牛の爪

第8話 ２０２１年６月１１日 群青

　賢市に誘われるまま、今迄話に登るも、一度も足りとも誘って貰えなかった銀座の高級クラブの群青に踏み入れる事になる。

　群青は、さぞや銀座のど中心の高級クラブかと思いきや、集合場所の東新橋のＮＥＷＥＲテレビのロビーから、歩いて通えるフランクなクラブだった。

　群青のそのフランクは何かになるが、所謂はしご飲み出来る銀座クラブのビル街の外観とは程遠い、老舗料亭の趣のそれだった。その生業も知らず、まあ、快気祝いのその前に小腹を満たそうは分からぬでは無いが、一瀬にまあまあと言われるがまま進むと、内装は革靴は脱ぐものの見事なラウンジに改装されていて、複雑な廊下を何度か周りながら垣間見える居間毎には、綺麗所のホステスが付いては賑わいを見せていた。全くに看板を掲げてはいないが、ここが群青かとはただ驚きを隠せない。

　堪らずにこの照明の明るさで銀座クラブと言えるのかが出てしまったが、一瀬曰く、この明るさならハジキとかドスとか一発で分かるだろうセキュリティは万全この上ないって事さと。全く、客層が明らかに分かる言い分だが、それは俺なんぞやの一地方新聞記者には到底過ぎるクラブだよ、全く。

　そんな仏頂面を、もう一人の同伴者である四大週刊誌週間春宵のトップ記者澁谷俊朗が微笑む。鉄平、そんな不機嫌な顔してると美人さんに追加料金ふんだくられるぞと。確かにごもっともだ。

　しかし、先頭を進む三十路辺りのボーイ衛藤保が振り返っては慇懃にも会釈し、この群青は明朗会計であり、お一人様２時間３万円以上は取っておりません、明細にご不備があればお気兼ね無くお申出下さいと。若いがその五体のキレから武道有段者とは窺い知れた。まあ命を預けるなら、実に安過ぎる明朗会計とは、ただ視線で応えては見せた。愛称保っちゃんは意気に触れては、再び案内役に戻った。

　そして突き当たり最奥の富士の間に俺達は通された。内装は、畳に色彩豊かな絨毯に、黒い牛革のロングソファーが対面に置かれ、壁には８０年代の現代芸術志向の富士山が色彩も激しく描かれていた。老舗料亭の徹底リノベーション迄行かず、趣を生かすのがママのセンス一つだろうか。

　その赤とピンクのグラデーションが織り込まれた初夏のドレスの立ち姿のママらしきは、ミディアムヘアーで日焼け止めはしてるが健康的でアスリートのそれかに見える。そう何となく見た事があると正直に挨拶がてら問いて見た。

　名刺交換に入り、ママは智姫と書かれた名刺を渡しては、こう、何かが深く去来するものがあった。知姫ママは微笑みながらも、もう鉄平さん、私の漆黒ビール時代のキャンペーンガールを思い出す寸前ですよね、でも今の方がややボンキュボンで弾力も段違いですからね、ここ生き甲斐のトライアスロンが高じると自然とですよ、良かったら応援もは、まあ大会はかなり先ですよねと。朗らかに捲し立てる。

　俺の中で、幾つもの断片が過ったが、繋ぎ合わせたのは常連の一瀬だった。ほら、ママは健康美タレントの青池智姫だよ。居酒屋のビールジョッキ片手のポスター散々見ただろ、その後はバラエティに移って、何となく引退で、ママ業にへと、結構貴重な面通しだぞと。

　俺たちは立ち話もそこそこに知姫ママに促されるまま、上座に一瀬、その対面に渋谷、上座左には知姫ママ、その対面には俺と早くもややご機嫌に入る。

　そこから智姫ママ曰く、２００８年のビルトブラザーズショックの株式市場で無事売り抜けたから、恐る恐るトレーダーに専任していたら、一大資産になっちゃって、お金ってそうじゃ無いでしょうから、クラブ経営しようで一年発起してそこそこの下積みをしての５年でここの立ち位置です、拙い所は有りますけど何卒ご贔屓の程をと、挨拶をもう一度交わした。

　この銀座縁周部とは言え、居抜き物件の老舗料亭を買収したであろうし、調度品全ては上限無しのディーラーと懇意の筈だ、何よりは折々に見る有望な近代芸術家の作品を収集している事から、今の資産はひょしたら１００億円は下らない筈だ。いや、このコロノ禍の株式市場でも軽く見通せた筈だから、もう一桁上がった１０００億円の資産家やもしれない。智姫ママ、その抜群の容姿はさて置き、強敵やもしれない。何より、一瀬の衒いの無い性分から、今日迄会合を引っ張るのは何かがあって、急遽誰かの指名で今日の俺が呼ばれたやもしれない。この俺をか、当ては全くを持って無い。

「あら、鉄平さん、急に固くなっちゃって。それはそうでしょうね、この群青にもそれなりの審査があっての今日のご招待なんですよ。御性格、懐具合、何よりも名士である事。ほら、どんな方でもお酒が入ると気持ちが大きくなるでしょう、まあ暴れても縛り上げて東京湾に放り投げちゃうんですけどね。ああここ、比較的淺瀬なので、夜明け前には釣り人に見つけられて、ああ群青ねで解放されちゃうんですけど。ふふ、鉄平さんはどうしても縛りがい有りますよね、そうでは無い事を祈りますけど、兎に角今日は、澁谷さんと一緒に初来店ですから、楽しく行きましょうね」

　智姫ママは甲斐甲斐しくも、スピーカーの音量に最適にしては群青の音楽室で弾いてるであろうの生ピアノを流しながら、接待の準備に手際良く入る。この生ピアノはレーベルが開店休業中で、ヘルプに入っているあの大巨匠の澤松組の音楽監督長宗我部翔子らしい。金銭に困ってのどうのより、コロノ禍においては澤松組の製作も企画立案の終始で、腕が鈍るより伸び伸びとしたいとの意向の事だ。ああ当然部類に並ぶ酒類に惹かれてもらしいから、このままだとニース映画祭音楽賞の才媛がクラブの弾き語りに転じてしまうのはどうであろうかと、一抹の不安が過ぎる。

　その間にも、コースターの上には、芳醇な香りが漂うロック割りが置かれて行く。

　そして、智姫ママがその裏表の無い笑みで切符良く切り出す。

「何かしらね、この硬い雰囲気。うちの群青、そんなお堅い店じゃ無いのよ。性交渉以外お構いなしの、下ネタにあれとかそれとか、大密談の大歓迎なんだから。今夜は上限無しよ。とは言え、下ネタばかりもよね。ほら、この世界完全封鎖で対面禁止、詰まる所恋人との甘いｓｅｘも禁止でしょう。やっと、それから解禁出来たものの、いざとなると照れちゃって、夕食作って一緒に食べてじゃあねなのよ、ここは年下の男子でガツンと来るものじゃ無いの。それでね、お部屋のフィットネスバイクで２時間遮二無二に走らなければ、本当ムラムラするわ。でもその筋肉の使い道もいざなんだけど、バイアスロン大会の開催は、本当いつになるのかしらね。ふふ、その若い恋人気になるわよね。かなりのハンサムなのよこれがね、日本画家の大隈重昂知ってるでしょう。ゴールデンのバラエティ番組に出ては、瞬く間に手直ししちゃう才人、物腰が本当柔らか過ぎて、まあ２年も付き合ったら、ふむこれが本性なのかなのよ。あら、一言どころか多過ぎじゃないかは無しよ。よし、これで隠し立て無しだから、どんどん愉快に行きましょう」

　一瀬は群青の常連として、俺もバー弓張月で鍛えられてから受け流せるが、つい右手を頭に寄せるのがお堅い澁谷だ。俺はここは笑い流すところだの視線を送って、早くも打ち解けた雰囲気になった。これはこれで好都合かもしれない。誰かを気兼ねして話をしていたら、酒とは得てして美味く無いものだからだ。智姫ママはやり手以上にコミュニケーション能力は高いらしい。

　酒談は、モニターから聞こえる長宗我部翔子生ピアノの軽やかな音に乗って高まっては、自然な乗り反りになった。

　この世界完全封鎖間での近況は、青色吐息が混じるも思いの外健やかだった。

　澁谷は突撃取材が出来ない事から、日本史編纂に入り識者とオンラインしては配信記事のテレワークに終始。その間に未解決事件の糸口は幾つか見つけたらしいが、早めの解決を願うばかりだ。それ以外の自宅では標準的な文化的な家族で、地上波の繋ぎの再放送攻勢とＢＳ放送の意図的な紀行番組に辟易し、ネット配信を敢えて英語で視聴して、小学生の娘の優恵ちゃんの情操教育に奥さん螢子と仲良く努めたと。ここは皆がそうそうになった。昭和からの名作のアーカイブが膨大な筈なのに、権利問題と高解像度コンバート化が鈍い為に、ネット配信番組つい見てしまうだ。

