13
七海が倒れた位置は、音だけでも十分に把握ができていた。
あとは、そこまで一直線。瞬発力には自信が無いけれど、きっと神さまが助けてくれるって信じるしかない。
覚悟を決めたわたしは、両手に力を込める。
……あれっ?
コンクリートの床に触れたままの指は、なぜか一本も動かない。動かなかったのは手だけじゃない。肘も、膝も、爪先も、それに首、
「はいはい、ごめんなさい。今回の失敗は、すべてわたしが悪いのよ。ほら、ちゃんと謝ったから機嫌を直してよ……ね?」
「あのさァ……本当にいつも……信じらんない。大人のクセに、なんでも笑えば済むと思ってるでしょ?」
えっ、なんで? どうして身体が動かないの? もしかして、犯人に使われた薬かなにかが、まだ効いていて痺れてる?
「ハァァ……いいよ、もう! ねえ、早くここから出してよ! カビ臭いし、歯医者さんにも行きたいんですけど!」
「あら? ここから出るには、カップルにならなきゃダメよ?」
「気持ち悪い冗談はやめて!」
わたしの身体は……まだ動かない。
黒神イソラが歩きだして、なにかを拾って戻ってくる。
きっとスマホだ。七海の遺体からスマホを回収したんだ。
ああ、どうしよう……これでまたゲームに参加しないと助からなくなってしまった。
「はい、スマホ。次は盗られたりしないでよね」
「ウフフ、ありがとう。でも、きっとまたお母さんを助けてくれるって信じてるわ」
「……ふん!」
「うふふ、可愛い」
恭子さんと黒神イソラが
でもそれじゃあ、このゲームのルールを守るなら、カップルになれるのはわたしとだけ。あふれたどちらかの一人は──恭子さんか黒神イソラのどちらかが死ぬことになるはず。
やっぱり〝揺るぎないルール〟は偽りで、犯人たちは都合よくなんでも出来るんだ。なにがフェアよ、
「……もしもし? ええ、そうよ。ええ、早く開けてちょうだい。それと、死体は全部かたづけておいて」
恭子さんが犯人と話してる。ルールを無視して、ここから黒神イソラと二人で出るんだ。
そのあと、わたしもきっと殺されるはずだ。〝死体は全部かたづけておいて〟──つまりそれは、そういった意味に違いない。
ゴゴゴォ…………ギィィィ……バタァァァァン!
壁が倒れた。
蕾が花ひらくみたいに倒れて、久しぶりの外気がわたしの髪と頬をあっという間に撫でて通り過ぎていった。
それからすぐ、二人分の足音がコンクリートからも響いて聞こえた。一人はゆっくりと、もう一人の靴音は刻む速度が早い。
やがて遠ざかる足音も消え失せ、辺りにはなにも聞こえなくなった。
※
いまのわたしは、一人ぼっち。
逃げるならいまだけど、まだわたしの身体は動かない。
お願い、動いて!
心の中でいくら叫んでみても、指に力が入らなかった。そんな……いいかげん早くしないと……
人の気配がする。
ふたたび聞こえてくる足音。
さっきとは全然別もので、誘拐犯に間違いないだろう。しかも一人じゃない。仲間を連れて、わたしを殺しにやって来たんだ!
「ウゲッ! なんだよコレ!? 頭が潰れてるし、血まみれじゃん!」
変声器を使わない若い男の声。多分、氷見さんの死体のことだ。
「あー、おまえコンビニ行ってて見てなかったもんな。今回のゲームは、キチガイどもの饗宴だったぜ」
「マジ? ……ったく、こんなの素手で運んだら服が汚れんじゃんかよ、もぉ!」
「その分の金もちゃんと貰ってんだから、大声で文句は言うなって。聞かれたらどうすんだよ? とりあえずソレは最後にしておいて、汚れてない死体から運ぼうぜ」
「ああ、そうだな」
どうしよう……七海の死体が運び終わるうちに身体の感覚が戻らないと、わたしも殺され──きゃっ!?
犯人の一人が、わたしの胸と腰に触れた。
もうダメだ……殺される……こんなことなら目覚めた時に……最初からすぐに起き上がっていれば、運命が変わっていたかもしれない。氷見さんも七海も死なずにすんだかもしれない。悔しいけれど、完全に自分の選択ミスだ。
「あ? おい、こっちを手伝ってくれよ。死後硬直が
……えっ? シゴコーチョクって、なに?
「うわっ、マジで
「だろ? いくぞ、いいか? せぇーの……!」
身体が宙に浮かぶ。一瞬だけふわりと回って、犯人の男たちに全身が横向きにされた。
はっきりと見える周囲の景色。ここはどこかの廃工場の中みたい。
そのままの姿勢で、わたしの身体は二人がかりで運ばれる。きっと、別の場所で殺すつもりなんだ。
「あっ、そっちじゃなくって裏だ。車に運ばないで裏の焼却炉で燃やすから」
「へーい」
焼却炉ですって!? 生きたまま焼き殺す気なの!?
そんな……早く逃げなきゃ……でも身体が全身動かない!
地獄への行進は続く。
太陽の光が暖かい。やっと外に出れても、こんなのってないよ……
「ありゃ? 煙がもう出てるぜ」
「こーゆー残酷なことだけ、親切に前もってやってくれるのかよ……女って
やだ……嫌だ……嫌ッ……イヤァ……助けて……助けて助けて助けて、お願い……誰か……助けてください、お願いします!
「熱っち! どうせなら手袋も置いてけよ、クソババア!」
「ハハハハ。おい、いいか?」
「ああ、いいぜ。せぇーの……」
全身が前後に揺らされる。
熱風で前髪が焦げる。
熱い、熱い、熱い、熱いよぉぉぉ!
「そうれ!」
掛け声を合図に、男たちは手を離した。
炎の海がわたしを呑み込む。
どうやら、この世界に神さまなんて居なかったみたいだ。
※
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