乗機

 乗機の生産量一位の都市と言えば、ザラマンドだ。陸上型・空中型の乗機ならば誰もがザラマンド製のものを買い求めるだろう。

 しかし、サイレンも負けてはいない。海上・海中型の乗機ならサイレン製一択だ。そもそもが海の上に浮かぶ都市であるため、これらの乗機がなければ立ち行かない。

 ではノームズはと言えば、乗機の改造に特化している。ザラマンドやサイレンでは出来ないような改造も、ノームズなら出来る。


「風属性の高速飛翔駆動入れてぇ~……」

「口調が荒いですよ先輩……」


 輸送型飛行乗機(ヴィーヴィル)改造品、リコリス専用、個体名『大嵐(テンペスタ)』。黒い飛竜の姿を模したそれには、所有者であるリコリスと、その後輩であるトルネが乗っている。二人乗り出来るのは改造の成果であるが、先刻リコリスが口に出していたのは違法改造だ。


「だってノームズまで一日で行けるとか最高じゃないですか」

「そりゃ先輩は飛翔狂だから良いでしょうけど、それ、オレとか他の人は乗れないですからね?」

「乗れないじゃねぇ乗るんだよ」

「死にたくなーい!! 死にたくなーい!!」


 内臓が浮き上がるような速度、と言ってもまだ足りない。一度、とてつもなく煩雑な手続きを経て施行された実験で体験した速度を思い出し、トルネは身震いした。あれ以上の速度で飛び回りたいだなんて人の――リコリスの気が知れない。とは言え、トルネがリコリスのことを理解できたことなどついぞないのだが。


「死にはしませんよ、下から上から噴き出すものはあるかもしれませんが」

「社会的な死ィ!!」

「大丈夫ですよ、飛んでる間に乾きます」

「何も大丈夫ではない!!」

「もー、不満が多い」

「真っ当な要望!!」


 「人喰鮫」トルネ=ザラマンド=ジャッジ=シャーク。平々凡々なバリアルタの一般都市民として生まれ、輪廻士としての才を活かすため、生まれ育ったザラマンドのために働こうと、魔術犯罪抑止庁の門戸を叩いた所謂「就職組」。

 そんなトルネは何の因果か問題児だらけの『遊撃(ゼーレ)部隊』に配属され、その中でも「狂科学者」として有名なオクト二等戦闘官――リコリス直下の戦闘官になった。後方支援が主な任務であるフェオニクス二等補助官か、面倒見が良いと評判のキャロル二等戦闘官の下に就きたかったが、人事部は無情である。


「文句ばっかり言うならこうですよ。テンペスタ、撹乱飛行」

「あきゃあぁあ!?」


 ぐん、と重圧がかかり視界が反転する。曲芸飛行とも呼ばれる複雑な軌道を描くテンペスタ。無論、それに乗っているリコリスとトルネの負担も相当だが、普段から乗り慣れているリコリスと、乗機自体に慣れていないトルネでは歴然とした差があった。


「吐く、ムリ、先輩吐くぅうう!!」

「吐いたらその場で殺しますよ!!」

「ムリぃいいい!!」


 片手で口を押さえながら悲鳴を上げるトルネと、その悲鳴を聞いてげらげら笑うリコリス。と、そんなトルネにテンペスタの尻尾が巻きつき、体を固定する。


「え? なに? なにされる!?」

「さぁ、楽しい楽しい直降下ですよー!! ひゃっほー!!」

「ぎゃああああああん!?」


 先程の負荷が児戯に思える程の――トルネは内臓が引っ込むような感覚と、死への覚悟を胸に全身全霊の絶叫を放つ。まるで矢のような速度で垂直に地面に向かうテンペスタから、楽しげな笑い声と悲鳴の二重奏が尾を引いていた。

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