『医療部隊』

 『医療(トキシック)部隊』の隊長は、黒髪赤目のバリアルタ成人女性であるトキシー=トキシックだ。すらっとした手足に色気のある切れ長の目、どこもかしこも清涼さに満ち、海上周遊都市サイレンの女優になれるのではとまで言われる佳人だ。

 また、彼女は避死研究の第一人者としても知られている。『神』が最大最悪の罪だと規定している死、それを如何にして遠ざけるか――未だ有効な手段は見つかっていないが、最先端の研究に携わる研究者として都市内外から注目されていた。



 そんな彼女の、本来の名前を知る存在はそう多くない。



 ちんとんてんしゃん、ころり、とトキシーが爪弾くのは三味線型歌唱機。音律によって小精霊に願いを届け、望む結果を出すのが歌唱魔術であり、音を使うが故に拡散しやすいそれを統制するのが歌唱機の役目だ。

 今の彼女が願うのは、方々に転がる『抑止庁』職員たちの治癒。軽やかな音と共に広がる光属性回復系歌唱魔術(アリアオブライト)によってもたらされるのは、骨肉を繋げる応急処置。


「動けるようになった者から後方へ。ウチの三等が後の治療を担当するからね」

「ちょっと止めてよね、折角楽しんでたのに!」


 そんな彼女に文句をつけたのは、この惨状を生み出した犯人――『偏執曲芸団(パラノイア・サーカス)』の「猛獣使い」、ヨウ=ウィッパー。鞭型演算機をぴしりと地面に叩きつけ、やれやれと大袈裟に嘆いてみせる。


「今更補助官が来たって遅いよ! あーあ、興醒めしちゃったなぁ」

「怪我が重くて動けない者は軽い者が引き摺ってでも後方へ。どうしてもダメならウチの二等を呼びな」

「無視しないでよ!!」


 だが、トキシーはヨウを完全に無視していた。そんなトキシーに苛立ち、その感情のまま演算機を起動させたヨウ。水属性攻撃系演算魔術(ウォータードットアタック)。宙から湧き出した水の塊は無数の水槍と化してトキシーと怪我人たちを狙う。


「……御覧あれ我こそが火蜥蜴の情婦」


 刹那、トキシーが奏でていた三味線の曲調が変わる。だだだだ、とまるで打楽器のように激しく弦を打ち鳴らせば、光の小精霊に代わり火の小精霊が集結する。


「我が名はヤクシニー=ナラカラン!! 炎髪赫眼、燃え盛り踊り狂え!!」


 歌唱魔術は、使用者の感情によって威力が左右される。そのため、演算士からは再現性がないと侮られ、輪廻士には己の命を賭けるに値しないと唾棄されている。

 だがしかし――感情を意のままに操れるならば、最も高い威力が出せる魔術でもある。そうして、熟練の歌唱士は、己の得意とする感情を励起する術を編み出した。


「へ?」


 間の抜けたヨウの声、それも仕方ない。通常、水属性攻撃系魔術に、火属性攻撃系魔術をぶつける人間はいない。火は水によって打ち消されるのが当然だからだ。

 だから、ヨウは目の前で起きた現象を、夢かなと思った。夢でもないなら、たかが補助官程度が、自分の魔術を力業で打ち消すような、そんなことが起こるはずがないと。

 じぅ、と鼓膜を打つ音は、ヨウの水槍がトキシーの炎弾によって蒸発した音だ。その炎弾は、燃え盛る勢いそのままにヨウへと迫り来る。咄嗟に水属性防御系魔術(ウォータードットディフェンス)で水壁を作り出したものの、それさえ蒸発させられそうだ。


「嘘でしょ!?」

「残念、真実だ」


 辛うじて直撃までの時間を稼いで回避したが、ヨウの顔色は真っ青だ。たかが補助官、歌唱士が、『偏執曲芸団』上位団員の自分に匹敵する――否、勝っているだなんて、思いたくない。

 が、そんなヨウの思いは、トキシーの言葉で打ち砕かれることになる。


「……最近の異名持ちは質が下がってるね。指導してやろうな、「猛獣使い」。ありがたく思いなよ、元「火吹き女」、最上位団員ナラカランの指導を受けられるのだから」

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