　一瀬はＮＥＷＥＲテレビの局のアナウンサーとは言えど、キー局勤務故に、今や分散都市圏の放送局に枠を取られ、土曜夜に押しやられた報道番組ＮｅｗｓＴｏｕｒ一本に仕事が激減した。もっともこちらも取材は一切出来ない為に、世界完全封鎖前に滑り込み設置した膨大な定点カメラのコメントを述べるという退屈さ。無人の街で何れのニュースが生まれるかの不毛な番組を何故垂れ流しているか不思議でしょうがない。その分コメンテーターは随時ネット中継で有名無名問わずで進行するも、一向にテレビ慣れせず落とし所は毎度どこかで、惨憺たる視聴率はスポンサー団体の強い意向で非公表になっている。また自宅では、高校生の誠文君のダンスメソッドに奥さんの香里奈さんが付き合う形で家族の時間を満喫したらしい。

　智姫ママに関しては秀逸だ。群青は膨大な都条例の締め付けから休業期間を勝手に設定されては閑古鳥しか飛ばず、その間トレーダーを復活させたら、資産はどうしても３０倍になったらしい。税金でほぼぶっ飛ぶらしのが癪ではあるけどそこは御時世だからと意外な返事になった。自宅では、ムラムラがつい来るので海外のポルノサイトを閲覧するも、どれをいつ見てもフニャチンばかりで、これ以上は男性に幻滅するからでも１週間で止めたらしい。忽ち大爆笑だが、ここが重要で男女の差とはこういうものかだった。

　俺鉄平に関しては、実に気落ちさせるのだが、まあ勘弁してくれになる。仕事は世界完全封鎖の配信記事執筆も半ば若手取材に取り上げられて、その間コロノ禍の事を綿密に描いた「弔い」の続刊「黙示録」を書き出していた。ただ取材ノートが膨大でタブレットのクラウドの容量最大５ＴＢに動画テキスト写真で上限が見えつつある。ここは全世界のテレワーク需要が軒並み上昇中なので、近々サーバーストレージとアクセスのアップデートがアナウンスされている。皮肉な事にＰＣが無くなるの現実はそこにある。そうなれば俺の仕事部屋の和室は、妻果林のこれまでの膨大なドキュメントのスキャナー室に変わるので身支度しておいてとの事だ。男子の仕事部屋が悉くなくなるのはこれも時代かになるが、澁谷が鉄平さんの趣味は音楽ですよねも、残念ながら昨今のサブスクリプションに黒川家も傾倒して、ＣＤ及びバイナル及び音響機材は第三国の支援プログラムへと家族会議で投じられて、その代わり最高品質の老舗小型携帯プレイヤー一台に置き代わってしまった。これももう一つの時代かになる。

　そして俺の自宅の話になると、しんみりさせってしまった。例の２回目接種のウルトラワクチンの一切だ。日々しつこい程の政府広報番組に全ＣＭの１／４を占めようかの啓蒙ＣＭは、ウルトラワクチン接種は自ら太腿に刺すだけ、あなたの勇気で世界は救われるの、それはほぼ徹底義務だろうが、双葉の差し障りを考えると両拳が条件反射で強く震えてしまう。そして告知通りにウルトラワクチン接種キットは順次、世界完全封鎖から２週間後の朝に郵便局員がご丁寧に世帯人数分持ってきた。俺はこれだけは双葉に見られたくなかったが、家族会議を即刻召集した。世間は預かりしれんが黒川家での２回目のウルトラワクチン接種は御免被るとその場でウルトラワクチン接種キット箱をガムテープ１つ使い切って雁字搦めに固めた。俺は大憤慨、果林に双葉は両手を上げて呆れ顔でその場は解散になった。

　しかし、その日の深夜３時に事は起きた。どうやらリビングから、呻き声が聞こえる。まさか、俺はベッドから飛び起きていの一番に向かった。リビングの床にはガムテープ塗れで開封不可のウルトラワクチン接種キット箱が、横に転がる中華包丁で抜群のセンスで側面を剥ぎ取られては、まさかのスタンプ針のウルトラワクチン接種キット一つの溶液が空になっていた。そう呻き声はどうしてもの双葉が自らこじ開けて接種したらしい。俺は怒鳴り声上げるより先に嗚咽で平伏した。妻の果林は双葉のやけに従順を見ては予想していたのか、床に汗びっしょりで倒れる双葉の額の熱を測って、ちょっと熱があるわですぐさま携帯で主治医の楠瀬一樹教授に電話した。そして果林は携帯口で双葉の接種口の右太腿全般の張りを何度も確かめてはいいえを繰り返し、先生お待ちしてますで終えた。そして双葉を介抱するどころか、頭を２度３度４度５度叩き呆れ顔で言い放った。双葉、これはただの知恵熱だから、何を昔を思い出して倒れてるのしゃんとしなさいだ。俺は呆然としながらも、双葉は大丈夫かで気を失ったらしい。次に起きた時は、いや果林が揺り起こしたのだが、楠瀬一樹教授が白衣そのままでリビングにおり、鉄平さん、双葉さんは勇気を振り絞ってウルトラワクチンを接種したのですからお咎めなく褒めて下さい。知恵熱のこれは最近ままある現象でして、国連本部衛生司政官榊志摩さんはよくご存知の筈ですけど、日々の政府広報の告知に流せないものですかねと溜め息を三度ついた。俺は目が血走って、憤る言葉も出なかったのは、葛藤しかなかったからだ。こんな知恵熱に発する倦怠症状を告知していては、ウルトラワクチン２回目接種率１００％完遂は到底無理だろう。だが、日本国民、いや各国国民は知らなくてはいけない症状だろう。あいつ、榊志摩は俺の一生の天敵だよあいつは。それを直接あいつに言おうも、俺きの怒りを漏れ聞いたのか都合留守電３７回目を全て罵声で諦めた。それでも言い足りないは、いつか会ったら言い切ってやる。

　富士の間は、熱を帯た俺の余りの憤りの果ての安堵に、渇いた喉を一斉に潤した。双葉ちゃんらしいなに、接種しないのばれたら政令の規制罰則受けますよに、きっと双葉ちゃん好きな子がいるから生きたいのね、と最後の智姫ママで軽い目眩いを起こした。

「もう鉄平さんたら、双葉ちゃんは、お子様じゃないのでしょう。大人として理解して上げないと、双葉ちゃん今からでもグレちゃうわよ。ここで恋愛関係が挫けたら、一気に横滑りして、男の子は次もいるわで、自由奔放になっちゃから、その結果として、いいえ、それは蛇足だから、止めておきますね。それより本当に新型コロノウイルスは払拭して、人類は勝利したとかの福音、国連宣言The Gospel Oneって、本当なのかしら。ここ決定的な情報欲しいわ、いつまでもファーマシー関連が天井打ち抜き相場だったら、何か張り合いないもの、どうなのかしらね」

　智姫ママに、こうも上手く逸らされたが、いや、双葉の事で何時迄も憤慨しては大人気無いから、俺達なりの事実容認に入る。

　世界完全封鎖期間４月９日から６月９日明けの６月１０日グリニッジ標準時深夜０時、日本国では６月１０日９時に全世界の全てのメディアを通じて国連本部より確固たる福音、国連宣言The Gospel Oneが同時通訳の２時間で中継された。冒頭は国連総長ユルク・シュビワンがいきなり、人類は新型コロノウイルス感染症に勝利しただ。ここからは識者３人がモニターにインサートされ事象が補完されて行く。

　そのメインたるは世界的権威の流行病理学博士陽明寺亘が切実に語った。この２ヶ月に渡る世界完全封鎖にも関わらず、何れに派生した新型コロノウイルス感染症に全人類が感染したと現時点で推測します。ですが、全人類は死滅しなかった。これにはたった一つだけの理由が有ります。世界完全封鎖期間中に完全配布したウルトラワクチン接種キットで完全免疫が出来上がったからです。たったそれだけかも、功を奏したのは自宅に閉じこもっては、家族内での免疫機能が累計化し、予想以上の浸潤を示したに他なりません。これは奇跡としか言いようが有りません。世界を席巻したスペイン風邪では世界人口の１／３を持って歯止めになりましたが、世界完全封鎖直前の新型コロノウイルス感染症は世界人口の３／４が推定感染しており、それでも止まらなかった。そう私のフローの中ではどうしても人類破滅しか無かったのです。それでもやけっぱちの世界完全封鎖で乗り越えた事は、どうしても神の采配があるとしか言い様が有りません。ただ、ここだけはしっかり胸に刻んで下さい。全生物の内、何故人類だけが救われたか、ここはどうしても全生物に波及派生化して行く新型コロノウイルス感染症を食い止めよの啓示です。人類は国連宣言The Gospel Oneの結果だけに決して驕らず、地球規模で慎ましやかに律しなければなりません。と、ここはつい私の説教癖が出ましたね、失礼。この先はヴァチカン市国のセブンス・コルトレール司祭にお話せ貰いましょう。ここから先はお堅い話は無しでイエスの偉業とその現代的検証が実に腑に落ちるもので、改めて生きとし生けるものはの教示を確と受け止めた。

