第3話 仲間を探そう
ジークという無名の人物が内務長官に就任した。この報告は、諜報員によってサミュエル連邦、ウェスタディア帝国に驚きをもって伝えられた。波乱を予感させるかのように。
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闘技場で内務長官の任命が決まった俺は、へルブラント城近くに大きな家を与えられた。いざその家を訪ねてみると・・・立派も立派。2階建てで部屋が6個もあるうえに客間も完備である。部屋に備え付けられていた鏡を見て、俺は初めて自分の体を目にした。
身長は170㎝、容姿はショタコン?属性を誘発しそうな童顔である。年齢は、20歳程度だろうか。日本ではThe普通であったことを考えると、驚くべき変化である。本当に俺か?ってことで頬をつねったりバカみたいなことをして確かめる。やはり俺の身体だ。勇者補正おそるべし。
日本との違いにジーンとしていると、ダルニアがやってきた。ダルニアとはすっかり仲良くなり、俺のことをジークと呼ぶまでになった。
「おうジーク、邪魔するぞ」
「待ってたぜダルニア。助けてくれ!頼むっ」
俺は颯爽とダルニアに頭を下げる。なぜ助けてくれとなったかというと、この世界のことが右も左もわからないからだ。
「あ、ああ、そうだろうな。大体は検討がついている。どれ、街に出ようじゃないか。案内しよう」
あまりに鬼気迫った様子にダルニアが若干引き気味である。
「さっすがダルニア!悪いね。恩に着るよ」
こうして俺とダルニアは王都へルブラントの街に繰り出すことにした。いざ歩いてみると、立派な王城に石畳の通り、商店も数多く並んでいた。庶民の暮らしが困窮しているというのがにわかに信じられない。おそらく都市部との格差が深刻なのだろう。どげんかせんといかん。とばかりに俺は頭を巡らせる。
課題は山積みである。でもまずは、生活するためのものを揃えなくてはならない。商店を見つつ、へルブラントを隅々まで見て回った。
食料や衣類、雑貨、当座に必要なものをあらかた揃えることができた。この間にわかったのは、シャルナーク金貨、ウェスタディア銀貨、メイプル銅貨という通貨が流通しているということである。メイプル銅貨がどんなものかはわからないが、どっかの国が発行している通貨なのだろう。この世界の金融がどのように成り立っているかは、おいおい調べる必要がありそうだ。
なんて考えていると、どんっ、誰かとぶつかる。いけないいけない。考え事しすぎたようだ。
「おっと、すまないね」
「いやいや、いいってことよ」
とぶつかった少々服装が汚らしい青年がそう告げて去ろうとする。
「おい、お前さん、懐にしまったものを出してごらん」
ダルニアがその青年の手をがっちりを掴んで離さない。この展開は、間違いなくそう、スリだ。
「ちっ、離せってんだよ」
青年がダルニアに殴りかかってくる。あーあ、相手が悪い。ご愁傷様。
案の定、ダルニアはその青年をスパンッと地面に投げた。すっかり動けなくなった青年を前に、ダルニアは懐から俺の財布を取り出してくれた。
「ったく、お前ほどの使い手が油断しすぎじゃないか?」
ごもっともである。
「いやー悪い悪い。ありがとう」
「まあ、王都の治安を守るのは俺の仕事のうちだからいいけどよ。さて、こいつはどうする?何もないなら俺が連れていくが」
「まあ待ってくれ。ちょっと聞きたいことがあるから、俺の家まで戻ろう」
俺の読んできたラノベ的に、この青年は俺の仲間になるだろう。きっとその展開になるはずだ。というか、そうしてやる。
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その青年はダルニアには勝てないと観念したのか大人しくついてくる。どうやら治安部隊の駐屯所に突き出されないだけましと判断したようだ。格好こそみすぼらしいが、身長は俺より少し高く、農耕で鍛えた立派な身体をしている。
俺の家の前まで来ると、その青年は茫然として目で前方を見ていた。
「おい、もしかして・・・これがあんたの、いえ、あなたのご自宅で?」
