エピローグ1ー1

 平穏が戻って来た。NPGへの報告は初めてだったし、片手の時期だったので思ったより手間取ったけど、無事義手を嵌める手続きも機関の施設で出来たし。ただちょっとそれの運用に慣れるのがまだまだと言った所。


 本を読める日常が返って来たのも嬉しい。ページを捲るのが難しかったりもするけれども、電子書籍を活用する手もあったから、何とかなりそう。


 それにどうやら、しばらく私は待機要員らしく、まずは任務に従事出来るくらいに義手を上手く使えるようになってからだとか。


 そういえば、これだけ本を読む以外に一生懸命にやっていたのは初めてかもしれない。

 いつもボーッと生きてると言われていた私だけど、本を読んでいる時だけは、先生にも周りが見えないし、嫌ってほど集中しているから他のことを忘れて人の話も聞かないなんて呆れられていた。


 いや、若干その性質を半ば羨むように感心もされていたんだっけ。


 それにしても、それが任務のことを聞かされる前の図書館での時間の過ごし方に如実に表れているんだと思うけど、そればかりはホントにしょうがないのだ。

 そうはいっても、学校ではいつも私はボンヤリ過ごすことが多かった。これは休み時間に読書をしてしまうと、授業になった時に止められなくなるからなのだけど。


 そして、今は窓際の席になっていたので、随分うつらうつらするのに最適だ。

 朝は割と早く登校して、気楽に頬杖をついてだらけているのだけど、いつものように親友がポンと頭に手を置いて、朝の挨拶をして来る。


「おはよう、空。何かの事故だと聞いて、実物を見た時は肝が冷えたが、本人の性格ばかりは変わらないで安心だ」

「ああ、歩おはよう。お陰様でだよ。義手の訓練にも付き合って貰って悪かったわね」


 いつもクールな歩は、訓練もスパルタかと思ったのだけど、意外と優しく見守ってくれていた。


 そして、私は小松さんのことを上手く伝えることは出来なかった。だから、家族の捜索願いも虚しく行方不明のままだ。その内死亡扱いにされてしまうだろう。


「君が何か危ないことに片足を突っ込んでいるのは、おおよそ察知出来ていたが、しかしまぁ多くは聞かない。知らない方がいい情報もあると知るのが、情報化社会に生きる人間の教訓の一つだろう」


 こんな話をして、上手く私は深追いしないから、ほどほどに無茶をするな、と釘も刺すという上手な暗黙の了解の言葉を、歩は述べたんだと思う。私の勝手な思い込みでなければだけど。


「しかし、舞先輩が何も言わずに、こんな時期外れの転校とはな。寂しい人の別れは唐突に続くものだ」


 言葉とは裏腹に冷静そのものな口調だが、私は歩が実は人情にも厚いのは分かっているから、敢えて何も突っ込まずに自然に返事をしていた。ホントは歩も凄く寂しいだろうにね。


「うん。そうね。いい先輩だったし」


 正直、複雑だ。


 舞先輩ともし敵対してしまったら、歩には何と言えばいいのだろうか。殺し合う関係になるかもしれないのに。そう、私はその彼女らの敵である異端なのよね。


「いや、本当に。君の奇天烈さを少しでも矯正させられるお節介な人間が減ると、私の心労もまた負担が違って来るというものだ」


 やっぱり素直じゃないな、歩は。だから学校内の級友に誤解されるのよ。それで決まって変に偉そうな役職を押し付けられたりもするんだから。


「それにしても、空。君は驚くほど順応も早ければ、何気なくやっているが、相当器用に凄いことをやっているんだぞ」

「? 何のこと? 別に歩に迷惑掛けるおかしなことはしてないけど」


 疑問に思ってそう口にする。だが、それだよと手を指す歩。それも左手? すぐには意味が分からなかった。


「ああ。ノートを取るのに手間取るかと思って、私も協力しようかと思っていたが、すぐに左手での筆記にも慣れてしまっただろう。片手でも上手く生活は送れるように、器用なやり方をするし」

「ああ、なんだそんな話か。だってねぇ。歩も考えてご覧よ。腕が片一方なくなったら、嫌でもそれに慣れなきゃいけないんだよ。だからさ、すぐに慣れるように多少は努力もしてるんだから。それに不便は結構、残っているもので補えるものよ」

「・・・・・・それは悪かった。影での努力は普通自慢しないものね。だが、誰でもすぐに順応出来るとは限らないことは反論させて欲しい。障害を抱えて不便や苦労は大きいだろう。君だって同じはずだ」


 ・・・・・・うん。まぁ、そりゃあそうだけど、あまりそれを声高に言わないように私はしたいってだけの話かもしれない。

 泣き言はあまり言わないって、昔からこの眼があるから、決めている節が私にはあるようだし。


 それに無理なことは無理だって、多分私なら簡単に吐露すると思う。出来ないことをやろうとしたって無理が利かないのは、もう身に染みて分かったから。だから出来ることで泣き言は言わないんだ。


 といっても、恐らく他人から見れば、私はそうやって呑気だったり、自分の生に頓着せずすぐに危険に接近してしまったりと、危なっかしく映るんでしょうね。もうそれも慣れたと言えば、また怒られるかもしれない。


「ああ、そうそう。歩には言っておかないとね。今日からちょっと親戚の人が来るから、しばらくは一人で帰るわよ。いつも義手の訓練にも付き合ってくれてありがとね。感謝してる」

「ああ、そうか。それならゆっくりとするといい。君もまた自分のことだけじゃなく、大変だったな・・・・・・」


 紀美枝先生のことは、色々と伏せているのに、大体の事情は歩には分かっているんだろうな。

 私達の関係は多くを語らずに大まかの事情は伝わってしまう、そんな腐れ縁だし。


 さて、早く生活を送るのに慣れて、何かの任務にでも就かないと、それこそお金にはまだ困らないけど、その内貧して来るかもしれないし、機関にも貢献出来る人員であるアピールはしておきたいものね。


 処分されたりしたら、それこそユーリにも申し訳ない。機関の中でも生き残っていかなきゃ。舞先輩だって、生き延びることを最優先しろって言われたのだし。


 これまでよりも、太平楽では生きられず、努力を要するのは必定。だが、それに迷いはなく。

 あの魔女に並び立てる力量を早くつけたくてうずうずしているし、NPGもまたそういう私に適した任務を今からもう考えているんだと思う。


 そして、今日は要さんと会う日だ。

 事務所に直接来るらしいから、少し会うのが楽しみだけど、少し怖くもある。先生のことを何て言われるか。


 まぁ、考えてもしょうがないと、そこで思い悩まない所が、私が呑気な所以かもしれないが、それ以上に今まであまり会わなかった要さんとの再会が、実の所期待半分で楽しみだったから、というのは言い訳だろうか。



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