第4話 おてんば姫の登場
晴れて俺に3人の部下ができた。ハンゾウ、キキョウ、ムネノリの3人である。彼らには俺の家に住み込みで働いてもらうことにした。というより、俺の家以外住むところがないのである。
3人には、俺が内務長官という役職にあると話してみたが、やはりピンと来なかったようだ。とりあえず凄い人という認識で、尊敬の眼差しを送ってくる。俺としては、何をする人なのか理解できるようになってほしいんだけどね・・・。3人はなんだかんだ家事を俺に一切やらせず、3人が代わる代わるこなしていた。意外なのは、ムネノリがダントツで料理の才能があったということである。むしろ、一番ひどかったのは、キキョウであった。どうやら細かいことは気にしない性格が原因のようだ。
我が家は全6部屋である。残り2部屋を埋めてから本格的に動き出そうか・・・なんて考えていると、国王ティアネスより手紙が届けられた。簡単に述べると、王女ナルディアが訪ねてくるかもしれないということであった。なんでもダルニアに圧勝したという話をしたら、物凄い勢いで余が倒すと出ていったそうな。ひとつよろしく頼むと添えてあった。よろしく頼まれねえよ!って一人でツッコんでも仕方ない。そもそも王女なんていたんだ・・・。
そうこうしていると、ドアがノックされる。どうやらすぐのお出ましのようだ。近くにいたキキョウが要件を伺いに行くと、王女と聞いてすっ飛んできた。
「ジーク様っ、すっごく綺麗な王女様が来たよ!」
明らかに興奮した様子で俺にそう告げる。やはり王女のお出ましのようだ。
服装を整えて下に降りると、王女が座っていた。その隣にはメイドと思われる女性が立っている。王女は日本人的な美しさを兼ね備えた人だった。黒髪の長髪で長身のすらっとしたスタイルながら見るからに鍛え抜かれた身体。ちょっと不釣り合いな緋色の目をしていた。これにドレスや着物なら目を見張るものがあるのだが・・・残念ながら白銀の鎧を身にまとっていた。ハンゾウやムネノリにいたっては、ほえーと見惚れている。
「お待たせいたしました。私がジークです」
「余はナルディアである。よろしく頼むぞ」
話し方は、清楚系とは無縁であった。
「え、あ、はい、ナルディア様。それで、本日のご用件は一体?」
「うむっ。貴様・・・ダルニア相手に一瞬で勝利したというのは誠か?」
あーこれは手紙の通りの展開になりそうだ。
「ええ、模擬試合ですが、確かに」
「そうか・・・ならばこのナルディアとも勝負してもらおう」
ほらね。やっぱり。
「いやです」
「なっ、余の命令が聞けぬというのか」
俺の否定に若干うろたえている。なんというか、典型的なおてんば娘なのだろう。
「ジーク様、お嬢様がお願いされているのです!」
おっと、隣のメイドまでこの無礼者と言わんばかりに乗っかってくる。あえて一度否定しておいた方が、安く見られないで済むからね。仕方なく折れたと雰囲気を出しつつ俺は条件を提示する。
「どうしてもとおっしゃるなら条件をつけましょう」
ナルディアは望むところだとばかりに言ってみろという。
「そうですね・・・負けたら私の言うことを何でも聞いてもらいましょう」
なっ・・・とその場にいる人はみんな思ったことだろう。特にナルディアは衝撃を受けているようである。おまけに顔を赤くしながら・・・なんでだよ。
「むぅ・・・し、仕方がないな。もしも余が負けたなら、ジークのいうことをなんでも聞こうじゃないか。・・・よ、嫁にでもなんでも迎えるがよいぞ」
段々と声が小さくなっていた。最後らへんなんてぼそぼそと何を言ってるのやらという具合である。ツンデレってやつだろうか。
「わかりました。では、裏庭でどうでしょうか。審判は、ダルニアに任せましょう。ダルニアを呼びますのでしばらくお待ちを」
俺はふっと言いたげな態度でそう言い放つと、ナルディアはわずかにムッとしてよかろうと返してきた。
それからしばらくして、ダルニアはやってきた。息が切れているところを見ると、相当急いできたのだろう。
「はぁはぁ・・・っ。ナ、ナルディア様、これは一体どういうことで」
「おお、久しいのダルニア。ご苦労である。単にお前を倒したというジークを見定めるために来ただけの話じゃ。心配するでないぞ」
うわ、ダルニアが見るからに勘弁してくれよという表情をしている。苦労してきたんだな・・・。
「まあ、ダルニア、そういうことだ」
俺はコホンと咳払いしてそう告げる。
「ナルディア様の願いだからな・・・。承知した。立会人は僭越ながら不肖ダルニアが務めさせていただこう」
満足げにナルディアが頷く。そこでダルニアはあることに気づいた。
「ナルディア様、獲物はどうされました?」
獲物・・・?ナルディアは剣を持っているようだが、どうやら別の武器を使うのか。ナルディアは、はっとしたような表情になっている。
「む、しまった。城に忘れてきてしまった」
おいおい、どんだけ抜けてるんだ。
「すまぬがテリーヌ、余の槍を持って参れ」
「かしこまりました。お嬢様」
