エピローグ1ー2
事務所はずっと「closed」になっている。いずれは私が継がなくてはいけないのかもしれない。
私も卒業してしまえば、何か表の職業は必要だろうし、まさか機関の人間が普通に就活をさせられることもないだろう。
そう思えば、先生がいなくなって、家の中が随分広く感じられる。
ご飯も炊く量が一合でも多いくらい。だから時々ユーリが来ると、大盤振る舞いに気合いが入っちゃう。
今日は何故か気分が先生のことを思ってしまう日だ。要さんが来るからかな。
だからか、あの時の先生に倣って、今日はジョージ・ハリスンの『All Things Must Pass』を聴いていた。
少し気になったのは、「Wah Wah」だ。ジョージは、もう僕にはワーワーなどいらないと歌っている。
ワーワーというのは、日本ではワウワウペダルとして有名な機材だろうか。ジミヘンの代名詞としてくらいしか知らない。
そもそも、ディストーションやファズっていうのからして、よく分かっていないのよね。
そしてタイトル曲は、全てのものは流転するというテーマだ。太陽も雲も愛すらも、いつまでも続かずに変わっていくというもの。
解釈的にはどうしても哲学的に読んで、無常観というよりは、次々に変化していく中、太陽の時もあれば曇りの時もある、愛も芽生えれば、去ってしまう場合もある、って考える方が好きだ。
それにしても、ジョージ・ハリスンはスワンプ的なサウンドに行ったのが、ビートルズ後期のサウンドの一つの特徴を形作っていたのだろうか。
私はそういう所で、人はそれぞれ別れていってしまい、それぞれの道をずっと長く一人で歩き続けなければならない、という人生の孤独のテーマについても思考を巡らす。
そんなことをビートルズでは、「Two of Us」と「Carry That Weight」などと照らし合わせて想起してしまう。
片方では、ジョンとポールが、君と僕が歩いて来た道のりは、これから一人で歩いて行くよりも長かっただろうと歌い、後者では少年に向かって、君はこれから長い間重みを背負っていかなければ、と歌い結局ビートルズは解散してしまう。
これを私達に当て嵌めるとどうなるだろうか。私は果たして先生と過ごした時間を、これからの時間よりも長いと言えるだろうか。夢の中で会う人達が、私の愛と等しいと言えるだろうか。
そしてユーリとはどうなんだろう。変わらないものがないのなら、私達は一体どうなっていくのだろう。
魔術師達は、だから永遠の世界を求めていたのじゃなかったか。それがディストーションを生み、世界の彼方への憧れであり、無限の魔力への希求なのだから。
思えば、だからシン・クライムは壊れたんだ。でもずっとこの時が続けばいいとか、こんな世界じゃなくもっと違う理想的な世界であればいいとか、誰しも夢想してしまうはずなのは確かである。
それをどうしても手段に近い場所にいるから、魔術師というやつは、それをカタチに変えたがる。
虚実機関にいると、寧ろ改造人間の技術がある為に、使い捨てにされながらも、その技術や蓄積されたデータは機関に残る訳で、それが自分が生きているのと等価だと考えてもいいかもしれない。それはあまりに楽観的で且つペシミスティックでもあるのかな。
よくいう、作家が残したものが永遠だ、みたいな言説と同じだ。
そうだ。ジョージ・ハリスンはまだ他の曲で、暗闇に気をつけろとも歌っているではないか。
だからこの生を謳歌する為に、最大限の生きやすくするメソッドは必要なのよ。ユーリはそれを心得ていたのに、肝心の姉がシン・クライムには見えていなかった、ということだったんだよね。
機関の人間がいくら頑張っても、世界は犯罪に満ちていて、麻薬も溢れていて、病気はなくならず、貧困を産む構造は変化することはない。
それはこれだけ巨大な機関ですら、裏から世界を操っていても、この世はそれだけではコントロールされない代物だし、または機関も人間の世を守るという言は、様々な現象への局地的対処をしているに過ぎないとも言えるかも。
どっちにみち、SPを探している部門は、敵かも分からないのにそれを狩っている訳でもあるんだから。
しかし、ジョージ・ハリスンはそのビートルズのアルバムで――これはユーリと一緒に聴いたからより鮮明に記憶しているのだけど――「Here Comes the Sun」という曲では、太陽が昇って来る、だから大丈夫だよと凄く安心感をもたらしてくれる様な歌唱もしていたっけ。
冬はいつまでも続かず、氷は溶ける、と。
だからきっと何か希望が開けて来ることもあるのだろう。
ユーリと二人で私の運命とも戦っていきたい。ユーリの戦いにも勿論力を貸したいから、一層魔術に戦闘訓練に励まなくてはならないが。
だから平時のまだ待機中に、ユーリと会う約束をしているのは、凄く楽しみ。
連絡先も一応持っているみたいなので、古の魔女とはいえちゃんと現代生活にも適応していて、私としては随分助かったなって気分。
・・・・・・それにしても。先生の遺品の整理はどうしようか。
大部分がかなり大事な本の山なのだけど、要さんの連絡では、私の好きにしたらいいと言う。
それはつまり、先生は私に使われた方が喜ぶだろう、と彼女は端的に告げて来たのであって。
だから、少しずつ先生の蔵書も手を伸ばしてみようかとも思っている。
変に難解だったり、奇書だったりの類が多いので、ある意味で読書と格闘している間は、かなりの間退屈はしなさそうだ。
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