　だがだ、世界完全封鎖がとても成功したとは俺は思えない。暇つぶしの果てに見る地上波のニュース番組の定点カメラには、一切の外出許可書が発行されていないのに出歩く不埒者が多過ぎた。出動を絞り切ったミニパトのスピーカー案内で漸く帰宅となるが、それが毎日続く。これは全世界で同様に事が起きて、懲罰としてもっと厳罰を処すべきだったと思う。ただ渋谷曰く、人類はどうせ滅ぶと軽薄に思ってる連中が言う事など聞かないでしょう、美徳を持った日本人とはが垣間見えただけでも教訓としましょうに対して、俺はうっすらと浮かぶ奇跡を信じられない世の中が切な過ぎないかと呟いては、グラスを不意に呷った。

　智姫ママは、一見の管さえ受け流さず陽気に話を弾ませる。

「鉄平さん辛気臭いわよ。そりゃあ、世界規模で罹患死亡者重傷者は集計中だけど、奇跡は起こったじゃない。これならOnly TOKYO Olympicも無事開催されて、ふふ、何か胸が弾むわよね、開会式閉会式お楽しみよね」

　ここで早くもOnly TOKYO Olympicが出てくるとは、智姫ママは本当盛り上げるのが上手いなを超えて、ここは序盤早くも熱を帯びた真っ二つのディベートに至る。

　意見表明から言うと、開催賛成は一瀬に智姫ママ、開催反対は澁谷に俺鉄平だ。人類が全滅若しくは霊長類全滅詳しく言えば幾重もの生物全滅の瀬戸際だったのに、打ち震える膝を抑えたまま来月のOnly TOKYO Olympicで選手は何をどう発揮しろと言うのかだ。ここから持論中の持論が飛び交い、銀座の一クラブ群青でとどめ置くのが本当勿体無い程の真っ当な意見が深く染み入る。

　開催賛成は、何よりアスリートの夢そのもの、コロノ禍から救われたとの安堵イベント、視聴者が貰える感動は途轍もないもの。そしてあからさまに言うと、経済復興の起爆剤、智姫ママは不景気でも抱えた逸材のホステスの為に２号店をオープンさせたい。一瀬はメディアはまずイベント有りきで利益が底上げされる、今更中止は冗談じゃない。全て分かってる、生きていれば希望もキャシュも必要だ。

　開催反対は、一連のコロノ禍の現段階で推定４億人が死んだ結果お祭りは不謹慎だろ、国連宣言The Gospel Oneあれど残酷な脅威が去った訳では無い、経済の起爆剤になるかもしれないがそれが永続される可能性はどうしても低い。切実に言うと、澁谷は間もない冬季オリンピックも立て続けに開催されてはＩＯＣが絶対権力を掌握して目的と手段がより曖昧になる。俺としては新型コノロウイルス感染症で差し障りを持った方々が果たして競技を正視出来るか。

　そう、後々の事を鑑みると開催反対の圧倒勝利になるのだが、実は現段階では開催反対の線はほぼ消える。伊達一巡総理大臣の就任会見以来、尚もOnly TOKYO Olympicの開催確度は９７％のまま意思が固過ぎるからだ。Only TOKYO Olympic支援会議の人選は未だ非公開だが、決定的な何かを握ってるとしか想像に難くない。全世界はまっ二つに賛成に反対だろうが、見れるものなら見てみたいの関心が競り勝ち、結局は２０２１年新年度より東京都を完全隔離した状況から、どうしてもの強行開催の既定路線になるとの見通し。これは開催賛成開催反対の枠を超えてただ先々に溜め息が大きく出てしまう。そして、それでもの双葉ならば、さぞや華やかな開会式閉会式に思いを馳せてしまう事だろう。現に開会式閉会式のイベントアクターとして習養院高校からは双葉の親友若草優花ちゃんが急遽選出された。双葉はいつもにましてご機嫌なのだが、自らのリハビリの時間が倍になった事から、その心情は察しても頑張ってるなと微笑と熱い涙で見届けるしかないのが、ただ切ない。

　そしてロックと談笑が淡々と進む中、富士の間の頑強な引き戸に挨拶音のノックが響いた。

　訪問者は破顔そのままのホステスの朱里と名乗り、もう一人は出来れば関わりたくないＩＴヤクザの立松喬のそいつだ。立松喬との面識はコロノ禍のＩＣＴ公開大会議で堪らずの質問で薄い繋がりも、毛嫌いな印象しかない。Information and Communication Technology即ち情報通信技術の全般で、その的確な責任発言から一躍幹事たるに自ら上り詰めた。これは後に親しい関係者から聞いた話だが、全出席者全員に徹底的な根回しを前日に終えており、硬軟織り交ぜた様々な問題をＩＣＴ公開大会議で解決して見せたからによる。そのファッション銀髪同様食えない奴と言いたいが、この先の国会査問会の事前質問を考えれば、止む得ないが手腕は認めざる得ない。

　その銀髪鶏野郎が、さぞ顔馴染みに宣う。

「智姫ママ、今日も見目麗しゅうございます。澁谷さんも、この場ではお手柔らかに、今の俺は身体中の何処を叩いても何も出ませんから。一瀬さんは日々、ＮＥＷＥＲテレビのＮｅｗｓＴｏｕｒでのうちのノベンバーテクニカルの好意的な取り扱いに感謝しか有りません。そして、鉄平さん、もうあなたの事を思うと胸が一杯です、ベストセラー「葬い」を読む程に、俺にはまだまだ出来るの勇気しか有りません。と、お酒の場ではこれ以上曇らせては行けませんからね。まずは、次の会席の前にご挨拶させて貰いました。どうも、ありがとうございます」

「立松さん、態々ご挨拶とは、私達はそこ迄甘く無いですよ。再来週の週間春宵には、一大総会屋の松尾鷹文の謎の事故死が大きく追求されます。立松さん、今からでも身辺整理し、前科は少ない程が模範囚として出所も出来ますよ」

「澁谷さんは愉快ですよ、まるで私が判決無期懲役みたいな言い分は、ほろ酔いも醒めてしまいますよ」

「もう皆さんったら、あの松尾さんは事故死なのに嫌ですよ。朱理には分かります、立松さんの余裕ぶりは、超ー大物ですよ。悪人殺して汚点残すような、トンマでは有りませんからね」

「嬉しいな朱里ちゃんは、そう俺は善行に邁進するのみ。日本という国は、俺の匙加減で元のＧＤＰ２位国、いやＧＤＰ１位国を成し遂げて見せますよ」

　いかれた銀髪野郎立松喬の疑惑はこうだ。ＩＴヤクザの異名を誇るノベンバーテクニカルが、次々技術獲得の為のＭ＆Ａしては、提携先の会社を根こそぎ奪い完膚無きまで叩いては閉社に追い込んでいる。それは毎度唐突で甘い汁を嗅ぎつけた総会屋連中に睨まれて、株主総会でのそれは醜くそして睦じいものだ。その果てがＩＴヤクザ立松喬と一大総会屋松尾鷹文との総会での直接対決だ。お互い一歩も譲らずも、警察が民事業務妨害相当で介入し大きな遺恨を残した。それから三日後、松尾鷹文は東京湾埠頭から猛スピードのポルシェで東京湾に豪快に突っ込み、翌日の朝に漸く回収された。目撃した恋人達談によると時速１８０ｋｍは出ていたとの事から、他殺死・自死・事故死・突然死がどうしても湧いた。自死は資産は莫大で人間関係も良好で消去、事故死は引き上げられたポルシェの電気系統に一切異常は無いので消去、濃厚は突然死で心臓疾患の症状は健康診断で軽度から経過観察で検死報告書はアクセル踏んだままのそこに落ち着いた。そこに他殺死の余地はあろうかも、澁谷が切り出す。

