まりの時間になりナナミが話し始めるだろう。


 タイシとも不仲になりそうな雰囲気のまま階段を下りてカフェスペースに入った。もうナナミが前に立っていたので急いで席に座る。ショウゴはむっとした険しい顔でいつもの席に腕を組んで座っていた。


「はーい。これで全員揃ったかな。今日はみんなお疲れ様。おかげ様でうまいこと作業が進みました。それで今日できなかった分の種まきを明日暇な人は手伝ってほしい。手伝ってくれた子は私が全力で褒めてあげます。以上。じゃあいただきます」


 夕食が始まったが、ショウゴが何か言ってくる様子はない。班の者が見ているここではことを起こさないつもりだろうか。エイタにとってもそっちのほうがありがたい。ただ、食事が全然おいしく感じない。


 周りに座る班の者もこの微妙な空気を感じ取ってくれているだろうか。今は下手な言動でショウゴと話さなければならないようなことにはしないでくれよ……。


 やはり、食事のあとゆっくり話し合うしかないだろうとエイタは思っていた。ただやっぱりこっちが折れて謝るのは納得できないし、ルリをあきらめるなんてことは絶対に無理だった。


 どうにかショウゴに分かってもらう道を模索するするつもりだが頑固なショウゴのことだ。そんなものはおそらくない。ゴールのない思考を走らせたまま時間とご飯だけが減っていく。


 班の者もショウゴにすら話しかけないまま、いつも通りショウゴのほうがエイタより早く食べ終えて、今日はおかわりせずに食器を片付けカフェスペースから出て行った。


「ねえ、ショウゴ君と何かあったの?」


「ちょっとな」


 食べる途中に班の女子に尋ねられたが、話すつもりはない空気を作った。


 食事が終わるのが怖くて、ご飯が少なくなってきてからさらに速度を落として食べる。カフェスペースからは、どんどん人が減っていき、追い詰められている気分だった。


 ダメだ。何を弱気になっている、さっさと食って勝負してやろうじゃねえか。そう意を決して茶碗を持ち上げて口にかっこみ、お盆を持ち上げ立ち上がって早足で食器を片付ける。


 カフェスペースを出る時に同じく食事を終えたルリが前方に見えた。そう伝えるわけではないが決戦前に調子づける為に足を踏み出す。覚悟を決めていたエイタは迷わず追いつこうと走り出した。周りに人がいるが、どうでもいい。俺はルリのことが好きなんだ、何が悪い。


「ルリ……」


 そう言ってルリの肩に手を置いたときに、前からショウゴが現れてしまった――。ショウゴがこちらを見て歯を食いしばり、今まで見たことがない目の色になってこちらに迫ってくる――。刹那に戦慄が体中を突き抜けたエイタはルリを背にして戦う構えを取った。


「エイタお前ふざけんじゃねえぞ!!お前はまたそいつに!!」


 想像通りの言葉が公民館のロビーに雷のように大きな音で響き渡り、辺りが静まり返る。


「おい!後ろのお前!エイタに近づくんじゃねえ気味が悪い髪しやがって、エイタまで俺の前からいなくなったら俺はお前を許さねえぞ!」


 ルリを指差し怒声を放つショウゴ。自分に怒鳴るのは我慢できたがルリに怒鳴ったのを見て感情が爆発した。ショウゴに向かって殴りかかることを決めたその時。ショウゴが――悲鳴をあげた――。


「うわああああああああああああああああああ俺の手がああああああああああああああああ」


 ショウゴが自分の手を見て呆然としている。何だ?――何が起こった?


 ショウゴの手を見ると、手の一部が金色になっていた。あの金色は……まちがいない……死の病の初期症状だ。


 死の病にかかったものは体の一部がちょうど金髪に近い白っぽい黄色になる。その金色は徐々に体中に侵食していき体から色を奪い、死ぬ直前になると皮膚の色は全て奪われて真っ白になる。そして最後は体の色を奪って真っ黒になった血が体中からあふれ出してすべてを飲み込み黒色だけが残る――。


 死の病にショウゴがかかった……。このタイミングで急に。それを理解したのも束の間、なんとショウゴの手に現れた金色はありえないスピードで全身にめぐり、あっという間にショウゴの体は髪まで真っ白になった。


「なンだヨコれ……」


 ミイラのようになったショウゴから辺りに黒色が飛び散り、公民館のロビーは騒然となった。女の甲高い叫び声に、一斉に逃げ出す無数の足音――。


 その中でエイタは――ルリの手を引いて公民館の出口に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る