懐中階差機関
演算士が魔術を使うためには、演算機が必要となる。これは小精霊への命令式を予め組み込んだ機械で、引き金となる動作を行うことにより常に一定威力の魔術を行使できる。
歌唱士がその感情に、輪廻士がその身体に、魔術の威力が依存していることを考えれば破格の魔術だと言えるだろう。だがしかし、演算士にも欠点はある。機械によって常に一定の威力が出せる代わりに、機械がなければ魔術を行使できないのだ。
そして、更に言えば機械の質が魔術の威力に直結している。無論、『魔術犯罪抑止庁』所属であれば、そこそこの機械が支給されるが――そこそこの、である。だからこそ、余裕のある者は支給品ではなく自前で装備を調えている。
「総員防御ォ!!」
楽し気な掛け声と共にリコリスが投擲した、懐中時計様の機械。これもまた演算機の一種であり、同時に通常の演算機とは一線を画する存在である。その名も、懐中階差機関。
かちん、と言う音と共に宙を舞う階差機関を核として漆黒の針山が形成され――戦場一面に降り注ぐ。闇の小精霊は、命令式に従い辺り一面に破壊を撒き散らす。
そんな中、ニギは両手の指に装備している指輪型演算機を弾いた。混乱の坩堝に突入した戦場の中、降り注ぐ針の雨に気を取られている逃亡者の歌唱機を狙い、
「――撃て」
「ッ!?」
屋上に停められていた輸送型飛行乗機(ヴィーヴィル)に乗って逃げようとしていたようだが、その翼は先刻の魔術によって破かれ、飛行能力に支障を来たしている。後は歌唱機を破壊すれば、ほぼ無力化できる。そう判断しての行動だったが、相手の運が良かったらしい。
「捕まってたまるかよ!!」
寸での所で風属性攻撃系演算魔術(ウィンドドットアタック)を避けた逃亡者は、傷だらけの体で歌い出す。これは――
「じゃあな!!」
屋上の柵を蹴り、宙に身を躍らせる逃亡者。風属性技能系歌唱魔術(インストオブウィンド)で追い風を起こし、隣の屋上に着地しようとしているらしい。通常ならここで追跡を断念するしかないのだが、生憎、ここにはリコリスがいる。
「テンペスタ!!」
「ハイハーイ!!」
「ぎゃぁあっ!?」
ビルの陰に潜ませていた、リコリス専用乗機の『大嵐(テンペスタ)』が間の抜けた声で答え、滑空途中の逃亡者を咥えて戻って来る。確保時間を確認、歌唱魔術の発動を阻害する首輪をかければ、後は三等に任せても大丈夫だろう。ニギは駆け寄って来た部下に逃亡者を任せ、一つ溜息を吐いた。
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