おまけ2紀美枝と改造人間ミス・ウェンズデイ・モーニング2

「魔女の裏側の歴史、魔女と何者かの戦争。様々な生まれの違う、別種の魔女の存在。それを調べずには、あの子の行く末がまだまだ心配でね。・・・・・・親バカと笑ってくれていい」

「それってオルタ・ウィッチの心配してますか?」

「うむ。そうだな。君がそう呼ぶノーブル・ウィッチ・オルタナティヴとは、あまりにも表に出て来ずに、存在することが太古から伝承として伝わっているが、実在を疑う声も研究者からも多く聞くな。しかし、世界の可能性は常に裏表だ。だからあの子の可能性の落とし穴を探る為にも、その在り方の情報が必要だ」

「ああ、オルタ化のことですか。人間も反転するって言いますね。悪魔がそれを促すとも伝わってます。よろしければ書類にまとめてサタニック・マジェスティーズの情報も持って来ましょうか」


 サタニック・マジェスティーズという単語をウェンズデイは口にする。


「ああ、そうだな。頼む。だが、あのノーブル・ウィッチがどれだけあの子の助けになってやれるか。・・・・・・私が考えているのは、あの魔眼は異界からもたらされているのではないか、と思ってね」

「フウム。そうですね。悪魔にも色々いますしね。何やら悪魔の楽園建設を夢見る〝ヘルズ・ベルズ〟なる組織もあるらしいですし。でもサタニック・マジェスティーズは違います。あれは本当の悪性としての悪魔の集団」


 あれは、とまたも冷や汗を掻きながら、ウェンズデイは続ける。


「あれを召喚したり、遭遇してしまった暁には、破滅しかありません。それだけ十七柱じゅうななちゅうと同等の危険指定の霊体なのですから」

「フ。十七柱の方がまだ可愛いものだ、とでも言いたげだな。あれらも相当な非現実的な奴らだぞ? ――――しかし、そうだな。あの魔眼は使い方としては単純だが、それ以上に器に収まり切らない甚大な被害を生むものなのだよな」


 眼鏡を直し、危惧を口にする紀美枝。ウェンズデイにもその緊張は伝わる。


「だからあれを私は管理下に置いて、それほど弱くもない魔眼封じで押さえていたのだがね。だが、放置して置いておけるほどのものでもなかったようだ。あの眼が何かを求めるように、空にも影響を与えている。だから、星の魔女に魔力を提供して貰ったのは、幸運だったよ、本当にね」

「ええ、ええ。そうですよ。プラスマイナスの値が釣り合っていないと、それこそ先程話題になったオルタ化、または邪霊としてのオルタ現象を別に生むかもしれませんから」


 困ったものだろう、君に比べれば、と自嘲する紀美枝。まるでどうしようもない状況には、本当に何もどうすることも出来ないとでも言うしかないかのように。

 そして、それに比してウェンズデイ・モーニングという改造人間には、まだ運用するのに欠陥は抱えていないと、まるで彼女を励ましてすらいる。


「いえ。そんな凄い方と、わたしの様な改造人間を一緒にされましても。魔眼スキルはある意味で、SPやディストーション以上の脅威になり得ますから」

「・・・・・・はあ。SP探索や管理など、どだい無理な話だよ。NPGが何を考えているのかは、実際の所良く分からん」

「それでも・・・・・・わたし達はここで生き残っていかなくちゃいけませんよ、ビギン・ヒア」


 勿論、と少し酷薄な笑みを浮かべて、ウェンズデイを見据える。


「だが、来たるべき時は、いずれ歴史として来るものだ。それがどんな脅威かは知らされていないが、それに対しての改造技術やSP探索でもある気がする。先を見据えている気配するある。破滅を回避し、より先に人間が行く為の、という意味でかもしれん」


 人類の進歩と調和。どこぞの博覧会のテーマのようだが、それは即ち今より一歩でも先に到達しながら、旧人類を守っていくことでもある。


 そうやって表向きにも月へも繰り出して、裏側ではそれ以上のことが日々更新されており、超常現象もあちこちの機関のセクションで研究されているのだから。


 その一つの成果が改造人間だ。そしてSPの研究でもある。

 だが、SPの可能性には改造人間では到達出来ない。

 世界の先に超え出てしまうほどのそれは。


「何だかわたしも伝承とか、機関で集めた記録をもう一度チェックしたくなって来ちゃいました。役立たずなのに、こういう好奇心は人一倍あるんですよ。怖いもの見たさとも言えそうですが」


 今度は何か温かい目線で、まるで娘に向ける様な愛しさで、空と接していたのとは違うものを見たという優しさで、紀美枝はそれこそあまり年も変わらないだろう小さな改造人間に笑いかける。


「いや、私もその手の情報に当たる方が性に合っている。君のその目の輝きを見ると、微笑ましくもあり、自分を見るようでもあり、少し面映ゆいな」


 手をブルブルと振って、それを否定するウェンズデイ。


「そ、そんな! ビギン・ヒアの方が思慮深くて、分析作業も得意でしょう。わたしなんか整理されたものを整頓するのは得意でも、データをこういう記録にまとめるのは苦手で・・・・・・」


 それに、とウェンズデイは言う。


「とにかく記録は膨大で、誰かがそれにメスをそろそろ入れるべきなのかもしれません。何か一纏めの要約書みたいなものを。そうすることで、魔女が関わる〝恐るべき戦争〟になっても、それぞれが対処出来るんじゃないかって。個人の力は小さいんですけど」

「・・・・・・ああ。月の魔女なんてのが復活するという古い予言者の記録通りなら、いずれ破滅への時は近い。その為の用意をNPGはして来ているはずだが」


 尤も、虚実機関という名称は、また違う意図を持って、そもそもの創設者は付けたという噂もあるがね、と独りごちる紀美枝。


 それは聞こえなかったのか、ウェンズデイはじゃあ、そろそろ自分の持ち場に戻りますと言って席を立つ。


「お邪魔してしまって済みません。また何か分かりましたら教えて下さい。あなたがここへ来てから、打ち解けて話せる人が少しでも増えて、わたしホントに嬉しいんです」

「ああ、私も情報交換が出来て、要の様なわからず屋と違う、ものの分かる人間が近くにいてくれて助かるよ」


 ペコリと頭を下げて、ウェンズデイ・モーニングは紀美枝がいたスペースから離れて行く。


 紀美枝は眼鏡を一度拭くと、またその山に積まれた、ウェンズデイ・モーニングの持ち込んだ様々な記録文書に、皿のように次々と時間もかけて、丹念に目を通していく。



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