エピローグ1ー3
タイトル曲がpassの後にpass awayと歌詞が続くというのもいいなぁ、その方が万物流転の感じが出てる、とか思ったりしながら、最後のジャムセッションの様子をボーッと聴いていると、大分日も暮れて来て、そうしている内に外でバイクが止まった音がした。
いつも唐突に来て、嵐のように去って行くのが暁要さんという人で、紀美枝先生も自分の姉ながら、かなり苦手意識を感じていたんだと思う。
そういう性格的なことだけじゃなくて、そもそもが努力型の妹に対して天才肌の無敵とも評される姉、だもんなぁ。
七色の虹とか、狂った赤など異名も幾つか聞こえて来るのだから。
「おーす。空ちん、おひさ―。土産もあるんだぜ。色々お姉さんと楽しくやろうや」
そういい部屋に入って来たのは、黒い上下のスーツに身を包み、あろうことかネクタイの色まで真っ黒で、それでいて一際異彩を放つ明るい色をした真っ赤な髪型。
それがふさふさと長く揺れる。
「うん? なんだ、その顔は。あたしの顔を見忘れた訳じゃあるまい。ああ、紀美枝のことか。気にすんな。あいつはあれでくたばるタマじゃ・・・・・・といやいや、戦場に生きる機関の人間がいちいち感傷的にゃなってられないんだわ。ほれ」
そう言って要さんがテーブルにポンと無造作に置いたのは、町の割と評判のチェーン店のではないドーナツ屋の袋だった。
「あ、じゃあお茶容れましょうか。ここのって天然素材だけで作ってて美味しいんですよね。まだ閉まってませんでしたか」
「おー。あたしはストレートでいいや。紀美枝みたいに毎回ミルクなんて容れられるかよなあ」
そう言いながら、モゾモゾと袋からドーナツを出して、棚から出したお皿に乗せる。
「ってこの店目についたから即行で買って来たけど、そんなにイける店なのか。へへ。やっぱりあたしの勘は当たるのよ」
お茶を容れる前にチラとそちらを見てみると、シャキシャキ青森リンゴのやつだった。これはドーナツの中にリンゴの実が入っていて、甘くて美味しい。
シロップにどうやら漬けているようで、その甘みも全体に広がっている。
一応要さんが来たってことで、私はイングリッシュ・ブレックファーストの葉で抽出する物を選び、これは少し長く掛かるから変な言いがかりをつけられないかなとか思っていたが、まぁそれまで黙って既に食べ始めたドーナツを頬張っていてくれたので、非常に助かった。
「どうぞ。あったかい内に。えと、私もドーナツ頂きますね」
「手配した
うーん。日常生活には支障ないレベルには確かにもう適応しているけど。どうなんだろうか。
そもそもが要さんのいう実戦投入っていうのが、どこら辺までの難易度なのかにもよるよねぇ。
要さんクラスだと、やたらおかしいレベルの魔を退治してるんだもん。要さん自体がある意味化け物級だよ。
「ま、あたしら退魔の一族はさ。戦闘行動が自分で出来なくても、ある程度の補助が出来るようにしてあるんだが。ま、空ちんはそんなタイプじゃないもんな」
補助、か。先生ほど熟練していれば話は違って来るだろうけど。
っていうか、そもそも要さんだって滅茶苦茶やるくらい繊細な魔術行使なんてしないって評判じゃないの。
「お。なに、反抗的な目だね。いやー、そりゃああたしも紀美枝みたいに、あそこまで面倒な手順の術式なんて御免だね。パッとやってさっと帰るのが楽でいいもんな」
うーん。この豪快さである。
姉妹でこうまで違うんだから、こっちはホント面食らうよ毎回さ。
「今回みたいなのより小物ばっかりの所に投入されても、それも面白くないよなあ。その魔眼も有効利用出来るヤツがいいか」
「いえいえ。リハビリには楽な任務の方がいいですよ、要さん。まさかSP探索とか無茶は言わないですよね」
うーむ、そりゃあ確かに面倒だ、と頭を掻いて要さんは呟く。
「SP探索は、発見したSPの処遇まで含めての任務だ。空ちんみたいな経験皆無の人間には任せないわな。そうかといって、この馬鹿正直な小娘に工作員なんて出来ないって話だよなあ。あり? 何だ、空ちんってば無能じゃんか」
「勝手に決めつけないで下さいってば。経験はこれから頑張っていっぱい積みますから。NPGは高校卒業辺りまでを目処に、待機しながら訓練させるって言ってましたが」
呵呵と面白そうに笑う要さん。何がそんなに面白いのか。
「そんな呑気なこと言うってことはよ、空ちんは何にも期待されてねーわ。こりゃ紀美枝が過保護に育て過ぎたな。あいつ色々裏からも手え回してやがったな。いやいや、あたしが思うに、空ちんには可能性は沢山眠ってるんだから、きつい戦闘任務に当たらせてもいいとずっと進言してるんだが」
これはまた無茶苦茶な振りを上にしてくれたものよね。ユーリとも死なない約束をしたんだから、私もちょっとは保身にも走ろうというものだ。
「うーん。ま、管理地区はここだからな。まあ工作として、探偵業を怪しまれない程度にやるって所から始めて貰うかな」
「探偵業、ですか。この事務所、やっぱり誰かが引き継がないといけませんよね」
「いやいや、別に潰しても構わねーが、それだと空ちんが困るだろ。住み慣れた所で、監視と管理任務もやりながら、機関の任務をこなすのにちょうどいい仕事なんだわ。町の情報は嫌でも入って来るしな」
あ、そうか。探偵をやっていたら、異変にも気づきやすいか。
「そそ。だけどな、そんなチンケな枠にお姉さんは収まって欲しくないワケよ。紀美枝みたいなワケにはいかねーから覚悟しておくように」
うわぁ。スパルタ宣言だ。
ユーリにも手を貸して貰ったり出来ないものか。と不用意に縋りたくなる気持ちが起こって来る。
「ま、その魔女とのパスがあれば、魔力炉も底をつくこともねーし、純粋な高純度の魔力で溢れてれば、全身の回路も魔術行使には問題ないだろ」
うんうん、と一人頷いている。
「それにな、一応教育係は置いとくよ。あたしが選出した改造人間だから腕は確かだ。それで式神の使い方や、その概念武装のナイフなんかの上手い使い方を覚えてくれや。人間と敵対するヤバい魔ってのは、そりゃあもう数え切れねーくらいいるんだからな」
「ということは、誰かと共同生活を? 別にいいですけど、探偵って何すればいいのかも分からないのに、そんな戦闘訓練もなんてしんどそうだなぁ」
「ああ、仕事のやり方だったら紀美枝がノートかなんかに纏めてるだろ。別に大した依頼が舞い込まねーように操作はしとくからさ」
そんな爆弾発言をサラッとされても。でもまぁ助かるのは確かよね。
「後は魔眼のトレーニングだ。コントロールして一線級で活躍出来るようになるんだぜ、小さい巨人って言われるようにな」
頭をくしゃくしゃとする要さん。う、やはり小さいのはハンデなのかな。
要さんはムシャムシャと二つ目のドーナツに手を伸ばしている。紅茶もグビグビ飲んでいるので、私としては嬉しい。
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