第15話 金色の感染病
少し先にある路地裏から歩道に黒色の血が流れてきている。それが一週間前に河川敷で見たものと同じであることは近づくとすぐに分かった。
通りにあったコンビニで朝食を済ませた後に少し歩いていると見つけてしまった。
一応、見間違いかもしれないと覗き込んだビルの間の路地裏には水溜りのように黒い血があって、その真ん中には青々とした花束があった。
エイタは後ろにいるルリにはその光景を見せなかった。見せなくてもこんなところに大量の黒インクやオイルがぶちまけられている訳なんてないのでルリも察しているはずであるが。
「なんで……」
かつて人類の大半の人間を殺した死の病。日本では金色の感染病と呼ばれていたその病が今になってまた残りの人類も殺そうとしているのか。
一週間前に発見した時ははすぐに忘れることができた。けれど、今回は二度目……あの脅威が戻ってきたという考えから逃げることはできない。エイタはコンクリートに黒い染みを残していく血から目を逸らすことができず、その場で固まった。嫌な汗が全身から滲み出てくる……。
しばらくしてそこから離れても今回は元気が出せなかった。ショッピングモールまで行くという計画は自然に消えてしまって、お互いに口数が少ないデートは小一時間街を歩くと終わった。
ルリと喧嘩をしたことはまだ一度もないが、口喧嘩をしてしまった後のようだった。何て言っていいのか分からず、どうすればまた明るくなれるのかも分からない。ただ、嫌な想像だけが2人の頭を支配していた――。
予定通り昼前には公民館に戻ってきてとりあえず今日はまた入口で別れることになる。
「俺さ……今日見たことはちゃんと他の皆に言うよ。ルリと一緒にいたことは言わないけど、ナナミさんにも言わなきゃ」
「……そうだよね」
「それでさ。ルリにも言いたいことがあるんだ。今日の夜に。夕食の後、またあの廊下に来てくれる?」
「分かった」
たぶんまだ皆畑にいるが、ルリに先に上に行ってもらった。
エイタは全てを話すことに決めて下唇を噛む。まずは、ショウゴとタイシが帰ってきたら2人に黒色の血を見たことと仮病の件を話そう――
「エイちゃん!」
後ろから聞こえたタイシの声にビックリして少しピクっと肩が上がってしまった。振り返るとショウゴも一緒にいた。いつから後ろにいた?まさかルリと一緒にいるところを見られたんだろうか。
「おい!とりあえず上がるぞ」
そう言ってショウゴに胸倉を掴むように服を引っ張られた。状況から察するに間違いなく2人でいるところを見られている。かなり強い力で服が掴まれているのが引っ張られる感触で分かる。歩きづらくてつまづきそうだ。さてどうしたものか――。
遊び部屋に入ると、ショウゴの手を引きはがそうと手で払いながら体に力を入れる。ショウゴもこれ以上掴んでいるつもりはないようですぐに離した。
「おい、どういうことだよ」
「今日の朝は仮病使ってた……」
「ふざけんなよ。そんな話じゃねえ。俺があいつのこと嫌いなのお前も知ってるだろ。お前まさかあいつと仲良くしてんのか」
「そうだよ。でもそれはショウゴ君には関係ないだろ!」
今までのショウゴのルリを嫌う発言を含め、エイタもかっとなって反撃した。
いったいどういう考えでルリのことを毛嫌いしてるのか知らないが、度々嫌悪感を示すショウゴにはもう我慢できない。前に直接、なぜナナミが優しくするのか分からないという言葉とともに嫌いだと伝えられたこともあったほどだ。
「なんだとこの野郎。お前今日まさか2人でどっか行ってたのか」
「だから関係ないって。俺は別にあの子のこと嫌いじゃないから……ほっといてくれよ」
どの道、遅かれ早かれショウゴとはこの件で戦わなくてはならないと思っていたので引くつもりはない。
「嫌いとかじゃないだろ!あいつはなあ――」
「まあまあ落ち着いて話そうよショウゴ君」
殴りかかりそうなショウゴをタイシが間に入ってなだめる。
「タイシ!お前はどう思うんだよ?」
「僕はなんというか……その……」
「いや、別にお前がエイタのこの行動をどう思っててもいい。俺が気に食わないんだ」
そう言ってショウゴがタイシを乱暴に払いのける。なんなんだこの男は。エイタもどんどん頭に血が上ってきた。どうしたって一緒にいるところを見ただけでこんなに怒っている。
「俺はなあ、お前の為に言うんだぞ。あいつだけはやめとけ。じゃないとお前も死んじまうぞ」
「あの子の髪が金色だから死の病が感染するなんて本気で思ってるんすか?そんなことあるわけないでしょう。ナナミさんだってずっと一緒にいるのに何も変わってない」
「いーや噂されていることは本当だ。俺は実際に見たことがある。サトミが死んだのはあいつのせいだ」
「サトミさんはどこかで首を吊って自殺したんでしょ?俺はショウゴ君からそう聞きましたよ」
「違うサトミは……」
ショウゴは2か月とちょっと前までこの公民館で一緒に暮らしていたサトミの名前を出すと言葉に詰まり、目の周りにほのかに赤色を浮かべて顔をゆがめた。
「くそっ」
次の瞬間、ショウゴはそう言って勢いよく部屋から出ていった。
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