第17話 約束

 エイタはその時なぜか落ち着いていた――。目と口が不格好に開いたまま固まってしまっているルリの小さくて柔らかい手を握り、ゆっくり走りだす――。


 金属を切り裂くような悲鳴も頭までは響かず、冷静に……急ではあるがこのままここでの生活をすべて捨ててルリと出ていくという結論を出していた。本当はどこに行ってどう生きるか計画してから出たかったが……決めた。


 公民館の正門を抜けて冷たい空気の中、夜の住宅街を走る。外灯だけが道を照らす暗い道の上でエイタは呼吸が乱れることもなくこれからどこへ行くかということに集中していた。


「はあ――はあ――」


 ルリの呼吸が乱れていることに気づいて足を止め、握った手を離す。暗闇の中でスポットライトのようにきれいな円で地面を照らす外灯の下、薄ピンクのスウェット姿で下を見て息を整えるルリを見ながらエイタも深呼吸した。


 そして、肺よりは心臓の鼓動を整えながらルリの呼吸が静かになるのを見計らう……。


「なあ……このまま俺とあそこから抜け出してほしい…………2人で……」


 エイタの中では様々な気持ちが複雑に絡み合っていた。ショウゴの衝撃的な最後とはまだ向き合えなくて、一旦目を背けたくて――。


 あの場所に残った場合の生活の想像、公民館から抜け出したあとの生活の推察。考え出すときりがない。だけど、ルリと一緒なら全部まとめて投げ出すことができる。刹那にそう思えたから連れ出した。


「急で悪いと思ってるけど、前から考えてたんだ。ルリと2人でどこかへ行ってしまいたいって……」


「ふう……いいよ。君となら」


「本当に?……その、ルリは大丈夫?とりあえず落ち着ける場所に――」


 後ろを見て一応誰か追ってきてないか確認する。もう少し公民館から離れた場所で、カフェでもホテルでもどこか座れる場所に行きたい。喜ぶのも具体的にこれからどうするのか話し合うのも落ち着いてからだ。


「ごめんね。急に走って。ゆっくり歩こうか」


「うん」


 隣に並んで歩き出す。話す途中、ルリは目を合わせなかった。まだうつむいているわけじゃないが目線がずっと下を向いている。


 周りは暗くて、表情もよく確認できないがきっとさっきの出来事で動揺しているんだろう。嘘でも気休めでも何かフォローするべきだろうか――いや、自分でもあの飛び散る黒色を思い出せば吐きそうだから下手にフォローするより別の話題で紛らわせるほうがいいか――エイタは頭の中であたふたした。


 重い沈黙を背負いながら住宅街を抜け、大通りの交差点に出る。3~4階建ての小型マンションやビジネスホテルが囲んで見下ろし、前後左右に壁がない開けた交差点で夜風を直接全身に浴びると背中から腕にかけて鳥肌が立った。


 青信号が点滅する音だけが響く中、横断歩道の白線に足を乗せた時エイタの手が握られた。


「怖い……」


 涙で潤んだルリの瞳と目が合う――


「大丈夫。俺が守るから」


 エイタは自分の中の勇気を振り絞って握った手から伝えた。

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