人事会議
「わかったわかった、ランドルフ=キャロルをどっちの隊が採るのかって話は後回しにしよう。そうでないと会議の終了時刻が定刻をぶっちぎる」
「何ですか!! ニギ先輩の足の親指から小指まで丁寧に舐めてからお願いすれば良いんですか!? それはそれでちょっと興奮してきたんで今回の件とは関係なく舐めさせてもらっても?」
「駄目に決まってるだろうお前の性癖に俺を巻き込むな滑らかに言えば許されると思うなよ雑過ぎる交渉術で聞いてるこちらの耳を疑ったぞ」
「まぁ、彼の所属についての話を後回しにするのは私も賛成ですね。ジェファ隊長がいつも以上に他者の話を聞き入れない姿勢なので」
『魔術犯罪抑止庁』第三棟。その中にある大会議室には、一等戦闘官や一等補助官――所謂、隊長格と呼ばれている職員が集まっている。
年に一度の人事会議。新しく入庁した者や、年度の途中で編入された者の正式な所属先を決めるための会議だ。とは言え、対象となる職員の情報は先んじて彼等に渡されていて、それに基づいて誰を己の隊に採りたいかの申し出も終えた状態である。
なら、この会議は何のためにあるかと言うと、複数の隊から希望があった職員について、『話し合い』でその所属先を決めるためにある。『神』は、意見の相違がある場合、話し合いでもって平和的に解決することを望まれていた。故に、例えそれがどれだけ不毛な結果を生もうと、開かれる会議があるのだった。
「ツヴァイ隊長は飽きて寝ちゃってますし」
「おいそこの杯寄越せ、投げるから」
「自分のを投げてくださいよぅ」
そのような訳で、今この場にいるのは五名。苛立ちからか黒目に金が混ざり出した『遊撃(ゼーレ)部隊』のニギ、退屈そうに爪紅を塗り始めているのは『心療(エリー)部隊』のベティ(姉の方)、大鼾をかいて今にも引っくり返りそうな『強襲(ツヴァイ)部隊』のウル、ここぞとばかりにニギに媚びへつらおうとして追い払われる『諜報(ジェファ)部隊』のヘレシィ、困った表情で自分の杯を死守するの『尋問(クジョウ)部隊』のカグヤ。
「痛ぇな誰だ!?」
「会議中に寝るな!!」
「ニギとヘレシィの喧嘩だからオレ無関係じゃん!!」
「次はお前とカグヤが喧嘩するんだよ!!」
「喧嘩じゃなくて話し合いですよぅ」
「ならその手に仕込んだ針は何だ」
「えっ……その、刺したら素直になる感じの……」
「おまわりさーん!! 違法薬物!! 捕縛!!」
「残念、我々がおまわりさんだ」
「刺したら長官に言いつけるからな!!」
「僕が何だって?」
「ひぇっマジで出た」
ひょこ、と姿を見せたのは彼等の頭領、『抑止庁』長官のカノト=ササガネ。さっと手を後ろに隠すカグヤと、両手で己の目を隠すニギ。ベティの手元にあった爪紅は跡形もなく消え失せ、ヘレシィは行儀良く椅子に座っていた。
「毎回思うんだけど、僕が顔を見せる度に皆お化けが出たみたいな反応するよね、何で?」
「カグヤが違法薬物塗りつけた針でオレを刺そうとしました!!」
「そんなの持ってませんよぅ!!」
「後、ゼーレヴァンデルングは隠すのがちょっと遅かったかな。明日長官室に来てね」
「……………………はい」
最大限の渋みを帯びた返事。目を隠したまま呻くように答えたニギは、そのまますとんと腰を下ろした。
「それとジェファもね」
「何も悪いことしてないのに!?」
「別に悪いことをしてる子だけを呼んでる訳じゃないんだよね。まぁ心当たりのない子はそもそも悪いことしてないなんて言わないけど」
「理不尽だ!!」
「うん、知ってる」
次いで名指しされ、跳ねるように立ち上がったヘレシィだったがすぐに座り込む。理不尽だ、横暴だ、とぶつぶつ呟く様を見て、カノトは朗らかに笑う。
「終了時刻が定刻をぶっちぎるなんて言ってたけど、とっくに超過してるんだよね。理由なき残業は悪だよ、諸君」
そう、朗らかな笑みだった――その目の、夜空すら霞む虚ろにさえ、目を瞑れば。
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