そういうとテリーヌという名前らしいメイドが我が家を後にした。やることが山積みなのに、無駄な時間ばかり流れている。仕方ないので、ナルディアにいろいろと聞いてみるにした。俺が目を向けると、ナルディアは恥ずかしそうに目を伏せた。
「ナルディア様、時間がありますのでいくつか質問させていただいても?」
ナルディアはもちろんと快諾してくれた
「この国の軍制度はどうなっているのですか?」
ダルニアから騎士団に関する情報は聞いている。騎士団はいわば国王ティアネスの親衛隊という位置づけである。となると、別に軍隊がいると見て間違いがないだろう。ダルニアほどの立場でも軍の全容は知らないという。このナルディアならば・・・と思って質問した。
「ほう、軍とな・・・守備軍があるのはわかっておろう?」
「もちろんです」
「うむ。その他には父上直属の騎士団に一軍と二軍がある。 騎士団については省略するぞ?」
俺は頷く。
「うむ。各城にある守備軍は、城を守るための最低限しか揃えておらぬ。では、攻めるとき、守るときにどうなるのか。そこで活躍するのが一軍と二軍である」
なるほど。一軍と二軍は遊撃隊として自在に動くということか。実質的にシャルナーク王国はこの2つの軍によって成り立っていると見て間違いないだろう。
「規模はどの程度なのですか?」
「そうじゃのう・・・一軍は5万、二軍は10万といったところだろうか」
合計15万人か。各地の守備軍を入れたら約20万人くらいかもしれない。
「把握しました。ちなみに兵種はどうなっていますか?」
「それについては俺が教えよう」
話を見守っていたダルニアが口を挟む。
「ああ、頼む」
「どこの国も大体前軍、中軍、後軍という構成で成り立っている。前軍には歩兵隊、騎馬隊といった前衛部隊が配置されている。中軍には主に弓隊、魔導師隊という遠距離部隊が中心となっている。後軍には本陣、補給部隊、予備兵力が控えているというわけだ」
魔導師隊以外は概ね常識的な構成である。魔導師隊は魔法を使って攻撃するので間違いないだろう。踏み込んで聞いてみることにする。
「ちなみに魔導師隊っていうのは、どのようなものなんだ?」
「魔導師隊ってのは、我が国でいえばデルフィエ様を長とした部隊のことだ。もちろん魔導師の総数は圧倒的に少ない。だから、戦局に大きな影響を与えることは少ないが、局地的には大きな影響を与える部隊かもしれん」
「局地的っていうと?」
「魔法攻撃は範囲が飛距離こそあるものの殺傷能力がそこまで高くない。発動に時間がかかるうえに一度の魔法でせいぜい倒せても10人くらいだ。シャルナークの狼と呼ばれるデルフィエ様でも一度に100人が精一杯だろう」
「そうか。ちなみに一日に何発くらい打てるんだ?」
「俺は魔導師じゃないから詳しくはわからないけど、10発打てれば大したものだと聞いたことがある」
この世界の魔法は思ったよりも発展していないようだ。俺の知ってるものに例えると、大砲や大筒に近いものかもしれない。弓矢より殺傷能力があるものの、使いどころが限られる。さらに絶対数が少ないということは、闇雲に魔導師を出しても大きな成果をあげることはできない。指揮官の手腕が大きく問われる兵種かもしれない。
さらっと言ってたけど、あのデルフィエってシャルナークの狼とかいう物騒な二つ名を持ってるのか。今度本人に聞いてみることにする。
こうして俺はこの国の軍容を把握しつつも雑談をしていたところ、テリーヌが槍を持って戻ってきた。白銀の槍である。ナルディアの白銀の鎧に実によく似合う。士気を高揚させるためにうってつけなのではないかと思った。
「では、気を取り直して、試合をおこないましょう」
ダルニアがしきり直す。ナルディアは待っておったぞとばかりに戦意をみなぎらせる。対して俺は、てきとーにやるかという具合である。
俺とナルディアは一定の距離をとって獲物を構える。
「ジークよ、怪我をしても恨むではないぞ!」
余裕しゃくしゃくとナルディアは宣言する。何言ってんだあの女・・・。俺はダルニアと戦った時に勇者補正があるとわかっているため、負ける気がしない。
「ルールは言うまでもないが、殺すことは禁止である。また、魔法の行使も禁止する」
俺とナルディアがもちろんと頷く。
「よろしい。それでは始め」
始まるや否やナルディアが走って突っ込んできた。いきなり攻めてくるとは思っていなかったため、思考が一瞬停止してしまった。
俺は剣を身構える。それを見て、ナルディアは俺の胴をめがけて突きを放ってくる。俺は槍の穂先を剣で対処する。
カーン
甲高い金属の音が響いた。家の窓から俺を見ているハンゾウたちが驚きの声をあげる。キキョウに至っては、きゃーと言わんばかりだ。
「ふっふっふ、どうじゃ余の槍さばき。降参するなら今だぞ」
ナルディアが得意げにそう俺に告げる。俺の剣がナルディアの槍の勢いに負けて折れてしまった。正直、俺も驚いている。このナルディアっていう王女、どんだけ力あるんだよ。仕方ないので、俺は剣を捨てて素手で戦うことにする。
「なっ、貴様、馬鹿にしているのか!おのれ・・・降参しないのであれば容赦はせぬ」
どこの悪役だよっ!
