万愚祭

「毎年思うんですけど、ザラマンドの人口に対して祭の接頭語が万って言うのは謙虚が過ぎません?」

「多分そこにこだわってるの先輩だけだと思うんですけど……」


 万愚祭。ザラマンドの年度が変わる日の午前中は、どんな嘘を吐いても許される。午後になったら吐いた嘘を明かして、今年一年も誠実に在るよう誓い合う。そんな日である。

 だがしかし、犯罪者は祭など関係なく活動するため、『魔術犯罪抑止庁』にとってはいつもと変わらない一日である。「狂科学者」リコリスと「人喰鮫」トルネもまたいつもと変わらず、人員が不足しがちな巡回任務の穴埋めの最中だ。


「まぁ、だからと言って一億二千五百九十五万愚祭とか言われても困るんですけど」

「三月の値だから今日の午後くらいに変わりそうですね」

「年度終わりに死ぬ人間が多いですからね。生まれる人間もいますけど」


 等と言いながら、流れるように銃型演算機に物理弾を装填するリコリス。そのまま視線を向けもせずに、引き金を三度。


「ぎゃあ!?」

「何で!?」

「何でってボクが天才だからですよ」

「うわぁ先輩の自己評価が鰻登り」

「お昼、久々に鰻食べたいですねぇ」


 それぞれ演算機や歌唱機を持っていた手を撃ち抜かれ、呻いているのは『偏執曲芸団(パラノイア・サーカス)』の団員達。その間に進化促進剤を自身に打ち込んだトルネが疾走する。

 ごぱ、と大きな口を開けて団員達に襲い掛かる巨大な黒鮫――闇属性攻撃系輪廻魔術(テネブラエ・カルカロドン・カルカリアス)により変異したトルネを認識した団員達は弾かれたように逃げ出そうとするが、足の遅い一人が呑み込まれる。


「あ、ダメですよトルネ。まだ何もしてないから捕縛だけです、消化したら始末書ですよ」


 のんびりとした口調でそう注意しつつ、リコリスもまた駆け出していた。発砲と同時に出現するのは無数の小刀。空いている指先を翻し掴み取った小刀が投擲される先は、


「ぎゃっ!!」

「うわっ!?」

「はいはーい、ここで止まれば捕縛だけで済ませますけど、これ以上抵抗したら殺しますよー」


 逃げ出した団員二人の脚に突き刺さる。転倒し、それでもなお逃げ続けようとする二人に近づきながら、リコリスは笑っていた。


「まぁ、抵抗しなくても殺すんですけど……」

「オクト二等戦闘官!!」

「……うるさいのが来ましたね」


 と、そんなリコリスの視線の先から走って来たのは、白い制服を纏ったマタミス=ハヴァチャクラ。リコリスと同じく『遊撃(ゼーレ)部隊』に所属しているが、キャロル二等戦闘官直下の補助官として勤めていて、彼女が信じる正義の執行に邁進している。そんなマタミスを見詰めるリコリスは唇をへの字に曲げて眉を寄せた。


「また!! 貴女は!!」

「まだ何もしてなくないです? ハヴィーは予断と偏見で物を言うから嫌いだとボクの中で評判なんですけど」

「変なあだ名をつけないでください!! あぁもう、痛かったでしょう? 大丈夫ですか?」

「後そいつら現役の『偏執曲芸団』ですよ」


 心配そうな表情で怪我人――『偏執曲芸団』の二人を治療しようとしていたマタミスだったが、リコリスの言葉でぴたりと静止する。脚に小刀が刺さったままの二人は、そんなマタミスの目を見て悲鳴を上げた。


「殺したら始末書ですよ」

「貴女とは違います!!」


 虫、否、塵を見るような目を向けられた二人は、じたばたと暴れて逃げようとする。しかし、マタミスに掴まれた手からみしみしと音がし始め、耐え難い苦痛が襲ってきている。このまま手を握り潰されてしまうのでは、と言う恐怖から思わずリコリスを見たが、リコリスは笑ったままだ。


「いやぁ、護送の手間が省けました。後はお願いしますねハヴィー三等補助官殿。ほらトルネ、吐き出しておいたらハヴィーが持ち帰ってくれるそうですよ」

「あ、じゃあありがたく。あざーすでーす」

「ちょっと!! 汚い!! 止めてくれませんか!?」


 巨大な黒鮫が口を開けば、涎と胃液にまみれて失神している男が出て来る。べちべちと鰭を動かしてリコリスの後をついて行く黒鮫にマタミスが抗議するも、そっちのけであった。


「鰻食べましょ。この辺りならヨネクラが美味しくて安くて好きなんですよ」

「その前に退化誘導剤打って来て良いですか? 動きにくいのなんのって……」

「オクト二等戦闘官!! ちょっと!! もう!! 貴女はいつも!! この件は副隊長に報告しますからね!!」

「即日治療可能な刺傷と複数日かかる骨折ならどっちが叱られるでしょうねぇ!!」

「その手の脅しには屈しません!! 絶対に報告しますからね!!」

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