第13話 その日の始まり

 公民館に入るときにうっかりショウゴとタイシに遭遇しないか不安だったが問題なかった。ルリもナナミに見られるとめんどくさいことになるらしいので1階のロビーでルリと手を振って別れて先に上に行ってもらい、少し待ってからエイタも階段を上がる。


 別れたあとも気持ちが浮ついた。もし誰も見ていないと確信が持てるならスキップで廊下を進みたい。


 遊び部屋に戻ると、まだショウゴとタイシが帰ってきていないようでほっとする。


 エイタは何をするよりもまずは座った。ただ座イスに座って、頬を緩ませた。今日の事は一生忘れることはないだろう――夕日がシルクのカーテンを透き通らせる部屋で自分を抑えつけるように抱きしめる――。


「おーい。エイター無事か?」


 そうしているとショウゴとタイシが遊び部屋に帰ってきた。エイタが帰ってきてからものの10分後くらいの事だったので、もう少し遅かったら危なかったと肝を冷やす。


「あ、起きてるじゃん。体調は?」


「さっき起きました。寝て起きたら疲れ取れましたね」


 目をこすりながら眠たそうに演じて答える。


「ほら。お前の好きなもんも取ってきてやったからよ。夕飯前に菓子食おうぜ」


「エイちゃんこれ好きだよね」


 タイシが手に持っている袋にはエイタの好物のお菓子がたくさん入っていた。


「まじで?そんなにいっぱい残ってたの?サンキュー」


 ――幸せだった。その日からエイタは本気で笑うことができるようになった。腹から声を出して笑うことが久しぶりだということにも気づいていなかったが、驚くほど幸せを感じた。けれど、この幸せは長く続けられない。


「あの金髪野郎、いっつも一人で公園にいて何してんのかね?気持ち悪い」


 数日後、隣で窓越しに公園に座るルリを指差すのはショウゴ。


 ルリは公民館で暮らすほとんどの者に避けられているが、その中にはエスカレートして忌み嫌う者もいた。ショウゴはその代表的な1人で、事あるごとに酷い言葉を口にしていた。


「ナナミさんも何であんな奴置いとくのかね?俺がリーダーだったら追い出すね」


 エイタはそれを耳にする度に苛立ちを覚えた。腹の底が腐ったもので覆いつくされるような不快感。それは日々を重ねる度、塵のようにエイタの体内に積もっていた。


 その上、ショウゴは後輩であるエイタを必要以上に子ども扱いした。班で料理を担当する日は包丁を使わせないし、寝る前にはちゃんと歯磨きしたかなんてことも聞いてくる。エイタがそう思っているだけかも知れないが、ちょっとしたことでも鼻についた。


 そういう訳でエイタはショウゴのことを嫌っていて、できることなら一緒にいたくないと思っていた。口には出さないし本人どころか誰にも言っていないが、心の中では随分深くまで……。もし公民館の中心メンバーであるショウゴと疎遠になればここにも居づらいだろうし、ルリと仲良くなるなら皆と仲良くすることはできない。


「――やっぱりショッピングモールはこっそり行くには遠いね」


「うん。でも、いつか行こうね」


 それでもエイタは迷うことなくルリに近づいた。さすがに次のデートは明日とはいかずに、誰にもバレずにショッピングモールまで行くこともできていないが、毎日のように人気がない廊下の隅で話したり、そこで約束して1時間ほど外をうろついたりした。


 そんな日々が一週間ほど続いた。ルリとは少しづつだけど距離を縮められていて、エイタはこそこそ隠れて会うのも嫌なのでそろそろどうにかしなければと考えていた。


 本日はまた公民館の全員で農作業に励む予定の日。この日、エイタとルリは2人とも仮病を使って休み、ショッピングモールまで行こうと約束していた……。

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