ナルディアが高速で突きを繰り出してくる。俺はかろうじて避ける。
「っと、あぶねぇ。こんなの当たったら死ぬって」
思わず口に出してしまう。それからナルディアが槍を繰り出すこと十数発。なかなか俺が槍を食らわないことにイライラを募らせていた。
「ええい、なぜ当たらぬのじゃ」
ナルディアのイライラが募るにつれて攻撃が粗くなっている。俺が付け入る隙はここにある。
「ナルディア様、武器も持たぬ私になかなか攻撃を当てられないようですね」
ちょっと挑発をしてみる。すると、面白いように怒り始めた。
「おぬし、よくぞいった。もう我慢ならぬ。余の全力を見せてやろうではないか」
「なっ、ナルディア様、あれを使うのは」
審判のダルニアが思わず声をあげる。
「うるさい。余はもう決めたのじゃ。じゃが、殺しはせぬ。安心せよ」
よし、かかった。俺は内心微笑む。槍というのは、合戦においては絶大な攻撃力を発揮する。剣や刀など手も足もでない。だが、個人戦になると話は別である。懐に入られると脆いことから、槍の使い手は少ない状況にある。そういう意味で、この王女ナルディアは間違いなく達人で、この国屈指の強さなのではないかと思った。ダルニアは剣の使い手だから容易に比較することはできないものの。
ナルディアは一歩引くと槍を構え直して、溜めている。渾身の力で攻めてくるので間違いない。
「いくぞ。はぁあああああ」
ナルディアの槍が俺に向かってくる。あまりの速さに対応ができない。完全に避けることは難しそうだ。俺の脇腹をナルディアの槍がかすめる。かすった程度の認識だったが、いざ見てみると完全に切れていた。俺の左わき腹が熱くなっている。
「ぐっ・・・」
思わず声が漏れてしまった。出来るだけ早く治療しないと失血死するかもしれない。意を決すると俺は脇腹をえぐったナルディアの槍をぐっと掴む。
「なっ・・・う、うごかないだと」
ナルディアは俺に掴まれた槍を引き離そうと必死に引こうとしている。しかし俺の力を前にびくともしない。
「むん、おりゃあああ」
俺は全力で槍ごとナルディアを持ち上げて投げる。えっ、えっ、とばかりにナルディアは混乱している。
ドサッ
ナルディアが地面に落ちる音がする。この状態でもなお槍を離さない執念はなかなかのものだ。
「そこまで、この勝負は引き分けとする」
ダルニアは引き分けを宣言する。これ以上の続行は危険と判断したのだろう。
それもそのはずである。俺の力が段々と抜けてきているからだ。このままではまずい。
「テリーヌ、ジークを治療してやるがよい」
ナルディアがテリーヌにそう命じる。テリーヌは近づいてきて俺の傷口に手を当てるとすっと傷口が塞がった。
「うむ。どうじゃジークよ。余のテリーヌは優秀じゃろう?」
ナルディアがとても自慢げなのは腹立つが優秀なのは間違いない。どうやらテリーヌは治癒魔法が使えるようだ。
「お嬢様、この程度のこと、メイドならば当然です」
テリーヌは謙遜してそういった。このメイド・・・何者なんだ。
「大丈夫か、ジーク」
ダルニアが心配そうに声をかけてくる。後々聞いた話では、俺が転生してくる前はダルニアがよく手合わせしていたそうだ。槍の使い手というだけあって、剣とは相性が悪く、ダルニアもなかなか勝つことができなかったという。
対槍の立ち回りが今後の課題だと明らかになった。
「ジークよ。余を相手に引き分けたのはおぬしが初めてである。むろん、投げられたのも初めてじゃ。おぬしのことは認めよう。もしなにかあれば余を頼るといい」
俺はこくりと頷き、手を差し出した。なんじゃそれ?とナルディアは言っていたが、意味が分かったのだろう。手を差し出して、お互いに握手を交わす。
「なんじゃこの儀式は・・・。 じゃが、不思議と悪い気はしないの」
「これは握手というもので、自分の国にあった習慣です」
「おお、そうか!今度はおぬしの国のことをたくさん聞かせてくれぬか」
もちろんと返事する。
今日の収穫は、勇者補正があっても圧勝できないということであった。まあ、使う機会がなければ問題ないんだけどね。というわけで、今必要な情報の収集とハンゾウたちの教育に力を入れることにした。
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