『機人部隊』

 機人とは、正式名称、人型懐中階差機関のことを指す。演算魔術特化の「スラッシュエー」、歌唱魔術特化の「イエアハ」、輪廻魔術特化の「ビースト」という三体の初号機を基に生み出された、一個の人格と知能を備えた機械たち。

 彼等は製作者によってこの世界に授けられ、三つの原則を抱いてその機生を謳歌する。一つ、理由なく人間に害を加えないこと。二つ、理由なく人間に逆らわないこと。三つ、それらはそれらとして自身の機生において幸福になること。

 有名な製作者としては、ザラマンドのゼーレヴァンデルング、サイレンのミルフィオレ、ドゥームのマキナイズムが挙げられる。『喜怒哀楽』、『万花楼』、『大罪』と言えば一般都市民でも解るだろう。



 さて、『喜怒哀楽』四番目の個体名持ち、「喜遊曲」アルテルメッゾは――「イエアハ」を模して作られた、歌唱魔術特化の機人である。



 膝裏まである長い橙髪を丁寧に梳り、左右を均等に、米神と同じ高さで二つに括る。きらきら輝く黄目に合うよう、紫基調の化粧を施せば、いつもの「喜遊曲」が完成する。

 ゼーレヴァンデルング製の女性型機人の中でも特に愛らしい顔立ちのため、紫色は少し浮いて見えるが、アルテルメッゾ自身はこの化粧をとても気に入っていた。

 ふふん、と上機嫌に笑って鏡の中の自分を眺める。いつものようにとても可愛らしくて、とてもよろしい。感じた喜びのままに歌い始め、くるくると踊りながら待機室を出た。


「おはようございます隊長、今日もご機嫌ですね」

「うん、今日も喜ばしいことがたくさんあって素敵な一日よ!」


 隊長、と呼ばれたアルテルメッゾは晴れやかな笑顔のままそう応えた。『魔術犯罪抑止庁』の中で、唯一人間がいない――『機人(アルテ)部隊』の隊長こそ彼女である。

 無論、彼女に声をかけた少年も、少年型機人である。ゼーレヴァンデルング製輪廻魔術特化少年型機人、ヒュントヒェン三等戦闘官と言うのが『抑止庁』に登録されている情報だ。


「ヒュントはどう? 今日も楽しい?」

「そうですね、色々と楽しいですよ」


 とは言え、同じ「父」の手で生み出された機人同士であり、人間に例えるなら姉弟の間柄である。他の部隊よりその関係は緩く、特にアルテルメッゾ自身は家族に対してするような扱いをしていた。


「なら喜ばしいことね。あ、ケッテとゲフェングニスは? 今日はこっちに寄ってから『開発(ジア)部隊』に行くって言ってたんだけど……」

「八分前に定期検診を終えて『開発部隊』に向かいました。姉さ……隊長によろしく言っておいてほしいと」

「なら良かったわ。後、別にここでも姉さんって呼んでくれて構わないのよ?」

「『抑止庁』内では上官と部下という関係を優先させるべきかと」


 ゆるゆると首を振って否定を示すヒュントヒェンを、微笑ましく眺めているアルテルメッゾ。この「仔犬」は正しく仔犬であり、上下関係や規律を重んずる個性を持っている。今日も弟がきちんと自分の幸福を追求しているようで喜ばしい、とアルテルメッゾはにこにこした。


「今日もヒュントがヒュントらしくて喜ばしいわね!」

「隊長がそのことに喜びを感じているなら何よりです」

「うふふ、とても喜んでるわ。私は弟や妹たちが幸福であればとっても嬉しいもの!」


 そう、彼女はいつだって喜悦に満ちている。何故ならばそれこそが『喜怒哀楽』を冠するゼーレヴァンデルング製機械人の特徴――他者製の機人に比べ、とても感情豊かだから。



 そう、作られた存在だから。

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