「木枯らしの厳しいあの深夜、松尾さんは、誰かと会う約束をしていた。しかし、松尾さんは予定表にも携帯のアプリにも、インサイダー取引を懸念して一切何も残さない警戒心の強い方は最後迄でした。ただここでは名前の言えない知己の方々が、東京湾埠頭での車越しの会話は儲け話のそれ、銀行では降ろせない金額をつけてくれの打診、そして今日は最高の儲け話があると聞いた人がいます。状況証拠から、今の日本国で飛びつく程の儲け話を持って来れるのは、立松喬さん、あなた位ですよ」

「澁谷さんは、お人に似合わず、追い詰めますね。この私が人徳一筋の松尾さんを殺せる筈も有りません。ここ迄にしましょう」

「いや、心づもりをして貰いましょう。あの日の閉店後の横浜の猪狩百貨店の立体駐車場最上階で、あなた達は一目もはばからず対面していた。証拠は無いと言いたいでしょうが、あの横浜の猪狩百貨店の立体駐車場最上階は景観最高で野外セックスのメッカなんですよ、当然群がる盗撮マニアもいます。そこにあなた達が写っていた動画が有ります。これが揺るぎない証拠です。立松さん、あなた警察の証言では合ってはいないと言ってまうよね。最低でも偽証罪、何らかの教唆で自死に追い込んだのは目に見えている。後は警察に出頭して神妙に自白する事です」

「澁谷さん、実に出来上がった追加話です。ですが、その証拠がこの世にあるとは、私は到底思えませんね。朱里さん、どうか最後は気持ちよく送り出して貰えますか。皆さん、この後もどうか楽しんで下さい」

　立松喬は顔色一つ変える事なく帰って行った。俺達の談話はやはり怪しいも、智姫ママは立松さんは疑惑だらけだから今更よねと。ならばと澁谷がスマートフォンを差し出し動画を開こうも、通信障害を起こしていた。そして解消されるも、クラウドのデータは悉く飛んでいた。

　そうさの表情で一瀬は言う。

「まあ立松さんは仕事が早いよな。気を付けろ、あの方は日本の個人情報全部握ってるって噂だ。一気にサムネールと位置情報を検索しては、間違いなく証拠を全部消したな。澁谷、ここ迄にしておけ、大悪人が追い詰められ自死したのは、あいつらにとっては天誅の一つなんだよ。そもそも再来週の週間春宵に掲載の時点で異論反論待ってますのスタイルは示談有りきの編集部采配だろ。名ライターが孤立してどうする。ここは借りを与えておけ、良いか、捲土重来とはお前の為にある言葉だ、先々の無敵な連中の前に澁谷俊朗は決して挫けるな」

　俺は、ただ悔しくて拳が震える、それは澁谷よりもだ。ただ澁谷は朗らかにも気を取り直し、Only TOKYO Olympicそれはそれで見てみたいよなになった。澁谷は澁谷で盛り下がった空気を読み、無理目に盛り上げようかに入った。当然俺一人だけ開催反対になるのが癪で前のめりになりもしよう。

　そして智姫ママの饒舌が始まる。

「ふふ、澁谷さんもとうとうお仲間ね。そう言う柔軟さ大好きよ、あっと、ここ帰宅しても気が大きくなってつい言っちゃう御仁達さんがいるのよね。となると大奥様が怒鳴り込んで来て、私の積もる世間話で懐柔しては、ようございます旦那様もサロンの仲間入りの出来て誉れと存じます、同じ女史として陽気に盛り上げましょうが、ほぼのお決まりの文句なのよ。ほら女史って雰囲気で分かり合えちゃうものでしょう、まあそう言うのも嫌いでは無いからつい盛り上がっちゃっては、ママって私の転職じゃ無いのが、こうアワハッピーよね。そう、そうよ良いのよOnly TOKYO Olympicはね。聞いたわよ、聖火リレー立案のあれこれ、今月下旬位から東京都一帯回るって言うじゃ無い、伴走ランナーで智姫ママも出ないかから、それは是非ってお付き合いで挨拶したら、届けられちゃったわよ、ランナー制服一式。もうね、全世界に中継されるだろうから、築地ルートは絶対必見よ。そう、もう暑いから七分丈ちらっと上げて、美脚も披露しちゃおうかしら、誰々あのお姉さんから、モテモテ必死よね、あっと、しー君の事忘れてた、ここまだ言って無いけど、ゴールでお疲れ様でギュっとギュッとも、何か思い出になるわよね。と言うか、しー君はインドア派だから沿道迄出てくるかな、ここ意外と手強いよね」

　すっかり爆笑のままだが。俺は堪らず、そこは美味しいお寿司食べましょうの呼び出しから、サプライズの方がギュっと五連発ですよで、智姫ママが両手グッドサインを連発しては、その天真爛漫ぶりにこりが吹き飛んだ。男達の鉄平やるなは、ここはうちの家族で慣れ親しんでるから、お手柔らかにだ。

　そこに、また富士の間の頑強な引き戸に挨拶音のノックが響いた。ホステスはどうしても不思議な既視感が湧いたが、何んと言う女優か、今迄東海快速新聞グループのイベントに取材にと高速に巡らせたが、そこ迄衒いも無い仕草は数人に絞られたが何れでも無かった。

　佳人ホステスは、鏡花と名乗りチーママらしい。そして長身の訪問者は、俺よりも相当厳ついどうしても辿り着いてしまったかのその筋の大幹部だった。

　忽ち察した鏡花さんが、犬飼陽司さんですと厳つい大幹部のスーツの右袖を引いては促した。そこが間違いなくスウィッチだった。犬飼さんとやらは泣き噦るままに。

「お初にお目に掛かります黒川鉄平先生。俺は犬飼陽司と申し、しがないメイプルカステラの的屋の職業を生業としてまさ。世間はこんな有様からやっとですけど、味と食感は日本一と誇れるだけ合って御贔屓さんからデリバリーしての催促されては、若僧にネットショップ開設させたら、もうコメントが大挙しては大賑わいで羽振りが良くなってます。宵越しの銭は世の皆さんに還元するのがこの身のモットーですから、身分不相応ながらこの群青に足を運ぶ次第です。しかし、ここで最も尊敬する黒川鉄平先生がいらっしゃってると聞いて、せめてもの目通りと鏡花にお願いしたらよ、涙止まらねよ、なあ先生よ、家族は本当にかけがえ無いよな、俺の親父に姉に弟の３人は、関与第三波で天国に早くも逝っちまったが、俺と嫁と娘楓は運よく今日も生きてますよ。しかし、この生死の境が未だに分からねよ、The Gospel Oneとやらで、人類は勝利したらしいが、どうにも寂しいよ、そうじゃねえよな、生きるって事は、死ぬ程辛い目に合っても、それでも生きていかないといけねえよな、その先に家族がいるから、俺は生きてられるって、大著作「弔い」でやっと学びましたよ。俺はこう、上手い事言えねえが、奇跡はきっとある、いや信じて止まない、双葉ちゃんはこの先良い事だらけだ。先生よ、宿縁ってそれで良いよな、合ってますよね」

　ここで犬飼陽司の嗚咽が轟いて、俺も号泣をただ堪えて犬飼陽司と抱擁を交わした。何よりも愛しかないの少ない言葉で何もかも通じて、周りも涙脆いのか、軒並み目頭を押さえて行った。

　時間にして約５分だったが、帰り際の熱い握手と共に、これと一際真っ赤な厄除けのお守り袋を渡された。返そうにも、ガンとしてだったので、俺は戸惑ったが、智姫ママが飄々と補足に入ってくれた。

「親分もね。鉄平さん、その真っ赤な厄除けのお守り袋、あれなのよ、結構功徳あるのよ。知らないかな、赤坂の正午院の景碗和尚、コロノ禍始まって間も無くから、一日欠かさずの加持祈祷で、無事信者さん安寧とかなのよ。あの若僧がここまでとはね、あれかしら、不殺生じての肉と魚断ちの、根菜だけで成就しちゃうものなのかしらね。と、世間一般の評判は此処迄。そうよね勿体ぶってもあれだし、そもそもを聞きたいわよね、景碗和尚事本庄建人事若僧事の事。若僧は親分のところに流れ着いた、意気がった若い衆。その頃からよく通ったバリトンボイスでキレキレの先方で尖ってはいつも有頂天。親分からも良く窘められていたけど、積極的に絡んで死なないのが腑に落ちないものよ。でもそれも、２年前に陽気な幼子が車道に飛び出した朝の事。いつもの先方がすっかり馴染んでる事から、幼子助けて、若僧見事にダンプ衝突、減速してたものの背後全面の打撲で脳震盪も有り昏睡状態が三日三晩にもね。まあ親分は病室でも帰って来いって叫んでたのが通じたのかしらね。若僧すっかり憑き物落ちゃって、阿弥陀如来に引き上げられて現世に帰って来れたって、て言うじゃない。ただもうちょっと続きがね、入院中にあの人この人、この日に死ぬとか見えるらしくて、気になった担当医がその見えた方々を再検査に呼び掛けたら、転移してるの血栓あるので一命を取り留めたらしいのよ。そこで親分が神妙にご加護だ坊主になれって、若僧は正午院に送り込まれた訳よ。まあそこから日々、悔い改めては節制されてはどうですかと、魅惑のバリトンボイスで説得力あって、何人も救ったらしいわ。まあ遅れて開眼しても、御加護はあるみたいだから、鉄平さん、これもご縁だから持っていなさいよ。何より今も、いやいつ迄か分からないけど、行き交う方々人々の死線が見えたら、若僧和尚様もむきになるものよね。これだから、あいつは、本当まっしぐらよね」

