第10話 コンビニ
数人の女子とナナミさんには見られてしまっただろうか。まだ畑の隅で帰らずに残っていてくれたルリを「行こうか」の一言でさっと連れ出すことに成功した。
公民館やデパートへ行くのとは反対へ向かって、閑静な住宅街へ身を隠すように入った。
「――お腹空いてるよね?まずどっかで何か食べないとね」
「うん」
1度公民館に帰るかは聞かなかった。おそらくルリも自分と同じであの場所が好きじゃないし、今この状況を楽しんでいる。昨日ルリと近くで話して目を見たり、ルリも自分と話したかったと言ってくれたことで、ルリは自分と同じような考えを持っていると勝手に確信を持っていた。
「このまま歩くとコンビニがある通りに出るよ」
ルリが前方を指さして言った。
それにしても……どうにもこうにも胸が高鳴る。上手く自分の感情をコントロールできなくてルリのほうを直視することもできなかった。でも、歩く途中時折見るルリの顔は昨日と同じで、無表情だけど遠くで見る時よりなんとなく生きた表情をしている気がする。
「じゃあとりあえずそこに行こうか……久しぶりにこんなに晴れたね。クワ振ってると汗かいちゃった」
「私、暑いの嫌いなんだ。雨の日のほうが好きかも」
「俺も暑いのは嫌いだな。最近はなぜか雪が降るよね」
「うん、結構前からだけど」
「そうだよね。……こういう話もできてなかったからさ」
視界の片隅のルリの金色の髪を捉えて、ジャージのポケットに手を入れて進む。なんだか頭ばかりにエネルギーが集中して歩き方もぎこちなくなってしまう。
ルリの服装もジャージだった。灰色一色でどちらかと言えば地味なジャージを久しぶりに暖かい日だというのに、体いっぱいに着込んで頭だけを出している。それでもエイタにとってはそのルックスが眩しく見えた。
口数が少ないまま大通りに出ると、動いてない車の列やお菓子の袋、空の弁当箱などのゴミで飾られる殺風景が広がった。こういう今の世界の現実を見ると、どんな時でも少し考えさせられてしまう。
「あ、あそこだよね」
エイタは水色に白い牛乳マークのよく見る看板を見つけていつの間にかポケットの中で強く握っていた手をほどいた。
「そう。あそこ」
「こっちのほうにはよく来るの?」
「うーん。来ないこともない……かな」
はにかんでこっちを見て答えたルリと目が合うとドキッとして言葉につまり、目をそらしてしまった。
コンビニの店内はエイタが頻繁に行く同じコンビニよりも商品が多く残っていて、床も綺麗だった。ショウゴやタイシ、他の公民館の人間もよく利用する公民館の最寄りのコンビニは誰かが汚した後がいくつもあり、そろそろ取るものもない。
「私、これ好きなの」
ルリはそう言ってチョコレート菓子の袋を手に取ると、エイタにパッケージを見せてからカウンターに置く。
エイタは冷凍食品の中から食べやすそうなチャーハンを選んで手に取り、紙皿も見つけて持ってきていた。
「それしか食べないの?」
「うん」
「そうなんだ」
何もおかしくないという瞳で見られたエイタはチャーハンを電子レンジに入れて時間を設定した。コンビニのレンジは強力なので推奨されているあたため時間よりも少なく、1分30秒ぐらいがちょうどいい。もうこんな形の食事にも慣れていた。
「はい」
エイタはお菓子を1つ渡された、赤い袋の甘いチョコレートビスケット、何度か食べたことがあるが砂糖のザラザラを舌が感じるほどかなり甘いので積極的に食べようと思うお菓子ではない。ルリは渡した後に1つ口に入れ商品棚のほうを見て味わい始めている。
「ありがとう」
袋を開けてエイタも1つ口に運ぶ。やはり甘ったるい、口の中が甘さでいっぱいになり、飲み込んだ後も口に残る。
本来なら店員が立つ位置から眺めるコンビニは商品が静かに並んでいるだけ。そして今この空間は2人だけ、2人だけなのだ。改めてそう思うとさらに緊張してきて静寂が怖くなった。
「好きな食べ物は何?」
「んー……お味噌汁かな。ホッとする」
「え、好きな食べ物聞いてお味噌汁って答えられたの初めてだ」
意外過ぎて面白かったので思わず笑ってしまった。
「え、おいしいじゃん」
「おいしいけどさ」
「じゃあ、君は何が好きなの?」
「うーん。最近はたらこスパッゲティかな」
「そっちも珍しいよ」
ルリも笑って、会話が弾み始めた時に電子レンジがチャーハンを完成させる――。
「……じゃあ、運動はあんまり好きじゃないんだ」
「やるのも見るのも好きじゃないかな」
好きな歌や、誕生日、そんな他愛もない話をしながら昼食を終えた。距離が近づいていくことがこの上なく幸せで、エイタにとって今まで生きてきた中で最も楽しい時間が更新された。
そして、前から考えている本当に伝えたいことも流れで言ってしまおうかと脳裏をよぎったが、それはもっと仲良くなってからと思いとどまった。
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