お、敬語になった。殊勝なもんじゃないか。
「うん、そうだよ。これが俺の家。って言っても今日住み始めたばっかりだけどね」
すっかり青年が青ざめてしまっている。自分はとんでもない人に手を出してしまったのだと。
「とりあえず、入って。詳しくは中で話そう」
こうして俺とダルニア、青年の3人は家に入った。ダルニアは逃亡を警戒してか、扉の前に立っている。さすがは優秀な武人である。
「さて、君はどうして俺の財布を取ろうとしたんだい」
優しく聞いてみることにする。すっかり萎縮してしまった青年は、ぽつりぽつりと語り始めた。
この青年は名前を持たない農奴だったらしい。農奴とは奴隷と農民を併せ持つ存在だ。これで、この国が領主から成る封建制ということがわかった。
農奴の子として生まれ、4兄弟の長男として気丈に振舞ってきたらしい。領主にいじめられても我慢して日々農耕に従事していたようだ。だがある日、自身の姉である長女が領主に連れてかれて戻らなかったという。心配していたが、自分ではどうにもならないと諦め、帰ってくる日をいつまでも待っていたようだ。そんな中、噂で姉が農奴として奴隷商人に売り飛ばされたということを知った。
彼の気丈な心がパキッと折れた瞬間であった。もうこんな生活はいやだ。きっと王都にいけばなんとかなる。そんな甘い幻想を抱いて、妹と弟と共に逃亡することを決意した。
いざ決行して見ると、あっけないものであっさりと逃げることができた。だが、追っ手に追われるのは目に見えている。ホームレスともいえる状態で、日々住みかを転々としつつ、スリやら日雇い労働をしてなんとか日銭を稼いでいたという。
幸いにして、妹や弟たちが酷い目に遭うことはなかった。しかし、似たような境遇にあるホームレスの話を聞くと、暴漢がホームレスを襲うのは良くあることだそうだ。死ぬのも当たり前、社会の最底辺なのではないかと思うほどであった。このままでは妹たちを守れない。でも、農奴であったこと以外なにも持たない彼にはどうすることができない。そんな追い詰められた状態で、俺の買い物姿が目に入ったようだ。
確かに俺は、国王より支給されたたくさんのお金がある。それを財布に詰め込んでいたから、お宝のように見えたのだろう。
ここまでの話を黙って聞いていたダルニアは、とても辛そうな顔をしている。それもそうだろう。もうすぐ40歳になろうとしているダルニアには、家庭がある。自分の子どもたちがそうであったらと考えるといたたまれないのは当然だ。
「うん、事情はわかった。なあダルニア、もし彼を犯罪者として突き出したらどうなる?」
「そうだな、良くて領主の下へ送還、最悪は死罪だろう」
その言葉を聞いた瞬間、農奴であった青年は泣き崩れる。さあ、ここからが俺の出番だ。
「君が犯した罪は、到底許されるものではない。自覚はあるか?」
「はい・・・」
「君が生きるも死ぬも、俺次第というのは理解していることだろう」
「はい・・・」
「よろしい、では問おう、君は生きたいか?」
えっ、と言わんばかりに青年が顔をあげる。
「死ぬよりも辛い道が待っているかもしれない。 それでも君は生きることを選ぶか?」
青年は俺をまっすぐ見つめる。そして、はいと力強くうなづいた。
よし、これでいっちょ上がり。彼は俺に死ぬまで忠誠を尽くしてくれるだろう。計算通りである。
「良く言った。それでは、君の弟たちをここに連れてくるといい」
「おい、いいのかジーク、農奴を勝手に引き取るなんて」
ダルニアの懸念はもっともである。農奴とは他人の所有物。それを勝手に所有したとなっては大問題だ。
「なに、心配いらないさ。たしか、この国は奴隷の売買を禁止しているよね?」
「ああ、それはもちろん」
「なら・・・その領主が違法行為を行っているというだけの話ではないか。もし何か言ってきたら、それを使えばいい」
てなことを言うと、ダルニアは半ば呆れたように末恐ろしい人が味方になったもんだと肩をすくめて反応した。
「んなもん、当たり前だろ?情報こそが処世の基本だからな」
