14

 わたしの肩が、揺さぶられる。

 まだ眠っていたい。どうか起こさないで。

 だけど、背中が冷たくて痛いし、このにおいって……もしかしてカビ?

 驚いて眼を開けると、なぜか固い床の上に倒れていて、心配そうにのぞき込む少女が華奢な指先でわたしの肩に触れていた。


「え? ここって……どこ?」

「よかったぁ、生きてて! 全然動かないから、死んでるのかと思っちゃいましたよ! あの、大丈夫ですか?」


 天使のような愛らしい笑顔が、すぐさま不安な眼差しに変わる。表情豊かなこの子は、一体誰なんだろう?


「うん……とりあえず平気かな。ところで、どうしてわたしは、ここに居るの?」

「わたしたちと同じで、誘拐されたんだと思います」

「誘拐!?」


 少女に支えられながら身体を起こす。どうやらここは、窓や扉がひとつも無い白い壁に囲まれた不思議な部屋の中で、他にも三人の女子が──そのうち一人は、金髪の白人女性だ──それぞれ離れてすわっていた。そしてやっぱり、誰も知っている人はいない。


「チッ、やっと起きたのかよ。呑気に一人だけ眠りやがってよぉ……ねー、あんたさぁ、ここがどこかわかる?」


 にらみつけながら横柄にたずねてきたのは、壁に寄り掛かって胡座あぐらをかいていたブレザータイプの学生服を着た少女。

 初対面のはずなのに、ずいぶんと失礼な態度で……ん? 初対面?


 あれっ……そもそも、わたしって……誰?

 えっ、ウソ……わたし、記憶が……全然ない?


「ねー、ちょっと……おい、シカトかよ!」

「ウフフ、落ち着いて。起きたばかりで、きっと頭が上手く働いていないだけよ。ねえ?」


 見るからに優しそうな女性が、ほほみを添えてフォローしてくれた。横ずわりでピンと背筋を伸ばしたあでやかな姿が、〝大人のお姉さん〟て感じでとても素敵だ。


「あ……はい……」


 どうしよう。

 焦りのせいで、余計になにも浮かんでこない。

 せめて、自分の名前くらいは思い出さなきゃ──手掛りを求めて衣服をまさぐるけれど、ポケットの中には財布やスマホ、ハンカチすらも無かった。


「ねえ、本当に大丈夫? 熱は……うん、とくに無さそうね。やっぱり、まだ寝惚けているだけなのよ」


 いつの間にかそばに来ていたお姉さんのしなやかな手が、不意にわたしのおでこに触れる。

 ひんやりと冷たくて気持ちいい。

 そんな刺激に安心したわたしは、ふとまた眠りに落ちてしまいそうになった。


「あのう、みなさん。チョットいいですか?」


 突然申し訳なさそうに話しかけてきたのは、モデルのようにスタイルが良い白人女性だった。


「わたし、森川もりかわソフィア言います。ロシア人です。よろしくお願いします」

「えっ! 森川さんて、その……日本人の男の人と結婚してる……とか?」


 誰よりも早く反応をしたのは、わたしを介抱してくれた少女だった。


「はい、そうです。とても優しいです」

「あははは……へぇー」


 苦笑いをみせる少女が、お姉さんを横眼で見る。お姉さんは無言のまま、ただ頬笑んでいた。

 金髪碧眼の美女が〝森川さん〟だなんて確かに衝撃的ではあるし、わたしも驚いた。


「なぁ、おまえらよー、外人さんがちゃんと自己紹介してくれてんのに、名乗らないワケ?」

「あら、そうよね。ごめんなさい、えーっと……」

「チッ! あたしは、れい藍沢あいざわ怜愛」

「怜愛ちゃんね。ありがとう、怜愛ちゃん。わたしの名前は、さわ恭子っていいます。みなさん、仲良くしましょうね」


 恭子さんが、小首を傾げたキュートな笑顔で挨拶をする。


「はーい! 次は、わたしね。えーっとやまはなです」

「まあ! 書類の記入例によく出てくる、超有名なお名前と同じじゃない……」

「あははは……ごめんなさい」

「別に花子が謝らなくてもいいんじゃね? 親がバカだから、そう名付けたんだろ」

「そうそう、わたしの親って超バカなんですよ!」

「ハァ? なんか花子ってさ、結構面白いヤツなんだな。気に入ったよ」

「……ねえ、親御さんの悪口を言うのって、わたしは好きじゃないかな」


 言葉遣いを注意する恭子さんを無視して、二人の少女は仲睦まじく笑い声を上げる。それにつられて、森川さんも笑顔をみせていた。

 自己紹介を切っ掛けに、見ず知らずだった四人は、一応和やかな雰囲気にはなれた。でも──


「ところでさ、あんたの名前は?」


 怜愛にかれたけど、まだ名前を思い出せてはいない。

「実は、記憶喪失なんです」って、正直にみんなに伝えようとしたそのとき、なにかとても嫌な予感がした。

 それと同時に、ひとつだけ思い出すこともできた。

 わたしの勘は鋭くて、絶対に当たる。おばあちゃん譲りだって、誰かに言われた記憶があった。


「わたしの名前は、はす芽衣めい。よろしくお願いします」


 とっさにいたウソ。罪悪感よりも警戒心の方が勝っていて、これから起こる出来事が〝なにか〟を本能で見極めようとしていた。


「んあ?」

「どうしたの、藍沢さん?」

「いや、いま……耳鳴りが……」


 わたしにも耳鳴りが聞こえた次の瞬間、天井から変声機で加工された声が部屋中に響きわたる。


『ようこそ、籠の中へ』


 誰なの?

 もしかして、わたしたちを誘拐した犯人?


「なんだよ、これ……スピーカーなんてどこにもぇのに声が……」

「うん……もしかして、隠しカメラもあるんじゃないかな」


 全員が頭上を見回す。

 白いクロス張りの天井にシーリングライトがひとつあるだけだった。


『これからキミたちに、このゲームのルールを説明させてもらう』

「ハァ?! ゲームってなんだよ!?」

「怜愛ちゃん静かに! 犯人がこれから要求を言うはずよ」

「……チッ!」

『ご覧のとおり、ここは完全に密閉された空間だ。通風孔すら無い。なにも手をくださなくとも、やがて五人全員が窒息死する。だが、我々は皆殺しが目的ではない。ただし、全員を生かすこともしない。この部屋からの脱出方法はただひとつ。キミたちが恋人同士になること。つまり、二組のカップルが生きてこの部屋から出れる』


 恋人同士?

 五人とも同性なのに?

 それに、二組のカップルが助かるってことは、もしかして──


『あふれた一人を残して、四人の命が助かる……これは絶対に揺るがない、このゲームのルールだ』


 とんでもない事になってしまった。

 みんなも動揺を隠せないようで、怜愛と花子はお互いに寄り添ってなにかを話し、日本語がやはり苦手なのか、ルール説明が上手く理解できなかった森川さんのために恭子さんが流暢なロシア語で説明をしている。

 それぞれが不安の色を浮かべるなか、わたしは嫌な予感が的中した事実に一人震え、この先も自分の直感を信じようと誓った。



 これからさらに、この密室では〝なにか〟が起こるはずだ。


 それも、いくつもの、最大級の良くない出来事が。


 わたしの勘が、ハッキリとそう教えてくれていた。





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百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala

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