第5話 教育をしよう
諸国は無名の内務長官を知るべく、諜報員を増やして慎重に動向を見守っていた。しかし、一向に動きがないことから、攪乱情報かと各国は訝しむのであった。
それもそのはずで、内務長官という役職は、ジーク自らが行動を起こさない限り何も起こらないのである。軍部、財務部、教育部、魔導部といった政府機関の長官は健在であり、ジークが動かなくても内政上なんら問題が生じていないからである。
ーーーーー
俺が内務長官に就任してもうすぐ一か月が経過する。その間にジークは情報収集と教育を行ってきた。
わずか一か月ながらも、部下の3人となぜか毎日入り浸るナルディアはめきめきと知識を増やしていた。武技の訓練については、ダルニアが休日に、ダルニアが来れない日はナルディアが3人をしごいている。最初は休日のダルニアがいるときにおこなっていたが、武技の訓練ならば余に任せよとばかりに訓練をおこなうようになった。
ナルディアはいい暇つぶしが見つかったとばかりに嬉々と指導している。
いま俺はその様子をひっそりと見ている。
「よいか、おぬしら。今日は家の周りの走り込み100周からじゃ」
「ええーナルディア様、100周は多すぎませんかー?」
キキョウが不満げに訴えている。
「つべこべいうでないわ。ムネノリを見てみよ。いつも淡々とこなしているではないか」
確かにムネノリは淡々と物事をこなす人であった。芯の強い子なのだろう。口数が少ないのが難点だが。
「だってさー」
「ええい、だってもなにもないわ。よかろう、そこまで不満があるなら追加で10周じゃ!」
ナルディアに反抗すると大体こんな感じである。ハンゾウが呆れた目で妹をなだめる。
「キキョウ、俺たちが強くなるためなんだ。な、頑張ろう」
ぷくーっと拗ねながらもキキョウは従う。3人が走り出たところを見計らって、俺はナルディアの近くに行く。
「よう、ナルディア。いつも悪いね」
呼び捨てでいいの!?と思った人もいることだろう。いいのである。だって、ライバルと書いて親友と読むのだから。
「おお、ジークか。気にするでない。退屈な王城と比べれば遥かに楽しい。それにおぬしの教える経済や経営戦略?といった学問はちと小難しいが面白い。余の方こそ礼をいう。おぬしのおかげで毎日が新鮮である」
ちょっと恥ずかしい気分になる。でも、王女が広い視野で体系的な知識を持つのは将来大きな資産になることだろう。シャルナークを強国にするためにも、王女の成長は好都合なのである。あ、そうそう、このナルディアって俺より少し年上らしい。子ども扱いするとすぐ怒るから、たまにからかい半分で指摘するに留めている。
「で、ハンゾウたちはどうだ?見どころはあるか?」
ナルディアは槍を立てて、ハンゾウたちが走る様子を見つめている。
「そうじゃのう、ハンゾウは可も不可もなくというところだろう。 キキョウは・・・余が一番目をかけておる。あやつは槍の才能があるかもしれん。ムネノリは真面目じゃが、あまり得意ではなさそうだな」
「へえ、まさかキキョウが一番才能あるとは・・・これは驚いたな」
「余も同感である。あれは将に向いているかもしれん」
ナルディアの感想を聞きながら、俺はメモに書き込む。メモに気づいたのかナルディアが聞いてくる。
「ジークよ。なんじゃそれは」
「ああ、これは3人の成長をまとめたものだよ」
「どれ、余にも見せよ」
といいながらナルディアはのぞき込んでくる。ちょっと距離が近い。ナルディアは頬を少し赤くしながらメモを見つつ俺の横顔の間をチラチラと見ていた。
俺はせっかくだからとナルディアにアドバイスを求めた。
◇◇◇◇◇
氏名:ハンゾウ
性格:真面目、面倒見がいい
方針:諜報能力向上
武技:30点/100点
座学:35点/100点
統率力:40点/100点
社交力:〇
諜報力:◎
全体的にそつなくこなしているという印象がある。性格についてもさすが長男というところだろう。諜報力は、ハンゾウのみに設けている項目だ。ハンゾウと最初に出会った日、俺やダルニアに気づかれず様子を伺っていたことから、情報を集める能力があると見込んでいる。まあ、ハンゾウという名前からして、諜報させる気満々なんだけど。
武技というのは、その通り武力に直結する項目である。なお訓練は毎日午前におこなっている。武技の点数については、たったいまナルディアが記入している。
座学というのは、主に知略に通じる項目である。講義は毎日午後に俺が一通りの学問を教え込んでいる。点数はもちろん俺の主観である。
統率力というのは、主に軍を統率に向く性格かを見た項目である。これは特別誰かが教えているわけではない。一緒に過ごしているなかで適正を見ている。ナルディアのアドバイスを参考にしつつ主観だ。
社交力については説明するまでもないだろう。どこまで人と上手く関わることができるかという項目である。これについては×、△、〇、◎で表していて、もちろん俺の主観だ。×でさえなければ、大きな問題はないだろう。
氏名:キキョウ
