日常 些細な侵食

 なんとか登校時間には間に合った。

 靴箱に叩き込むような勢いでスニーカーを突っ込み、かかとが潰れるのもやむ無しと上履きを履く。


 ぼくら、二学年の教室は二階。もう、朝のホームルームギリギリの時間だ、人も居ないし全力で飛ばす。


 階段がキツいがなんとか、教室まで駆け込めた。


 タァンッ!とけたたましくスライド式の教室のドアを開けてしまってちょっと悪目立ちしてしまったのはご愛嬌あいきょう


「ゲッホ ゲホ はーはー、おはよ…う」


 見られるも、クラスメイトは直ぐに再び周り同士でおしゃべりを始める。


「おう、おはよー」

「はよー」


 気だるげに挨拶を返してくれる、ぼくの後ろの席の中川。


 ぼくの席の場所は廊下側の前の角席。

 逆主人公席と名付けよう。


 椅子が出入り口から近いからすぐ座れるが、出入り口から近いから人通りが多くて落ち着かない。

 さらには、課題の提出を最初にしなきゃいけない。

 物語の主人公なら座るはずの無い呪われた席だ。



「はーはーっ、はよー」


 息を整えながらドアからすぐの席に着いて、重しなっていたブレザーを乱雑に椅子に掛けた。


 中川が話かけてくる。


「珍しいな、きょうちゃんが遅刻しかけるなんて」


「ちょっとナマハゲと殺りあってきてね」


「はぁ?」


 ちなみに『きょうちゃん』はぼくのアダ名だ。ひびき木更津きさらづよりも呼びやすいからか、変に浸透してしまっている。


 中川が顔一杯に疑問符を浮かばせてると、ナマハゲに反応してとなりの席の藤田さんから珍しく声がかかった。


 藤田さんはスラリとした美人で雑談は時々するけど、気後れするし、ぼくから積極的に話しかけないクラスメイトだ。


「ナマハゲ?今ウィスパで話題になってるやつ?」


 WhisperはSNSの大手アプリの一つで、短い『ささやき』と言われるメッセージを不特定多数に公開できるものらしい。


 ぼくには正直、魅力がよく分かんない。

 テキトーに作って、クラスメイトだけフォローしてほったらかしにしてる。


 色々な情報が雑多に上がってくるから、そこで『VRオンライン』について話してる人がいるんだろう。


「話題になってるの?たぶんそれだと思うよ。」


 中川も食いついてきた。


「『VRオンライン』だろ?あれプレステ7と専用ハードのゲームだし、たけーよな。よく買えたな。」


 中川は呆れた顔をしながらも何処か羨ましそうだ。


「おこづかいもお年玉もほぼ消し飛んだよ……まぁ、その価値はあったよ。

 何せ、ゲームの世界に入れるVRゲームだし。」


「それ!ウィスパで流れてるけど本当なの?!」


 藤田さんが食いついてくる。

 意外だ、ゲームに興味があったのか。


「あぁ、本当だよ。レベル制のRPGの世界がそのまま現実と同じ様に体感できる。それと……」


『現実ステージ』の事を話そうとしたら、

 カラカラと担任の桜井先生がドアを開けて入ってきた。


「まぁ、また後で話そう」


「はい、ホームルーム始めますよー。今日は田中くんが日直でーす。」


「はーい、きりーつ、れーい、おはようございます、「「「おはようございます」」」着席ー」


 多少のざわつきはあるものの日直の号令で

 素直にホームルームが始まる。


 今は5月の始め。

 中間考査が近いから部活が休みなくらいで、特に変化の無い日常が幕を開けた。


 _____________


 ホームルーム終了直後、藤田さんに続けて話しかけられる。


「さっきの続きは?!」


「あー?ナマハゲと現実で戦えるゲームだよ? うん、そんな感じ。ごめんだけど、社会の課題を中川から写させて貰うという大事な仕事があるんだ。」


 じれったそうにしてる、藤田さんをほっといて中川を突ついて課題を見せてもらおうとする。


「中川、課題を見せてー!」


「オレもやってねーよ、お前普段やってきてるじゃん。お前頼りで今日はサボった」


 詰んだ……

 まさか悪友が同じタイミングでサボるとは……


 ホームルームが終わってから10分で授業が始まる。

 ぼくは、授業前にトイレに行きたい派だからそれを見越せば7分の猶予しかない。


 隣のクラスはホームルームが長引く事で有名なハズレ担任の高林先生だ。借りに行くのは不可能だろう。


 写す時間も考えると「課題見せて」と声をかける時間も惜しい。


