第9話 嘘
ほどほどにサボる者もいてだいたい1人3列耕す中、エイタが5列終わらせたころに予定してた分の作業が片付いた。女子のほうは少し前に片付いたらしく帰り始めているものもいる。暖かく日差しも強くなり、汗ばんだ体が拍車をかけて熱く感じる時間帯、ちょうど正午ぐらいだろうか。
エイタは下に着ているシャツは柄がなく味気のないデザインでジャージの上着を脱ぐことができないので腕をまくり、胸の前の服を引っ張て空気を服と体の間に入れた。
周りの男子も畑の上でシャツ一枚になったりズボンの裾をまくったりして来た時の格好よりも涼しげになっている。
「すげえ頑張ってたな。お前農業好きなんか?」
ショウゴが額から噴き出る汗を真っ白なタオルで拭きながらいつのまにか近くにいた。
「そうなんすよ。俺農業大好きなんですよねー」
おおげさにクワを振るポーズをつけて言うとショウゴの近くにいるタイシや他の男子にも笑ってくれて良かった。とっさの対応は上手くいったが、こっそりいなくなる作戦は失敗してしまった。しかしこの場合も特に問題ない。
「でもちょっと疲れちゃいましたね」
手の甲で顔の汗を拭い、息を多めに吐きながらエイタは言った。
「そりゃそうだろ。エイタは俺たちの倍くらいやってたもんな」
「あははは」
外で体を動かした後に広い大地でそよ風を受けるという解放感の中で男子数名の雑談が始まった。
「ここには何植えるんだろ。先週はイモ植えたんだっけ?」
「小麦って言ってたよ。ナナミさんが」
「へー。小麦粉の小麦だよな?今度はパン作りでもするんかな」
「それにしてもナナミさんはすげえよな。農業のこと詳しすぎてもう本物の農家の人に見えてきた」
「今日の格好もガチすぎるしな。最初見た時ビビった」
「顔も美人だしな。タイシなんかは大好きだもんな」
「え。いや、そんなことないですよ」
ショウゴが急にタイシをからかって、タイシはそれを慌てて否定した。
「さっきもな……」
続けて話し始めたのでタイシはショウゴに襲い掛かった。どこにでもあるような先輩と後輩のスキンシップ。畑の周りでちょっとした鬼ごっこが自然と始まった。
「――こっちも終わったみたいだね」
ショウゴとタイシがじゃれ合っていると、事の発端であるナナミさんが男子の輪に入ってきて言った。
「はい」
エイタが答える。
「おつかれさまー大変だったでしょ。もう解散していいよ。種まきまでやっちゃいたかったけど思ったより時間かかったしお腹空いたから女子は解散させちゃった。また明日自由参加でやろっかな――ショウゴ君は手伝ってくれるよね?」
「おう、いいっすよ」
走りながら少し遠くでショウゴが楽しそうに答える。
「ありがとうー……暑くなってきたねえ」
農家のフル装備でたしかにナナミは暑そうだ。やわらかくゆっくり手に持っているノートで自分を扇いでいるが涼しそうではない。
「俺も手伝いますよ」
タイシが走って戻ってきて力強く言った。
「ありがとねー」
ナナミがタイシに向かってニッコリ笑ったのでタイシは嬉しそうだ。
「次はここで何育てるんですか?」
「次はねー、ここ全部小麦畑にするの」
数人の男子も帰り出して、ここで育てる作物と農業の話が始まった時、ルリを目で探すと、1人で畑の隅に座ってどこか遠くのほうを眺めているのを見つけた。最初にルリに惹かれたときと同じ、公園のベンチに座っている時の表情。視線をそらした先にその寂しげで美しい横顔を見た。
遠くで眺めているだけで――何でこんなにも惹かれるんだろう。
「よし、じゃあデパートいくか!」
「そうですね」
ルリに見とれていると話は終わっていて帰る流れになっていた。ショウゴとタイシがビルの見える方向に歩き出す。
「あの、ごめんなさい。俺は体しんどいんで帰っていいですか。昨日もあんまり寝れなかったし」
「大丈夫か、じゃあ夜に備えて寝とけ。お前の好きなもんも俺がとってきてやるよ」
「たしかにすごく頑張ってたしね。エイちゃんの好きそうなもの持って帰るわ」
疑われることはなく、思っていたよりすんなり受け入れられる。それどころか心配の言葉をかけた後、すぐにショウゴを先頭に走り出した。心の中でよしっと思ったエイタは楽しそうに走っていく2人の背中が見えなくなるのを見送る――。
そして、ルリのほうへ向かって歩き出した。
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