　黒川家はクリスチャンだから、いやこれもご縁だから聖壇の上には置いておこうか。いや、微かに思い出してきた、正午院の景碗和尚。日々の護摩祈祷で目が落ち窪んでいたが、その姿は聖人の片鱗は感じた。だが実際に人智を超える人物が、いざいるとなると俺もやや戸惑わざる得ない。それを敢えて切り出して見た。

「それ言うの、鉄平らしくないな、歴史上開眼した聖人っているでしょう。寧ろ現代で余りにも聴かなすぎるのが不思議だよ」

「景碗和尚な、ＮＥＷＥＲテレビの密着ドキュメントで追いかけてるし、配信のアーカイブ探せば、その片鱗見えると思うぞ。ああ、あるな、ご丁寧に月別に小分けしてるから、今見るか、いや家に帰ってからにするって、まあ大画面で見た方が何か発見出来るかもな」

「鉄平さんって、ふーん、そうなんだ。かなりの敬虔なのに。ある世界には奥手の方なのね。いいわ、これはこれで鍛えがい有りそうよね。お酒は、どうしよう、皆さんお任せのカクテルでも飲みます」

　一瀬が一際の喝采上げては、群青特製のカクテルに万雷の拍手を送った。そして髪をビシッと固めたバーテンダーが間も無くカートを運んで来ては、その自己紹介小政さんが手際よくシェイカーを手際良く振っては小分けに仕上げ、差し出された４つのグラスに感嘆しかなかった。

　そのカクテルはライトブルーホライゾン。青空と海の境の地平線にはシトラスのムースが挟み込まれ、見て楽しみ、ジンを飲み進める程に味覚も味わい深いものに美しく変わった。皆もそうだが、俺も当然心が奪われた。こんな芸術的な職人芸を持つものが、どこをどうの伝手を辿って群青のバーテンダーに入ったか不思議でならないも、小政さん曰く、脛に三つもの傷有りの、一切のしがらみも超えて、しかも修行も碌にせずに見よう見まねで雇ってくれるのは群青位です、へまする迄は群青にいますので、今後もご贔屓をと慇懃にも深く礼をされた。如何なる酒にも人生が濃く投影される。小政さんに、いちいち人生の歩みを問い質すのは野暮以外の何者でもないだろう。そもそも俺は群青に通える身分なのか、一瀬にアイコンタクトを送ったが、俺のその視線をぐっと智姫ママに向けさせられた。気付いた智姫ママは眦が下がったままだが、口角はやや一文字だ。まだ見定め中と大いに察するしかない。

　ライトブルーホライゾンでより親睦が深まった俺達の富士の間に、不意の挨拶音のノックが響いた。訪問者は、まずホステスの若いも長い髪をビシッと纏め上げたさもベテランが見えてしまう詠美と名乗った。ただ連れだった相手が、意外にも意外過ぎたが、群青はどうしてもの高級クラブかと息を飲まざるを得なかった。相伴したのは若い女性なら忽ち黄色い声を、男子連中でも堪らず地声が出てしまう、整ったマスクの時代の寵児北条紘衣だ。

　北条紘衣は新生内閣政権に歩調を合わせ人事を刷新した経団連会長。その大元は札幌テクニカルセンターに拠点を置く秋月電機のヤングデバイス事業所長からの急遽登板となった。たかが準大手機器の平取締から軽く５０００人を飛ばした経団連の人事は、その迫る美貌から人気取りなら適任と、同じく伊達一巡とは北海道での悪ノリ仲間であるから、今後迫り来る新時代の経団連の協調路線が概ねだ。だが俺は伊達一巡に張り付いた時に珍しく切れ味の悪いコメントが気になっていた。政府運営個人台帳：ベストナンバーのアップデートは時期が来たら分かります。それは推測に過ぎないがこの先秋月電機は新たな機軸になろうかだ。そして世界のほぼ女子を幸せにするだろうの満面の笑みで北条紘衣経団連会長が宣う。

「これはこれは、有志一同の皆さん、ご苦労様です。こうした寛げる場でご挨拶は無粋かと思いますが、日本国が何れもの新体制に移行中ですので、粗相はどうしても付き物ですが、寛大な心持ちでニュースにして貰えれば、現場は更に奮起し、この日本国は間違いなく新しい時代の荒波を越えれるかと思います。伊達一巡、いやされど伊達一巡ですが、何分に配慮を頂ければ幸いです」

「北条さん、何をどうスクープしようにも、世界最高峰の伊達一巡政権は日本国民の支持率９１％ですよ。週間春宵はされど大衆紙ですから、口触りの良い事は書かなくてはいけない。そう例えば今席での北条さんの友人思いの微笑ましい談義は、巻末の記者談には頂きますからね」

「北条さんも、思いの外全てが義理堅いですね。この世界完全封鎖中の本格第四波の収束は、何あろう新生内閣政権の一切の適時分別ゴミ法の意識向上から、すぐさま世界各国が右に倣った結果ですよ。別に伊達一巡始め癖の強い大臣方々に噛み付いても、逆に後味悪いだけですって、なあ鉄平、」

「北条さんとは、都合二度の合同会見でしかお見受けしていないのに、この黒川鉄平を覚えて下さるとは幸いです。率直に言いましょう、束の間の余暇でも何を懸念されてるのですか」

「皆々様の叱咤激励、実に身に沁みる覚えであります。とは言え、鉄平さんの懸念のご質問がよく分かりません。ここは盃を汲ませて貰う所ですが、知姫ママ、」

「坊ちゃん、ここ富士の間の集まりは中年の方以上ですよ。厳選した日本酒をどんどん出そうものなら、顔がパンパンになって肥えちゃうから、控えてます。って、会合で通じるお馴染みさんでないのが残念よね、ここは俎板の鯉になりなさいな」

「それでは、お気兼ね無くと言いたいですが、折角の酒席を頭を擡げ濁らせるの如何でしょうから、回答はお一つだけにさせて貰えますか」

「それでは俺が敢えて聞きましょう北条さん。このタイミングでアップデートされる政府運営個人台帳：ベストナンバーとは一体何物ですか。住民台帳のグレードアップは察しましょう、そしてバッチプログラムも長年積み重ねてのスタートアップとしましょう、だがそこに落とし込むデータとは何処迄を想定されてるのですか。もっともこれはシステム管理者ならば、どうしても懸念してしまう事です。私も市井の幾人から漏れ聞いた事ですが、ここを伊達一巡に張り付くと途端に歯切れが悪くなります。どうしてもご存知ならば、徐々に仲間の輪を広げる機会かと思いますよ」

「黒川さんは実直で実に良いですね。私もこの手の会合が多いと、微笑みながら懐刀に常に手を添えてなければいけないのが実に歯がゆいものです。そうベストナンバー構想は完全管理社会を志す団体ならば、平成初期から長きに渡ってバッチを組み上げたものです。依然とベストナンバーとは抜けない伝家の宝刀でしたが、これ迄の世界情勢をとどうしてもの減衰を鑑みますと、実に完全効率な手段ではと、舵を切る傾向です。ここですね、このバッチ制作の歴史が浅い国程安易に飛びつきます。ですが、アメリカ国とイギリス国とこの日本国のデバイス事業とソフト事業には一日の長があります。日本に特化して構想を語るならば、まずの緩衝材として三番手コンビエンストア：ファシリティアソングでマルチＯＳを発動し店内端末全面活用しては馴染ませて行きます。そして、その先には日本国全滞在者に秋月電機の製造したベストナンバーフォンを配布します。まあ、ここはですよね、大風呂敷を広げ過ぎて、ガラパゴス携帯になるかでしょうけど、身分証となるなら自然と所持せざる得ないと思われます。勿論防犯にも大きく貢献するかと思いますので、ここで改めて配慮を願えればと存じます」