「ふっふっふっ、コレを見せて欲しい?」


「ははぁーっ!卑しいわたくしめに何卒なにとぞ写経しゃきょうの許可を!」


 ヒラヒラと目の前に揺れる社会科と書かれたノートの前に、ぼくはただこうべを垂れひざまずくのみである。


「いいけど、後でもう少し『VRオンライン』について教えてくれる?うちのアニキの持ってるラノベで読んで、そーいうの興味あるの。」


 へー、ゲームもするし、ラノベも読むのか。


 藤田さんは女子のカースト上位で、いつも取り巻きみたいなのに囲まれてるからラノベとか興味がないと思ってた。


 まぁ同い年だし、不思議ではないけど。

 バエル!バエル!ってソロモンの悪魔の一柱の名を叫んでるのがぼくのイメージだった(偏見)。


「取引成立!見してください!」


 ぼくは、躊躇い無くその話に飛び付いた。

 横から中川も口を挟む。


「オレもいい?」


「中川は払える対価が無かろう?

 おとといきやが「いーよー」あれー?」


 なんかちょっとぼくだけ対価ありは不公平な気が……まぁ、時間も文句もないし、さっさと写そう。


 そうして、ぼくは中川とわーわー言いながら課題を写し。

 無事に社会の授業を受けれた。


 _____________


 前言撤回。無事ではなかった。


 スクールカースト上位の影響力を舐めてた。


 うちのクラスにはいじめもないしカーストと言っているがそんな厳密なものはない。


 ただ、目立つ奴と目立たない奴、いじる奴といじられる奴みたいなポジションが何となくある程度の緩いものでしかない。


 ぼくは、運動出来て、勉強はそこそこ。トーク力はイマイチだけど、コミュ力はまぁまぁ、トータル真ん中らへんかなーみたいな感じで平々凡々の立場だ。


 だから、実感してなかった。

 カースト上位が毎回の休み時間に普段の交友そっちのけで、ぼくと話すことがみんなから大変な興味を持たれると。

 さらには、ウィスパーでの情報・話題性の威力も思い知る。


 放課後になるまで毎回の休み時間に藤田さんと話してたら、気付いたら『あの今話題のVRオンラインの先駆者』という謎のポジションに座っていた。


 気付いたら囲まれていて、質問がやたらくる。


「VRオンラインって本当に現実と同じように動けるの?」


「動けるよ。夢の中って意識はないかもだねど、何かに追われる夢だと走ったりするでしょ?あれを意識的に出来る感じ。身体の疲れとかはあんまり感じないけど気疲れはするかなぁ」


 コレさっきも言ったやんけ、というのもある。が、素直に答えてあげる。


「ウィスパーで色々情報流れてるけど響ちゃんは種族って何を選んだんだ?」


「ヒューマンだよー、可能性がある種族って書かれてたし面白そうだから選んだー」


「えー?俺ならゼッテー、オーガにするわー」


 まずは買い。話はそれからだ。


「NPCが人間みたいってマ?」


「本当、普通に会話できる」


「実質異世界やんけ!」


 せやな。まぁ、仮想世界だからなるっちゃそうだね。


「戦闘って痛かったり怖かったりするの?」


「痛みとか感じるゲームがあったとして、我らが母国ニホンが販売許可出すと思う?痛くないよ。怖いのは気合いでなんとかなると思う。ヤル気の問題。」


 痛覚軽減外せるのは黙っとこう。


「現実の1時間が二日に伸びるのってスゴくない?」


「しゅごい」


 しゅごい。


「オリジンスキルって何でも作れるの?」


「VARポイント次第かなぁ。あ、でも想い出や強い思い入れのあるイメージを絡ませて作るとVARの消費が抑えられて効果もいいスキルが作れるらしい。」


 ……


 思い出せない。アズさんから聞いたんだっけ?まぁ、重要そうだし覚えておこう。


「値段高くない?」


「高い」


 分かりきってる事まで聞くなよぉぉぉお!


 _____________


 そうして、放課後もそこそこ長く過ぎてしまった。


 放課後に入っても賑やかな教室を怪訝けげんに思った桜井先生が来てくれて、

「中間近いんだから帰って勉強しなさいよー」と言ってくれたので解放された。


 矢継ぎ早に質問され続けて、疲れた……


 なんか忘れてるような……

 あ、放課後に『公式アプリ』の続きするんだった。


 ぼくは、イヤホンをかけてアプリを立ち上げた。

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