性格:大雑把、豪胆
方針:武技、統率力の向上
武技:68点/100点
座学:15点/100点
統率力:60点/100点
社交力:◎
キキョウはナルディアの指摘したように将軍向けの才能に溢れている。座学の点数をあげることが大きな課題である。
名前:ムネノリ
性格:寡黙、冷静沈着
方針:座学の向上
武技:15点/100点
座学:72点/100点
統率力:7点/100点
社交力:△
ムネノリは座学がずば抜けていた。その代わり、他の部分はおざなりである。料理が得意なところを見ても記憶力や繊細な作業が得意なのだろう。社交力は、必要最低限といったところだろうか。
◇◇◇◇◇
「ジーク・・・おぬし意外と良く見ておるのじゃな。 見直したぞ」
ナルディアはメモを感心しながらめくっていた。
「そりゃどうも。まあ、こいつらは俺の部下であり家族みたいなものだからな」
「たしか、もともとは農奴であったのだろう?」
「ああ。言いたいことはわかる。農奴でなぜこれほどと思ったんだろ?」
ナルディアがうむと答える。
「俺はさ、生まれもっての才能に身分は関係ないと思ってる。あとは、その才能を伸ばしてやる場所を用意するだけだ。その場所でどこまで伸びるかは、本人次第。一つ言えるのは、未来さえ見えなかった農奴という暮らしから抜け出すために、3人とも必死ってことだよ」
ナルディアは、ほえ~と言わんばかりに俺の横顔を見つめている。
「おぬし、見た目は可愛らしいのに、予想せぬことを言いおるの」
「可愛いってなんだよ」
「ん?不満か?お姉さまである余から見たらおぬしは可愛い弟じゃ。じゃがのう、おぬしも立派な男なのじゃな」
何をいまさらと目線を向けると、ナルディアはぷいをそっぽを向いた。お姉さまとか言ってるんだが・・・。
そういえば、ナルディアの話し方ってすごく老け込んでるよな。淑女というより老人の話し方じゃないか?俺はいまさらそれを認識した。
俺とナルディアが話し込んでいるうちに3人が戻ってきた。息も絶え絶えとはまさにこのことである。
「3人ともご苦労さん。思ったよりナルディアはスパルタだな」
というと、そうなんですよという目線をキキョウが送ってくる。
「おぬしら、たかが走り込みじゃ。音をあげるでない。 これから素振り1000回。よいな」
「「「ええーー」」」
お、ムネノリも声をあげている。それだけ厳しいのか・・・。少し同情する。
こうして午前は過ぎていった。ナルディアがここにいるときは、メイドであるテリーヌが毎日昼食を用意している。テリーヌの作る手料理は逸品の一言に尽き、みんなすっかりファンとなっていた。
ーーーーー
午後になると、俺が中心となって講義をおこなう。他国の動向などは、行商人を講師に招いて教えてもらっている。もちろん行商人への報酬は支払い済みである。
行商人たちの話でわかったことはいくつかある。この大陸には5つの国家があるということだ。
シャルナーク王国はいうまでもなく、ウェスタディア帝国、サミュエル連邦、べオルグ公国、ツイハーク王国の5国である。
「さて、今日はまず、世界情勢を把握することから始めようか」
1ヵ月の成果として各国の情報をまとめることにした。ハンゾウ、キキョウ、ムネノリ、ナルディア、おまけでテリーヌの5人が思い思いに手をあげて指摘する。
2時間かけて5か国の特徴がまとまった。
◇◇◇◇◇
シャルナーク王国
国王:ティアネス・シャルナーク
政治形態:君主制
首都:へルブラント
拠点数:12城
方針:大陸統一
隣国:サミュエル連邦
主流通貨:シャルナーク金貨、ウェスタディア銀貨、メイプル銅貨
ウェスタディア帝国
皇帝:ネルブライト
政治形態:君主制
首都:アルナイル
拠点数:41城
方針:大陸統一
隣国:ツイハーク王国、サミュエル連邦
主流通貨:ウェスタディア金貨、ウェスタディア銀貨、メイプル銅貨
サミュエル連邦
総統:ニクティス
政治形態:共和制
首都:ミスリア
拠点数:33城
方針:大陸統一
隣国:すべての国家
主流通貨:サミュエルドル
べオルグ公国
元首:クレール
政治形態:君主制
首都:パトリシア
拠点数:7城
方針:領土保守
隣国:サミュエル連邦、ツイハーク王国
主流通貨:サミュエルドル
ツイハーク王国
女王:アスタリア
政治形態:君主制
首都:ツイハーク
拠点数:8城
方針:領土保守
隣国:ウェスタディア帝国、べオルグ公国、サミュエル連邦
主流通貨:ウェスタディア金貨、ウェスタディア銀貨、メイプル銅貨
◇◇◇◇◇
「よし、ひとまずこんなところかな?比較して特徴をあげていこうか」
俺がそう講義を展開すると、ナルディアが勢いよく挙手した。
「お、ナルディア、なにかあるか?」
「余はサミュエル連邦だけ妙に変わった国だと思っておる」
「というと?」
「政治形態と通貨が独特だとおもっての」
「うん、その通りだ。さすがはナルディア」
「うむ。もっと褒めよ」
えへへと聞こえてきそうなくらい良い表情をしている。さっそく俺の話したい内容があがったから、より深めることにする。