「そこは、まあよね。別に見られても良いデータなんて知ったこっちゃないし、どうせ携帯代がタダになるのなら、それ位は期待して待っちゃうわ」

「これは実に頼もしい。大凡ですが知姫ママのままに推移するかと思います。完全管理社会を望まない方々もいましょうが、このままのインターネット社会の方が実に危うい喫水線を進んで対策費が嵩み、果たしてそれは望んだ自由社会かになります。ここで敢えて強く言っておきますが、今の日本国民に二重費用を支払える余裕は一切無いかと存じます。今暫く寛容な心持ちで皆々様には深い配慮を願います」

　北条紘衣経団連会長と詠美のとても深い礼で、短いが余韻が残る挨拶は終わった。付け焼き刃では無い結実しようかのベストナンバーフォン構想で軽く今日の酔いが半分は吹っ飛び、体の火照りで二度酔いを起こしつつある。ここで知姫ママにお代わりを求めるも、巧みなマシガントークで濁されてしまう。ベストナンバーフォンね、ｓｅｘしてる時の動画はカメラ閉じれば良いけど、声を聞かれたら嫌よね、ほら私程々に妙齢に近くて凄い感度高いから、きゃー言ってるのが照れるわ、まあそこはハンカチ咥えれば良いのかな、やだもう、ハンカチ以外に咥えられないじゃ無い。もう距離感度外視で爆笑しかないのが、知姫ママの手腕そのものだろう。

　このまま赤裸々なトークに突入する寸前に、あからさまに下品の表情をした佳人鏡花さんが、富士の間の敷居を慌ただしく跨いだ。

「智姫ママ、その下品な笑い声廊下を超えて、凄い来ますから控えて貰えますか。私のしー君観る目がそうになってしまうから、呉々も止めて下さいと言い聞かせてますよね。本当に。それで用事ですが、国武和儀会長が絶好調過ぎて、このままでは午前様の送迎になってしまいます。世界完全封鎖後のご時世では、会長も群青も深夜営業不謹慎と、競合店から突き上げ食らいますからね。ここ割って入って箒を逆さに立て掛けて貰えますか」

「もう、鏡花さんも、この世界完全封鎖解除後で、何処もご機嫌でしょう、やや無礼講でしょう、適度な午前様の方が、安寧なご時世に戻ったかで銀座もややじゃないの。クラブばかりが生業では無いでしょう、この銀座一帯はね」

「良いですか、正論と嫉妬は相反するものです。ご自慢の貯蔵庫から田酒を一切合切配って、今後も仲良くしましょうで通じる程、世間全般は景気回復してませんからね」

　知姫ママは散々口を尖らせては、富士の間を後にして、代わりに鏡花さんが俺達の接待に入った。俺達は忽ちその溢れ出る上質過ぎる色気で、心地良い酔いが回って来た。ここでの救いは群青のお勘定がお一人様２時間３万円以上の明瞭会計で済みそうだ。ここが最高級クラブで、軒並み美人ホステスに良い飲みっぷりねと勧められたら。辛うじての夏のボーナスが吹っ飛んだ事だろう、銀座の夜は未だ深いものだ。

　そして、つい挨拶がてらに鏡花さんに話し掛けた。和服の方が似合いそうですよねと。鏡花さんは気丈にも、それもね要所要所の消毒液シャワーを幾度も潜ると生地が傷んで来ちゃって、和服はどうしても時代じゃないのねと、血縁譲り以外の和服は全部下取りしたのですよ。それで全４８着で全額で幾らになると思います、９６万円ですって。１ルームマンションを余裕で買える金額なのに何故とも言いましたよ。それはコロノ禍の不景気の大量持ち込みとどうしても消毒液シャワー潜ると生地が傷むから相応ですって、切ない時代になりましたよねと。俺は相槌を打ちながら、由緒ある御衣装が手元にあるのならば、後世に引き継げるものです、佳人の血縁であればそれは後々華やぐものでしょうと、やや綺麗に仕上げた。鏡花ママ凛々しい眼差しがやや下り満面の笑みで応えた。そこには一瀬が茶々入れては、鉄平は何を頬を赤くしながら言ってやがる俺も負けないぞで、俺はそういう顔してるのかと頬を強く揉むと、更に席は爆笑に向かった。

　そして俺達は、一瀬でも鏡花さんとは一度の相席しかないとの事で、全力で鏡花さんを掴みに行くため、最新の鉄板のネタに入った。音楽情報は銀座界隈では尚強い。

　それは世界完全封鎖明け翌日の６月１０日、ナゴヤドームの織田マリアンwith Bad Aggregaters「We're all beyond sadness. 2021」での大型ライブでの出来事だ。満を持してのドームライブの開催で、世界完全封鎖期間中の発券は最大４．８万人収容とは行かずとも３．２万席が抽選会を経て見事完売した。後の経緯詳細では、東海圏１万人枠受付／関西圏５千人枠受付／関東圏５千人枠受付／以外を各道県１．２万人均一受付で、昨今では見られない公平平等な発券となった。ここが悲劇の発端となった。

　画して大型ライブ当日、歓喜に満ちた入場になる筈が予想もしない入場制限が織り込まれた。政令の都合上、愛知県条例の大規模イベント１万人枠は世界完全封鎖開けも継続され、運営事務局は中止かランダム１万人入場かが迫られたが、意外も順当な採択がされたのは東海圏１万人枠受付のみの入場だった。当然警備は荒れに荒れ、所轄警察が大量動員されどうしてもかの中止になる筈だったが、何故か「We're all beyond sadness. 2021」は決行された。

　決行された所以は、この大型ライブがワールドプレミアで、大々的な配信も兼ねていたからである。ただナゴヤドーム前のパニックで、　有料配信すべき所を、大盤振る舞いで無料配信に直ちに切り替えた。これが幾分かの緩衝材になる筈だったが、各携帯会社が軒並み通信障害でノックダウンしニュース速報が流れた。論調はほぼ大丈夫か来月のオリンピック全世界中継だった。

　開演時間１５時は３０分押すものの、織田マリアンwith Bad Aggregatersのロッキンはインターバルを感じさせない、絶賛コメントがＳＮＳを駆け巡った。同時視聴者数は速報３０００万人の大台に乗せたものの携帯会社が機能停止に陥らなければ５０００万人は固かったのニュースも同時に駆け巡った。

　何もかも後手に回った織田マリアンwith Bad Aggregaters「We're all beyond sadness. 2021」だが、絶際終演後の会見は幹事運営事務局のサカエエンタルードは警察と協議中と一切のダンマリを決め込み、集まったマスコミ陣からは糾弾の雄叫びが舞った。それを見かねた織田の双子姉弟が懇切丁寧な会見に応じて、何よりライブは最高も不手際が相次ぎ謝辞を述べた。今後は弟君でBad Aggregatersのバンマス織田ムサシが裏方に転身し切り盛りするので常態化を図ると明言し、熱狂的な女性ファンが軒並み大悲鳴を上げた。

　これを受けて今後の織田マリアンwith Bad Aggregatersの活動は、Omniレコードの新レーベル”清き川”クリアリバーレーベルを創設し、地元名古屋を起点に活動拠点を添えるとの事。そして、クリアリバーレーベルから８枚目のオリジナル新アルバム「精霊」を本日１９時から各国サブスクリプションに公開すると発表し前倒しのカードを全て出し切って誠意を見せた。そして現在オリジナル新アルバム「精霊」は各国のランキング上位を賑わし、リード曲「Will-聖者の町-」は氷山と化している共有プレイリストに次々差し込まれては、初週再生回数のバッケンレコードをたった２日で塗り替えた。

　ここ迄は、より詳細な週刊誌で取り上げられる一大トピックのあらまし速報で誰もが前乗りになる。だが俺達食いつきが激しい記者達は、そこに垣間見えた根刮ぎの深謀遠慮を語らざる得なかった。

　その背景には保全村に完全隔離された筈のウルトラワクチンを一切接種しないコレクターの存在がある。彼等はライブ見たさに発券システムに誤認証させ難避行の末にナゴヤドームに辿り着いた。ここで入場制限の掛かったパニックに紛れる筈が、愛知県県庁は幾重にも判別カメラを配置しては、観客全員の認証を特定し、安心保全第３号の諸条例で任意聴取として３７１人が確保された。保釈は２択だ、抜け出した保全村に戻す為の諸経費１０００万円を支払うか、ウルトラワクチンを即時に接種し８週間隔離病棟で経過観察されるかだ。そう平たく言えば、誘いに乗せて禁断外出の厳罰を改めて提示させられたかだ。