「あいよ。せいぜい俺も寝首をかかれないように大人しくしてますよっと」
そして二人して大笑いしている。青年はその様子をぽかんと見ていた。青年っていうのも変だし、俺が名前をつけてやるとしよう。
「さて、俺の部下となった記念に名前をつけようじゃないか。 これからはハンゾウって名乗るといい」
「ハンゾウねえ、珍しい名前じゃないか」
なんてダルニアが言ってくる。そりゃそうだ。日本の服部半蔵から取ってるんだし。ハンゾウは感動したように自分の名前を反復し始めた。
「ハンゾウ・・・ハンゾウ、ハンゾウ。主様ありがとうございます!」
「あ、俺のことはジークでいいから、これからはそう呼んでね」
「はいっ、早速妹たちを呼んできていいですか」
「うん行ってらっしゃい」
こうして、ハンゾウは慌ただしくこの家を後にした。
「本当に戻ってくるのか?」
ダルニアが心配そうに言っている。
「戻るしかないさ。それ以外、彼らに生きる道はないんだからな」
「あまりいじめてやるなよ?」
「当たり前だ。俺は人権というものを知っているからな」
「ん?ジンケン?」
「ああ、こっちの話だ。とりあえず、俺は良き上司でありたいと思ってるよ。まあ、何かあったらダルニアが諫めてくれ」
ふっと笑いながら、俺の仕事かよとぼやきつつ、ダルニアは帰っていった。後日、ちゃんとお礼にいくとしよう。
ーーーーーー
それから2時間近くたってハンゾウが戻ってきた。手荷物を見てみると、やはりギリギリの生活だったことがわかる。
「ジーク様、戻りました」
「おかえりー」
ハンゾウの後ろから一人の女の子が前に出てくる。弟?と思われる子は相変わらずハンゾウの背中に隠れてこちらをうかがっている。前髪が目にかかっているところを見ると、内気な子だと思うには十分であった。
「えっと、ジーク様、です、か?」
「うん、そうだよ。君がハンゾウの妹君かい?」
「はい、お兄ちゃんを助けてくれてありがとうございました」
そういいながらぺこりと頭を下げる。ハンゾウが俺と同じくらいの歳だとすると、この妹君は17歳といったところかな?んで隠れている弟君を見るに・・・15歳と言ったところか。育ち盛りだな。
「いいよいいよ。ハンゾウだけに名前があるのも変だしね。君たちにも名前をつけようじゃないか」
というと、すごすごとハンゾウの背中から弟君が恥ずかしそうに前に出てきた。妹君はキラキラとした目で俺を見てくる。純粋すぎてなんか恥ずかしくなってきた。
「それじゃ、君はこれからキキョウと名乗りなさい。弟君は・・・うーん、ムネノリにしようか。よし、決まりだね!」
名前を聞いた二人が嬉しそうにキャッキャッと喜んでいる。小柄でピンク色の鮮やかな長髪を持つキキョウに至っては、
「ふふーん、お兄ちゃん、これからはキキョウって呼びなさいよ」
となぜか自慢げというか上から目線?であった。
あ、これってあれだ。男は女に勝てない的なパターンだ。なんて思いながら微笑ましく俺は見ていた。あれ、そういえば二人ともありがとうって言ってないような・・・まあ、俺は心が広いからそんなこと気にしないけどね。子どものやることだし。あとで礼儀作法もきっちりと教えようと密かに決意した瞬間だった。
後でハンゾウが言っていたが、この国で名前を持てるのは一定の階級以上の人らしい。いわば身分を保証されてるに等しいということであった。俺は全く知らず、不便だろうと軽く付けたけど、どうやらとても大きな意味を持っていたらしい。
こうして俺の部下は3人に増えた。え、なんでこんなに部下が少ないかって?
いやーティアネス国王も部下を遣わそうって言ってたんだけど、断っちゃった。だって、この世界の常識に拘束された人なんて、俺はいらないし。それならハンゾウたちのように、無知に近い状態の子たちを育てる方がよっぽど俺の部下に向いてる。
まあ、そうは言いつつも無知なんだよね。そこは頑張って教育するしかない。部下を増やし、教育しつつ、内政をおこなっていこうと心に誓った夕暮れ時であった。
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