「それじゃこれまでの復習だ。 君主制と共和制の違いを・・・ハンゾウ、答えてみ」
え、俺?って顔をしたハンゾウが立ち上がる。
「えっと、確か君主制が国王や皇帝を中心とした政治体制で・・・共和制は・・・君主がいない国?だと思います」
「うん、概ね正解だ。 君主制はその国の王や皇帝、貴族が治めている国をいう。 それに対して共和制は国民によってえらばれた代表者が治める国をいう。もっとも、サミュエル連邦の場合は、いくつかの地域の代表者の中から選ばれているようだけどね」
この説明に疑問を思ったのかテリーヌが質問する。
「ジーク様、その説明の場合、サミュエル連邦は共和制と言えるのでしょうか」
おお、良いところ指摘するじゃないか。
「さすがテリーヌ、その通りだ。共和制と言いながら実際は君主制に近いのだろう。総統こそ各地域の代表者の代表者が決めているが、その各地域の代表者は民衆が決めているらしい。ということを踏まえると共和制で問題ないと俺は考えている」
ありがとうございましたとテリーヌは席に座る。政治形態の理解は問題なさそうだ。次に通貨の話をしよう。
「さて、次は通貨について考えていこうじゃないか。この大陸に流通する通貨の発行元はどこだっけか?キキョウ答えてみろ」
キキョウが一気に挙動不審になる。目を逸らしながら立ち上がる。
「えっと・・・わかりません」
・・・。コメントに困るってこういうことだよな。
「うーん、なら知ってる通貨ならどうだ?」
キキョウの顔がぱあっと明るくなった。
「えっとね、メイプル銅貨!」
(((え、それだけ?)))
キキョウ以外の皆の気持ちが一致した。横からハンゾウが救いの手をのばす。
「シャルナーク金貨やウェスタディア銀貨もあるだろ」
「え、あ、あー。うん。シャルナーク金貨とウェスタディア銀貨もありますっ!」
半ば苦笑いしながら俺はさらに深堀りする。
「では今度はムネノリに聞いてみよう。これらの通貨はどこが発行しているんだ?」
ムネノリは寡黙だが、こと座学においては優秀である。
「通貨の名前にある各国が発行している・・・と思います。でも、メイプル銅貨だけはどこの国かは・・・ごめんなさい。わかりません」
「いやいや、謝らなくていい。ムネノリの言うとおりだ。では次、メイプル銅貨はどこが発行しているかわかる人」
テリーヌが手をあげる。
「メイプル銅貨はツイハーク王国が発行しています。なぜメイプルかというと、ツイハーク王国の建国の勇であるメイプル公を偲んで名付けられたと言われています」
さすがはテリーヌである。ナルディアが講義を受けている間は暇だからということで同席しているが、優秀さが際立っている。
ちなみに、金貨、銀貨、銅貨は金山、銀山、銅山を有する国々が発行している。金山等の資源を持つ国は相対的に財政的優位を得ることができる。我が国の場合、銀山や銅山を持っていないことからウェスタディア銀貨、メイプル銅貨という外国通貨を導入しているというわけだ。
「へえ、そういうことだったのか。俺も知らなかった。 さすがテリーヌ。勉強になったよ」
「いえいえ、少しでもお役に立てれば幸いです」
「ところで、サミュエルドルは紙幣というのは本当なのか?」
「ええ、紙幣で間違いないでしょう」
俺が行商人たちの言っていた噂をテリーヌに聞いてみた。どうやら本当のようだ。
サミュエル連邦が共和制を敷いていることといい、紙幣を発行していることといい、明らかに時代錯誤な匂いを感じる。もしかしたら俺のような転生者がいるのかもしれない。要注意だろう。
「先生、紙幣というのはなんでしょうか」
ムネノリが俺に対して質問する。ちなみに俺を先生と呼ぶのはムネノリだけだ。
俺はできるだけ噛み砕いて紙幣のことを話した。紙でできたお金であること。そのお金の価値は国家の信用でもって成り立っているということ。おそらくサミュエル連邦は金本位制を採用していることだろう。戦乱の世にあって国家の信用というものは一定ではないためだ。
というような話をしていると当然金本位制って?という質問が飛んでくる。簡単な話、その紙幣と同じだけの価値ある金を国家が保有するということだ。その利点として、金貨が流通する過程で発生する摩耗を抑えること出来る。また、相場の安定性、鋳造コストの削減という意味でもメリットがある。その反面、国家の保有する金が無くなれば単なる紙切れになってしまうのが弱点である。通貨の流通量をコントロールできない国家には導入できない方法だろう。
「さて、大体はこんな感じだ。ほかに質問ある人いる?」
俺の呼びかけに誰も反応しない。金本位制の話についてこれたのは、どうやらムネノリとテリーヌだけだったようだ。
「うん、そんじゃ今日はこれでおしまい。買い出しして晩御飯にするか」
「「「はい!」」」
こうして俺たちの一日は幕を閉じた。
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