　ただウルトラワクチンの接種は義務ではない。憲法に迄抵触しないものの厳罰条例は５系統に渡って隙はまるで無い。それも本格第四波迄に至った新型コロノウイルス感染症の容赦無さを深く考えると、ノーウルトラワクチンのままでは、新たな派生ウイルスを拡散させる訳には行かないからだ。現時点で日本国のウルトラワクチンの接種率９９．７％で、本格第四波の脅威がここ迄政府広報で流されているにも関わらず０．４％の微増しかなく、未だ３９万人の危険な輩がいるとなると、もはやカルト教団のそれかだ。当然第五波も見据えて強硬策で狭めて行くしかあるまい。えらく冷たい様だが、それでも最低限の生活をしたければ、俺の家族経緯をどうしても考えても接種を勧める。

「意外かな、鉄平がウルトラワクチンマストだなんて。平たく言っても気に触る言い方しても、初回接種の馴染み度は危険な筈でしょう、暗に世界平和ですか」

「いやさ、鉄平だって変遷はあるさ。現在の前提では、世界中の人間が新型コロノウイルスに感染して、保全村であっても定期検診でサイレント感染しているらしいから、これはどうしても派生は脅威さ、徹底策は必要だ」

「嫌ですね、実に怖いですわ。保険証裏の自己接種シールの確認があっても、コレクターさんが偽造して野に下ってるなんて、鉄平さんの力で助けて下さいません」

「俺ですか、俺ではちょっと、」

「おいおい、何故なんだよ、鏡花さんが、不器用な鉄平にしな垂れてきてるのに、それか、詰まるか、鉄平」

「鏡花さん。ここのお話では、織田ムサシさん、どうにか現役復帰してくれ無いかしらが、女子皆さんの身を乗り出す所ですよ」

「澁谷さん、そこの相性は皆さんそれぞれですよ。確かに織田ムサシさんの、ロックテイスト・アーバンテイストのキーボードのピッチベンドの使い分けは心地良いですけど。そこは新生織田ムサシさのお姿も足されたら、なよ竹では無い、鉄平さんの様なガチガチさんの方が、私としてはどうしても楽しみでは有りません事」

「全くだ、鉄平、お前って昔から歪なモテ方するもの何だよ。全く俺の生真面目さが全素通りされて、クシャッとするよ」

「それでは、私一瀬が鏡花さんに、御丁寧に問いましょう。このガチガチでつまらん鉄平をついのお話の真っ先にされるのでしょうか。ここは母性以外でお願いしますね、てね」

「ふざけるな、澁谷、一瀬、ここで俺ががっつり話しを振られる舵取りって、そう言う肴は絶対止めろ、お前らは、本当に」

「それではお答えしましょうね。鉄平さんは慎重すぎて、二週回っては御自分躓きですから、立派なコメディエンヌでは有りませんの。女子の皆さん、その長い下りが、キュートな男子とはそうなのかしらで、大笑いですよ。ごめんあそばせ」

　鉄平大きく肩を落としては

「そうか、俺は面白いのか、はあ、」

　一瀬・澁谷・鏡花、ただ微笑ましく

「全部受けると思うなよ。改めて鉄平の半生知りたいよ。鉄平さん、ファイトですよ」

　俺が、人生折り返しでコメディエンヌの称号を貰えるとは思ってもみなかったので、どう反応して良いか困るものだが。ここは、一発ギャグ、キレリアクション、受け流し、何れも俺のスタイルでは無いし。どう話の風向きを変えるかだな。ここで時初めて不思議な響きがダイレクトに届いた。

（鉄平さん、双葉ちゃんですよ）

　そう、俺には困った時の双葉がいる。実に不謹慎だよ俺は。でもそれで、「弔い」の累計販売数にいよいよ３００万部に至って、双葉のこれからってどうなるんだろうな。そして最も皆が口を閉じがちな話題に振る。

「なあ皆、ベーシックインカムが早速先月末に口座に振り込まれて、それと連動して、出ないと思っていた会社の給料も振り込まれたのだが、この先どうなるんだろうな。俺のどんぶり勘定ではどうにもだ」

「ああ、一人一律７万円支給か。まさかここ迄最高スピードで施行されると思わなかったな。若いが出水雲雀労働大臣は出来るって事だ。ただか、何時迄会社がベーシックインカムの差額分準正成果報酬金を補填してくるか分かったものじゃ無い。一律法人税率５０％に引き上げはカウントダウン、決算報告書の対策が遅れたら一気に赤字転落だからな、会社に残るか、独立するか、早々に意思表明しないと会社組織が崩壊するからな。そう、俺の澁谷家は三人家族だから、ベーシックインカム合計２１万円に、俺の超過手当と、螢子の控除有りきのパート収入で、過不足は無いの試算だ。俺は週間春宵に残るよ、」

「うちか、一瀬家はただ切ないね。書斎欲しくて都内の一軒家を満を持して購入したから、フリーに転身しないと危ういよ。まあフリーに転身しても、仕事を選べる訳もないから、本格的にバラエティーも勉強しないとな。言っておくけど、世の中の会社の超過手当もとことんグレーゾーンだからな。養育費は上限無いと思っておけよ」

「俺か、俺は、辛うじて「弔い」の印税がかなり税金で持っていかれるらしいが、将来的な蓄えは出来そうだ。江東区の広いマンションは果林が一括購入したし、３人家族分のベーシックインカム合計２１万円に準正成果報酬金でも十分暮らして行けるから、フットワークの軽い東海快速新聞に残ろうと思う。まあ双葉の海外留学も、日々慎ましくの生活ならば足は出ない寸断の目処は着いたと果林は言うが、実感がどうもな」

「そこさ、鉄平さ、お前本気なのかよ。双葉ちゃんは左腕に差し障りあって、海外留学なんて本当不便しかないだろう。全くお前は厳格なのか寛容なのかさっぱりだよ」

「一瀬、俺は首尾一貫厳格だ。この先、家族三人で仲良くそして長らく生きていくなら、外の風を感じるのはどうしても必要だ」

「言うか、本当に言うか、鉄平は本当に残酷だよ。良いか、ウルトラワクチンの副作用に関わる関わらず、差し障りを持った子等はいるんだよ。それを親の思いつきで閉じるのはどうなんだよ、生きて行く上で愛って必要だろう、それも親の惜しみない愛情ではない、一から育む愛情も生きてゆく支えになる、それを鉄平は。そう、これは言うべきだろう、うちの阿保ぽんにして幼馴染の誠文は、受験勉強そっち抜けで、双葉ちゃんを治す為の専門医学書に齧り付きだよ。お前勉強の順序がとんでもなく逆だろうと突っ込むも、この瞬間にも医学の概念は進歩して基本だけは押さえておかないとカリキュラムに付いて行けないとさ。ここは父親としてグッと来たね、誠文その目つきと手数の多さから、何かと警察に呼びだされては、本当情けないが、慈愛一つで人間こうも変わるものかね。いやそれが正しいんだよ。なあ、鉄平、ここは強く言っておく、双葉ちゃんを何時までも箱入り娘にするのは止めろ、そして、何時か本当の愛に触れる双葉ちゃんと誠文とどうか結婚させてくれ。差し障りがどうのこうのは、お前が超える壁では無く、残酷だが双葉ちゃんの気持ちの持ちよう次第なんだよ。どうかだ、頼む」

（鉄平さん、愛情は尊いものよ。どうか理解して上げて）

　一瀬が深くお辞儀したままの中、俺の中では何がどうの優先順位が駆け巡る。

　俺は確かに酔っている、だが不思議な響きで入ってる来る鏡花さん囁きのこれは、俺は対面の鏡花さんを見つめるが、ただ微笑まれる。いやそう笑顔を求めての懇願ではないのだが、駄目だ、双葉が浮かぶと俺が張り裂け裂けそうになる。

　そう今は双葉の未来をこいつらにとんとんと話さないと行けない、どうしても。

（鉄平さん、女の子の身体の事は、思春期に絶対触れちゃ駄目よ。お父さん嫌いが、この後２８歳迄続きますからね。そうなると、ヴァジーンロードにきっと乗れないわね）

「鏡花さん、まさか、」

「おい、鉄平てば、今は双葉ちゃんと誠文の事だろう、何で鏡花さんに縋ろうとする。お前はあれか、無骨だけど、女運だけは類稀な方だから、助けて貰うつもりか、それは断じて話さん、確約を得る迄俺はとことん粘るよ」

「一瀬もやめとけ、週一のＮＥＷＥＲテレビのＮｅｗｓＴｏｕｒ迄どっぷり二日酔いでのらりくらりすると、お前のフリーの道が絶たれるぞ、ここは己をまず律しろ。そして鉄平、今から意固地になってどうする。父親として双葉ちゃんの恋人の好き嫌いはあって当然だ、仮に誠文君への好き嫌いがあっても、今から意固地になってどうする。良い機会だ、ここは良い大人に更生する機会だ、何が気に食わないか上げてみろよ。そうですよね鏡花さん」

「私は、鉄平さんが気丈にも双葉ちゃんとヴァジーンロードを歩いて、拍手喝采のところを見たいですわ。あら、何か私もいそうな雰囲気は、恐らく湖畔辺りの結婚式を遠巻きに見るのかしらね。ねえ、そう言うの素敵よね、鉄平さん」

　一気に全体重を支えるものが抜けて、俺はソファーに深く沈んだ。双葉が生まれてから、何時かは旅立ち寂しいが凄く晴れがましいだろうとは思っていた。だが双葉はウルトラワクチンの副作用で左腕に差し障りを持った。双葉も口には出さず薄々だろうが、俺は他の部位はどうなのか主治医の楠瀬一樹教授にもいざ聞いて見た。ＣＴスキャンで目立った筋肉組織の破壊は無いですが、妊娠に関しては集まった症例で九分一分で不妊の傾向が見られると。これは学会でもタブーの議題で、今はコロノ禍の最中だから表立つ事はないでしょうが、双葉ちゃんにどうしてもお話をする時が来るので、どうか冷静であり続けて下さいと会う度に釘を刺される。

　双葉は添い遂げる事は出来る、だが懐妊はその時機が来てからでは分からないでは、それは人生において幸せな事だろうか。この先も双葉の身体が若さに任せた頑強でいられる保証は、いやここは俺の全く私見だが、どうにも悲しいがほぼ無い。そんな双葉に恋愛は尊いなど、俺はそれが他人の話であっても今も普通の親の様に語れない。このコロノ禍が収束するのは大歓迎だ。だが、神は俺達に重すぎる代償を与えてしまうものだ。俺達は生活を謳歌するも、それは慎ましやかなもので逸脱した事は一度も無いと言うのに、何故。俺はＹシャツの上から十字架をきつく握りしめた。

（鉄平さん、奇跡はあるの。この先もずっと。主は遍く光を照らしています。どうか信じて）

　俺は自らの心に問うた。鏡花さんはテレパシストなのか。

（はい。主の世界で積み重ねると言う事は、私の様な人間もいます。それでも、普通に暮らせて、恋愛もできますのよ。鉄平さんの揺るぎない思い込みは、そろそろ降ろすべきです）

　俺は再び心に明かりが灯った。双葉は誰かを愛しても良いだと。俺は前のめりになり咽ぶ声を殺した。何故涙が溢れるのか、それは深い悲しみの呪縛が漸く解けたからだ。双葉は愛し愛される、今以上にもっと。

　澁谷も一瀬も鏡花さんも、奥深い事情を知らなくても、獣かの俺の挙動に何かを悟ってくれた。

「鉄平、ここの奥の間だけど、壁結構薄いから、帰り際、他の間に挨拶しておけよ。何事か全部言わなくても良いから、親バカの一言でやんわりするから、ここ必ず守ってくれよ」

「全く、俺が一大悪人みたいじゃ無いか、もう分かったよ。まずは恋愛は道なりだ、無理やりゴールを決める必要はまるで無い。悪いが俺も皆を支える。うん、いや、良いな、これ明日のＮｅｗｓＴｏｕｒの冒頭の挨拶に使うわ。って、飯のタネにするなって、これが俺達の生業だ、新たに踏み出すきっかけって。誰かがそっと背中を押してくれる一言にありがちだろう。まあ、もっとも、俺の場合三言になるけどな」

「皆さん、良かったですわね。鉄平さんが心を改めてくれたお陰で、世界中の男子対鉄平さんの終わらない戦争にならずに済みましたよ。いえ仮にでも、私は鉄平さんを擁護したかもしれませんね。ふふ」

　ここは酒が入る入らずとも、皆で今日一番の笑い声になった。何時か、いやきっと、この話は双葉に聞かせなくては行けない。俺と言う愚直な男が懺悔し、双葉に聞かせるそれまでに改心したかどうかのあらましを。双葉にもきっと光は注がれる、主と言う存在は揺るぎないのだから。

　そして、直２時間の頃合いを見計らったのと抜群のタイミングでボーイの保っちゃんが、お礼を三つ述べながら黒革の伝票帳を机の上にことりと置いた。一瀬はどうぞの目線を俺に送っては、俺はどきどきしながら黒革の伝票帳を開いた。明細にはフルセットに数量３の単価３万円で消費税１０％込みの総額９万９千円で、確かに保っちゃんの前説通りだった。いやそれでも税別３万円は日頃の立ち飲み屋にしては破格だったが、この２時間は確かに人生を潤したそのものだった。そして保っちゃんは接待費の領収書をお切りしましょうかも、一瀬が俺達はまだ個人事業主じゃないから、いつも通り明朗会計でお願いするとの、割り勘になった。

　送り祭の帰りしなの曲がりくねった廊下で、俺達は鏡花さんに呼び止められた。

「皆さん、私と黒川鉄平先生は、お別れのご挨拶を、お声が漏れ伝わった筈の棟続きの子安時雨会長と折原水面社長にしないと行けませんので、ここでお別れになります。宜しいですわね、一瀬さん、澁谷さん」

　一瀬も澁谷も、鏡花さんが改まって黒川鉄平先生と問い掛けたものだから、著書「弔い」に関するものかで、どうか絞られて来いだった。

　子安時雨会長は日本先進医師会会長。女子も大学病院に長らく勤め札幌先端医学大学病院総長に新元号と共に就任した。准教授時代より何かと医学会に苦言を呈し、各種ステータスのグレードの随時改正案の先進性はやがて一大グループを成して日本先進医師会を束ねては、日本医師会に大きな影響力を与えるに至った。地元北海道における新型コロノウイルス感染症の新トリアージの北海道判別方式は今や標準治療に至る。その先々の先見性も、新生内閣への期待は如何程に言及すると、坊ちゃんが総理大臣なら是も非も有りませんと、まあ幼少よりの身贔屓が入れば、いや結束が固いのならば、俺も懐に入るべきかもしれない。いや、お相手はパーフェクトな医師だ。読まれたであろうの双葉の事で口火を切ったらどうしようもなく泣き付かれるは、鏡花さんに目配せして素早い退席しかないか。

　折原水面社長は折原シンクタンク社長。一介の市中銀行の折原二百二国策銀行のしかも関係会社が、国の根幹を大きく変容するベーシックインカムの草案に関わったが如何わしすぎる。折原水面社長は人づての評判では至って柔和な人物らしい。それがこのコロノ禍に置いて何故リベラルでさえも躊躇するベーシックインカムに積極的になるか、確かに生活費の担保は出来ようも、遊興費は明らかに削がれる。ここは師弟関係の出水雲雀労働大臣に突撃したが、このコロノ禍で生活変容は止む得ないと、僅かな幸せも疎かにしなければ経済は新しい道筋を見つける事でしょうで終わった。これは明確な思想を慮ってしまう。そう確かな思想集団は把握出来ないもののそれは存在する。面通しで揺さぶって、微かな人物が上がれば本望だが、そこ迄甘い人物とは思えない。ここは次の機会に繋げる算段を進めるべきか。

　ここで、鏡花さんに右腕を軽く三度叩かれた。物騒はどうしても止めなさいにもなろうか。いや、鏡花さんのギフトはこれはこれで有り難いものだが、それはどうにか違った様だ。仕事用のポーチから丁重に出されたのは真っさらな封筒だった。そして改めて畏まっては、俺にどうか丁重にであった。

「これは、私達の先生からの招待状です。何時か鉄平さんが群青にお越しになるであろうから、その時は一報を入れ、送った招待状を必ずや直接渡す様にときつく言いつけられています。どうかお受け取り下さいませ」

「鏡花さん、今暫しです。忍んで皆に見せられない招待状の主とは、私でも躊躇してしまいます。これはまた別の機会にしましょう」

「いいえ、お国を憂い、財力も有り、方々を思いやれる先生はどうしても一人になります。鉄平さん、過去の事象で朧げに現れたある方と、どうかお察し下さい。過分を含んだ招待状ですので、見た目は白封筒ですが、鉄平さんの大きな転機になるかと思いますので、御自宅に戻られたらどうか熟読下さいませ」

　俺は酷く躊躇った。コロノ禍のこれまでの荒場に深く関わった、影さえも酷く朧な人物が、俺に接してきた。高級クラブの群青には何れ来たるはその通りだろうが、その佳人の使者もまた余りにもの人材だ。俺の何処にどう気になったのか、やはりその先生に会って模範解答用紙を見比べなければならないのか。